第103話:あかつきの海戦

 海の中にいるのに歌声が聞こえる。


 もしやセイレーンかと期待して海の底を覗いたら思ったら河童だった。

 しかも目が会った瞬間にもの凄いスピードの平泳ぎでこちらの足にしがみついて海底に引っ張り込もうとする。


 うん、これは悪夢だ、間違いない。

 夢を夢だと認識していれば好きな夢を見られる、なんならちょっとエッチなやつもいけると聞いたが、流石に河童に引きずりこまれる状況でそういう思考に持っていくのは無理だ。


 少し惜しい気がしたが顔をつねる。

 ……痛くない、そして目が覚めない。

 そうしている間にも河童は増えてこちらに群がってくる。


 いやいやいや!

 わりとマジで地獄の絵面だよこれ!?


 河童の顔面にパンチをするが、まるでクッションのように拳が顔の中に埋もれた!

 しかもなんかモフっとしててなんか怖い!!


 ワラワラと河童が身体にまとわりついてくる!

 懸命に身体を動かして振り払おうとすると、足に激痛が走った。


「うわぉおおおおおお!?……お?」


 勢いよく飛び起きると、そこは気密扉やら計器やらボンベやらが並んでいる部屋だった。

 自分の寝ていた場所を見ると、そこは沢山の袋が置かれている。

 まるで上等なクッションかと思うくらいにフワフワなのだが、どうにもこの触り心地には覚えがある。

 というかなんかちょっと動いているのだが、もしかしてこれ"食羊毛"か!?


「おぉ、ようやっと起きたんか。随分とグッスリやったなぁ」

「あっ! テメェこの―――イダダダダッ!?」


 エセ関西弁の胡散臭い声が聞こえたので咄嗟に立ち上がろうとしたら左足に激痛が走った。


「スマンな。痛み止めとかいう上等なもんはなかったさかい、応急手当で我慢しといてくれ」

「手当て……? ってスーツのズボンに穴空いとるやん!」

「足にも穴空いてる方を気にしてもらえへんか」


 だって足の怪我は放っておけば治るけど、スーツの穴は塞がらないんだぜ!?

 ……んん?

 段々と状況を把握できてきたのだが、逆に現状がなんかよく分からなくなってきた。


「俺、足撃たれたよね? 裏切ったんじゃないの?」

「ワイはむしろ助けた側やで。あのままやったら殺されるかもしれへんかったから、わざと気絶させたんや」

「その顔で?」

「顔は関係あらへんやろ」


 いいや、まだ分からない。

 もしかしたら顔面偏差値がなんかこうバタフライエフェクト的なやつで起こった事件かもしれない。


「……取り敢えず、説明よろしく」

「あいよ。まぁざっくりと簡単に流していくで」


 それから犬走がサクサクと経緯を説明してくれた。


 先ずパワードスーツ第二号と俺の戦闘が始まったことを鈴黒が報せ、鈴銀の肩を借りて援護に向かった。


 そんで道中で鈴黒と合流したのだが、どうにも様子がおかしかった。

 どうしたのかと聞いてみたら、俺を排除して手柄を総取りするとか言い出したらしい。


 死んだ英雄は名誉しか与えられず、利益は正者のものであるとかなんとか。


 そして言われた言葉が―――。

『過去は私達に幸せをくれない』

『過去に別れを告げよう、ねっ?』

 ―――と迫られたらしい。


「お前そこで説得とかしろよぉ!」

「目のハイライト消えて銃持っとる相手に無茶言うなや!」


 まぁ怖いよね、俺も実際に現場を見たらちょっとチビるかもしれない。

 でもそのせいで撃たれたんだから文句をいう権利はあるはずだ!


「まぁ、なんや……あの子らにとって過去とか故郷は負の象徴でしかない。そんで、ワイに執着しとったあの子らは自分達じゃなくて故郷に固執しとるワイがイキナリ理解できんくなって、強硬手段に出たっちゅうことやな」

