第109話:汚染源C粒子
【国立外来異種研究所】
「ここをヤンデレの墓にしようと思う」
会議室に集まった面々に向かってそう提案すると、犬走を除いた全員からおかしな奴を見るような目を向けられた。
「賛成の人、挙手をお願いします」
手を挙げたのは犬走と自分の二人だけ。
真の仲間であるイーサン、研究員兼自分らの対応役である御手洗さん、フィフス・ブルームの社長である天津さん、そして国会議員の久我さんはまだ手を挙げてくれない。
でも信じてる、きっといつかは賛成してくれるって。
人は話し合えば分かり合えるんだ!
分かり合えなかったら人ではなかったという事にしよう、そうしよう。
いやまぁその時はこっちが人外扱いされそうだけど。
「……アユム、それは日本語の比喩表現だと思うが、具体的なプランは何だ?」
イーサンから質問が来たという事は、プレゼンテーション次第では賛成してくれるのかもしれない。
よし、ここで完璧なプランを出して味方を増やそう!
「先ずここの最深部に犬走を監禁します」
「ちょお待てぇや!」
「大丈夫だ、安心してくれ!」
犬走からの抗議を強引に封殺して説明を続ける。
「それからここの関係者は全員逃げて、しばらく放置します。何日も何ヶ月も犬走がそこから出て来なかったら相手はどう思います?」
「何も分からないから、確認したい……かな」
天津さんからの意見に頷き、その先を説明する。
「そして奴が最深部に到達した段階でここにいる全ての外来異種を開放して襲わせます。もちろん外来異種が駆除された場合も考えて、出入り口は全て埋め立てて、文字通りここを奴の墓場にしてやります」
しばしの沈黙の後、犬走が尋ねる。
「それ、ワイはどうなるんや?」
「お前が勝てば封鎖を解除して脱出、負けたらそのまま可愛い女の子とここで一生イチャイチャチュッチュかな」
つまり何があろうと奴はここから出ることはない、完璧な作戦だ!
「お前がこの作戦の鍵だ、頼んだ!」
犬走の肩を力強く掴んで期待と犠牲を押し付ける。
だというのに犬走は不服なのか、こちらの襟首を掴んでガックンガックンと首を揺らしてくる。
「ふざけんなや! ただの人身御供やんけ! 代われや!」
「お前だけが頼りなんだ! 奴と一緒に埋まってくれ!」
「こいつ遂に隠さんようになったな!?」
取っ組み合いが始まり二人で囮役を押し付けあっていると、少しばかり顔色の悪い久我さんが席を立った。
「すまない薬の時間だ、すぐに戻る。それと荒野くん、私が庇うのにも限度があるから、程ほどにな」
そう言って杖をつきながら会議室の外へと出て行ってしまった。
久我さんの言葉から察するに、少し悪ふざけしすぎたようなので反省する。
でも目下の問題として鈴黒の対処は結構優先したい気持ちは本物である。
今は自分と犬走が一緒にパルチザンビルで寝泊りしてるからいいものの、もしも別居になったら今度届けられるのは婚姻届ではなく爆発物だ。
それもビルそのものが崩壊する威力のもの。
あいつならやる、間違いない!
