第106話:未来へ続いてしまった過去

「ブンさん、何か急にTボーンステーキって気分になってきたんですけど」

「もうすぐで料亭に着くってところでソレェ!?」


 あれから二週間、顔も包帯が取れて足も動かしていいようになったので退院することになり、少し早いが退院祝いということでブンさんが夕飯を奢ってくれることになったのだ。


 到着した場所は前に久我さんと来たことがあるような、庭に池までセットでついてる料亭である。


「すげぇ! ブンさんのことだから高級志向って看板だけ掲げてる普通の居酒屋だと思ってたのに普通に高級料亭だ!」

「キミ、私のことそう思ってたの?」


 すいません、でも大体いつもご飯食べに行くときって安いところだし。

 マナーに気をつかわなくていいし、懐具合にも優しいから嬉しいんだけどね。


 駐車場に車を停めて入口の門をくぐると、見知った後姿が二人分見えた。


「あれ、荒野さんもここに?」

「お久しぶりです。退院おめでとうございます」


 右足にギブスをつけている鳴神くんと、それを支えるように腕を持つ天月さんである。


「二人も一緒に? 偶然?」


 ……なんだろう、凄く嫌な予感がしてきた。


「ねぇブンさん、何か企んでない?」

「あ、バレた? 実はイーサンくんとエレノアくんがサプライズで待ってるよ」

「じゃあ、この二人は無関係ってこと?」

「そもそも部屋が違うでしょ。二人の予約してる部屋ってどこだい?」


 ブンさんが尋ねると、天月さんがスマホで何かを確認する。

 どうやらあっちは天月さんが主導のようだ。


「こちらは白鷺の間ですね」

「じゃあ違うね。こっちは驟雨(しゅうう)の間だよ」


 よかった、ただの偶然だった。

 白鷺と驟雨……全然違う名前の部屋なら離れた場所だろう。

 最近どうにも悪いことばっかり続いていたせいで、どうしても何かあるんじゃないかと疑ってしまう。


 そういうのいけないよね、人の好意はちゃんと受け取らないとね。


「ようこそいらっしゃいました、ご予約されていた天月様と利島様でございますね」


 暖簾をくぐって大きな玄関に入ると、お年の召した女中さんが丁寧に挨拶し、横からは若い女中さんがやってきた。


「お履物とお荷物はこちらで責任以ってお預かりいたしますので、どうぞ」


 靴は分かるけど、荷物まで……?

 これ本当に預けていいやつなの?


「どうしたんですか? 何か渡したらマズイものでも持ってるんですか?」

「いや、着替えとかしか入ってないから別に見られても盗まれてもいいんだけど……」


 鳴神くんはさっさと荷物を渡してるし、ブンさんは腕時計を叩いてせかしてるし、気にしすぎだろうか。

 まぁ大丈夫だろうと自分に言い聞かせて荷物を預ける。


「はい、確かにお預かりいたしました。それではご案内させていただきます」


 お年の召した女中さんが手を叩くと、綺麗な女中さんが二人やってきて案内してくれる。

 少し大きいお店なのか、通路が入り組んでいて迷いそうだった。


 ……あれ、確か鳴神くんと自分達の部屋って別の場所だよね?

 なんでここまでずっと一緒なの?


