第108話:主演は万足鳥

 季節は夏が終わり秋を迎えるところなのだが、今でも外は高温多湿である。

 そんなうんざりするような外とは違い、このショッピングモールの中は快適な環境だ。


≪ケケケケココココカカカッ!!≫


 そう、体長数メートルの乙種である"万足鳥"(よろずあしどり)さえいなければ。

 顔は鳥の頭蓋のような骨で固められており、首は鷺(サギ)のように長い。

 それでいて体には大量の羽毛と、そこから何本もの逆間接の足が生えている。


 側に設置された複数のモニターを見ると、そいつは自分の庭のようにモールの中を走り回ってる。

 外は暑かったもんね、涼しいと嬉しくなってテンションあがるよね。

 だからそのまま迸る情熱と共に外に出ていってくれ、頼むから。


 そんな願いも空しく、万足鳥は縦横無尽に走り回り、商品やら何やらを跳ね飛ばす。

 はぁ~、まったく……これは自分の出番だな、仕方がない。

 珍しく重い腰をあげて仕事に向かおうとしたのだが―――。


「大将、あんさんの出番はまだやで」


 犬走が後ろから抑え付け、座らせられる。


「いやでも―――」

「座っとれ、なっ?」


 圧に負けて大人しく座る。

 そんな事をしている間にも、隣でイーサンがモニターを見ながら指示を出している。


「C4とD3、主役へ攻撃準備」

『主役に攻撃……効果ありません。D6へ移動しました』


 ボランティアメンバーという名の自衛隊員が二方向から銃撃を加えるも、銃弾は豊富な羽毛と骨によって阻まれ、ほとんど効果はないように見えた。

 海外と違って日本では弱装弾しか使えないせいで、ああいった外来異種を駆除するには威力が不足している。


『主役、D7まで追い込みます』


 とはいえ、今回はあくまで追い込み漁の要領で誘導する為なので問題ない。

 万足鳥は大きな吹き抜けのあるホールへ到着すると異変を察知したのか長い首を振り回した周囲を警戒する。


「小隊、攻撃せよ!」

『ボランティア団体なんで班って言ってください! 二班、攻撃開始!』


 イーサンの合図に返事をしつつ、ホールの二階と三階から何十人もが身体を乗り出し、万足鳥に対して無数の銃口が火を吹いた。


 まるでデパートの投げ売り捨て売りだといわんばかりに5.56mmの銃弾が万足鳥の全身に万遍なく降り注ぐ。

 この口径の弾丸であっても万足鳥の羽毛と骨を貫通するのは難しい。

 しかし、その衝撃までは完全に殺せない。

 弾丸の豪雨が降り注ぎ万足鳥を床に縫い付ける。


『二班、三班装填! 四班、五班攻撃開始!』


 止まない雨はないと言うが、事これに関しては死ぬまで止むことはない。

 圧倒的な物量によるごり押し、利益を考える駆除業者では不可能な外来異種を駆除する事だけを考えた手段。


 銃声によるオーケストラがおよそ一分間ほど続いた後、ステージは沈黙と硝煙に包まれた。

 ステージ中央には真紅の血溜まりに沈んだ死骸だけが残っていた。


 それでもイーサンや隊員の皆は慢心せず死骸を注視している。


「一斑、主役が舞台を降りたか確認を」

『了解』


 イーサンの指示を受け、一階で追い込みをしていた一斑の一人が数発ほど万足鳥に発砲する。

 その刺激を受け、腹の羽毛から出ていた何本もの足が動いた。


『子役生存! 繰り返す、子役生存!』


 その報告と同時に、万足鳥の死骸から羽毛と骨に包まれた鳥達が一斉に飛び出した。

 万足鳥の雛達は一斑の人達を見向きもせず、そのまま散らばって逃げ出す。

 しかし逃げた通路の全てから銃声が鳴る。

 こういうことも予想して、あらかじめ人員を配置しておいたからだ。


『こちら六班! 飛行する個体を確認、メスです! 突破されました!』


 とはいえ、オスの万足鳥を駆除する為に吹き抜けのホールに人員を多く割いてしまった事でこういった事態もあるわけで……。


 こういう時こそ自分の出番である。

 満を持して椅子から立ち上がる。


「シュンヤ、フォローを頼む。アユムは座れ」

「はいよ、任せとき」


 イーサンからの指示を受けて犬走が軽快な動きで指揮所から出て行く。

 自分はまた椅子に座った。


「……ねぇ、イーサン。やっぱりアイツ一人じゃ不安だし俺も―――」

「アユム、私にキミを撃たせないでくれ、頼む」


 そこまでか、そこまで動いて欲しくないのか。

 ふんだ、いいもんね!