そんなことを考えてたら御手洗さんが挙手してくれた。
もしかして囮役代わってくれるのだろうか。
ありがとう御手洗さん、そしてさようなら御手洗さん。
あなたの尊い犠牲は絶対に忘れません。
だって忘れたら地面から這い出てきそうだから。
「そもそも、この研究所に居る外来異種は基本的に脅威が低いものばかりです。"霧の狼"は恐ろしい外来異種で、最近は共食いによるC粒子の変異も確認できますが、それでも不安要素があるかと」
「不安要素?」
聞いた事のない単語があったが、それは一先ず横に置いておいて不安要素というものを確認する事にした。
「その鈴黒さんを荒野さんと同じレベルの方だと仮定して、荒野さんをそこに放り込んだところで本当に死ぬのかどうかという点です」
全員の目線がこちらに集中した。
「いやいや死にますって。無数の外来異種が徘徊する閉鎖された研究所で、しかもボスに霧の狼までいるんですよ? これで生還できたら人間辞めてますって」
自分だったら一面クリアどころか五分で死ぬ自信がある。
「……無理じゃないかな」
だというのに、天津さんから出てきた言葉はこちらの予想とは裏腹に否定の言葉であった。
まぁ天津さんはね、あんまり自分の仕事風景とか知らないからね、そういう過剰な期待をしちゃうかもね。
「無理やろ、こいつがそんなんで死ぬタマかいな」
犬走はやりたくないから否定してるだけだ、間違いない。
「私も同意見です。荒野さん、ちゃんと自己分析できてますね。あなたはただの人間ですけど人間じゃありません」
「ハハハハッ! 御手洗さんは冗談がお上手ですなぁ」
御手洗さんの意見を一笑に付すつもりで否定したのだが、全員が真顔でこちらを見つめている。
なんだろうこの気まずさ……俺、また太っちゃいました?
そんな空気を誤魔化す為か御手洗さんが咳を一つして言葉を続ける。
「まぁ過激な作戦はあまり提案しない方がいいかと。久我議員も仰っていましたが、ガンのせいで庇える期間もあまり残ってないでしょうし」
「ふぁっ!? が、ガンなんですか!?」
それは初めて聞いた!
もしかして顔色が悪かったのも、薬を飲みに行ったのもそれが原因なのか。
「荒野さんに話さなかったということは知られたくなかったということでしょう。気付かないフリをしておいてください」
どれくらい症状が進行してるのか気になるけれど、久我さんから話してくれるまでは何も聞かない方がいいだろう。
そうか……久我さんも普通の人だもんな、病気にもなるし死ぬことだってある。
頼りになるし怖いところもあるから自分の方が先にくたばると思っていたけど、普通は久我さんの方が先に死ぬんだよな。
そう考えると本当に世の中はどうにもならない事ばかりであると実感してしまう。
とはいえ、いつまでも気分を落としてるわけにいかないので話題を変える為にも御手洗さんに気になった事を尋ねる。
「そういえばさっき言っていた"C粒子"って何ですか?」
「正式名称はコロニスト粒子、外来異種から発せられる粒子です。人類に侵食して抗体・適応・新世代を生み出した原因、放射能などの有害なものすらも掻き消して都合の良い環境に汚染するもの、それがC粒子……我々人類が未だ到達しえない領域に踏み込む一歩となるものです」
うわぁ……なんというか、うわぁという感想しか出てこない。
隣に居る犬走も同じ感想なのか、口を開けて呆然としている。
「まぁいっか」
「今の聞いた感想がそれかいな!?」
なんだ、即座にツッコミを入れる程度には余裕があるじゃないか。
「いやだって、別に知ったところで何か変わるわけでもないし……」
「それは……そうかもしれへんけど……なぁ」
国会で一夫多妻制が可決されたとしても、消費税が百パーセントになったとしても、農家は畑を耕すし漁師は漁に出る。
C粒子がどうとか人類が云々とか一般人の自分らが考えたところで何も変わらない、むしろ考えすぎて鬱になるくらいなら何も考えない方が賢明というものである。
そんな感じでC粒子については適当に頭の中にある雑学フォルダに放り込んで終わりにした。
御手洗さんはそんな自分を嬉しそうな顔で見ている。
「荒野さんのそういうところ、素晴らしいと思いますよ」
「そういうところって……顔ですか?」
「そんな顔だとしても、素晴らしいと思います」
甲種"マウスハンター"の攻撃によって顔の左側に大きな傷跡が残ってる事もあり、喧嘩を売られてるのか褒められてるのか判断に困る返答である。
あーこの顔の傷がなければなー!
日本で二人しか持っていない外来異種駆除の甲種免許持ちだからモテモテだったんだけどなー!
