第101話:ロス・タイム

 五日目の深夜。

 テロリストが乱入してくるタイムリミットのギリギリの更にギリというところで、ようやく全てのピースが集め終わった。


 殺す奴は全員殺して、キーカードを全部手に入れて、脱出に必要な抱き合わせ式の外来異種も集め終わった。


 脱出艇もそれなりの大きさで、数も用意されていた。

エサと一緒に袋に入れた"食羊毛"だけ先ず脱出艇で逃がして甲種の"マウスハンター"が動くかどうか確認し、問題ないことも分かった。


 あとはもう設定を終えた脱出艇を順次動かしていくだけである。


 そしてもちろん自分の番は一番最後である。

 本当ならいの一番で逃げ出したいんだけどね、逃げようとしている隙に外来異種がここにやってきたら戦えるの自分だけだからね、仕方ないね。


 いやもうほんと疲れた、早く帰りたい……っていうか寝たい。

 金吒・悟空・天魁の三人を殺すために死ぬほど準備してたせいだ。


 もうマジで何なの新世代って?

 面倒くさすぎて二度と相手にしたくないんだけど。


 そういえばパワードスーツの天魁についてなのだが、犬走も顔を知らないということで、取れたやつを見たのだが、なんと中国人ではなかったのだ。


 なのでスマホで撮影して犬走に見せてみたのだが―――。


「へぇ、こんな顔しとったんか。これロシアとかそっち系やな」


 ということらしい。

 ……なんで中国で一番の外来異種駆除組織のトップがロシア系の人なんすかね?


 ということで、アイザックさんにも聞いてみた。


「……もう一度聞こう。コード・イエローラビットのトップが天魁という男であり、そいつの顔がこれだったのだな?」


 あ、これアカンやつや。

 何も言わなかったし聞かなかった、気のせいだったということした方が皆幸せになれるやつだ。


「せやで。大将はこいつのこと知っとるんか?」

「おい馬鹿止めろ尋ねて答えられたらどうするつもりだ!」


 慌てて口を塞ぐも、多分もう手遅れだ。

 それでも最後まで足掻きたい人生だった……。


 観念して正座すると、アイザックさんがポツポツと喋り始めた。


「この男は恐らく世界最初の新世代であるドゥヴァ(二番目)。そして国際テロ組織"コシチェイ"の幹部でもある」

「マジっすか!? あぁ、でもそれならここにテロリストが来るのも納得だわ」


 チェルノブイリで壊滅したかと思ったが、テロリストは雨後の筍みたいに生えてくるもんだしなぁ。


「だが、もしもこれが本当なら一つ不可解な事がある。この男はすでに十年以上前に死亡が確認されているのだ」

「それ、確かな情報なんすか……?」

「ああ。世界を騒がせていたテロリストの幹部だ、しっかりと解剖もした。……だがそのときに一つ大きな謎が残された。この男の新世代としての力が最後まで分からなかったことだ」


 なにそれこわい。

 殺しても復活するとかそういう力じゃないよな。

 毎回こんな準備して殺すとか死ぬほど疲れるんだけど。


「遺体を回収したいところだが……」

「絶対にノゥ! とにかく脱出最優先で!」


 アイザックさんがチラリとこちらを見て来たが全力で手を首を横に振って拒否する。

 流石にもうこれ以上の重労働は無理!


「仕方あるまい、あとで回収部隊を送ろう。ミスター、あとで場所の確認を行うので回収任務の作戦会議に出席してくれ」


 こうして俺の脱出後の予定が勝手に埋められた。

 犬走はこちらを指差して笑ってるが、ここから出たらお前もお前で大変なことになるからな?

 なんなら事件が解決したあとに一番苦労させてやるからな!?


 ―――とまぁそんなことがありながらも、自分は脱出艇に入る隔壁から少し離れた場所で外来異種の襲撃がないか見張り番をしている。


 ぶっちゃけもうほとんどあいつらが殺したから安全だと思うんだけどね。

 だけどどうにも首筋に嫌な予感があるせいで安心できない。

 "蓬莱"の近くにある"マウスハンター"のせいだとは思うのだが……。


「空からの様子はどう?」

「異常、ないです」


 ちなみに鈴黒には近くの建物の中に待機してもらい、"小三足烏"を使って空中から周囲を見てもらっている。

 これでもしも何かがやってきても、こちらが先手を取れるはずだ。


「ちなみに脱出艇の方は?」

「まだみたいです」


 最初の脱出艇はスムーズに発進できたのだが、二隻目からどうにも手惑って時間がかかっている。

 それでも少しずつ脱出していってるので、テロリストが入ってくる前には脱出できるはずだ。


「遠くから、何か来ます」

「え? 何かって何?」

「ちょっと、待って」


 そう言って鈴黒は意識を集中し始める。

 外来異種と感覚を共有するとはいっても、あくまで見るのは外来異種の視覚だ。

 やはり人間とは勝手が違うせいで色々と見えにくいんだろう。


 それにしてもこのタイミングでやってくるとは……もしかして、やっぱりここに残るのが怖いから一緒に脱出しようって人達だろうか?


