第105話:お見舞い攻勢
【病院】
白い天井、白い照明、そして白い陽光が目に入る。
「知らない天井だ……」
嘘である、入院して四日目なのでもう見慣れてきた。
足はまだ痛む程度なのだが、問題は顔だ。
"マウスハンター"の翼が顔の横を通り過ぎただけなのだが、その際に抜けた鱗が顔の左半分を切り裂いていたのだ。
更にあの巨大質量が振るわれた衝撃が直撃したせいで頭もシェイクされ、傷口も広がってしまった。
おかげで何かに裂かれたような傷跡が少し残り、ただでさえ悪い顔が人相までちょっと悪くなってしまった。
いっそこのままずっと顔の半分を包帯で隠してしまおうか。
なんか、こう、本気を出すときだけ包帯とって戦うみたいな感じで。
……この歳でやっても痛々しいだけだな、傷だけに!
あとまだ傷跡が塞がってないので笑ったりして表情筋を動かすと痛い。
我慢できる痛みだけど、しばらくはお笑いとかは見られないなぁ。
【入院五日目】
ブンさんと近衛さんが着替えやら何やら荷物を届けに来てくれた。
「退院したら、厄払いに行こっか」
「一回で足りますかね……?」
ブンさんが気まずそうに顔を逸らす。
だよね、叩けば埃くらい厄が出てきそうだもんね。
もう丸ごと洗濯機に突っ込まないと綺麗になれない気がする。
返り血が濃すぎるから無理か。
「まぁこっちは前よりも落ち着いてきたし、のんびり休むといいよ」
「へ? 前までクレーム電話の大合唱だったのにですか?」
「ちょっとテレビ入れるね」
そう言ってブンさんがテレビをつけていくつかのチャンネルを見せてくれる。
○○放送局の責任者が売春行為で逮捕、○○議員が不倫、○○報道者で大規模な脱税発覚、などなど……兎にも角にも不祥事のオンパレードである。
「キミが戻ってきてからすぐにこんな感じになってね。おかげでこっちを気にする人が居ないのよ」
まるで計ったかのようなタイミングだが、もしかして久我さん辺りが根回ししたのだろうか?
こんなことまで出来るとなると、益々あの人に逆らえないなぁ。
「それじゃあ私も久々にゆっくりさせてもらうから、キミもしっかり英気を養って、次の仕事に励んでね」
「分かりました、次はもっとデカいヤマを引き起こしてやりますよ!」
「しなくていいから! っていうかキミが招いたわけじゃないだろう!?」
そう言ったブンさんに向けて不敵に笑う。
半信半疑といったような顔をしながらブンさんが病室から出て行く。
「……あの、近衛さん? 出て行かないんですか?」
「出て行かないといけないことでもされるのですか?」
ブンさんと一緒に退出する流れだったのに、椅子にどっかり座ってお土産のリンゴをナイフで剥き始めた。
「あの、何か用事でも……?」
「ナイフでリンゴの皮剥けないでしょうから、それだけやって帰ります。こちらのことは気にせずテレビでも見ててください」
無言で黙々と作業してる人を無視してテレビを見てるのはちょっとハードル高くないでしょうか。
小粋なトークは無理だけど、せめて何か業務連絡みたいなのでもいいから会話しません!?
「あっ、そうだ! そういえばスーツの弁償ってどうなりました?」
「……聞かなきゃ良かったって言いますよ」
近衛さんが溜息をついてそんなことを言い出した。
それってもしかして、賠償額がスーツ代全額どころか二倍とかになってるってことですかァ!?
「先ず、スーツは廃棄になりましたが損害賠償はありません」
おぉ……そ、それは良い事なのでは……?
「ただ、荒野さんが巡視船"あかつき"から降りてきた映像が放送されたときに、スーツに注目されました。あれだけボロボロになったのに、上着にはほとんど傷がついてないと」
代わりにめっちゃ汚れたけどね!
血だったり海水だったりなんかもう色々なもんのせいで!
「ただ、オーダーを請け負った店は逆に恥じ入ったそうです。作りが甘かったせいで持ち主を怪我させてしまったと」
「いや……あの状況で怪我しなかったら、それはそれで人間辞めてることになるんだけど」
近衛さんには詳細を話せないけど、"蓬莱"で外来異と戦ったり、熊に追われたり、中国の新世代を殺したり殺されかけたり、あと船の上で甲種にからまれたり……。
ほんとよく生きてたな!
「どういう状況だったかは知りませんが、店側は次はもっと丈夫なものを作るのでそれのテストをお願いしたいとのことです。具体的には噛まれたり切られたり食べられても無事なスーツを目指すとか」
「中身の人間の方が先にお陀仏になるんですけどォ!?」
食われても大丈夫なスーツじゃなくて、そもそも食べられないようなスーツを作ってくれ。
あと出来れば防弾性能もほしいけど、それ言ったら絶対に変に勘ぐられるよなぁ……。
「テストのためにも早く元気になってください」
「はぁ~……聞かなきゃ良かった」
【入院六日目】
暇すぎてどうにかなりそうだと思っていたら、未来ちゃんとご両親がお見舞いに来てくれた。
「"蓬莱"では家族共々、本当にお世話になりました」
「あぁ、いえいえ。お気になさらずに」
未来ちゃんのパパさんとママさんが頭を下げて、つられて自分も下げて、なんかおかしなことになってしまった。
お見舞いの品は定番のフルーツ、学園の人達から色々な食べ物、あと九条さんからタブレットが複数。
『入院で退屈でしょうからいくつか見繕ってみました。全ての端末で映画やドラマを視聴できるようにしてあります』
―――とのことらしい。
中身を見たら全部違うアカウントで、五年くらいずっと見られるようになってた。
これは、五年くらい病院から出るなってメッセージなのだろうか……?
