第95話:トム・ティット・トット

 運命の三日目、朝の鐘の代わりに派手な炸裂音が街に響き渡る。

 そう、中央地区の塔へ三度目の襲撃である。


 一度目はかなりの効果があり、パニックになった職員が勝手に銃撃戦を始め、それなりに被害も出せた。

 そして二度目もそれなりに効果はあったものの、最初ほどは混乱することはなくなった。


 なにせ襲撃の度に証拠が残るやり方だ。

 つまり、祝祭用の爆竹と煙を使って危険性の少ない外来異種を突っ込ませ、犬走の声で同士討ちを誘うだけの作戦だと見抜いたはずだ。


 恐らく今回は突っ込ませたところで危険性はないと思われ、無駄骨に終わることだろう。

 それこそがこちらの目的だった。


 外来異種が突っ込み煙が塔のエントランスに充満したときを狙って犬走と自分がさらに発炎筒のおかわりを持って中に突入する。


 そして煙の中を低い姿勢を維持しながら移動し、目に付いた職員を片っ端からスタンバトンで気絶させる。


「なっ、誰か――――ヒッ!?」

「お前は―――ガァ!?」

「おい! 敵―――イギッ!?」


 コード・イエローラビットのメンバーであれば同士討ち防止のためのジャケットで無理だったが、こちらの職員には支給されていない。

 情報が漏れないように秘匿し、別組織として行動させたことが仇になったわけだ。


 そして職員が声をあげているが誰も対応しない。

 それもそうだ、一度目と二度目の襲撃でわざと犬走に肉体操作で声を変えてもらって混乱させるような音声を再生させるスマホを外来異種につけて突っ込ませていたのだ。

 今回のこれも同じ作戦だと思うことだろう。


 そうして煙が晴れた頃には、エントランスの制圧が完了していた。

 そう、最後の一人を残して……。


「あんさん? なんでワイにスタンバトンを向けとんのや?」

「それはね、後顧の憂いを絶つためよ」

「お婆さん、どうしてそんなに笑っているの?」

「その余裕そうな顔を苦痛に歪めるのを楽しみにしてたからだよォ!」


 とまぁそんなダークな赤ずきんちゃん冗談はさておき、動けなくなった職員は全員縛り上げて銃を取り上げる。

 これで一気にこちらの戦力が充実したことになる。


「今度はなんや、えろう深い顔して」

「いや……お前に銃渡しても大丈夫なのかなって」


 だってこれあったら簡単に人殺せるし。

 後ろから撃たれたら流石にどうしようもない。


「なんや、背中が心配なんか? それなら別にそっちが使うてもええで。ワイにはこれがあるからな」


 そう言って犬走は背中に隠していた短弓を取り出す。

 それなら遠慮なく銃はこっちで使わせてもらおうかな。


 ってか銃あってもキミに負けると思うんだよね。

 隠れられたらその時点で狙撃されて詰みだし。


 そうこうしている間に鈴黒と鈴銀もエントランスに入ってきたので、二人に余った銃を渡す。

 でも怖いから予備弾装はなしで。

 まぁ自衛ならそれだけで十分なはずだ。


「キャアアアアア!」


 エントランスの向こう側にある扉から職員……恐らく事務員かそういった人が顔を覗かせており、現場を見て叫び声をあげる。

 それを聞きつけて奥から武装した職員がやってきて、一触即発の状況となった。


「あかんでこれ、どうする? 先に撃つか?」

「あー……いや、何とかなるかも」


 犬走がヒソヒソと闇討ちを提案してきたが、流石にそれは最終手段にしたい。

 人には他の動物にはない話し合いというコミュニケーションツールがあるのだ、先ずはそれを信じるのが人の道というものだろう。


「皆さん落ち着いてください、我々は救出部隊です!」

「嘘をつくな! ならばどうして我々を攻撃した!?」


 武装した職員が盾を並べてこちらに詰め寄ってくる。

 だが、返事をしたということは話し合いの余地があるということでもある。


「本当です! こちらの方々を攻撃したのには理由があるんです。それは、この中に"皮剥"が紛れているからです!」


 その一言でこちらに詰めてきた職員達の足が止まった。