「こちら、白鷺と驟雨の間となっております。お料理の方、すぐにお持ちいたします」


 女中さんが部屋の障子を開ける。

 大きな部屋の中に、見知った顔がいくつもあった。


「おう、先にもろとるで!」


 下座にはツマミを何皿も平らげている犬走が。


「トム! トム・ティット・トット!」

「あ、アユム! 退院おめでとうデス!」


 部屋の隅ではアイザックの娘さんと、その子と遊んでいるエレノアが。


「元気そうだな、ミスター」

「やぁやぁ、よく来たね。またこっちに座って」


 そして上座にはアイザックさんと久我さんがどっしりと座っていた。


「ごめんなさい! ちょっとこれからピアノの稽古が!」

「今日は休め」


 踵を返して走り逃げようとしたが、いつの間にか背後に立っていたイーサンに肩を掴まれ、身動きがとれなくなった。


「騙したな! ブンさんが純情な僕の心を弄んで騙したんだ!!」

「キミの心が純情だったら、鳴神くんは太陽くらい輝いてるよ」

「あぁ、たまにあるえげつない性癖が黒点みたいなもんだと」

「あんたオレの性癖知らないでしょ!?」


 大丈夫、詳しくは知らないけどきっと凄いのを隠し持ってるんだよね。

 顔がいい奴は大体ヤバイ性癖をこじらせてるって相場が決まってるからね、分かるよ。


 そうして自分はイーサンに引っ張られ、無理やり犬走の横に座らせられる。

 なんだろうこの問題児は一緒にまとめて置いておけみたいな扱い。


「まぁまぁ、別に取って食おうってわけじゃないんだ。例えば彼がどうなったのかとか気になるだろう? そういうのを説明するために集まっただけだ」

「それならどうしてこんな騙まし討ちみたいなことをするんでしょうか!」


 確かに入院してる病院も別だったし、ブンさん経由で色々と情報は共有していたものの、犬走がどうなったのかは今まで知らなかった。

 なんなら見なかったことにして中国に強制送還とかもありえるとか考えてた。


「ちなみに私、いきなり拉致問題について知らされた件についてはまだ根に持ってるからね」

「確かに! 犯罪者組織の奴らは許せねぇですよね!」


 ブンさんが渋い顔をしながらこちらを見ているが知らないフリをする。

 こういうのは気にしたら負けっていうからね、気にしたブンさんの負けなんだ。


「まぁその話は横に置いておいて、先ずは荒野くんの立場について話そうか」


 久我さんがにこやかな顔で説明を始める。


 先ず"蓬莱"へ行く前に自分に対して悪評があったのは中国側の施策だったらしい。

 余所を下げて、自分の組織を上げる。

 つまりはコード・イエローラビットの有用さを宣伝するための当て馬ということだ。


 本来はそこにフィフス・ブルームが入る予定だったのだが、優秀どころかお株を奪うレベルの大活躍だったので、その場にいただけのボランティア団体"外来異種瀬戸際対策の会"に矛先が向いたらしい。


「何がひどいって、鳴神くんが頑張りすぎたせいで結果的に俺が不幸になってるところ」

「でも荒野さん、酔った天月さんをオレの自宅に連れて来て大変なことにしましたよね?」

「なんのこったよ」


 鳴神くんがこちらを非難してくるがスルーする。


 残念ながら天月さんはあのときの記憶がほとんどない。

 そして天月さんをキミの家に連れて行った証人はここにいない。

 だからキミが何を言おうと、俺がやったと主張したところで証拠不十分で不起訴になるのだ!


「アユム、そういうところだぞ」

「あぁ、これ米に合いそうだなぁ」


 だというのに、イーサンは一方的に俺が悪いと言わんばかりに指摘してきた。

 ちょっと形勢不利なので漬物を食べて誤魔化す。


「まぁ、なんだ。それを何とかするためにアイザックに色々と手を回してもらったんだよ」

「いざというときのために、重要人物の不祥事はストックしてある」


 やだ……アメリカ怖い……。

 不倫やら脱税やらの証拠が色々出てきて逮捕されたのってこの人が原因じゃん……。


 でもまぁ犯罪したんならしょうがないよね、同情される価値なしってことで。


「とはいえ、余所で火事が起きてその煙でキミが隠れているだけで、落ち着いたらまた何かあるかもしれない。なので、もう一つ大きな出来事を投下して悪評を塗りつぶすことにした」


 そう言って久我さんが横に置いてあるカバンから何やら赤いカードを取り出し、姿勢を正してそれを机の上に置いて差し出した。


「鳴神 結殿。あなたは外来異種による大きな脅威から多くの人々を守り続けてきました。よってこの行為を讃えてここに"甲種免許"を贈りこれを表彰します」

「ンンッ!? オレですか!?」


 料理をつまんでいた鳴神くんが口を押さえて驚いていた。

 というか自分やブンさん、天月さんだって仰天しているくらいだ。


 日本人ではないエレノアやイーサンは理由がよく分かっていようで不思議そうな顔をしている。


「アノ、アユム? その免許って何か特別なんデスカ?」

「えっと、外来異種駆除の免許には甲・乙・丙・丁の四種類があるんだけど、甲種って業者じゃなくて国が対応するレベルの生物災害じゃん? だから普通は発行されない免許なんだけど……」


