第92話:タフ・ネゴシエーション
さて、睡眠もバッチリとれた二日目である。
"磔刑鼠"を解体して余ったお肉などは留守番している人達にお願いしてちょっと色々と仕込みをやってたりする。
これが成功すれば、甲種の"鼠狩り"もとい"マウスハンター"から襲われずに脱出できるはずだ。
そして自分達は今、中央区域に来ている。
道中で使えるものがあったら入れるためのカバンとリュック、それに"磔刑鼠"で作った武器しか持っていないので昼食も現地調達になる。
途中で歩哨のような奴らも見えたが、ここは建物が密集していることもあり、建物から隣の建物へと飛び移れたことで移動そのものは順調だった。
「ほな、早速調査といこうか」
犬走が合図をすると、鈴黒が飼っている"小三足烏"に指から擬似神経を接続させて飛ばす。
光を背にする習性を持つからか小さな光そのものに擬態することができるので、こういった夜のない場所ではいつでも使える斥候役になる。
「近くに天魁達、いない。黄色の場所、見張り少し。塔、エントランスに十人」
先ずは中国のビックリドッキリ人間達はいないことに安堵する。
黄色の場所というのは、腕章が黄色の人達が避難している場所のことだろう。
そして塔がこの"蓬莱"の中心、重要な赤色の腕章の人達がいる場所である。
それにしてもエントランスだけで十人か、結構多いな。
扉は普通に自動ドアで開くのは戦力的な余裕があるからだろう。
「それとエントランス、銃持ってる」
なるほど、銃があるのか。
そりゃあ戦力的にも余裕が出てくるだろう。
………ん?
待って?
なんで銃あんの!?
ここ"蓬莱"は銃が存在しない都市であり、銃が存在しない社会のサンプル都市って謳い文句をここに入る前にガイドさんが何度も説明していた。
だからコード・イエローラビットの人達もそうだが、ここにいる職員の武装も盾はあれど基本的には近接用の装備しかないと犬走から聞いていた。
だというのに銃が存在している……これは一体どういうことだ!?
「騙したのかお前ッ!!」
「いやいや、騙しとらんよ? 銃がないからこそ銃を持った相手には無力……じゃけん、やっぱり安全のためには銃を揃えなアカンって話になって、銃普及を推し進めるっちゅう予定になっとるはずやったんや」
なるほど、銃が欲しいからこそ銃の必要性を証明するためにこの事件を利用していたと。
だというのに、何故かここにだけ銃が配備されてるのは何故?
「まぁあれやな、誰も彼も自分の都合ばっか考えたせいでこうなったんやろ。ほんま、尻拭いすんのはいつも下っ端ってな具合や」
どこの国でも同じ仕組みらしい、世知辛い。
それにしても銃持ちが最低十人か……真正面から挑めば先ず間違いなく死ぬな。
「あと、全員、サブマシンガン、です」
絶望的な情報ありがとう、鈴黒ちゃん。
相手が全員火縄銃ならワンチャンあったかもしれないが、流石にサブマシンガン相手は文明格差も相まってどうしようもない。
だってこっちの遠距離武器は弓矢よ?
矢だけに時代が四つくらい飛んでるよ?
