第107話:帰郷
―――それから数日後、自分達は新幹線の中にいた。
「おう、何見とんのや?」
「首相官邸でやってる授与式」
駅弁を片付けてきた犬走にスマホの画面を見せる。
日本で初の甲種免許発行ということもあり、話題性を求めていたメディアがいくつもやってきており、生放送で中継していた。
「あんさんは行かんでよかったんか?」
「行ったら死ぬ」
ちなみに自分らは追われてるかもしれないという理由で授与式をブッチしている。
衆人環視の中なら安心などというのは甘えだ。
自分だったらむしろ人混みの中の方が行動しやすいと考える。
つまり、ヤンデレっ子もあちらに罠を張ってる可能性が高い。
「おっ、インタビューもやるんか」
短い時間だが、今回授与式に出席した人への取材も許可されてるらしい。
といっても皆が鳴神くんに対して今のお気持ちはとかそういった無難なことばかり聞いて、鳴神くんも当たり障りないコメントで返しているだけだ。
『失礼します。そちらの方は代理とのことですが、本人は今何をしてらっしゃるのでしょうか?』
カメラが切り替わると、緊張したブンさんの顔が映し出された。
うぅ、俺の代わりにあんな場所に出るとは、なんて可哀想なんだ……。
まぁ今すぐ来いって言われても絶対に拒否するけど。
『え、あ……そりゃあ勿論仕事ですよ! 彼は本当に愛国心が強い青年ですからね! 今日も何処かで誰かのために働いています!』
そんな自分の心が届いてしまったのか、ブンさんがまるで嫌がらせかのようなコメントを出してしまった!
「おい馬鹿止めろください!」
「別にええやん、好青年アピールさせて勝手に勘違いするくらいならかわいいもんやろ」
「くそぅ、現場にいないからって好き勝手言いやがって! あっちに戻ったらこの件について深く追及せねばならない!」
「その前にあんさんのサボりについて追及されるやろ。そのあとアメさんの尋問もセットで」
やっぱね、こういうことで喧嘩するのはよくないと思うんだ。
僕らは仲良しなんだ、お互いに納得できる妥協点を探るのが相互理解の第一歩だよね。
『次は静岡、静岡に停まります。お降りのお客様は―――』
おっと、もう降車駅だったらしい。
ブンさんへぶつけたいこの熱い気持ちは一先ず仕舞って置いて、さっさと移動を開始する。
「ワイが誘拐されてから、お袋は心をよぉ弱らせるようになったらしくてな。親父もその医療費を稼ぐために色々とまぁ頑張ったけど、最近身体を壊したみたいなんや。おかげで姉ちゃんも苦労しとったらしいわ」
海辺の町にある閑散とした住宅街を歩きながら、犬走がそんなことを話していた。
「今でもビラを作っては配っとるらしいで。さっさと忘れてしまえばええもんを今でも過去を引き摺っとるなんて、ほんまに難儀な人達やわぁ」
まるで自嘲するかのようにそう言うので、こちらも返す。
「まぁ、二十年以上経っても家を忘れずに戻ってくる息子がいるくらいだし」
「……ほんま、親子なんやなぁ」
少しばかり声が震えていたが、聞こえなかったフリをした。
そして小さな病院の一室に入る。
中には妙齢の女性と、自分よりも少しばかり年上のような雰囲気をした、薬指に指輪をつけた女性がいた。
「ちょうすんませんね。実はお宅の息子さんについてお話がありまして―――」
「あの子を知ってるんですか!?」
「俊哉は! あの子は無事なんですか!?」
犬走がそう言うや否や、二人の女性が鬼気迫る顔で迫ってきた。
「実はあの子、犯罪者組織に浚われて今までずっと国外に居ったんですわ」
「あぁ……ああっ!」
犬走の母親が両手で顔を覆って泣き崩れ、嗚咽を上げ続ける。
お姉さんの方は母親の背中をゆっくりとさすりながら、こちらに尋ねる。
「それで……それであの子は今何処に!?」
「今はもう日本に、ここに帰って来とります」
それを聞き、お姉さんの方も涙をボロボロと流す。
過去を忘れなかったこの人達は、過去から目を逸らさずに待ち続けたこの行為には、大きな意味があった。
この光景を見て、それだけは間違いないと心に残った。
「それでは覚悟してください。これこそが、待ち続けた息子さんです!」
そう言って、犬走は横にいた俺を両手で親御さんの方へと押し出した。
…………え?
お前それ、マジで言ってる?
「ああっ! 俊哉……こんなに大きくなって……!」
そうですね、俺のお腹の大きさは成人男性の平均を上回ってますからね。
「顔も昔と全然違って……でも、健康そうで良かったわ!」
そりゃ顔は違うでしょうね。
だって赤の他人なんですから。
だが二人はそんなことお構いなしに、あらん限りの力で俺を抱きしめてきた。
「おかえり、おかえり俊哉……これからまた一緒に、暮らしましょうね…ッ!」
「いやいやいや! 人違いですから! 本物はあっち! あっちですから!」
そう言って横にいる犬走を指差すが、感極まりすぎているのか全く聞いてもらえない!
そして肝心の本人は隣で大爆笑している!
「オイィ! どうすんだよこの惨状をヨォ!」
「アーハッハッ! ヒィーヒヒッ!」
だがこの事態を引き起こした張本人は、大量の涙を流しながら笑うだけであった。
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