第91話:トリアージ
"磔刑鼠"を駆除した後、アジトに戻ると避難して来た人からの悲鳴があがった。
もしかして何かが襲撃してきたのかと思ったのだが、自分達が複数の台車を繋げて引き摺ってきた"磔刑鼠"の死体に驚いているようだった。
「ち、血塗れの殺人鬼が…ッ!?」
違った、俺にだった。
そりゃ全身血塗れの男が凶暴な外来異種の死体を運んできたら怖いよね、俺だったら即扉を閉めて逃げる。
取り敢えず何があったか説明すると安心してもらえたようなので、アジト内にはシャワーで全身の血を落としてスーツも洗濯してもらった。
「なぁ、これもう捨てた方がええんとちゃう?」
「汚れただけだから、まだ着れる! それに持ち帰れば損害賠償の金額が少し減るかもしれないし」
なにせ何十万もするスーツだ、少しでも金銭的な負担は減らしたい。
それに逃げてるときとか何気に動きやすかったので気に入っているのもある。
まぁここにある着替えは自分の体型に合ってなくて窮屈だってのもあるけど。
人類はもっとLサイズ以上の服とズボンを作るべきである。
あとLLとXLの違いが分からないから規格も統一してほしい、別にバベルの塔もないんだしさ。
シャワーを浴び終わってスーツを着ようとしたが、まだ生乾きだということでバスローブを着たのだがメチャクチャ寒い。
一枚じゃ足りないから三枚くらい重ね着してるがそれでも足元が冷たい。
せめて少しでも身体を動かして身体を温めようとしていると、人が来ない奥の部屋で犬走が"磔刑鼠"の死体を解体していた。
「おぉ、トロール型の外来異種やんけ!」
「うるせぇ寒いんだよ! ってか何でここはこんなに寒いんだよ!」
「外来異種の活動を抑えるためやな。寒いのが苦手なのが多いからこうやって安全を確保しとるっちゅうわけや」
「代わりに死ぬほどヤバイのに追われることになったんですがそれについて何か釈明は?」
犬走はニッコリと笑うだけで何も言わなかった。
まぁこいつが悪いわけじゃないけど、それでもなんかこう一言くらいあってもいいと思う。
主にクソ重い死体を運ばされた件についてとか。
「……で、何してんの?」
「武器作りやな。ほれ、こういうのや」
そう言って横に置いてある骨を持ち上げてこちらに見せてみせた。
「それ……弓?」
「せやで、こいつの骨と筋を使って短弓を作ってみたんや。矢もこいつの針を使えば中々のもんやで」
後ろにあるコンクリートの壁を見てみると何本かの針が刺さっており、その威力を物語っていた。
「俺も、俺も! 俺も使いたい!」
「あんさん、弓使ったことあるんか?」
怪訝な顔をしながらも短弓を渡してくれたので矢を番えて狙いをつける。
「……ねぇこれ揺れるんだけど、どうやったら止まるの?」
「息を止めたら少しはマシになるんとちゃうんか」
言われた通りに息を止めたが全然マシにならない。
むしろずっと弦を引き絞っていると揺れが大きくなったのでさっさと射ってみたのだが、狙った場所から左下に大きくズレてしまった。
ならばもう少し右上をと狙ってすぐに射ってみたのだが、また下の方へと落ちてしまった。
もっと強く引き絞ればまっすぐ飛ぶのかもしれないが、そうすると弦が切れそうで怖い。
「どや、難しいやろ? まぁ二射目で横のズレを直せたんはいいけど、それだけじゃあまだ足りんな。そんなあんさんにはこれが一番や」
そう言って渡されたものはモップであった。
あれか、カンフー映画ばりにこれで戦えというのか。
「取り敢えず最初の犠牲者はお前だ」
「まぁまぁ! 落ち着いて先端を見てみぃ」
そう言われてモップの先端を見ると、濡れた"磔刑鼠"の毛束になっていた。
「即席の槍……っちゅうよりかは薙刀とか偃月刀みたいなもんやな」
「おぉ~、これで近寄る敵をバッサバッサと薙ぎ払えってことか!」
「残念やけど、数匹くらいで血糊がついて使いもんにならんよぉなるで。あと、死んどるやつの毛やから一日か二日くらいしかもたへん」
折角最強の武器を手に入れたのに時間制限付きだった。