あっちだけ鉛玉をそのさらに先から連射してくるから性質が悪い。
とはいえ、そこ以外の人員はこちらと同じ時代の人達みたいなのでまだ楽かもしれない。
石器時代のように石で殴りあいにならないだけマシだ。
「銃…銃かぁ……犬っちきゅん、ちょっと身体操作で銃弾を掴んだりできない?」
「無茶言うなや。それなら鈴銀に頼んで大量に作ったシャボン玉を中に送り込んで、目潰しした方がまだ勝ち目あるで」
「あれ、水を操るだけじゃなかったの?」
「まぁ真水以外にも水が含まれとったら少しは融通利くで。流石に血とかみたいに要らんもんがぎょうさん入っとるもんは無理やけどな」
ほぅほぅ、それはそれは……使えるな。
ただもう一手ほしい。
もしかしたら探しているものがあるかもしれないと思い、小さな下水溝に光を当てる。
すると黒い何かが蠢くのが見えた。
まぁ害は少ないしこいつらでもいいか。
「それじゃあちょっと調達してもらいたいものがあるんだけど―――」
その場にいた全員の顔が歪んだ。
だって仕方ないじゃん、これくらいやんないと銃に勝てないんだもん。
そうして犬走と自分、あと鈴黒と鈴銀が頑張った結果、二時間ほどで準備が完了した。
先ず複数のバケツを用意して、中にドライアイスをいくつも入れる。
次にその中に熱湯をぶち込むことで、大量の二酸化炭素を発生させる。
そしたらシャボン玉液に漬けたタオルを使ってバケツの入口にシャボン玉の膜を作り出す。
こうするとあふれ出ようとする二酸化炭素の力でシャボン玉が膨らむのだが、普通はこのままでは割れる。
なので鈴銀の力を使って割れないようにし、極限まで膨らませた後に圧縮したシャボン玉を複数作る。
これで弾の準備はできた。
というわけで実戦投入のお時間である。
適当な空を飛ぶ外来異種を見つけたら、そいつを捕まえて鈴黒の力で操る。
今回はたまたまオナラで空飛ぶ外来異種"气体畢方"がいたのでそいつを使う。
あとは簡単だ、先ず入口の前でで二個ほどシャボン玉を割って煙幕を出す。
そしてこちらが見えない内に入口からこいつと一緒に残ったシャボン玉を突っ込ませるのだ!
『モンスターだぞ! 撃て!』
さらに外来異種には火のついた爆竹と一緒に犬走のスマホもセットにしてある。
もちろん音声は職員の人にもよくわかる中国語だ。
さて、突如エントランスに外来異種が突っ込み、さらに誰かが撃てと言いながら銃撃音のような音がしたら、中の人はどうするだろうか?
「撃て! 撃てぇ!」
「待、待て! 煙が邪魔で何も……ぐあぁっ!?」
とまぁ焦った人が撃って同士討ちになり、そこから更にパニックが広がってまた誰かが撃つという負のサイクルである。
実戦経験がないとね、そうなっちゃうよね。
でも仕方ないよね、いきなりこんな現場に来たら怖いもんね。
だからその失敗の尻拭いはそっちでやってね!
……とまぁ、室内は地獄のような状況だがこれは囮である。
「助けて! 无题が怪我したの!」
あちらが混乱している隙に黄色い腕章の人達が避難している建物の扉を鈴銀が激しく叩く。
どうしたのかと相手が外に出ると、足から血を流して倒れている犬走が見えることだろう。
「お願い、中に入れて!」
慌てて駆け寄ったコード・イエロラビットのメンバーが犬走を運ぶ。
それを確認してから、こちらは屋上に向かい配電盤からブレーカーを落とす。
「ど、どうした!?」
そうすると一時的に真っ暗になり中に居る全員が混乱した。
その隙をついて鈴黒が複数のカバンの中に誘導して詰め込んでいた日本産の外来異種"陰虫"を解き放つ。
丁種の"陰虫"は光を嫌うので、すぐに開け放たれた扉の先にある影の中へと潜り込んでいった。
それが完了したらまたブレーカーを上げて電気を復旧させる。
そうなると室内の光が戻るわけで―――。
「なっ、なんだこの虫は!?」
「ゴッ、オッ、ウェッ!!」
再び光に晒された"陰虫"が影に潜るために近くにある光の届かない場所……そう、口や耳の中へと入り込んだ。
もちろん犬走と鈴銀は入り込まれないようガードしており、ライトも持っているので問題ない。
突然の虫による強襲でパニックになってしまった哀れな二人のメンバーは地面をのた打ち回り、もう一人はどうすればいいのかうろたえている。
「おい、どうしたんだ!?」
その騒ぎを聞きつけて奥からまたコード・イエローラビットのメンバーが三名追加でやってきた。
