第104話:この手しか知らない

 医務室に連れて来られたのだが、麻酔をかけて処置もらったおかげで、特に痛みもなく脚に残っていた弾を摘出してもらった。

 運よく太ももの端の方だったので重要な血管も傷ついておらず、少し入院すればすぐに退院できるそうだ。


 今、先ほどまでの海上大乱闘はまるで嘘だったかのように静まり返っている。

 船が動いておらず、自分達はまだ"マウスハンター"の狩場の真っ只中だ。


 何故そうなっているのかというと、付近で漂流している救助者の回収だけではなく、姿を眩ますためだろう。


 "マウスハンター"はばら撒かれた鱗が感覚器になっている。

 下手に動けばこちらに狙いをつけて真下から引きずり込まれることだろう。


 いやぁ、普通は我先にと逃げる緊急事態だっていうのに、敢えてエンジンを止める度胸があるのは素直に凄いと思う。


「はぁ……外来異種の専門家の方でしたか」

「はい。なので、久我議員か練馬の自衛隊駐屯基地にいる幕僚長の村中さんに連絡してもらえれば確認できると思います」


 とはいえ、このままここで待っていても状況が良くなるとは限らない。

 というか人任せにして死ぬのは嫌なので、情報提供やら協力やらできないか頼もうとしているところだ。


「分かりました、先ず船長に確認してまいります。お名前をお伺いしても?」

「犬走 俊哉です」

「嘘はアカンで、自衛隊の特殊訓練を受けた荒野 歩はん」


 ベッドでくつろいでる犬走が口を挟んできやがった。

 クソッ、全ての責任をこいつに押し付けてやろうかと思ったのに!


「動かないでください! 血を流しすぎて今生きてるのが不思議なくらいなんですよ!?」


 犬走の側にいた船員さんが起き上がろうとする犬走を制止させる。

 オゥ……思ったよりも重症だったようだ。

 というか生きるか死ぬかの瀬戸際なのによくもまぁ元気に振舞えるものだ。


「まぁ"肉体操作"があるおかげで効率的に休めるんで、そこまで心配せんでも平気っすわ。いざとなったら無理に心臓動かしまっせ」


 どうしよう、最後まで扱き使ってやろうかと思ったけど止めた方がいいだろうか。


 そうなると、どうやって甲種を相手にすべきか……。

 そんなことを考えていると慌しく医務室の扉が開け放たれた。


「失礼いたします! 荒野博士、対応が遅れてしまい申し訳ありません! すぐにでも船長がお話しをお伺いしたいとのことです!」


 扉から入ってきた船員さんがビシっと敬礼しながらハッキリとした声でそう言う。

 それにつられてか、周囲の人も立ち上がりこちらに敬礼してきた。


「チガウ、ハカセ、チガウ!」


 あまりの対応にカタコトになってしまう。

 久我さんか村中さん、どっちかが何かおかしなことを吹き込んだらしい。


 専門家とは名乗ったけど博士号とかとってないです。

 なんなら大学にも行ってないです。


「ヨッ、先生!」

「やかましい!」


 なんとか認識を正そうと思ってはみたのだが、今はそれどころじゃないので、そのまま船長室の方に案内されることにした。

 あと余裕ありそうだし犬走もセットで。

 なんか目を離したら何かやらかしそうだし。


「初めまして、荒野博士。巡視船"あかつき"の船長をしております高須賀と申します」

「あ、どうも……でも博士呼びはちょっと勘弁してください」

「ハハハ、確かにまだお若いですから慣れていないのでしょう」


 自分よりもかなり年上のような出で立ちの高須賀船長は朗らかな顔のまま力強く握手し、状況について簡単に説明してくれた。


「先ず本船及び周囲の船は甲種に探知されぬよう機関を停止。今回の一件についてアメリカ及び中国と共同作戦をとり、救護者の収容が完了次第、この海域に集まった船による撹乱作戦を行い、現場を離脱する予定でした」

「予定でしたって……何で過去形なんですか」

「その、現状の装備で対応するのは不可能ということで、既にこの海域から離脱いたしまして……」


 あぁ、そりゃあ甲種を相手するなら戦争する艦持って来ないと駄目だけどさ!

 だからって置いてくのはちょっとどうなの!?

