第100話:エクスキューション

【悟空視点】


 それを見た瞬間、言葉を失った。

 中央区域から少しだけ離れた広場、そこの街灯に一人の人間が下着姿のままロープで吊……いや、まるで洗濯物のように干されていた。


 男の下には血溜まりができており、それを啜るモンスターがオレに気付いて逃げていった。


 これだけならばまだマシだった。

 だが、その干された男に顔がなかったのだ。

 そしてオレにはその顔のない男が誰なのか分かる。


 身体が落ちぬよう縛るために使われている黄兎鳴声のジャケット。

 无题よりも小さな身体。


 金吒しかいない。

 无题に重症を負わせ、あとはもう詰めの段階だと言って別行動した金吒に違いない。


 オレは街灯を壊して干された金吒らしき身体を地面に下ろす。

 そこでようやく気付いた。

 なくなっているのは顔だけじゃない、指もだ。

 それはつまり、金吒の指に重要な意味を持つことを知っているということだ!


 感情は別として、指がなくなっているのには理由がつく。

 だがここまで顔を無茶苦茶にする理由など―――"皮剥"か!

 日本のモンスター、"皮剥"に金吒の顔を奪わせたのか!?


 嗚呼なんということだ。

 あいつはまだ若いのに自信家で頼りになる奴だった……。

 だというのに、あいつの命だけでは飽き足らず、指を持ち去って、顔まで奪っていった!

 到底許される所業ではない!!


「気死我了(ブチ殺してやろうか)!!」


 内なる衝動を解き放つように声を猛らせて叫ぶ。


 金吒の遺体を回収したいが、とにかく今は天魁と合流しなければならない。

 別行動していては金吒の二の舞になるかもしれん。

 それどころか、いつの間にか摩り替わっていた"皮剥"に襲われることも考えられる。


 なんにせよ、どこの誰かは知らんがこの報いは必ず受けてもらおう。



 数十分後、これまでのことを説明すると天魁は静かに頷いた。

 組織のトップであるにも関わらずほとんど喋らない、顔も見たことがない、主体性もない、イマイチ訳の分からん奴だ。

 そんな奴だからこそ、あの名前が冠されたんだろう。


 取り柄のない、ただの飾りでしかない首領。

 それが宋江、それが天魁だ。


 そうして今度こそ金吒の遺体を回収するために広場に来たのだが、地面に下ろしていた身体が何かに引き摺られたかのような血痕を残して消えていた。


 まさかモンスターが持っていったのかと思い血痕を追ってみると、道の真ん中に置かれていた。

 安堵したのも束の間、遺体が徐々に動いている!


 いったい何がどうなっているのかと思いさらに近づくと、首にロープが括り付けられていた。

 そしてロープの先には、横転しながらも動いている電気自動車のタイヤが―――マズイ!


 急ぎ走って金吒の遺体を掴むが、それを待っていたかのようにエンジンの回転数が上がった。

 遺体がタイヤに巻き込まれないように全力で踏ん張る。


 だがオレと車の力には耐え切れず、遺体から肉が千切れ骨が折れる音がして思わず手を離してしまった。


 そうなれば自然とこの綱引きはオレの負けということになり、金吒の遺体は自動車のタイヤへ吸い込まれ……けたたましい異音と一緒に血が飛び散った。


「あ……ぁ…………ウォォオオオオオオオ!!」


 あのとき、手を離してしまった自分の迂闊さに叫ぶ。

 あのとき手を離せばどうなるかなど一目瞭然だったはずだ。


 そもそも最初にロープをなんとかしておけばこんなことには…ッ!


 あまりの悔しさに地面を何度も殴ると、後ろから天魁がこちらを見下ろしていた。


「お前! どうして手伝―――」


 ……いや、天魁に八つ当たりしてどうする。

 それどころかこいつが冷静に周囲を警戒していたことに感謝しなければならない。


 大きく深呼吸して頭を冷やす。

 これだ、これこそが敵の狙いなのだ。


 こちらの感情を揺り動かし、動揺を誘い、そして罠にかける。

 恐らくこの方法で金吒は殺されてしまったのだ。


 ならば話は簡単だ。

 じっくりと、落ち着いて、そして……敵を追い詰めていけばいい。


 そうなるとこの近くにいるはずだ。

 なにせ、まるでタイミングを見計らっていたように車のアクセルが踏まれたのだから。


 案の定、静かにしていると近くから何者かが走る音が聞こえてきた。


「天魁、追うぞ!」


 我々も追いすがるように走りながらも、慎重に周囲を警戒しながら走る。


 激しく開かれた扉を見てその中に入るも、中には誰もいなかった。

 ……いや、罠か!?