 その存在しないはずの免許が発行されたということは、それはつまり鳴神くんが国に匹敵する力量を有しているということを宣言するのと同じである。

 確かにこれは大きなニュースになりそうだ。 


 まぁ過去に甲種の"伏せ神"を駆除して、"枯渇霊亀"と外来異種の群れに一人で立ち向かって、少し前は中国で"マウスハンター"を相手にしてたから、当然といえば当然か。


「あと荒野くんにも同じやつね。ちなみにこれは試作デザインのやつで、正式なカードは免許発行に伴う諸々が決まったら首相官邸で渡す予定だから」

「へぁっ!?」


 まるで買い物ついでかのように、突拍子の無い一撃が真正面からブッ刺しに飛んで来た!


「ど、どういうことっすか!? なんで俺まで一緒になってるんすか!?」

「富山に生物災害が発生したときは最後まで残り、甲種が迫る中、自衛隊と一緒に大勢の人を救助。さらに海外の外来異種に関する調査と捕獲、極めつけは"蓬莱"で各国の重鎮を救助どころか"鼠狩り"の撃退に貢献!……というカバーストーリーを放送する予定だからね」


 いやいやいや……いやいやいやいやいや!!

 一生懸命に首を横に振りながら何かを言おうとするが、喉から言葉が出てこない!


 鳴神くんが甲種免許という日本史上初の快挙を成し遂げるというのに、どうしてそこに俺まで入ることになってんの!?


「ちなみに、アイザックは上皇上皇后両陛下から直接下賜させようとしてたけど、流石にストップをかけて首相官邸の授与式で私が渡すことにしたよ」

「インパクトが重要だと思うのだがな」


 何がインパクトだよ!

 パイルバンカーどころかツァーリ・ボンバが流星群になって落ちてくるレベルだよ!?


「奥多摩の一件も、キミが単身調査を行ったおかげで犠牲者がいなかったということにする予定だ。汚名はさっさと払拭しておくに限るからね」


 なんというか、自分が入院している間にも世界は目まぐるしくものだと実感する。

 自分のためにここまでしてくれるのは純粋に嬉しいのだが―――。


「それで授与式のリハーサルについてだけど―――」

「すいません、甲種の免許とか辞退できません?」


 それだけに、心苦しい。


「どっ、どうしたんですか急に!?」

「あの……アユム? 何か理由が?」


 鳴神くんとエレノアが驚きこちらに詰め寄るので、手で制しながら理由を話す。


「そんなスグって話でもないけど、実は駆除業者自体そろそろ辞めようかなって」

「……はぁっ!?」


 鳴神くんが大きな声で驚くが、これが一番なんだと思うのだ。


 甲種免許というのは今まで誰も手にしたことのない一番星である。

 それを鳴神くんのように強く真っ直ぐな人物が手に入れることは誰も不満に思わないだろう。


 だが、自分はどうだ?