 マジでクソですわよ!!


「幸い上からの命令で本船に来られました二名、鳴神・エレノアの両名のおかげで甲種は一時的に沈黙。今は新たな命令を待つために待機中となっております」


 高須賀船長の説明が終わったと同時に、船長室にまた人が入ってきた。


「あっ」

「あぁっ!」

「ワォ、アユム!」


 部屋に入ってきたのはエレノアと、彼女の肩を借りている鳴神くんの二人であった。


「彼女がいながらエレノアに手を出すとは! これはもう天月さんのご両親にチクるしかねえ!」

「足が折れたかもしれないから手を貸してもらってるだけですよ! っていうか前回のせいで印象が最悪なのにこれ以上は本当にマズイですから!」


 酔いつぶれた天月さんを自宅に連れ込んだような形だったからね。

 まぁ実際に連れて行ったのは俺なんだけど。


「久しぶりデス、アユム! 」

「あぁ、エレノアも久しぶり。イーサンの看病の次はこんなことに駆り出されて大変だねぇ」


 エレノアが小走りでこちらにやってきたので、先手を取って両手を前に出して握手をすることで距離を保つことにした。

 アメリカンな接触をするとね、保護者がね、イーサンが銃を持ち出すかもしれないからね。


 そんなことをしていると、後ろから服を引っ張られる。

 一体何かと思い見て見ると、犬走がドン引きしてるような顔をしていた。


「なぁ……エレノアって、もしかして聖女って呼ばれとった新世代の子なんか? 海を割ったとか言われとる、アメリカ最高峰の新世代のエレノアなんか?」

「なんなら海どころか山とか空も割ったぞ」


 剣岳のときはマジで凄かったな。

 問題は凄すぎて気軽に力が使えないことだけど。


「あんた……あの子と知り合いとか、ほんま何者なんや」

「……ボランティア団体の責任者?」


 裏も表もお飾りだと思ってたら厄ネタがドンドン来て嫌でも経験が積まれるのよね。

 でもまだギリギリで一般人に戻れる範疇だと思いたい。


「あれ、そちらの人はコード・イエローラビットの无题さんですよね。どうしてここに?」

「どもども。なんか一部のアホな奴が"蓬莱"にテロリストを送り込んで各国のお偉いさんを拉致ろうとしたところ、裏切った元日本人です。よろしゅう」


 高須賀船長が眉間を押さえてうなだれ、鳴神くんは目を丸くして呆然としている。


「荒野さん、何やらかしたんですか」

「俺のせいじゃねぇからッ!」

「富山、イラク、チェルノブイリから"霧の狼"」

「ッスゥー………いや、ほんと違うから。今回ばっかりは俺何も関係ないから」


 まぁ正当防衛として中国の新世代の人をやっちゃったり、世界初の新世代らしい"コシチェイ"の人を赤い染みにしたりしたけど、甲種がこんにちわしたのは俺のせいじゃないはずだ。


「というか足、どうしたんですか? オレみたいに折れたんですか?」

「あぁ、ちょっとヤンデレに撃たれ……待った、足が折れたって何で!?」


 奥多摩で無数の外来異種を相手に無双してても傷一つなかったのに、何をどうしたらそうなるの!?


「そうだ、それについて説明しに来たんでした。実はヘリからエレノアが海を割って甲種の動きを止め―――」

「あっ、呼び捨てにしてる! 関係性アピールしてる! チクらないと!」

「すいませんちょっと黙っててください!……えーそれで、オレが甲種目掛けて落下して本気の一撃を叩き込んだんです。そしたら、おかしな手応えだったというか、こちらの衝撃に反応してまるで爆発したかのような衝撃が来て、それで足が折れてしまい、自力でヘリに戻れずに回収されるまで待つことになってたんです」


 ヘリからの速度に加えて鳴神くんの本気の一撃だというのに、逆に負傷させられるってどういうことなの……?