「あぁ、犬走が突然メンヘラ化してリストカットしようとしたから止めようとしたとかそんな感じ?」

「問題は止めようとするために銃を持ち出してきとるってところやな」


 ヤンデレは怖いなぁ、しっかり戸締まりしとかないと。

 ……侵入されたらそのまま監禁コースになりそうだ。


 それからは、鈴銀はパワードスーツと中身の消失マジックが起きるタイミングを見計らって俺を撃って、犬走はトドメの一発が撃たれる前に俺を無力化させる。


 そんで隙を探してたら未来ちゃんが起き上がって鈴銀の持っていた銃が足元に転がってきて、それで姉妹を撃った。

 あとは未来ちゃんと一緒に俺を運んで、他の人の脱出を優先させてから、一番最後に二人でこの脱出艇で逃げていると……。


「怪我人を最初に搬送しろよ! 俺とか俺とか俺ェ!!」

「それ言うたらワイもやん。こういうのは民間人が最優先やろ」

「まるで俺が民間人じゃないみたいに言うのな」

「その通りやろ。民間人は自衛隊の訓練受けたり外来異種で擬似テロ起こしたり新世代を始末したりせぇへんで」


 そういう民間人がいてもいい。

 それこそが国際社会が認める多様性のはずだ。


「そういえば双子はどうしたの?」

「連れてくるわけにもいかんから置いてくしかなかったな。運が良かったら生きとるやろ」


 流石にトドメは無理だったか。

 依存させるためにだだ甘やかしたとは言ってたが、その過程で情が移ったんだろう。

 こいつ顔はホストとか向いてそうなのに、性格が致命的に合ってないな。


「それじゃ、あと聞きたいことは……未来ちゃんとかはもう大丈夫ってことでいいんだよね?」

「下敷きになっとった女の子ならちゃんと親御さんのとこに送り届けたで。ほんで、今頃はアイザックのおっさんがイリジウム携帯電話で救助を要請しとるはずや」


 そうか、取り敢えずは当初の目的は果たせたわけか。

 クソッタレな事件に巻き込まれてヤベー事態の渦中に飲み込まれそうになったけど……まぁ、いいか。


 ベッドに倒れこむように、外来異種入りの袋の上に倒れ込む。

 あ、これ意外と寝心地いいな。


「ちなみに、袋が破けて身体の一部溶けても知らへんで」

「怖いこと言うなよ!」


 そういえばこいつらまだ生きてるんだから羊毛に飲み込まれてジュワジュワされてもおかしくないのか。

 ちょっと怖いからこいつらの居ない壁際で休もう。


 あー、日本に帰ったら何しよっかなー。

 ……その前にやらなきゃいけないことが山積みだった。


 久我さんに説明して、スーツの返却と弁償もやって、あとアイザックさんに予約入れられてるからそれの対応に、九条お嬢様にノートを渡したことの報告……。


 どうしよう、帰りたくなくなってきた。


 現実逃避をするために窓の外に広がる海を眺めると、壁から何か振動を感じる。

 エンジンか何かだろうかと思いながら耳を当ててみると、まるで歌のように聞こえた。


 もしかして何か変なのがいるのかと窓の外に広がる暗闇に目を凝らすと、何かが高速で横切る。

 その瞬間、脱出艇が大きく揺れて逆さまになってしまった


「ギャァァアアアア! いってぇええええええ!!」

「何や、何や! 何があった!?」


 脱出艇の中にあったものがごちゃ混ぜになり、色々なものが降ってきた。

 頭に何かもの凄い固いものが当たったと思ったら、トンファーだった。


 確かミハイルって人の腕なんだっけ。

 いや、そんなことは今どうでもいい!


 荷物の海から何とか脱出し、もう一度窓から海を見ると、先ほどまでなかった何かが辺りに漂っている。

 これは羽……いや、鱗!?

 まさか甲種の"マウスハンター"か!!


 日数的にはギリギリまだ大丈夫だと思っていたのだが、どうやら計算どおりにはいかなかったらしい。

 まぁ作戦そのものが最初から予定通りじゃなかったわけだし、そう考えれば当たり前のことだったか。


 "マウスハンター"は鱗がソナーになっており、それを周囲に散りばめることで状況を把握するらしい。

 一説によれば魚雷すら探知し、それを回避したことがあるとか……。


 そう、今のは攻撃ですらなく、ただ狩りの前準備にすぎない。

 それはつまり、次こそが本物の攻撃ということだ。


「"マウスハンター"だ! しがみつけ! 死ぬぞ!」

「マジかい! あんさんとおったら最後の最後まで厄介事がついてくるな!」

「その言葉そっくりそのまま返してやらぁ!」


 二人して言い争っていると、凄まじい衝撃が脱出艇の底からやってきた。


「なんやぁああああああ!?」

「クソがぁあああああ!!」


 わずか数秒ながらも身体が潰れるかと思うほどの高負荷。

 しかしそれから解き放たれた自分達は、逆に身体が軽くなった錯覚を覚えた。


 ……いや違う。

 窓の外を見ると水平線から顔を覗かせる朝日が見えた。


 ………飛んでる!

 今飛んでるよ俺ら!?