 なにせ街に外来異種が脱走しており、"皮剥"の実物はここにも存在していた。

 ならば、もしかしたら……という疑念は持って当然だ。


「しょ……証拠はあるのか!?」

「はい! 証拠ならここに!」


 そう言って自分のスマホを取り出し、検知アプリを起動する。


「こちらのアプリを使うことで、モンスターを判別することができます! その証拠に、こちらに入ってきた外来異種に使うと―――」


『外来異種 丙種 气体畢方 ヲ 検知 シマシタ』


 音声と一緒に表示された画面を武装した職員に見せる。

 細かな文字は隣にいる犬走が翻訳して説明してくれているので、しっかりと意味も伝わる。


「ではこれを捕まえた職員さんに使うとどうなるか、確かめてみましょうか」


 今度はスマホを縛られた職員に向け……そして履歴モードから一昨日に撮影した"皮剥"をスクリーンショットで撮影し、それを画像読み込みモードで検知させる。


『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ』


 その音声でその場にいた全員がざわめいた。

 それもそうだろう、今までずっと一緒に避難していた職員が、まさか"皮剥"だと検知されたのだから。


「ま、待て! それはアプリが間違ってる! 私は人間だ!」


 流石にモンスター扱いされるのは御免被るのか、縛られた職員が必死に抗議する。


「そうかもしれませんね、それじゃあ他の人も確認してみましょうか」


 そう言ってまた別の人に検知アプリを向け、先ほどと同じ操作をする。


『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ』


 やはりというべきか、動揺がさらに広まった。

 そして"皮剥"と検知された職員達は必死に弁明する。


「違う! 私は違う!」

「そのアプリが駄目なんだ! 全員をモンスターを判別する欠陥品だ!」


 もちろん、そう言ってくることも予想済みだ。

 だから俺はまた一人、縛られている職員さんに検知アプリを向けて、今度は普通に撮影する。


『外来異種 ヲ 画面 ニ 収メテ クダサイ』

「はい、この人は大丈夫なようですね。いやぁ、すみませんでしたね!」


 そう言って身体を縛っていた衣服を解き、自由にする。

 これでこの人はこの検知結果が正常だと思うことだろう。


 なにせ本当に人間なのだ、これに異議を唱えれば自身が"皮剥"かもしれないと言うようなものだ。

 そうして何人かを"皮剥"に仕立て上げ、残りの人達は無実の子山羊ということで解放した。


 これで山羊の味方はこちらの方が多い。

 いくら狼が吠え立てようと、数がひっくり返ることはないだろう。


 とはいえ、このままにしとくと"皮剥"判定された人達がリンチにされたり、ヤケになって暴れられても面倒なので折衷案を提案する。


「えー、一応このアプリの不具合の可能性もありますので"皮剥"の人達はこのまま隔離だけします。もしも本当に無実であれば、後ほど正式な検査をすればきっと無実が証明されるでしょう!」


 ということで、推定"皮剥"の狼さん達は空き病室に隔離することとなった。

 そしてこれからどうするのかという話になり―――。


「先ほどの騒動から分かる通り、この塔はもう安全とは言えなくなりました。なので、脱出艇でここから避難しましょう! もちろん、残りたい方は残って頂いて構いません。後ほどまた別の救出部隊が参りますのでご安心を!」


 こうして内部の掌握が完了した。

 あとは鈴黒と鈴銀に頼んでアイザックさん達をここに呼んで来てもらい、脱出したい人だけを連れてアジトに避難すればいい。


 さて、それじゃあ最初に撃つかどうか聞いてきた野蛮人にマウントを取るか。


「どうよ? これが人道に基づいた話し合いというやつだよ」

「……あんた、人の心がないんか?」


 あるからやってんだよ!

 無関心だったらこんな方法思いつかんわ!