 富山では事態を混乱させ、イラクでは大勢の人が巻き込まれるのを承知で外来異種の種を撒いた。

 プリピャチではテロリストではあるものの人を殺し、蓬莱では新世代を殺した。


 そんな人間が手にしたら、折角の輝ける星が汚れるように思えた。


 といっても、それは切っ掛けの一つでしかない。


 そもそも、自分は何かをする度に他の人が巻き込まれてしまう体質のようだ。

 今回の一件だって、自分がいたせいで鳴神くんが甲種の"マウスハンター"と戦って足を怪我したようなものだ。


 この先も自分が生きていく限り関係のある人も、そしてない人も巻き込むことになる。

 鳴神くんが輝ける星ならば、俺は不幸を感染させる疫病の星だ。


 それならば、辞めた方が皆のためになるだろう。


 まぁ久我さん達の保護がなくなるわけだから、世間様から冷たい風やら何やら浴びせられるだろうが、そういうのはもう慣れてる。


 とはいえ、今すぐ辞めるわけではない。

 勲くんが高校を卒業しても駆除業者を続けるのか、それとも辞めるのか、それくらいは見届けようと思う。


 なんなら"外来異種瀬戸際対策の会"のトップに推薦しようかな。

 性格も真っ直ぐだし、奥多摩湖の生物災害の後も元気にやっている。

 勲くんのような子なら自分より上手くやれるかもしれない。


 とはいえ、そんなことをは言えないので適当に言葉を濁して答えることにした。


「……まぁ、色々と考えることがあってね。生涯現役ってのもキツイ仕事でしょ?」


 鳴神くんはまだ納得できないといった顔をして、エレノアは困惑している。

 ブンさんは諦めたような顔をしながらも―――。


「はぁ~……キミはほんと~~~っに! 不器用な生き方しかできないねぇ」


 そう言って、受け入れてくれた。


 不器用だろうが、こうやって生きていて、これ以外の生き方を知らないのだ。

 だから多分、自分にとってはこれが一番の生き方なんだろう。


「……うん、私も色々と言いたいことはあるけれど、荒野くんがそうしたいならその意思を尊重しよう」


 そして久我さんも折れてくれたようで、自分の隣に座ってお酒を注いでくれた。

 今までお互いに色々と苦労を分かち合った……違うな。

 仕事と責任を投げ合っていたけど、認めてもらえるようで嬉しく思った。


「ところで荒野くん。キミもボランティア団体のトップなのだから、後継者というのがとても大事だというのは分かるよね?」

「え? まぁ、分かるといえば分かりますけど」


 曖昧な返答をすると、何故か久我さんがこちらの肩に手を回してきた。

 自分が美少女だったらセクハラとして訴えられてもおかしくないが、残念なことに同性の男なのでそういうのはない。

 ……いや、法整備で男が男にセクハラしても訴えられるようにすべきではなかろうか。


「実は私も後継者を育てようとは思っているんだ。しかし、やはりこの界隈に入ってくるような人間は一筋縄ではいかない者ばかりでね、私の目指している方向とは違う場所を見ている者ばかりなんだ」

「は、はぁ……」

「そこで思ったんだ。それなら私が望む方向に進むよう育てればいいのだと!」


 久我さんがまるで創作の悪役のように力説しながら、肩に手を回した手に力が込められる。

 この部屋には鳴神くんや天月さん、他にもアイザックさんとかいるのに、そんなこと言って良いのだろうか?


「……で、駆除業者を辞めるってことは荒野くんは時間ができるわけだよね? ちょっと十年くらい勉強したら私が後援者になるから政治家に―――」


 生涯で一番の危機を察知した俺は素早く机の上にある甲種免許(仮)を奪い取る。


「おぉっと! やっぱ甲種免許は色も香りも違いますねぇ! いやぁこれが欲しかったんですよ、ありがとうございます! やっぱこれからの時代は駆除業者っすよねぇ!」


 重油ですらまだ粘りが足りないと言われる政界に無理やり連れ込まれそうになったので、脱出カードを使って切り抜けることにした。


「おっとっと、ただの冗談じゃないか。こうすればキミが免許を受け取ってくれると思っての演技だよ」


 絶対に嘘だね、だって目が真剣(マジ)だったもん!

 そうだった、この人はこういう人だった!

 今でこそ俺を権力で保護してくれてるけど、それがなくなったら一番最初に俺を捕まえに来る人だ!


 クソッ、これだから政治家って奴は!!


「あっ! そういえば! 犬走の扱いってどうなってるんですか!?」


 話を切り替えるために満面の笑みでカニを食ってる奴を指差す。

 人の不幸を肴によくもまぁ平気な顔して飯を食えるなぁ!?


「彼が誘拐された子供というのは確証が取れているし、重要な参考人として保護してるよ。ただ、少し問題があってね」


 もう面倒事でお腹がいっぱいでご飯食べられないのに、厄介事のおかわりを用意するのは止めて頂きたい!


「重要な参考人ということは、彼が排除されると唯一の参考人を失うということだ。だが彼を厳重に警備すれば、必ずどこかで情報が漏れる。先日、何名かの議員が不祥事で報道されただろう? ああいった外に情報を漏らす穴がまだ残っている可能性があるのだよ」


 それはまた面倒な問題である。

 守りを固めれば何かあると言っているようなものだし、何もしなければ守ることすらできなくなるという板ばさみだ。


「―――で、キミに監視してもらうために"外来異種瀬戸際対策の会"に送ることにした。頼んだ」

「最後だけ雑すぎやしませんか!?」


 警察にも自衛隊にも任せられない以上、久我さんの私兵というか秘密部隊である自分にお鉢が回ってくるのは分かるのだが、それでも一般人の自分に任せるのはどうかと思うの!