 そしてしばしの空中浮遊のあと、海面に叩きつけられて再び脱出艇の中がミックスされ、大小様々な荷物に埋もれてしまう。


「こらアカン、さっさと脱出するで!」


 犬走が俺の手を掴んで引き上げてくれたので、二人で気密扉を開けて外に出る。


「二人共、今のは何だッ!?」


 外に出ると近くの脱出艇からアイザックさんが身体を乗り出していた。


「"マウスハンター"です! あいつ目覚めやがりました!」

「よりにもよって、救助が向かっているこのときにか!」


 遠くから何かの音が聞こえてくる。

 何隻もの大きな巡視船がこちらに近づいてきているのが見えてしまった。


『皆さん、救助にやってきました! 落ち着いてください!』


 中国の国旗をなびかせた船が、スピーカーで大きな音を響かせてこちらにやってくる。

 それはつまり、自分から大きな獲物がやってきたと報せるわけで……。


「来るなぁああああ! すぐ引き返せぇえええええ! いやマジで死ぬぞぉおおおおお!」

『落ち着いて! 安心してください! すぐに救助します!』


 なんとか大声をあげながら追い払おうとジェスチャーをするも、声は届かず混乱した救助者だと思われているらしくこちらに向かってきた。


「あ……アカン! 対ショック姿勢や!」


 突如、犬走が俺を引っ掴んで脱出艇の中に引きずり込む。

 それと同時に大きな爆音が響き渡った。


 窓から外を見ると一隻の船が真っ二つになっており、何人もの人が海へと放り出されていた。


「おぉ……運が良かったなぁあん人ら」

「あれのどこが!?」

「いやいや、よぉ考えてみぃや。船ごと掴まれて海底まで持ってかれたら絶対に助からんで」


 まぁ確実に死ぬのとワンチャンあるのは大きな違いだが、状況的には誤差だ。


 なにせここは海の中を高速で泳ぐ甲種の狩場で、相手は魚雷すら回避する生粋のハンターだ。

 襲われないことを、見逃してもらうことを祈ることしかできない。


 そうこうしている間にまた船の一つが沈み、ここでようやく危険を認識したのか中国船が散開していった。


 だがそれでも"マウスハンター"からは逃れられない。

 一隻、また一隻と船が沈没していっている。


 救助云々どころか全滅するかどうかという瀬戸際にまで追い詰められてしまった。


 だが遠くの船が沈められているのをチャンスと見たのか、違う方向から別の船がやってきた。

 あれは……日本の海上保安庁の巡視船だ!


 いやいやいや海上自衛隊ならまだしも、保安庁の装備じゃ無理じゃない!?

 何隻も沈められているの見えてるでしょ!


 それともあっちが囮になってる隙に救助するってことなの!?

 救助できてもこの場から逃げるときに沈められたら意味ないと思うんですけど!!


 とにかく外に出てここから離れるようジェスチャーをするも、巡視船は速度を維持したままこちらに接近してくる。

 そして海の底から徐々に大きな影が浮かび上がり―――海が割れた。


 比喩とかそういうのではない、文字通り海が真っ二つに割れたのだ。

 そして裂け目でその姿があらわになった"マウスハンター"へ、空を飛ぶヘリから何かが……いや、人が落ちていく。


 凄まじい轟音が鳴り響いて"マウスハンター"の鱗が周囲に飛散し、海の裂け目から誰かが跳び出て行った。

 ……もしかして、海が割れたのはエレノアで、今落ちていったのって鳴神くんだったりする!?


 なるほど、海上自衛隊に匹敵する戦力を持ってきたということか!

 "マウスハンター"も今の一撃が効いたのか、一旦潜っていく。

 その隙に日本の巡視船がやってきて、手早く人を収容していき、自分達も船に乗ることに成功した。


 問題は、ここから逃げ切れるかどうかだ。


「キミ、怪我をしてるならこっちに」


 どうしたものかと頭を悩ませていると船員の人が声をかけてきた。

 どうやら足の包帯のせいで怪我人だと思われたようだ。


「あ、大丈夫です。撃たれただけなんで」

「撃たれたって!? すぐに手当てするからこっちへ!」

「あーいやホント大丈夫です! もう痛くないんで!」

「痛くない……それは危険だ! すぐに処置しよう!」


 心配させまいと嘘をついた結果、俺は無理やり医務室へ引きずり込まれることになった。

 あとオマケで犬走も。


 それにしてもマジでどうすっかなぁ、全員が別方向に逃げれば何隻かは逃げ切れるだろう。

 だが逆にいえば何隻かは沈む。

 そうなれば俺達はもちろん、未来ちゃんやアイザックさんにも危険が及ぶ。


 つまり、ここであいつを何とかしなければならないということだ。

 毎度のことながら本当にクソッタレである。

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