まぁ素手とか包丁とかよりかは頼りになるからマシではあるけれど。
「んで、今日はもう疲れたし明日からの行動についてなんやが―――」
不意に扉の向こう側から足音が聞こえてきたのでそちらを注視すると、鈴黒と鈴銀が夕飯を隣に置いてくれた。
フランスパンに切れ込みを入れて、中にサラダとキャビアが挟まれており、温かいコーヒーもセットである。
そうそう、こういう文化的な食事をね、期待していたんだけどね。
なのにどうして"蓬莱"はこうなっちゃったんだろうね。
「ほな、話の続きをしようか」
「えっ……いいの?」
そう言って犬走の後ろに座ってシャボン玉をゆっくり膨らませて遊ぶ二人の姉妹を指差すのだが、気にしていないようだった。
「かまへん、かまへん。どうせこの子らは日本語は分からんからな、食いながら作戦会議や」
そうして軽く周辺の状況などを説明してくれた。
外周部分の北側は開発区域なので、何か道具が必要ならここで手に入れるということ。
あとここならどれだけ暴れてもいいらしいが、そんな区域一つをどうこうする気はない。
次に人質について。
赤色の腕章の人達は中央の塔、そして黄色の腕章の人達はその近くに避難している。
灰色の腕章の人達はどうなってもいいエサ候補なので、外側に散らばってる避難場所にいるらしい。
少し違ったら自分もエサになっていたので笑えない状況である。
「ほんで、どうする? 一番手軽なんは外周部の避難所を周って人質をここに一塊にして守りを固めるのがええと思うけど」
「………中央地区に行って情報収集と可能なら救助、そのあと北側の開発区域にいって必要になりそうな道具を集めるかなぁ」
「なぁんでわざわざそんな危険な真似をするんや」
「ほら、外来異種がいるっていっても、日数が経てば例の三人組がいたら駆除して落ち着くでしょ? むしろ混乱している今こそ突撃すべきじゃない?」
犬走が眉間にありったけの皺を寄せている。
うんうん、胡散臭い笑顔よりそっちの方がいいぞ。
「……灰色腕章の人らは助けんでええんか?」
「いや、助けるよ? 助けるけど……優先順位としては下の方かな」
一番は自分の命、死んだら助けることもできないし。
二番目がまだ未成年の未来ちゃんで、三番目が未来ちゃんの両親。
あとはもう可能なら助けるくらいに絞る。
ただでさえ自分の命以外のものにまで手を伸ばして取りこぼしそうな状況なのだ、これ以上は手も余裕も足りない。
「それなら二手に別れるんはどうや? 片方が外周部を担当して、もう片方が―――」
「いや、行くならこの四人で行く。じゃないと片方に何かあった時点で詰みになる」
犬走が困ったように頭を掻くのだが、こればかりは譲れない一線である。
もしもこの戦力がなくなった場合、もう救助そのものを諦めるしかない。
何を犠牲にしてでもキーカードを持つ三人を殺して、ここから逃げるという選択肢しか存在しなくなる。
「なぁ……中央の塔とその付近は一先ず安全が確保されとる。それでも行かなあかんのか?」
「俺は、それで間に合わなかったよ」
あの日、あのとき、もう少し疑っていれば……もしくは無根拠に大丈夫なのだと考えを放棄しなければ何とかなっていたかもしれない。
だけど、何度後ろを振り返ろうとも、もうどうしようもないのだ。
世の中、そんなどうしようもないことばっかりだ。
「はぁ~……わかった、わかった。ほんじゃ、明日は中枢潜入としゃれこもうか」
やれやれといった感じで溜息を吐きながらも、犬走が同意してくれた。
良かった、ここで仲間割れになったらそれでも詰みだったから、あちらが折れてくれたのはありがたい。
「ちなみにキャビアサンドをペロリと平らげたけど、いけるもんやろ?」
「白米がほしい」
「……キャビアと米は合わんやろ」
合うよ!
というか米は万能主食だから何にでも合うよッ!
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