「判明、強化外骨格、です」

「……ごめん、何だって?」

「パワードスーツが、やってきます。天魁の……?」


 いやいやいや!

 リボ払いくらい分割したのに、あそこから復活したとかないでしょ!?

 そもそも復活したとしてもあいつのパワードスーツは没収したし!


「距離は!?」

「三十秒後、先の三叉路」


 よし、なら間に合うな!

 こんなこともあろうかと、天魁からパワードスーツをパクっておいたのだ!


 まぁ所々焦げてたりちょっと生臭かったりあと装甲剥げてたり左腕が動かなかったりするのだが、何もないよりかは遥かにマシだ。


 急いでパワードスーツを着込み、狭い路地の角で待ち伏せる。


「接敵まで残り十秒……五秒……今」


 右腕を大きく振りかぶり、ドンピシャのタイミングで飛び出す。


 敵は新品のパワードスーツ、しかし自分と同じでヘルメットがない。

 その顔は天魁と同じものであったが、迷わずその顔向けて渾身の一撃をブチかます!


 しかし相手もしっかり反応して腕の装甲で阻み、微動だにしなかった。

 それどころかこちらのトンファーの先端が砕けて中身がこぼれてしまった。


 ……いやね、確かにこのトンファーは外来異種に対してしか絶大な威力が出ないよ?

 だけど全力のパワードスーツによる一撃だよ?

 なんで武器の方が壊れるんだよ。


 いや、それよりも進むべきか退くべきか。

 一度殺した奴と同じ顔なのはどういうカラクリなのか。

 そもそもここで殺してもまたやってくるのか。


 思考のタイムラグが発生したことで、敵のタックルに対する対処が遅れてしまった。

 だがほぼゼロ距離だ、勢いがついていないタックルなんて―――。


 ―――重い衝撃、切り替わる視界、まわる世界。

 そこでようやく、自分が浮いたということを自覚できた。


 まずい、まずい、まずい!

 軽く見積もって五メートルは飛んでるぞ!?


 このまま頭から落ちれば即死する、せめて受身を取れば……って、パワードスーツでどう受身を取れってんだ!?


 背中に重く鈍い衝撃が加わり、一瞬呼吸が止まる。

 どうやら壁に激突したようだが、これはついてる!


 壁に向かって右腕を掴み、そのままずり落ちていく。

 全力で稼動する右腕のアクチュエーターのおかげでなんとか無事に地面に着地できたが、着地の硬直を狙って再びこちらに突撃してくる。


 突進に合わせてもう一度右腕を大きく振りかぶって放つも、今度は腰よりも低く潜り込んできて、こちらの胸部装甲を掴みそのまま持ち上げてきた。


「よくも、よくも我が半身を殺してくれたな!」

「ハッ? は、半身……?」


 激昂したそいつは俺を持ち上げたまま左の壁に叩きつける。

 パワードスーツの大きさもあって中身は無事だが、それでも衝撃はこちらに届いてくる。


「そうだ! 我の顔を持ち、私の記憶を持つ、もう一人の私ッ!」

「コヒュッ…!」


 そしてそのまま右へ左へと何度も壁に叩きつけられる。

 気になることを言ってるのだが、叩きつけられる度に呼吸が止まり何も言えなくなってしまう。


 だがそれにも飽きたのか、そいつは片腕で俺を大道路まで投げ飛ばした。

 地面で腹を強打するが一先ず距離をとれたのは大きい。


 こういうときこそ銃を持たせている鈴黒と鈴銀に期待したいのだが先ほどから何の反応もない。

 やはり土壇場で頼りにすることが間違いか。


「……もう一人の私って、どういうことだよ?」

「同一の顔と、記憶と、感情を持つならば! それは同一の存在だろうが!?」


 呼吸を整えるために疑問を投げかけたら素直に答えた。

 何言ってるのかよく分からんが、とにかく時間を稼がねば。


「あ~、つまりずっと一緒にいた双子……じゃなくて、三つ子だったってこと?」

「違う! 私の力だ! 私の力を注いだ分だけ私と同じになるのだ!」


 適当に相槌打って時間稼ごうかと思ったらなんか今やべぇ単語が聞こえてきたぞ。

 力を注いだ分だけ同じになる……?

