第102話:二人と一つの歌
【■■姉妹視点】
どれだけ幸福な生まれだろうと、過酷な育ちだったとしても、最終的に人生はプラスとマイナスがゼロになる。
寒村で生まれた私達はそう言われて育ってきた。
「今は辛い時期だが、いつか必ず報われるときがくる」
皆がその言葉を希望のように呟いていた。
だけど、私達にとっては呪いの言葉だ。
大人達はこの言葉を何十年も信じ続けている。
それはつまり、私達が報われるのも何十年以上先なのではないかという絶望にも似た諦めの感情を生む理由になった。
そうして私達が五歳になった頃、大きな転機が訪れる。
山の中で怪物に襲われ、大人と離れ離れになった私達は不思議な力に目覚めたのだ。
銀は水が操れるようになった。
泥まみれになった服から水を抜き、土だけにして汚れを取り去った。
黒は指から小さな怪物を操れる糸が出た。
これでのおかげで村まで帰ることができた。
「ようやく芽吹いた!」
「今までの苦労が報われるときが来たぞ!」
大人は私達の無事を喜び、監禁した。
姉の■■は怪物と繋がる不浄の子である。
逃げられないよう、粗雑に家畜小屋へ。
妹の■■は貴重な水を操れる恵みの子である。
逃げたくならないよう、丁寧に廟へ。
今までずっと二人で生きてきた。
初めて私達が離された。
それでも我慢できた。
人生は必ずプラスとマイナスがつりあうようにできている。
だから私達は我慢した。
娯楽の少ない寒村でも作ることのできたシャボン玉を一緒に作りながら。
いつかこのシャボン玉のように綺麗な幸福が訪れることを期待しながら。
その後、私達は知らない人達に売られた。
村の大人達は遂に報われ、私達にはまた苦悩の日々が訪れた。
あとで知ったことだが、私達のような子供は"新世代"と呼ばれており、いくつもの村が"新世代"を産もうとしていたらしい。
だが"新世代"の子供が産まれる条件が分からず、オカルトのようなものに手を出し、いくつもの村がなくなった。
私達を売ったあの村も、私達のときと同じやり方を繰り返し、子供が産まれなくなって廃村となった。
人生は必ずプラスとマイナスがつりあうようにできているならば、滅んだ村の人々は今まで幸福だったのだろうか。
それとも、報われるのはまだ先ということなのだろうか。
私達は疑念を抱きながら、知らない誰かと一緒に街へと下りた。
街で一体何をさせられるのかと思っていたら、先ず勉強をさせられた。
寒村では学べなかった知識は、空っぽだった私達の中を満たしてくれた。
他にも色々なことを学ばせてもらったが、姉の■■はここでも疎まれていた。
確かにこの国は怪物を大いに利用している。
だがそれと同じくらいに生きている怪物に穢れがあるとも信じられている。
科学が発達した現代であるというのに、生きた穢れと繋がる■■は不浄の子と見られていた。
そんな環境で何年か学んでいると、今度は国に売られた。
売られた先は"黄兎鳴声"という怪物……モンスターを駆除する組織である。
どうやら政治的な思惑が強く、この国は"新世代"を多く確保しており、それをどの国よりも有益に使えているというのをアピールしたいらしい。
同じ"新世代"の人達ならば■■への扱いはマシになるかと思ったが、ここでも同じだった。
唯一无题さんだけが、他の人へ接するように私達と付き合い、そして蔑みの目から守ってくれた。
そしてこの国じゃ学べないことを、他の国の歌も教えてくれた。
この人と一緒にいることで何かが満たされた。
まるで未完成の絵を埋める最後のピースがハマったような感覚だった。
画竜点睛……私達はようやく生きているという実感を手に入れた。
この人こそが、私達が報われるため過去のマイナスを全て消してくれる欠片。
人生のプラスとマイナスは待っているだけでは駄目なのだ。
マイナスをゼロにするための誰かが、何かが必要なのだと悟った。
その証拠に、彼と一緒に来たこの"蓬莱"では都合の良いことばかりが起きている。
都合の悪い奴らは皆死んで、黄兎鳴声にはもう私達三人しかいない。
私達の過去(ふこう)は、ここで終わったのだ。
これから先は過去(ふこう)を負債を忘れる将来が待っている。
だから"蓬莱"から脱出する前に、无题に色々聞いてみた。
食べたいものはないか、欲しいものはないか、行きたい場所はないかと。
彼は日本に行きたいと言った。
それなら私達も一緒に―――。
「故郷に帰らなくていいのか?」
―――不意にそう言われ、頭を思い切り殴られたような衝撃が頭を襲った。
私達は今、幸福に満たされた将来について話をしていたはずだ。
これから先、過去の苦悩を全てゼロにする幸福が約束されているというのに、どうしてまだ過去に戻らなければならないのだろう?