 まぁそんなことはさておき、アイザックさんが来る前に娘さんを保護するか。

 もしこれで誰かに連れ去られたとかあったら、今度はあっちが敵に回る。


 というか下手すると自分がやったとか言い出すかもしれん。


 問題があるとすれば病室が分からないのだが、前にガイドさんが案内してくれた道順を辿ればいいか。


 そうしてまた長い通路を歩き、エレベーターで上層に上がる。

 相も変わらず薄暗い廊下に、ガラスの向こう側には"皮剥"の標本である、きしょい。


 ―――いや、待て。

 前はここでアイザックさんの娘さんに擬態した"皮剥"が皮膚を剥がされていたはずだ。

 だというのに、その現場に"皮剥"はいなかった。


 もしかしたら用済みになったので棄てられただけなのかもしれない。

 だが、ガラスの向こう側にある扉が開いていた。

 これは……もしかしたら、もしかするかもしれない。


 俺と犬走は小走りでエレベーターに駆け入り、ボタンを押す。

 しばらくしてからエレベーターが止まり、扉が開く。


 俺は銃を、犬走は短弓で"磔刑鼠"の針矢をつがえて飛び出す。

 ガラスの向こう側では一人の女の子が、同じ顔をした女の子に馬乗りにされていた。


「おねがい、たすけて!」

「てつだって! これ、モンスターなの!」


 ぱっと見た限りではどちらも同じ顔だ。

 服装も同じワンピースで、見分けがつかない。


 ならばと検知アプリで判明するかと思ったのだが―――。


『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ』

『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ』


 これである。

 "皮剥"の皮膚を使った弊害というものだろう。


 さて、どうするか……本人にしか分からない質問も意味ないし、そもそも付き合いがないから分からない。

 いや、待てよ……そういえば"皮剥"の方は背中の皮膚を切り取られているんだっけ。

 一日で全て再生するとは思えないし、背中を見ればいいだけじゃないか!


「よし、それじゃあちょっと服脱いで背中を見せてもらえるかな?」


 …………全員が沈黙し、おぞましい何かを見るような目で見られた。

 それどころか犬走は短弓をこちらに向けてくる始末である。


「あんた、女の子が襲われとるっちゅう場面でよくもそんなことを……」

「違う! そうじゃない!」


 とにかく必死で自分の考えを説明すると、弓を下ろしてくれた。

 危なかった、こいつの持ってるのが銃だったらとっくに引き金が引かれてたはずだ。


「というわけでね、変なことは考えてないからね、ちょっと背中を見せてくれないかな」


 改めてアイザックさんの娘さんと容疑者に向けて、安心させるように笑顔で語りかける。

 しかし二人共無言でこちらから距離をとった。


「ねぇ、何が駄目なんだと思う」

「言い方の問題やろ」

「じゃあ次はオネエ語でやるか」

「すまん、顔と頭も追加しといてくれ」


 それはちょっとどうにもなんねぇから諦めてもらおう。

 まぁ二人の距離が離れたので、いざとなったら割り込む準備だけしよう。

 ……これ、百合の間に挟まって死ぬ流れじゃないよな?