 そして監視される当の本人は相変わらずの胡散臭い笑顔を浮かべてこちらを見ている。


「ちなみに、本当はワイがあんさんを監視するために送られるんやで」

「はっはっはっ! 久我さんが俺を監視するなんて、そんなこと……ねぇ?」


 同意を求めるように顔を向けると、久我さんはニッコリと頷いてくれる。

 ……おかしいな、こちらを品定めするかのように目がうっすら開いていている。

 ちょっと言質を取りたいのでちゃんと言葉であいつの言葉を否定してくれませんか?


「ちなみにアメリカからの監視がそこのイーサンってオッサンや。良かったなぁ、モテモテやで?」

「男ばっかりじゃねぇか! ハニトラ要員を連れて来てくれ!」


 そう叫ぶ自分の肩を、ブンさんが優しく叩く。


「キミほど面倒な男を相手できる女の人、いないから」


 クソッ、一分の隙も無い完璧な理論武装だ!


 いいもん、いいもん!

 逆に言えばこの二人を始末すれば監視がなくなるということだ。

 現場に何度も放り込めば勝手に離脱するはずだ。


 離脱するまで俺と一緒に現場で地獄を見てもらうことにしよう、そうしよう。

 お前らの胃に穴が空くその日まで、俺はこの仕事をやり続けるぞ!


「―――ところで、"蓬莱"での事件について報告することがある」


 ガッチガチに硬い顔をしているアイザックさんが、更に重苦しい顔をしながら口を開いた。


「"マウスハンター"の撃退後、やつは深海に潜り"蓬莱"に穴を空けてからどこかに逃げた。幸い、穴は小さなものだったので中にいた要救助者に怪我はなく、すぐに救助作戦は完了した」


 あ、報道がなかったから心配だったけど、中に残ってた人もちゃんと助かったのか。

 それならこちらも苦労した甲斐があったというものだ。


「その後の調査において、コード・イエローラビットの遺体を確認した。……一部は判別が難しかったがな」


 そりゃあ一人は顔面をしっかりガッツリ磨いて、もう一人は人体で因数分解して、最後の一人は花火になったからね。


「ちなみに国際指名手配犯であるドゥヴァの血痕が確認されたが、彼の行方について心当たりは?」

「ッスゥー……多分、あっちの方です」


 そう言って斜め下の地面を指差すと、何かを察したのかイーサンとアザックさんの眉間に皺が寄った。

 まぁヘル的な地獄に落ちたんじゃないかな、距離的にも近かっただろうし。


「……まぁいい、それについては後で話を聞かせてもらおう。最後にキミは二人の双子に撃たれ、犬走がその双子を撃ち、キミと一緒に脱出したということで間違いないな?」

「そいつが撃ったところは見てないですけど、脱出艇の中には俺とそいつの二人だけでしたよ」

「念のために確認する。実は三つ子だったとか、未来という少女の他に誰かいたということはないか?」

「いない、はずですけど……」


 なんだろう、このよく分からない言い回し。

 双子なら二人なのが当たり前なのに、どうして人数のところを強調しているのだろうか。


「回収できたコード・イエローラビットの遺体の数は四名。コードネームは"悟空"・"金吒"・"天魁"……そして、一名の女性の遺体だ」

「あぁ、じゃあ一人は助かったわけなんですね」


 犬走はトドメまで刺さなかったわけだし、運良く助かったということか。

 それなら今頃何をしていることやら……やっぱアメリカ側で尋問とか?


「……ちなみに救出した人員のリストを確認したところ、一名多いことが判明した」


 じゃあその一名が生き残った双子の片割れってことですね。

 ……あれ、それならどうしてアイザックさんは自分達に確認なんかしたんだろ?