「逃げ回ることしかできんのか、坏蛋(ろくでなし)!」


 わざと室内で大声をあげてからすぐに外へ出る。

 それからすぐに建物に火炎瓶が投げ込まれ、中で大爆発が起きた。


 どうやらあらかじめ室内にガスを充満させていたらしい。

 ここまで入念に準備しているならば、金吒がやられてしまったのも無理はない。


 遠ざかる足音が聞こえたのでその後を追うと、今度はいくつもの水溜りがある道路に出る。

 道の端にはバッテリーと、配線がむき出しになっているケーブルがいくつも並んでいた。


 なるほど、次は感電させようというのか。

 だが地面には安全なルートを示しているテープが貼られている。

 オレの肌には効かないが、それでも念のためにテープの道順にしたがって先に進む。


 見失わないようにテープを見ながら歩いていると、前方の建物から何やら物音がした。

 注意深く観察すると、いくつもの銃口……いや、鉄パイプがこちらに並べられており、その近くには无题と一緒に行動していたスーツの男が―――。


 小さな炸裂音と共に鋭い痛みが身体を貫いた。


 針だ、"磔刑鼠"の針が何本も身体に刺さっている!


 水溜りの電気ではなく、あのテープこそが本物の罠だった……。

 わざと安全な道を歩かせるために、意識を下に向かせるために、そして鉄パイプから発射させる針の照準にするために用意された罠だったのだ!


 急いで走って建物から身を隠し、針を抜く。

 顔にも刺さってしまったがそこまで深くはない。


 天魁の方はオレよりも後ろに居り、装甲にいくつか刺さっているだけなので問題ない。


 しかし敵が分かったのは大きな収穫だ。

 少なくともオレのような新世代でも、天魁のような装備も持っていない。

 このままじっくりと罠を踏み潰しながら追っていけば、先に手が尽きるのはあちらの方だ。


 そうして開発途中である北区域に足を踏み入れた。

 ここは中央区域とは違い、自然が多く配置されるように開発されている。


 海底都市だというのに木々や植物が多くあるのは違和感しかない。

 そもそも人工的に作っておいて自然というのはどういった了見なのか知りたいものだ。


 そんなことを考えながらもスーツの男を追うと、やはり罠がいくつも仕込まれていた。

 しかし、そのどれもオレと天魁を傷つけることすらできなかった。


 やはり相方がいるというのは心強いものだ。

 天魁は何も言わないが、


 そうして基礎工事すら終えていないビルの中へと追い詰めることに成功した。


「や、止めろ! 来るな! 来ると大変なことになるぞぉ!?」


 スーツの男は狼狽しながら徐々に後ずさる。

 追い詰められた男を見て自然と口端が緩んでしまいそうになるので気と口元を引き締める。


 最後の抵抗のつもりなのか、隠し持っていた火炎瓶をこちらに投げつける。

 しかし天魁がトンファーを使い空中で叩き割り、炎はこちらまで届かなかった。


 まぁどのみち火炎瓶程度ならどうということはないので、無意味な抵抗だった。


 男は慌てふためき、横にある階段を上って逃げようとする。

 これだけ近ければ罠があっても自分ごと巻き込む。

 今までのように慎重になる必要はない、ここで終わらせるためにもオレと天魁は一気に走って距離を詰める。


 だが足を踏み出した瞬間、全身が浮遊感に包まれた。

 違う……浮いたのではなく落ちた!?


 おかしい、罠を警戒して我々はあの男が通っていた道しか使っていない!

 なのにどうして我々だけが落とされたのだ!?


 こちらの疑問もそのままに、すぐに着地する。

 どうやらかなり広範囲の落とし穴だったようだが、底が浅いおかげですぐに戻れそうな場所だ。


 周囲を見ると地面にスライムのようなものが敷き詰められており、ベニヤ板の破片もあった。

 そうか、重量か!

 あの男一人の重量は問題ないが、我々二人分の重量には耐えられないようにしていたのか!


 だがこんなもので我々の足止めをしたところで逃げ切れるはずが……。

 いや、男はスグにこちらを見下ろす位置へと戻ってきた。

 まるで松明のように、先端に火を灯した鉄パイプを持って。


 何故だ、どうして鉄パイプが燃えているのだ?

 ―――まさか、まさかこのスライムのようなものは…ッ!?


「や、やめ―――」


 オレの言葉を待たずに男が燃える鉄パイプをスライム……いや、ナパームの中へと投げ入れる。

 瞬間、世界が赤色に染まった。


「~~~ッ!!」


 声にならない叫びがほとばしる!

 全身が灼熱の炎に包まれ熱いどころではない、ただひたすらに痛みだけが襲い掛かってくる!