「モンスターだ! 他に戦える奴らはいるのか?」
「クソッ、モンスターだと!? 戦えるのはここにいるので全員だ!」
「そうか、おおきに」
そう言って犬走が近づいてきた二人に素早くスタンバトンによる電流で気絶させる。
さらに遠くにいたメンバーにはライトを当てて目をくらませてる間に短弓で腕と足を射る。
最後に突然の展開ばかりでずっと混乱していたメンバーにもスタンバトンを当てて、制圧を完了させた。
見てるだけならアクション映画のワンシーンである。
まぁ俺がやったことはブレーカー下げて上げただけなんだけど。
とにかくこれで一つは制圧できたので、目的の人物を探すことにする。
「未来さん! 未来……えっと、未来 清澄さん! もしくは未来 識名さんはいませんかッ!」
「こ、荒野さん!? どうしてここに!」
良かった、一発目で当たりが引けた。
「実は―――」
そうして俺はここがどれだけ危険なのか、外がどういった状況なのかを説明する。
途中で判断に困るところは犬走が補足してくれたおかげでなんとか伝えることはできたが、その話を聞いていた他の人が口を挟んできた。
「なぁ、もしかして騙されているのはキミの方なんじゃないか?」
その言葉を皮切りに動揺、そして否定的な言葉が周りから出てきた。
「こんな状況ではあるが、だからといってここの職員がグルだとは考えにくい」
「先ずここの責任者を話し、真相を確かめてからでもいいのではないか?」
「そっちの彼の話が作り話である場合、キミの判断で多くの人を危険に巻き込むことになるのだぞ」
それどころかまるで犬走の方が悪いかのような発言も出てきた。
下手するとキレるのではないかと思ったが、当の本人はやっぱりかというような顔をしていた。
あの顔は俺も知っている。
世間様から陰口を叩かれているときの顔だ。
何を言おうとどうしようもないと、そんなもんなのだと諦めたときの顔である。
「荒野さん、いきなり結論を急ぐのは早計ではないでしょうか。テロリストがどうかはともかく、先ず外来異種を駆除して安全を確保するのを優先してみるのは如何か」
周りの声に圧されたのか、未来ちゃんのお父さんもこちらに対して懐疑的になっているようだった。
これが知り合いでもなんでもない人らであれば知ったことかと信じた人達とだけ脱出するところである。
しかし、ここで未来ちゃんだけを助けた場合、どうなる?
ここに残ることを選択したのはあの人達だ。
だから何があっても俺が悪いというわけではないだろう。
しかし、見捨てるという判断をしたのは俺だ。
悪くなくとも、その判断から生きている限り俺の後をついてくる。
どんな思いや考えがあろうとも、自分の行いから自分自身が逃れることはできないのだ。
俺は頭を思いっきり下げる。
「確かにあいつは胡散臭いし女を依存させるようなヤバイ奴で、俺もあいつが日本人だって話は半分くらい信じてませんけど―――」
「ちょう、ちょう待ちぃや。語弊がありすぎやろ」
抗議してくる犬走を無視して言葉を続ける。
「―――それでも、ここに何かあるのは間違いありません。ですから、どうか今だけ俺を信じてください」
それを聞き、未来ちゃんのお父さんとお母さんも悩んでしまう。
どうして俺がここまで粘るのか理解できないだろう。
俺だって説明できない。
だけど、俺は確かに感じ取ったのだ。
朝、首筋に薄ら寒い感覚があって目が覚めて外を見回っていた。
何もなかったと安心して、ふとアジトに戻るときに透明なドームの外側を覗いてしまった。
海底の暗闇には何も見えなかった。
しかし、見えないモノがこちらを覗いているという感覚だけはあった。
ここはもう人類の最先端を行く"蓬莱"ではない。
海の底に沈み、消え行くだけの楽園の跡地でしかないのだ。
「……私は信じよう」
奥の方から誰かの声が聞こえた。
理論も証拠もない自分の言葉に耳を傾けてくれたことが嬉しくて、顔をあげる。
「なにせ、彼はこういった事件に関するプロフェッショナルだからな。ああ……本当に、忌々しいくらいに頼りになるだろう」
「ゲェッ!?」
そこには眉間に思いっきり皺を寄せ、不機嫌な顔をしたアイザックさんがいた。
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