「救助された人員の中には、顔をひどく負傷している女性が確認されている。そして、その女性は私の娘とよく似た顔をしており、こちらが身元を確認する前に姿を消したそうだ」


 アイザックさんの娘さんは"皮剥"による皮膚移植の治療を受けていた。

 だが全ての皮膚を使うわけではない、使わなかった部位があったはずだ。

 例えば―――顔!


「ちょっ、それもしかしてその子が"皮剥"の皮を…ッ!?」

「まだ推測の域だがな」


 犬走の方を見ると相変わらず飯をかっ食らっている。

 いや、ちょっと震えてない?


「やばい、ちょう怖いわ」

「そんなにか」


 女の子に追われるとか一部の男性にはご褒美だというのに贅沢な奴だ。


「別にそこまで気にしなくていいんじゃない? そもそも怪我もヒドイんだしすぐ捕まるでしょ」

「アホ言うなや! よりにもよってあんさんがそれ言うんか!?」


 犬走がちょっと声を震わせながらこちらに詰め寄る。

 なんだよ、俺が何したって言うんだよ。


「あんたが"蓬莱"でやったこと忘れたんか!? あの子はあんたっちゅう最悪の教材を真横で見て学習したってことやぞ!!」


 それはつまり……俺が考えそうな方法を学んだ女の子が、今も何処かに潜伏しているってこと……?

 それは…なんというか……。


「ヤバイじゃん」

「ヤバイよ」

「ヤバイじゃないですか」

「ヤバイな」

「ヤバイ」


 その場にいた女性陣を除き、全員の心が一つになった気がした。


 ふと、スマホからメッセージの着信音がする。

 あまりにもジャストなタイミングだったので犬走が物凄い速度で距離をとった。

 いやいや、流石に相手も直接俺にメッセージを送るとかしないでしょ。


「あっ、未来ちゃんからだ。え~っと『紐が二本ついた鳥に気をつけてください』……?」


 どういう意味だろうか。

 その鳥が誰かを襲うとか、何か事件を起こすとか、そういったことは一切書かれていないので、何をどう気をつければいいのかが分からない。


 ふと、外の庭園を見ると松の木に一匹の鳥がとまっているのが見えた。


「犬! アレだ!」

「応ッ!」


 こちらが指示した瞬間、犬走は持っていた箸をダーツのようにその鳥目掛けてブン投げる。

 あまりにも速度が出ていたせいか、箸は凶器となり鳥の腹を貫通して刺さった。


「ちょっと、いきなり何してるの!?」


 ブンさんに怒られたけど、未来ちゃんからのメッセージとあれば最大限の注意が必要なので必要な犠牲だったということにしてもらいたい。


 念の為に鳥を拾って観察するが、足にビニールの紐が一本絡まっているだけであった。


「あちゃー、勘違いだったよ。ただのゴミがついてた鳥だった」

「あんさんはほんまにもぉー! 驚かせおってからにぃ!」


 犬走と肩を組んで笑い合う。

 そうだよね、生きてたとしてもこんなところに来るわけないよね。

 まさかまさか、こっちを監視してるとかないでしょ。


「あの、荒野さん。オレ目がいいんですけど、箸が刺さる前はもう一つ何かついてた気がしますよ」


 へ、へぇ~……そう…なんだぁ……。

 でも、でも……それなら紐が一本しかついてないのは、どういう理由があるんだろうねぇ~?


「……なぁ、ちょう気になったんやけど」

「ヤダ! 小生ヤダ! 何も聞きたくない!」

「あの事件が終わって、日常が戻ってきたとするやろ? そのとき、足に糸がついとる鳥を見たけど、何もあらへんただのゴミだったら、どう思う?」

「嗚呼、気にしすぎだったか。鈴黒がここにいるわけないもんな!……って思う」


 二人の間に沈黙が訪れる。

 そして遠くで鳥の羽ばたく音が―――。


 俺達は靴を履くことも忘れて庭園の壁を乗り越えてその場から本気で逃げ出した。


「アカン、アカン、アカン! どうする、どないする!?」

「とにかくここはマズイ! 電車と飛行機のチケットを複数とって何処に行ったか分からないようにして逃げるしかない!」


 こうして闇夜に男二人が、まるで夜逃げでもするかのように、何もかもを捨てて走り抜けていった。

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