 人為的にクローン人間作れるって言ってんの!?


「最初は私の予備を作り、予備には私が死んだと思わせる役目を与え、それは成功した。だがそのときに気付いたのだ……何十年という月日を経て作り出した奴もまた、本物の私だったのだと! そしてお前が殺した天魁もまた私なのだ!」


 影武者を殺されて本体が出てくるって本末転倒なのでは!?

 やべぇなこいつ、ぶっ飛んでるぞ!

 というかこの狂いっぷりはどっかで見た記憶が……。


「チェルノブイリで餌にしたトレーチィとかいう奴みてぇ」


 小さな声でボソリと呟くと、目の前の男……ドゥヴァは顔どころか目の色まで真っ赤にしてこちらを睨みつけてきた。


「キサマが……キサマは弟も殺したのカァァアアアアア!!」


 あかん、火に油どころかニトログリセンとナパーム混ぜたくらいに怒り狂って周囲のものを無作為に暴れ壊してる。

 兄弟仲がよろしかったようで何よりだが、今それが分かったところでどうしたという状況である。


 ドゥヴァは闘牛のように怒り狂ってこちらへ突っ込んでくる。


 こうなりゃヤケだ!

 一か八かの勝負は大体いつも負けるが、今回こそは揺り戻しで勝てると信じて賭けに出てやる!


 壊れて動かないパワードスーツの左腕を無事な右腕で引き千切る。

 これで腕一本分、リーチが伸びて有利になった。


 俺はタイミングを合わせて引き千切った左腕を振りかぶり、それを相手の顔面目掛けて叩き下ろす。

 しかし無情にも相手の左腕がこちらの腕を掴んで止め、空いている右腕が俺の首を掴んだ。


「ォ……ガ……ッ!」


 だがこの距離こそがこちらの狙いだったのだ。

 相手は今両手が塞がっている状態だが、こちらはパワードスーツの補助がないながらも左腕が残っている。

 武器を持たない左腕に何が出来るのかと思って油断しているのだろうが、残念ながらこちらには背中に秘密兵器がある。


 俺は背中に折り畳んで隠していた杖を左腕で抜き、それを相手の顎下から思いっきり突き刺し、貫通した。


「やっ……てねえ!?」


 確かに杖は敵の顎を貫通して刺さった……。

 だが脳までは届かず、上顎で止まってしまった!

 相手の意表をつくために左腕を使ったというのに、そのせいで力が足りなかったのだ!


 だがもう一押しで勝てる―――というところで空中へと投げられ、そのまま無防備な胸に大きな腕が振りぬかれた。

 パワードスーツによる殺人ラリアットだ。


 呼吸が止まるほどの激しい痛み、それと鋭い痛みが胸部を刺す。

 肋骨が折れたか、もしくは砕けた胸部装甲の破片が刺さったか、それとも両方か……。


 満足に呼吸もできないながらも、何とか立ち上がる。


 お相手さんは顎に刺さった杖を引き抜き、無造作に道端に投げ捨てた。

 普通あそこまでブッ刺さったら痛みで動けないと思うのだが、恐らく怒りと興奮でアドレナリンが出まくってるのだろう。


 対してこちらはそういうのは一切無い。

 アドレナリンや火事場の馬鹿力が出るとか、隠された力に目覚めるとかはなく、ただただ痛みしかない。


 というか秘密兵器の杖が本当にただの杖だったのにビックリだよ。

 刺したら問答無用で相手を溶かし殺すとか期待してたのだが、作った人達の倫理がちゃんと働いていたのか普通に何もなかった、クソったれである。


 鈴黒と鈴銀からの援護なし。

 仲間がやってくる援軍なし。

 窮地で覚醒という展開なし。


 ははっ、最悪な状況だ。

 もう笑うくらいしかできない。


 そういえば未来ちゃん達はもう逃げられたのだろうか。

 アイザックさんは娘さんと逃げられたのだろうか。

 犬走は故郷に帰れるのだろうか。 


 今になってはどうでもいいことばかりが頭に浮かぶ。

 もうこうなったら死ぬ気で逃げるか?