そんなことをしていたら久我さんが戻って来た。
「すまない、待たせたね。それでは話の続きをしようか、資料を見てくれるかな」
事前に配られていた紙の束を見る。
基本的な内容は今まで行ってきた駆除の仕事に関する情報をまとめたものである。
何処で、どの外来異種を、どのような手段を使い、どのような被害が出て、駆除できたのかどうかをまとめたものである。
どうしてこんなものが用意されているのかといえば、"外来異種瀬戸際対応の会"が結成された本来の目的の為である。
外来異種の脅威があったとしても、先ずは駆除業者が出てくるせいで自衛隊は駆除に関する知識やノウハウを蓄積できない。
だからといって自衛隊が出しゃばれば槍玉に挙げられる。
そこで政府が関与していないという建前の元、機密性の高いボランティア団体を設立してそこでバレないように経験を積むというのが本来の目的であった。
それが何の因果か甲種"枯渇霊亀"を駆除した自分がそこに入ったり、一緒に仕事したけどほとんど役に立たない知識ばかりが増えたり、アメリカの似たような団体が来たり……まぁ散々な問題ばかりが起きていた。
だがそれも全くの無駄というわけではなかった。
元軍人でありアメリカで外来異種の駆除にも大きく関わったイーサンによって、対外来異種における最適な部隊行動のセオリーを。
子供の頃に中国に売られ、そこで外来異種の駆除業者として何年も積み重ねてきた犬走によって、外来異種の追い込み方、効率的な道具の使い方や駆除方法を学ぶことができた。
この二人の知識と経験を元に、ここしばらく自分は全く働かずに仕事をしてもらった結果が、この資料である。
フィフス・ブルームの社長である天津さんが満足そうに資料を見て頷いているところを見るに、それは成功だったと言えるだろう。
二人の持つノウハウを余すことなく吸収した"外来異種瀬戸際対応の会"の裏名簿に所属している人たちは、今や立派な外来異種キラーとなっていた。
おかげで自分は暇で暇で仕方がなかったが。
細かなところはイーサンと犬走が補足を入れて、説明を終える。
久我さんも満足したのか、何度も頷き資料を置く。
「二人共ありがとう。あとはこれをマニュアルに落とし込めれば、いざという時に大勢の命を救う手助けになるだろう」
つまり"外来異種瀬戸際対応の会"は本来の目的を達成したということであり、それは―――。
「じゃあ俺、そろそろ用済みってことですかね」
「そういうわけでもないが……無理に引き止める理由もなくなったな」
久我さんが惜しむように、そして申し訳なさそうに言葉をかけてくれる。
元々自分がこの非公式部隊に所属した理由が、甲種駆除に一役買ったことでマスコミなどから秘匿してくれるという理由があった。
しかし今は大々的に首相官邸で甲種免許を授与された……いやまぁ受け取ったのはブンさんだから顔はテレビには映らなかったけど、それでも自分の情報は公開されてしまった。
もちろんこれには相応の理由があったので久我さんを恨んではいない。
というか厄介事を連投してしまったせいで申し訳なさの方が勝っている。
それにマスコミが俺の情報を調べたとしても、地元の富山はまだ復興途中。
友達も、親戚も、家族もほとんど死んだせいで俺のことを知る人はほとんどいない。
もうこの人に守られなくても大丈夫なのだ。
惜しむらくは、色々とよくしてもらったのに碌に恩を返していないことか。
だがきっとこのままズルズルと関係を続けていっても、良くないものばかりを運んでしまう気がする。
それならいっそここで関係を断ち切るのが、皆の為なのかもしれない。
俺の周囲には、少しばかり取り返しの付かない失敗が起きすぎている。
「久我さん、今まで―――」
「そうだ! ちょっとこれを見てくれ」
俺が言おうとしたところで、久我さんに止められてしまった。
そして横に置いてあった鞄から一枚の紙を取り出して、机の上を滑らせてこちらに渡してきた。
紙の内容を見てみようと思ったが、全部英語で書かれているせいで全く読めない。
「荒野くん、ちょっとアメリカに行ってみない?」
そう提案した久我さんの顔は、自分に面倒ごとを頼む時と同じ笑った顔であった。
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