第110話:サンフランシスコ空港騒動
≪サンフランシスコ空港≫
「ワイは自由や! 自由の国アメリカ万歳!」
飛行機を降りて休憩していると、犬走がガッツポーズを決めていた。
いやまぁ気持ちは凄くよく分かる。
今回、久我さんから頼まれてアメリカに来た理由の一つがこれだからだ。
日本にいる限り自動追尾式のヤンデレが狙ってくる。
だが逆にいえばアメリカまで高飛びしてしまおうというものだ。
きっと鈴黒はこちらの行き先は把握していることだろう。
だがこちらを監視やら何やらするには実際にサンフランシスコまで来なければならず、普通の交通手段が使えない鈴黒からは必ず距離をとることができる。
そしていざこちら来たところで、生活基盤がないまま活動などできるはずもなく……。
まぁ簡単に言えば安全な自由がほしかったというものだ。
というか自分よりも犬走の方が喜んでるよ。
そりゃあ四六時中ヤンデレに狙われてたら月月火水木金金どころか毎日が月曜日だもんな。
この逃避行には久我さんと自分に犬走、さらにイーサンと―――。
「アユム、シュンヤさん。入国審査の準備、大丈夫デスか? ビザとパスポートありマス?」
実はエレノアも一緒に来ている。
彼女の目的地はサンフランシスコの北にあるシアトルだ。
かつてイーサンが仲間を、そしてエレノアが家族を失った場所。
日本のお盆という風習に触れたことで、エレノアも一度お墓参り……というより故郷に帰ってみたいという理由だ。
シアトルにも空港はあるのだからそっちに行けばいいとも思ったのだが、是非ともシアトルを案内したいという好意により、こちらの作業を終わらせてから一緒に行こうという事になった。
ちなみに御手洗さんは一足先にアメリカにある秘密裏にあるC粒子研究所に向かったらしい。
もしも滞在中に外来異種に関する問題に巻き込まれたら、御手洗さんがそこの研究所で何かやらかしたという事にしよう。
いやほんと、半分休暇目的で来たようなもんだしマジで何も起きないでほしい。
そうそう、久我さんに頼まれた本命の作業については凄く簡単なものである。
アメリカにおいて定期的に発生する有名な災害としてトルネードがあるが、もう一つ有名なものがある。
それが数年に一度起こる"ホード"と呼ばれる外来異種の大移動だ。
カナダの南部において外来異種が徐々に集まり、それらが一気に南下してくるというものだ。
過去にエレノアとイーサンが巻き込まれたのもコレである。
自分の役割はこのホードについて、専門家の意見を述べて欲しいというものであった。
もちろん台本が用意されており、本当に意見が欲しいわけではない。
アメリカは既にこのホードという災害について対策を確立しており、今では犠牲者はほとんど出ていない。
大きな窓ガラスから外を見ると、道路の電柱に不自然な板のようなものが貼り付けられている。
非殺傷でありながら外来異種を追い返した実績のある音響兵器"L・RAD"(エル・ラッド)である。
ホードが発生したとしても都市部から集中的に外来異種が忌避する音を発生させることで、人の居ない地域へと誘導することに成功している。
昔は外来異種が出現すれば銃をぶっ放していたがアメリカではあるが、今や小型化と量産化が成功した"L・RAD"によって、国民は守られているのだ。
めでたし、めでたし……で終わったならば良かったのだが、被害がなければそれはそれで問題が出てくる。
今までさんざんホードによって被害が出ていたことで、追い返すだけの現状に満足できない人が増えてきたのである。
もちろん過去にアメリカ軍がホードを撃退したこともある。
しかしその際に散り散りとなった外来異種が凶暴化したまま各地に潜伏し、結果的に被害が増えたという事態が起こった。
なので今回自分が期待されている役割としては、世界有数の専門家の意見として、無理にホードに対処するよりも現状のままが一番望ましいということを周知させることだ。
ぶっちゃけ"L・RAD"による防衛システムの優位性を高めて世界に売る為のパフォーマンスなのではないかと思う。
そしていずれこれが世界中に配備されれば、駆除業者なんて仕事もなくなるかもしれない。
でも、それでいいのかもしれない。
こんなことに命を懸けるのは、俺達が最後でいいだろう。
「エレノアちゃん、なんでワイだけ"さん"付けなんや? 気軽に呼び捨てにしてくれてもええんやで?」
「エット、アユムにそう呼んだ方がいいって言われたからデス」
軽い物思いにふけっていたら犬走がエレノアにだる絡みしていた。
放っておいても最高セキュリティのイーサンがターミネイトしてくれるだろうが、死んで楽になるのはまだ早いのでこちらから介入することにする。
「お前、よく考えても見ろよ。エレノアが親しげに名前を呼んでる場面をヤンデレに見つかったらどうなると思う?」
それを聞いた瞬間に犬走の顔が青くなり、バイブレーション機能が誤作動を起こした。
怖いよね、分かるよ。
その場で刃物が飛んできたっておかしくないもん。
ぶっちゃけ犬呼ばわりでもいい気がするけど、それはそれでおかしな誤解が発生するので"さん"呼びさせる事にしているのだ。
「お、おらへんよな? ここにアイツ来てへんよな!?」
「大丈夫だ、居たらお前はもう死んでる」
挙動不審になっている犬走をなだめつつ追い討ちをかける。
自分もここに鈴黒はいないと思うのだが、それでもいざという時の為に適度な緊張感は持っていてほしいからだ。
そんな自分達を見て、エレノアはクスクスと笑っている。
イーサンは相変わらず仏頂面だが、心なしかいつもよりかは表情が柔らかく感じる。
やはり祖国……アメリカに帰った来たからだろうか。
「すまない、待たせたようだね」
そんなことをしていると、遠くから久我さんがSPさんに手を貸してもらいながらやってきた。
体調があまりよくないせいでしばらく休んでいたのだが、歩けるくらいには回復したようだ。
そんな久我さんを労わるように杖を差し出す。
「久我さん、これ使ってください」
「……私の記憶が確かなら、キミのその杖は銃より危険なはずだが」
バレてたか。
そう、実は日本のイカレた研究者達が開発した秘密兵器"霞の杖"を持ってきたのである。
いや、最初は自分もこれ持ち歩きたくなかったよ!?