「……もしかしたら、爆発反応装甲みたいなもんかもしれへんな」

「外来異種が、そんなものを!?」


 犬走の説明を聞き、高須賀船長が驚きの声をあげるが、俺と鳴神くんとエレノアは頭にクェスチョンマークを浮かべる。


「爆発反応装甲って、どういうこと?」

「ああ、簡単に言うたら戦車の砲弾が当たった瞬間に外付け装甲に備わっとる爆薬が炸裂して砲弾そのものを破壊したりして被害を減らすっちゅうやつやな」


 流石は甲種だ、生物として滅茶苦茶すぎる。

 しかもこんなのが船を海底まで引きずり込むんだから最悪だ。


「じゃあオレはその衝撃をモロに受けたから足が折れたんですか」

「足が残っとるだけ御の字やな。"マウスハンター"の鱗は爆発反応装甲と、飛散させて広範囲ソナーの役目をする二重構造ってやつや」


 もうこれ野生の生物兵器だよ!

 しかも自立行動するから性質が悪い!!


 あれ、でもあいつ攻撃される前から鱗をばら撒いてたよな?

 そんでソナーの役目も果たすと……。


「ねぇねぇ、なんで俺らって探知されてないの?」

「そら、あちらさんは音で探知しとるけど、こっちはエンジン止めとるからな」

「いや、普通に人とかいるし音出てると思うけど」

「多分、鱗が音を反響させとるんやろ。だから小さい音ならあっちまで届かんはずや」

「あのさ、ソナーって二種類あるよね? パッシブソナーとアクティブソナー」

「せやな。んであちらさんはこっちの音を待ってるパッシブの方……いや、まさか!?」


 そう、あちらは爆発反応装甲とかいうものを持っている。

 なので海底の岩盤とかにわざと衝突すれば、その衝撃と鱗を広められるのだ。

 それはつまり―――。


「鱗を海に広めて、爆発反応装甲による衝撃がこちらに届いたら……アクティブソナーで捕捉されるんじゃないかなって……」


 船長室が沈黙に包まれる。

 もしかしてこれ、言っちゃいけなかったやつ……?


「失礼、少し上に連絡してまいります」


 高須賀船長が部屋から出て行ってしまい、四人が取り残されてしまった。

 どうしよう、合コンに行ったら相手も全員男だったくらい気まずい空気だ。


「そうだ! エレノアの力なら甲種も真っ二つにできるんじゃない!?」

「エット、ちょっと難しいデス。止まっているなら、もしくは小さいなら何とかなりマス。だけどあれだけ大きくて速いと"開ける"前に逃げられてしまいマス……」


 動かないものなら海とか山みたいな大質量も"開けられる"が、素早い生物が相手だと勝手が違うということか。


「鳴神くん! "伏せ神"を倒した感じで"マウスハンター"も何とかならない!?」

「いや、不可能です。"伏せ神"はオレもろとも食われたから内部を破壊して駆除しました。だけど"マウスハンター"は海の中に引きずり込みますから内部まで到達できません。そもそも、足も万全じゃありませんから」


 個人単位で最強の人類でも、流石に甲種クラスの化物には分が悪いか。


「犬走くん、キミなら何とかできると信じてるよ!」

「無茶言うなや! ワイに頼るくらいならこの船についとる四十ミリ機関砲と二十ミリ機関銃を使った方がなんぼもマシや!……まぁ、真下には撃てへんから意味ないんやけど」

「チクショウ、役に立たねぇなお前は!」

「そんなん言うならあんさんが何とかしたらどうや!?」

「バッキャロー! 俺だって勝算五割くらいの作戦しか思い付かんわ!」


 ……あれ、キミ達、何でそんな信じられないものを見るような目を俺に向けてるの?


「五割!? あれ相手に五割も勝算あるんか!?」

「あ、ごめん。ちょっとホラ吹いた。駆除は三割くらい、逃げるだけなら七割かも」

「……荒野さん、頭おかしいんじゃないですか」

「失敬な! ちゃんと正気だって診断されたわ!」


 ってか逃げるの失敗する確率が三割だよ!?

 命賭けるにはリスクが高くない!?