「なぁなぁ、"皮剥"ってなんか思考とか受け答えに特徴とかないんか?」

「んぁ? 特徴っていうか、あいつらは言葉に反応してるだけだから、考えて喋ったりはしてなくて、脳みそにある経験から会話を構築してるだけだけど」


 だから会話で"皮剥"かどうかを確認する方法もなくはないのだが、こんな小さい子にちゃんとした受け答えができるかは疑問符がつくだろう。


「ほなら何とかなるかもしれへんな。ちょうワイに任せてくれへんか?」

「マジ? 一応言っておくけど、変なことしたら撃つから」


 というわけで犬走に任せ、自分はいざというときのために銃を構えておく。

 苦しまずに一発で終わらせることを約束しておこう。

 まぁサブマシンガンだから一発どころか十発ぐらい撃つことになるけど。


「さて、お嬢様方。あそこに怖いお兄さんがいるね? あのお兄さん、真実の名前を言わないと子供を襲う危ないモンスターなんだ!」


 どうしよう、こいつもう撃っていいかな。

 いやでも一応まだ待つか、撃つのはあとでいくらでもできるし。


「だけど、あれを退治する方法がある。それは真実の名前を口に出すことだ。ただし、名前を言えるのは三回までだ。それに失敗したら……怖いことになるよ」


 う~む、一体何を狙っているのかさっぱりだ。

 自分は犬走の考えが分からずに、そして少女一名と"皮剥"は真実の名前を考えて首を捻っている。


「よし、ここでヒントだ! ルーク、ハーン、ネッドは違うよ」


 そりゃそうだろう。

 日本人でそんな名前の奴がいたら真っ先にイジメられるわ。


 そしてヒントにならないヒントで少女と"皮剥"はさらに首を捻る。


「しょうがないなぁ、またヒントを出そう。ビルでも、サムソンでも、マークでもない」


 それを聞き、片方の女の子が何かに気付いたような顔をして手を上げた。

 あんなヒントで本当に分かるのだろうか。


「もしかしてニコラス?」

「違うよ、ニコラスじゃない」

「じゃあソロモン?」

「いいや、ソロモンでもない」


 これであの子はあと一回しか答えられない。

 だというのに、まるで正解が分かったかのように笑顔だった。


「ミニー、ミニー、ノット! お前の名前はトム・ティット・トットよ!」


 女の子は自信満々な顔で俺を指差し、そう宣言した。

 ……いや、違いますけど?


 そう言おうとした瞬間、女の子の後ろに回りこんでいた犬走が指弾をこちらの眉間にブチ当ててきた。

 おかげで後ろに仰け反って倒れてしまい、名前を答えた女の子は嬉しそうな声をあげていた。


「お見事、正解! キミはモンスターを倒したんだ!」


 コンチクショウめ!

 やり返してやろうかと思ったが、女の子が前に立っているせいで何もできない!


「そっちの子は残念だったね、また今度挑戦しようか」


 犬走がそう言って女の子と"皮剥"の腰に当てていた手を、背中に回した。

 そしてゆっくりと、気付かれないように背中の結び目を一つを解いて二つの背中をあらわにした。


 左は綺麗な背中であり、それとは対照的に右の背中は綺麗に剥ぎ取られていた痕があった。

 右が"皮剥"だ。

 問題はここで銃を使えば女の子にも流れ弾に当たるということだ。


 しかしそんなこちらの考えを読んだのか、犬走が左の女の子を抱えてすぐさまその場から飛びのいた。


 残された一匹は何があったのか分からない顔をこちらに向け、それを撃ち抜いた。


 自分と同じ顔をしたモノの死骸を見せるわけにもいかず、犬走が女の子の目を隠しながらエントランスに向かった。


「ちょっと聞いていい? どうしてこの子が本物だって分かったの?」

「そりゃ簡単や。この子がクイズに正解したからや」

「クイズに正解って……あのよく分からない名前のこと?」

「せやで。あれは有名な"トム・ティット・トット"っちゅう昔話でな、まぁ簡単に言えばモンスターが女の子の代わりに糸を紡ぐ代わりに一日三回名前を言って、一ヶ月以内に本当の名前を当てれへんかったら浚われるっちゅうやつや」

「へぇ~……それじゃあ"皮剥"はその昔話を知らなかったってこと?」

「ちゃう、ちゃう。ワイが何度も繰り返して名前を出す、名前を三回まで言える、そして本当の名前を言うたら追い出せる……ここまで聞いて"トム・ティット・トット"を連想できるかを確認したんや」


 あぁ~なるほど!

 確かに"皮剥"はどんな単語を知っていても会話に対して反応しかできない。

 つまり、わずかな単語から何かを連想することができないのだ。


 そしてそれが駄目でも当初の予定通り背中を確認して判明させると……。

 中々に考えられた作戦である。

 もうこいつに全部丸投げしていい気がしてきた。


 そうこうしている内にエントランスまで戻ると、鈴黒と鈴銀が黄色い腕章の人達を連れてきてくれていた。

 その中にはアイザックさんも居り、娘さんは駆け寄って親子のハグをする。


「パパ、パパ! わたし、ちゃんとトム・ティット・トットって言えたよ!」

「そうか、それは凄いな」


 今までずっと眉間に皺が寄っていたアイザックさんも流石に娘さんの前ではそれがほぐれていた。

 う~ん、感動的な親子の再会である。


「あそこのトム・ティット・トットがね、わたしの背中を食べようとしてたの!」

「………ほぅ?」


 前言撤回、一人の親が復讐者と化した場面だ。

 アイザックさんの表情が過去最高に険しいものになった。


「ッスゥー………ちゃうねん」

「大丈夫だ、私はちゃんと理解している。詳しい話はここを出てからゆっくりしよう」


 はい、脱出後に予約入りました。

 しかもドタキャンも許されません。


 今すぐ上に戻って"皮剥"を身代わりに仕立て上げようか考えてしまった。

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