 なんとかプールから這い上がるも頭がうまく動かない……。

 それもそうだ、なにせ炎に包まれているせいで呼吸ができない。

 つまり酸欠になりかけている、窒息死が目前まで迫っているのだ!


 兎にも角にもこの炎をなんとかせねばならない。

 火を消すなら普通は水だが、ナパームならば意味はない。


 ならば砂ならどうか?

 幸運にもここは建築途中のビル……つまり、セメントの備蓄があるはずだ!


 ふらつきながらも足を動かし、大きな部屋に山積みされているセメント袋を見つけた。

 すでに限界まで息を止めているせいで意識が飛びそうになっているが、ここまで来ればもう大丈夫だ!


 オレはそのままセメント袋に飛び込むように走り出し―――ふと、足元にある破れた肥料の袋が気になった。


 ここはビルだ、どうして肥料の袋が落ちている?

 ビルの周囲に植物を生やすためか?

 ならばどうして空になった袋だけが落ちてる?


 もしも……もしも、このナパームが発砲スチロールとガソリンで作られているとしたら。

 そう、そのガソリンがこの肥料に混ぜられていたとしたら…ッ!?


 慌ててその場から離れようとするも、後ろから火達磨になった天魁がこちらへ走ってきた。

 どうやらあいつも火を消すために同じことを考えていたようだが、今だけはそれはマズイ!


「■■■■■~~ッ!!」


 大声で制止させようとするが、喉から出てくるのは声ではなく焼けた出来損ないの音だけ!

 身体を張って止めようとするが、パワーだけならあちらの方が強い!


 そうしてオレは引き摺られるがままに、天魁は勢いをつけてそのまま袋へ飛び込む。

 圧倒的な光と、そして全てを吹き飛ばす衝撃が―――。



 ―――どうやら意識を失っていたようだ。

 身体がバラバラになりそうなほどの痛みで目が覚めたものの、まだ身体は自由に動かない。

 ……いや違う、動かないのではなく動けなくされている!


 重い瞼を開けて辺りを把握する。

 工事現場で使われる鋼鉄製のロープが首・腰・両手・両足に巻きつけられていた。


 そしてロープは周囲にある車のタイヤに括り付けられており、激しいエンジン音と共に回転しようとしている。


 これが一つ二つであれば"岩肌"のオレには無意味だったことだろう。

 だが、複数の方向から力を加えられることで、文字通りオレの肉体は八つ裂きになろうとしていた!


 何とかしなければと周囲を見ると、隣にオレと同じ格好になっている天魁がいた。

 今はまだパワードスーツのおかげで無事だが、このまま負荷をかけ続けられれば……いや、もうパワードスーツからは異音が鳴り始めている!


 最早一刻の猶予もない!!

 

 死ぬ気で身体に力を込めたものの、オレの力よりも各所から引っ張る車の力の方が強い。

 どうにかしてこの状況を打開する方法は―――近くに座っている男と目が合った。


 人間が引き裂かれようとしているこの状況下において、先ほどまでうろたえていたのが嘘かのように、その男に表情はなかった。


 男の手には銃のマガジンが握られており、弾を一つ一つそこから抜き出していた。

 マガジンに弾を込めるのなら分かる、銃を撃つのに必要だからだ。


 だというのに、どうしてこの男はこの状況で弾を取り出しているのだ?


 答え合わせをするかのように、男は取り出した弾丸の山を持ってこちらに近寄り……その全てを、あろうことかオレの口の中に入れた!


 まさか………まさかッ!?


「焼いても駄目、爆破させても駄目。もうこうなったら片っ端から殺す方法を試すしかないからね。まぁ頑丈すぎた身体が悪かったってことで」


 そう言って男がテープを巻いてオレの口を塞ぐ。

 そして大きなハンマーを持ち、狙いをつけるようにオレの顎に軽く当ててから、ゴルファーのように大きく振りかぶる。


 炎に包まれ、喉も焼かれ、爆発に巻き込まれ、そして四肢を引き千切られそうになり、最後には口に弾丸を詰め込まれ……。


 確かにこの仕事をするからには人に言えないこともやったさ!

 その結果、命を落とすことも覚悟していた!

 モンスターを相手に討ち死にすることもあるだろうさ!


 だが……だが、こんな最期はあんまりだろう!?


 嫌だ嫌だ嫌だ!!

 誰にも知られることなく、名誉もなく、ただただ作業のように総当りで殺す方法を試されるだけの最期だなんて…ッ!!


 オレは必死に懇願するようにその男の顔を見る。

 男の顔は変わらず、そしてハンマーは引き金となってオレの顎に当たった。


 光と 音と そして衝撃が オレを 置き去りに―――。

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