 とはいえ、このまま何もしなければ十割で死ぬっぽい。

 だからって、こんな作戦に賭けるのもなんだかぁなぁ……。


「あの、アユム? どういう作戦なの?」

「ぶっちゃけゴリ押しなんだけど―――」


 作戦を説明しようとしたところで高須賀船長が戻ってきた。

 上からは具体的な作戦が決まるまで待機ということであり、いよいよもって覚悟しなければならなくなった。


 そうして高須賀船長も含めて自分の考えていた作戦を伝える。

 エレノアはポカンと口を開けたままに、鳴神くんは何かを諦めたかのような顔して、犬走はドン引きしてた。


 高須賀船長はかなり重苦しい表情をしており、もう完全に駄目だと言われるのが分かってしまった。


「……上に確認してまいります、少々お待ちを」


 まぁこんなこんな自殺紛いの作戦、やらないに限る。

 他の誰かがもっといい作戦を思いつくまで待てばいい。


 何も案が出なければ対策をしなかった人物を、作戦に失敗したら案を出した人物を罵ればいい。

 それが当たり前で、誰もがやっていることだ。


 ―――反吐が出る。


 何かをやることに責任が伴うなら、何もしないことにも責任は伴っているはずだ。

 少なくとも俺は何もしなかったことで起きたものをよく知っている。


 誰も彼も生きるのに責任を抱えている。

 だから自分の命の責任分は、意見を出したり行動するのが筋というものだろう。


 慌しい足音と共に、高須賀船長が戻ってきた。


「作戦行動の許可が降りました、すぐに準備を」


 俺の行き当たりばったりな作戦が採用されるなんて、世も末である。

 それとも奥多摩の責任と一緒にまとめて処分するための方策だろうか。


「それと、一つ伝言が。"責任はこちらで処理するから余計なことは考えなくてもいい。生還を祈る"とのことです」


 久我さんからの頼もしいお言葉だ。

 男女間の責任以外を放り投げていいなら気が楽になる。

 特に犬走のこと。


 さぁ生きてここから戻ったら、俺が"蓬莱"で味わった苦しみの半分くらいは堪能してもらわないとな!


『救助者と非戦闘員は船の後部へ移動! 五分後に機関始動。作戦目標……"鼠狩り(マウスハンター)"の撃退! 各員、戦闘配置に着け!』


 船長がスピーカーから指示を出すと船の中は慌しくなりながらも、規律正しく動いていく。

 エレノアはヘリに乗り、そして鳴神くんと俺はいつでも甲板に出られる場所で待機する。


「……なぁ、ワイは?」

「死にそうらしいから普通に船の後部で寝てていいよ」


 というか折角あの地獄みてぇな場所から生還したのに、無理して死なれたらすっげぇ気まずいじゃん。

 これ以上の人死にはお腹いっぱいだから、大人しくしてて?


「フン、ワイだけ仲間外れかい。そんなん言うならこっちにも考えがあるで!」


 とか言いながら普通に船員さんの肩を借りて船内後部へと移動していった。

 あの双子みたいに要らんことしないことを祈ろう。


 ……やっぱ不安だな、監禁してもらうように言うべきか。


『ヘリの発艦確認。両舷微速前進を維持……マルチビーム測深機に反応! 目標との接触まで三十秒!』


 巡視船"あかつき"に備え付けられている武装が稼動する。

 真下から迫る敵には無力だが、それならば引きずり出せばいい。


『総員、付近にある何かに掴まるように! 接触まで残り二十……十五……機関最大戦速!』


 合図と共に"あかつき"の速度が上がる。

 この速度では"マウスハンター"を振り切れないが、それでいい。


『甲種の進路、予定通り当船の真下! 砲門開け!』


 四十ミリ機関砲と二十ミリ機関銃が敵のいない空に向けられる。

 接触まで残り十秒……!


 ここで大きな波がやってきたかのように船が大きく傾いた。

 人間でも歩くのが難しいほどの傾斜だというのに、"あかつき"は速度を維持したままグイグイと進んでいく。


 そしてキッチリ十秒後、"マウスハンター"は"あかつき"を掴むことなく、大きな轟音と共に海から飛び出し、空中に浮き上がっていた。


 エレノアの力によるものである。

 接触の直前にエレノアがヘリから海を上下に"開く"。

 もちろん、あらかじめ接触する箇所を"開いた"としても、動いている"マウスハンター"を真っ二つにすることは不可能だ。


 だが海は違う。

 ヘリから斜めに"開かれた"ことで、"あかつき"との距離が離れてしまい、目測が外れた"マウスハンター"が勢い余って海から飛び出てしまったのだ。


 海の中にいる"マウスハンター"ならばこちらは手も足も出ないが、そこから出てしまえばもう関係ない。

 エレノアが海を"閉じる"と再び船は水平の位置に移動し、"マウスハンター"だけが取り残された状態となる。


『撃てェーッ!』


 "あかつき"に備えられている四十ミリ機関砲と二十ミリ機関銃による集中砲火により、"マウスハンター"の鱗が爆発音と共に剥げていく。


 滞空時間はわずか数秒だが、このまま海に戻すわけにはいかない。


 "あかつき"は"マウスハンター"が目の前の海から上空に飛び上がったときも進み続けていた。

 それはつまり、"マウスハンター"の落下地点に割り込んだということでもある!