でもさ、そうなるとこれは研究所に保管されるわけで……自分たちが留守の間にもしも誰かに持ち去られたらシャレにならない事態になる。
だから嫌々ながらもこれを肌身離さず持ち歩いているのだ。
まるで爆弾である、誰かに投げつけてやろうか。
そんな感じでグダグダしながらも入国審査場に向かう。
久我さんがいるからか、大勢が並ぶ列がありながら一つだけ誰もいない窓口があり、近くで待機していた係員さんがやって来た。
「失礼、ミスター・コウイチロウ。特別扱いは好みではないとのことでしたが、防犯上の理由でこちらの窓口にご案内させて頂きました」
どうやら久我さんが国会議員だから特別待遇らしい。
まぁ当然といえば当然か、他国の要人が襲われたらその国の警備責任が問われるんだし。
「ああ、ありがとう。それでは私から先に―――」
ゾワリと、何かが背筋から首筋に這い上がった感触がきた。
咄嗟にSPの人を押しのけて窓口に向かおうとする久我さんの肩掴んでしまい、周囲の人達から変な注目を集めてしまった。
「あ~……あのぉ~先にイーサンとかから手続きしてもらうのってぇ……駄目……すかねぇ?」
理由もいわずにこんな事を提案したところで受け入れられるわけがない。
我ながら失敗したと後悔したのだが、久我さんは一歩引いてくれた。
「急ぐようなことでもないし、そちらから先に手続きを進めてくれ」
「分かりました。アユム、先ずは私から行かせてもらうぞ」
イーサンが窓口に向かって手続きをしている最中、SPの人と一緒に犬走も真剣な顔をして周囲を警戒してくれている。
自分の感覚を信じてもらえるのは嬉しいものの、これが杞憂である事を願う。
少ししてイーサンが戻ってくる。
もちろん何も起きなかったが、まだ気は緩められない。
「次は誰が行く?」
「ほんじゃワイが行こか、イーサン交代頼んだで」
そう言って今度は犬走がゲートを通って窓口に向かう。
時折こちらを確認しながらも、何も問題はなくこちらに戻って来た。
「じゃあ次はワタシが」
そうしてエレノアがゲートをくぐって窓口へ向かい……やはり何事もなく審査は終わり、こちらに戻って来た。
まだ首の後ろ側が少しゾワっとしてるのだが、ここまで何もないとただの勘違いだったのではないかと思えてきた。
覚悟を決めて自分が向かうことにする。
「えっと、何もなかったらごめんなさい」
「謝んな、謝んな。何もないのが一番やろ」
それはそうなのだが、それでも無駄に警戒させてしまったのは申し訳ないのだ。
とはいえここまで何もないなら大丈夫だろうと楽観して窓口の前にあるゲートを通ろうとした。
≪BEEEEEP! BEEEEEP!≫
「ほわっ!?」
突然天井にあるスピーカーから大音量の警告音が鳴ったので驚いて後ずさる。
あ、もしかして金属製のもの持ってたら駄目なやつなのかこれ?
杖は預けるとして、もしかしてベルトも外さないといけないのだろうか。
こんな衆人環視の中でそれはちょっとマニアックというか―――。
≪モンスター検知! モンスター検知! モンスター名:皮剥≫
その名前が聞こえた瞬間、杖を構える。
まさかこの場所でそいつの名前を聞くとは思わなかった。
こんな人が多い場所で"霞の杖"の機能を開放すれば大量殺人犯となってしまうが、皮剥程度ならばこれで撲殺するくらいはできるはずだ。
というかイーサンと犬走なら多分素手で駆除できると思う。
こう、アクション映画みたいに首をポキってやる感じで。
とはいえ人混みに紛れ込まれていたら手出しできない。
それならばスマホで検知すればいいだろうという事でポケットに手を伸ばす。
「フリーズ! 動くな!」
「おわっ!? す、すいません!」
近くにいた警備員がこちらに銃を構えながら大声をあげた。
そういえば事前にイーサンから不用意に懐やポケットに手を入れたら銃を取り出すと思われ、射殺されることもあると言われていたのを思い出した。
「大丈夫、大丈夫! 何もしません!」
両手をあげて無害な人間アピールをするも、警備員さんはこちらに銃口は向けたまま無線で何やら連絡をしている。
「Tier-3のモンスター、カワハギと思わしき奴を確認した! 十番に増援を求む!」
どうやら空港に紛れ込んだ皮剥は見つかったようだ。
ならばもう大丈夫かと思い―――そこで、ようやく気付いた。
周囲にいる観光客、係員、そして警備員の目が全てこちらに向けられているという事を。
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