 逃げて、逃げて、逃げ続けて―――最期の最後まで俺のクソみたいな人生につき合わせてやる。

 そう考えるとなんだか身体が軽くなった気がしてきた。


 そうだよな、わざわざ戦わなくていいんだ、気も楽になるさ。


 カチリと、何か音がしたので音のした方向を見る。

 そこは杖が放り投げられた場所だった。


 壊れていなかった杖は真っ直ぐに伸ばされ、構えられている。

 そして杖を持っているのは―――。


「未来ちゃん!?」


 眠っていたはずじゃ?

 新世代病は治ったのか?

 そもそも、どうしてここに!?


 疑問がドンドン出てくるが今はそれどころではない!

 俺をぶっ飛ばしたせいで少しは怒りがおさまったのか、イカレた奴が未来ちゃんを視界に入れる。


 最悪だ!

 さっきまでの状況も最悪だったが、今はそれを輪にかけてどん底の最悪まで落ちていってる!


 パワードスーツ相手に杖一本でどうにかなる相手ではなく、未来ちゃんの力でも到底敵うはずがない。

 とにかく無理にでも二人の間に入って、未来ちゃんを安全な場所まで逃が―――。


 背筋から 頭にかけて 恐ろしく 冷たい 鋭い 何かが はしった。


 未来ちゃんは杖についていたカプセルのアクセサリーを、杖の持ち手についていた穴に入れる。

 そして持ち手を回転させると、ガシャリと何かの稼動音が聞こえた。


 杖の先端から激しく蒸気が漏れる。

 漏れ出た蒸気はまるで意識があるかのように徐々に形作られていく。


 ……いや、違う。

 あれは蒸気ではない!

 霧だ、霧が杖の先端から勢いよく噴出し、巨大な双爪が具現化した。


「荒野さんに、手を出さないでください!」

「ゲェッ! 霧の狼ィ!?」


 さっきまでの悪寒はあれが原因か!?

 よりにもよって、自由に身動きできないこのタイミングで出てきたのか!?


 おいマッド研究者共!

 秘密兵器とか言いながらよくもあんなヤベーもん渡しやがったな!!


 っていうか未来ちゃん何で使い方知ってるの!?

 ……そうか"リーディング"と"超計算"か!

 もしかしてここまで予想してたの!?