 これが"枯渇霊亀"や"万魔巣"であれば船ごと沈んでいただろう。

 しかし、"マウスハンター"は空を飛んでいるヘリすら掴んだことがあると言われている。

 ということは、全長何十メートルという大きさであっても、重量はそこまでないはずだ。


 船全体が大きな衝撃と揺れに襲われる。

 だが"あかつき"は耐えてみせた。


 船に打ち揚げられた"マウスハンター"が海に戻ろうと甲板で暴れる。

 これこそが俺達の狙っていた好機だ。


 俺と鳴神くんは船内から甲板に出て全力で"マウスハンター"のもとへ向かう。

 もちろん"マウスハンター"が暴れているのだ、翼による横薙ぎがこちらに向かってくる。


「ハァッ!」


 だが鳴神くんが俺を庇う。

 流石に質量差があるのか甲板を転がってしまったが、それでもこちらには傷一つついていない。


 そうして"マウスハンター"の攻撃が届かない懐まで潜り込むことに成功した。

 あとはどれだけこいつを弱らせられるかだ。


 背中に隠し持っていた杖を伸ばし、カプセルを穴に入れる。

 再び杖から心臓のような駆動音が鳴り、先端から霧の爪が獲物を求めて具現化した。


「くたばれくそったれぇぇええええええ!!」


 荒れ狂うように、暴れ狂うように、霧の爪は眼前の"マウスハンター"を容赦なく削り掘り進む。

 最初の集中砲火のおかげか懐には爆発反応装甲となる鱗は残っておらず、中身が見えていた。


 このまま何もなければ……時間さえあれば……駆除するのも―――。


 突然の風が吹き、目の前から"マウスハンター"が消えた。

 ……違う、消えたのではない、飛んだ……わずか数メートルだが飛んだ!


 そして再び"マウスハンター"が着艦したことで、まるでシーソーのように船が傾く。

 船から振り落とされるかと思うほどの振動により後方に転がってしまう。


 その場所は、"マウスハンター"の攻撃範囲内であり、再び大きな翼が横薙ぎでこちらに襲い掛かってきた。


「荒野さんッ!」


 体勢を整えた鳴神くんがこちらへの援護に向かう。

 だが翼の内側にいる分、こちらの方が早く直撃するはずだ。


 少しでも被害面積を減らすために体勢を低くしたまま、こちらに迫る翼に霧の爪を向ける。


 霧の爪にはどんな攻撃も通じない。

 透過しながらも、どんなものも削り殺す。


 逆にいえば、攻撃を防ぐことができないということだ。


 一陣の風が、俺の顔の半分を襲う。


「ァ……ォ……?」


 まるで 顔の半 分がなく なったよう な感覚 が 。


 世 界の 半分 が 赤い 。


 足元 が、 身 体が、動かな い、駄目 だ 動け !


 進 め 前へ とにか く 前へ !


 このま まここ に いるの は マ ズイ 次 は死 ぬ…ッ!


 だが 杖 は さっ き の衝撃 で壊れ た。


 霧 の爪も 杖 の中 に 戻っ てしま った。


 それ でも 前へ 進 め 前 へ !


 誰か が 後 ろから 走り 寄 る 。


 犬走 が 何か を 持っ て いる 。


「これはミハイルのおっちゃんの分やァ!!」


 犬走 が トン ファーを 抗体 世 代の 腕 を 傷口 に 捻 り 込ん だ 。


「作戦成功や! このデカブツを振り落としてくれ、撤退するで!」


 二人 が 俺 を 抱え て 船内 に戻 る 。


 暴れ る 怪 物は 海の中 へと 沈ん で いった 。

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