 犬走がやらかしたり、他の班の人が失敗したって知らないもんね!

 いざその時になってこっちに助けを求めたって、もう遅い!


 ―――と思っていたのが、モールの自動ドアは全て電源を落としていたので万足鳥のメスは逃げられず、犬走が見つけて駆除した事で仕事は完了した。


 こっちは座っていただけで全部終わった。

 いいんだけどね、危険な目に遭わなかったし、楽だったし。

 だけど釈然としないこの気持ちはなんだろう。


「イーサン、これって恋かな」

「……それは脅迫だな?」


 自分が恋すると脅迫になるらしい。

 いいね、これから毎日いろんな人に恋して恐怖のどん底に陥れてやろう。


 その後はいつものように撤収作業を行う。

 各所に設置したネットワークカメラと、指揮所に設置してあった機材を片付ける。

 それと各所を封鎖させていた"おばけナメクジ"を原料にしたバリケードから水を抜き、小さくしてから回収する。


 自分で考えた外来異種を利用した道具なのだが、意外と使える場面が多くて重宝している。

 もしかしたら警察や自衛隊でも採用されるかもしれないとかなんとか。

 ……ちなみに特許で一儲けとかはできない、アイディアを出したのは自分だが実現させたのは他の人だ、自分が貰うのはお門違いというものだろう。


 そんなこんなで、駐車場にあるワゴン二台に荷物と死骸を積み込み終えてようやく一息つく。

 一仕事終わったなぁと思ったところで鳥の羽ばたく音が聞こえた。


 その瞬間、自分と犬走は地面に倒れこむように伏せて車の影に隠れた。


「敵はどこや!?」

「今探してる……駐車場南の電灯!」


 車の影からスマホを使い、羽ばたき音がした方向を報せる。

 それからわずか一秒で犬走はポケットから取り出したパチンコ玉による指弾で音の主を撃ち落した。


 イーサンや自衛隊の人達から向けられる怪訝な目を背にして落ちた鳥を見ると、どうやらただのカラスだったようだ。


 中国の蓬莱で起きた事件から数ヶ月……こちらの足を撃ち、さらに犬走もとい无题を浚おうとするヤンデレはまだ捕まっていない。


 イーサンや他の人はどこか別の場所に高飛びしているはずだと言い、襲撃を恐れてノイローゼになりかけた自分もそれに納得するところであった。

 翌日、犬走の名前と鈴黒の名前が記入済みになっている婚姻届が事務所にあるベッドの上に置いてなければ。


 その時から、奴を捕まえない限り平穏は訪れないと確信した。

 最初は警察の人も協力的ではあったものの、いくら捜索しても影も形もないせいで想像上の人物ではないかと疑われた事もあった。


 もしもそうならどれだけ良かったことか。

 非実在ヤンデレなら実害がないからいいんだよ、実在してるヤンデレだからヤバイんだよ。

 というかデレがあるのは犬走にだけだから、こっちには殺意しか向けられてないんだよ、マジで勘弁してくれ。


「……二人共、気が済んだら車に乗ってくれ」


 運転席の窓から顔を出したイーサンが諦めたような顔をしながら呼ぶので、

 渋々車へと乗り込む。


 ヤンデレもそうだが、これからの予定を考えると本当に気が滅入る。

 なにせ今日は国立外来異種研究所で行われる定例会議に、久我さんがやってくる日だ。


 ここ数ヶ月は久我さんから何も言われてこなかったが、そろそろ何かありそうな気がする。

 願わくば、久我さんからの無茶振りで遠くに行くことにならないだろうか。

 少なくとも、今ここよりかは安全なはずだ。

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