 幸い"霧の狼"の本体は出てきていないが、双爪は壁や地面どころか、ビルにすら大きな爪痕を残して周囲を無差別に破壊していく。

 まるでカマイタチの暴風だ。


「わぁっ、うわわわわわっ!?」


 そしてそれを未来ちゃんの筋力で御しきれるはずもなく、右へ左へと踊るように翻弄されてる。

 下手に近づけば自分がバラバラになるが、このまま待っていても殺されるだけだ。


 自分の背筋につたう悪寒が一番弱まった瞬間に飛び込み、なんとか未来ちゃんの背後に移動することができた。


「荒野さん! た、助けに、来ましたぁ!」

「そうだね! ありがとう! 死ぬかと思ったよ!」


 死因が一つから二つになったけどねとは言わないでおいた。

 何故なら俺だけではなくあちらさんの死因にもなりえるからだ。


 俺は未来ちゃんの後ろから杖へと手を伸ばして、二人で暴れ狂う杖を支える

 そしてそのままドゥヴァの方に向けて、ゆっくりと歩みを進める。


「何なんだ……何なんだそれはぁぁあああああああ!? 」


 ドゥヴァが近くに駐車してあった車のドアを無理やり剥がし、まるで旋風のように振り回してこちらに近づいてくる。


 あちらは鉄で、こちらは霧。

 質量差では明らかに分が悪いと思っていた。


 しかし、あちらの攻撃はすべて双爪をすり抜ける。

 だというのにすり抜けた双爪はパワードスーツの装甲を削り取る。


「何故だ! 何故防げん!? 何故届かん!? あと少し! あと一歩で奴を殺せるというのにィイイイイイイ!!」


 双爪は奴の叫び声ごと暴風圏内に引き込み巻き込む。

 まるでヤスリのように、ミキサーのように。

 装甲を削り、剥がし、引き裂く。


 荒れ狂う爪はとうとう肉体にまで達していた。


「アアアアアアアァァ……!!」


 最早パワードスーツの原型などなく、赤い血飛沫が混ざったせいで白い暴風が赤く染まっていく。


「やばっ、未来ちゃんこれどうやって止めるの!?」


 流石にグロ画像になってると思い、咄嗟に片手で未来ちゃんの目を隠す。


「えっ、あの、見えないんですけど!?」

「子供は見ちゃ駄目だから! いや大人も見たくないんだけどね!?」


 なんとか手元だけ見えるようにすると杖の持ち手を捻り、徐々に霧が杖の中に吸い込まれ、そして後に残ったのは地面にある赤い染みと破壊の痕跡だけであった。


 ……取り敢えず、日本に帰ったらあのマッド共には説教する。

 最底辺の人間に常識を説かれる気まずさを味わってもらおう。


「おー、おー……なんや急いで来たけど、凄いことになってんなぁ」

「今更来てもおせーんだよこの馬鹿!」


 取り敢えず故障して動かなくなったパワードスーツを脱いだところで、犬走が鈴黒と鈴銀の肩を借りてやってきた。

 まだまともに歩けないクセにわざわざやって来るとは、胡散臭い顔のくせに根性はあるようだ。


「ほんで、ラスボスはどうなったんや?」

「それ」


 地面に残った赤い染みを指差す。

 犬走は地面とこちらを交互に見て、もう一度尋ねる。


「……どれや?」

「だからそれ」


 残念ながら、もう跡形も残っていないのである。

 あー、これアイザックさんに説明すんのめんどくせぇなー!


 ドゥヴァの新世代の力がクローンで天魁は三人目だったとか言っても絶対に通じないでしょ。


「まま、無事ならええわ。あとは帰るだけやろ?」

「そうだな、流石にもう厄ネタも打ち止めのはず」


 というかこれ以上あったら身が持たない。

 さっさと帰って寝かせてくれ!


「というか未来ちゃんは大丈夫?」


 なんかさっきから足元と頭が船を漕ぐようにフラフラしている。


「なんだか、また眠くなっちゃって……あ、ごめん…なさい……」

「もう帰るだけだし寝ててもいいよ」

「……すみません…それじゃあ、お言葉に……あま……えて」


 未来ちゃんがポフリとこちらに寄りかかってくる。

 ここが日本じゃなくてよかった、あの国だったらもう通報されていた。


「―――だめっ!」


 だが自分の邪な考えが漏れ出てしまったのか、パンという音と共に突き飛ばされて尻餅をついてしまった。


「あたた……ごめん―――」


 謝りながら立ち上がろうとして、足に違和感があることに気付いた。

 力が入らない。

 それどころか赤い何かが流れている。


 血だ、太ももに開いた小さな穴から血が流れ出ている。

 突如、半田ごてを突っ込まれたかのような熱さと痛みがやってきた。


「ガァッ……!?」


 必死に足を抑えるが痛みも血も止まらない!

 どうして?

 何故?

 何が起こった!?


 痛みで頭がおかしくなりそうになりながらも状況把握に努める。


 鈴銀が銃を持っている。

 銃口からは硝煙が立ち上っており、まるで今撃ったかのようだった。


 違う、撃ったんだ!

 鈴銀が俺を撃ったんだ!


「ようやく邪魔者、全部いなくなった」


 鈴銀は冷笑と銃を携えてこちらを見下ろしている。


「テロリストに人質を渡してもいい、人質を解放して英雄になってもいい。これで私達、自由になれる! ありがとう!」


 鈴黒の方は妹とは違い、満面の笑みで感謝を告げる。

 恨みなど一切感じさせない、本気のお礼の言葉だ。


「や…やめて……これ以上、荒野さんを……いじめ……ないで!」


 身体が倒れそうになりながらも、未来ちゃんが俺を庇うように前に出る。

 だが今一番守るべきはこの子だ。


 奥歯が噛み砕けるくらいに力を入れて未来ちゃんを引っ張って覆いかぶさるように庇う。


「止めろ! この子は関係ないだろ!?」


 そう言うと鈴銀は銃口を下ろすも、まだ引き金に指がかかったままである。

 そして犬走はこの状況を見ても、気まずそうに笑っているだけだった。


「犬走……お前……あれ、嘘だったのか……?」


 最終回を見て流した涙も……俺らを庇って倒れたときに呟いた言葉も……他の奴らの代わりに、帰るって約束も……ッ!?


「まぁ、なんちゅうかな……取り敢えずスマンとだけ言うとくわ」


 そう言って犬走は、本当にばつが悪そうな顔をしながらスタンバトンを俺に押し当て……そこで意識が途切れた。

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