……そうか、そういうことか。
足りないのだ。
彼にとってはまだ幸福の光が弱く、過去の影が消えていないのだ。
嗚呼、なんて可哀想な人だろう。
なら、やることは決まっている。
彼が私達の不幸を幸福にしてくれたように、今度は私達が彼を幸福に導くのだ。
そうしてやっと、私達はマイナスをゼロにする幸せを手に入れられるのだ。
そして、それには邪魔な日本人がいた。
この"蓬莱"において、あらゆる敵対者を貪り殺した"饕餮(とうてつ)"のような怪物。
この怪物が生きている限り、私達の幸福も貪られる可能性があった。
だから撃った。
死した英雄は崇められるが、地位もお金も与えられず、全て生者へ贈られる。
だけど无题さんは彼を生け捕りにした。
何故そんなことをしたのか私達には分からないけど、彼のやることならきっと正しいことなのだと思った。
无题さんが"饕餮"を運ぼうとしたとき、その下にいた女が私達にしがみついてきた。
鬱陶しくて突き飛ばしたら持っていた銃を落としてしまった。
女が拾おうとしたので咄嗟に銃を无题さんへと蹴る。
「今ですっ!」
女が无题さんにそう叫ぶ。
日本語は少ししか分からないけれど、どうして私達の味方である无题さんにそんなことを言ったのだろう?
彼は運ぼうとした日本人から手を離し、銃を拾って構える。
渇いた音が二発、響いた。
お腹が痛い、お腹の中が熱い。
「―――ぇ?」
何も分からないまま、私達の意識は暗闇の底へと沈んでいった。
―――どれだけ時間が経ったのだろうか。
痛みと熱は徐々に失われていき、目を覚ました私達は二人で仰向けになって倒れていた。
「シャボンだま とんだ やねまで とんだ」
まるでシャボン玉のように、"蓬莱"から離れていく脱出艇が見える。
何故かは分からないが、私達は置いていかれたのだ。
「やねまで とんで こわれて きえた」
海底から浮かび上がる気泡が、まるでシャボン玉のように見えた。
冷たさが身体を支配していき、孤独感が暗闇から這い寄ってくる。
「シャボンだま きえた とばずに きえた」
私達は片手で手を繋ぎ、もう片方の手でシャボン玉に手を伸ばす。
寒さをしのぐように、消える前にシャボン玉を触ろうとするために。
「うまれて すぐに こわれて きえた」
■■はもう目が見えなかったので、■■は擬似神経を繋いで感覚を共有させる。
■■にとって世界はこう見えていたのか。
■■にとって水とはこういうものだったのか。
あらゆる感覚が同一になり、私達は一人になった。
「シャボンだま とんだ やねまで とんだ」
それでも私達にはどうでもいいことだった。
ただただ、空へと浮かぶシャボン玉に手を伸ばすことしかできなかった。
手では届かない。
だから指先から糸を伸ばす、"蓬莱"の天上へと伸ばす。
それでもシャボン玉には届かず、冷たくて透明な壁に触れる。
「やねまで とんで こわれて きえた」
それでも私達は歌う。
歌は糸を伝い、そして水を伝播して、広がった。
うたが なにかに とどいた―――。
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