「そういえば、未来ちゃんはもう体調大丈夫なの?」
「はいっ! "蓬莱"から出てから体調が良くなって、御手洗さんが言うには血をいっぱい抜かれたのが快復した原因かもしれない、らしいです」
え~っと、確か未来ちゃんは新世代としての力が強くて負荷になってて、それが血を抜いたことで改善されたってことか。
じゃあ定期的に献血にでも行けば大丈夫ってことか。
あと、新世代の力は血に関係してるってことだろうか?
そこら辺は適応世代の自分には関係ないし、専門家に任せよう。
【入院七日目】
「荒野さん、研究所を代表してお見舞いに来ました」
「お前らそこに正座しろォ!!」
国立外来異種研究所の御手洗さんと他数名がやってきたので開幕説教スタイルに入った。
「お前らなぁ! 秘密兵器がなぁ! グロでヤバくて赤い染みでなぁ!」
こいつらほんま、あんな危険なもんを渡しやがって!
なんか変なギミックついてんだろうなって思ってら、予想の斜め上をぶっ飛んでK点超えたわ!
「あれ、威力にご不満がありました?」
「パワードスーツ着た人間が赤い色素だけ残して消える人体消失マジックやったのに更に威力を追及してどうする!!」
しかも甲種の土手っ腹にも穴開けたしな!
マジで個人で持ってちゃいけない破壊兵器じゃないあれ!?
「じゃあ安全面の問題ですか? 動作不良が起きたらちゃんと元に戻るようにしましたが」
「物騒すぎるって話をしてんだよォ!!」
「……今更じゃないですか?」
そうかな……そうかも……。
というか結果的に役に立ったわけだし、そこら辺を考えるとあんまり強く言えないかもしれない。
「そういえばカプセルから出して元に戻したんですが、"霧の狼"の身体が少し大きくなった気がするんですよね。何か食べさせました?」
「食べさせては……ないっすねぇ~……」
食べさせたというか、むしろこれを喰らった奴らがダイエット成功したというか、一匹はお腹がスカスカになったというか、もう一人は減量しすぎて質量ゼロになったというか。
……やっぱダイエットは無理してやるもんじゃないよね!
【入院八日目】
今日は社さんの息子さんである勲くんがお見舞いに来てくれた。
「えっと、取り敢えずお返しってことでチキンラーメンを持ってきたんですけど」
「ナイス! キミのようなお土産を待ってた!」
こう、他の人は定番のフルーツやらの生鮮食品ばっかりですぐに食べないといけないから、チキンラーメンみたいに日持ちするやつは大歓迎だ。
決して暇だからフルーツや菓子をドカ食いした訳ではない。
「ところで、顔は大丈夫なんですか?」
「これは生まれつきだから」
「そういうことじゃなくて……」
「そんなにヒドイかな、俺の顔?」
「ノ、ノーコメントで……」
そこは嘘でもイケメンですって言ってほしかったな。
まぁ言ったら言ったで異端審問するけど。
「あ、不破さんからもお見舞いというか北海道のお土産を預かってます」
「これ……東京駅で買える東京土産……」
あの人、東京に戻ってきてから思い出したな。
いやまぁちゃんと買ってくれだけ全然いいんだけど。
「そういえば、駆除業者の仕事っていつまでやるつもりなの?」
「まだ分からないです。受験勉強もまだ早いですし、もうしばらくは続けるつもりですけど」
二人でバナナの形をしたお土産を食べながらそんなことを話す。
「そういう荒野先輩はいつまでやるつもりなんですか?」
「分からない……そもそも、辞めさせてもらえるかどうかも怪しいもんだし」
「ボランティア団体のトップなのに、自分で辞められないんですか……?」
まぁお金出してくれてる人達がいるからね、その人達に辞めろって言われたら心置きなく辞められるんだけどね、でも多分逃がしてくれないんだよね。
今回の一件で色々とやらかしたし、それで責任とって辞職できたらいいなぁ。
……でも久我さんが責任全部取るとかいってたから無理だろうなぁ。
次に何かあったら"全ての責任は俺が負います!"って言おう、そうしよう。
そうすれば穏便に辞められるはずだ。
ただ、辞めてもおかしな事件に巻き込まれそうな気もするんだよなぁ。
そうなると、今のポジションの方がいいわけで……。
「ッスゥー……世の中、わりとクソだよねッ!」
「えっと、その、頑張ってください……」
うん、キミがこのまま駆除業者としての経験を積んで、いつか俺の後継者になるまで頑張ってみせるよ。
大丈夫、キミならきっと俺よりも凄い駆除業者になるはずだ!
だからこれからも現場に連れて行くからね、覚悟してね。
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