第74話:奥多摩包囲戦

 場所は奥多摩の消防署前。

 時間は昼過ぎ、天候は雨、最悪の気分で役員さんの話を聞いている。


「――――というわけでして、道沿いの外来異種の駆除をお願いすることとなりました。ここまでで何かご質問は?」


 質問していいのなら遠慮なくさせてもらおう。


「雨天中止にはならないんでしょうか?」

「えー、はい。大降りになり危険と判断されましたら中止となりますが、それまでは作業の方をお願いします、はい」


 三日くらい前から降りっぱなしでちょっと地すべりが怖い。

 まぁもしもそういうのを見かけたら報告して帰っていいだろう。


「仕事の完了条件は何でしょうか?」

「あー、付近の山で確認された全ての外来異種の駆除が望ましいですが、それはまぁ、無理ですから、はい、出来うる限りという感じでお願いしたいなと」

「そもそも外来異種の駆逐とかいう不可能な条件を設定しようとするのが頭おかしいのでは」


 前文で誤魔化される人もいるかもしれないが、出来うる限り駆除してくれとか、明確な終わりがないとかブラック企業も真っ青のブルーカラーになるよ。


「えー、こちら、貸与されました軽トラがありますので、まぁ、こちらにそれなりに積んでもらえればなと、はい」


 それなりってどれだけだよ。

 いやまぁ上から言われて来ているだけっぽいこの役員さんに言ってもどうしようもないんだろうけど。


 だからあちらもわざと含みを持たせるというか、解釈次第みたいなところを残しているんだろうが、それで不足があったらこっちの責任にされるだろうしなぁ……。


「最後の質問なんですけど……本当にこれだけの人数でやるんですか?」

「え、えぇ……本当はもっといるはずだったんですが……」


 奥多摩の消防署前にいる駆除業者は自分と、勲くんと、不破さん。

 総勢三名、参上!

 ……惨状の間違いだろ。

 どうすんだよこの悲惨な惨状をよぉ!


「というかこれ、付き添いの俺らが来なかったら勲くん一人だったんじゃ……」

「はい、ほんと助かります。ありがとうございます。車を使えない子だけだったら中止せざるをえませんでした」


 つまり自分と不破さんが来なかったらお流れになってたってことか。

 クソがぁ!!


「帰っていいっすかね。ほら、雨降ってて危ないし、役員さんも仕事終わるまでここで待つとか大変でしょうし」

「いやいや! 全然大変じゃないんで! ほんとお願いします!」


 一番大変なのは最前線で駆除する自分らなのですがそれは。


 結局、役員さんが拝みに拝み倒してきたので、仕方がなく仕事をすることになった。

 不破さんは「お前が余計なことしたせいでこうなったんだぞ」という視線を終始こちらに向けてきたが、これを予測しろという方が無理というものだろう。


 取り敢えず仕事の段取りとしては不破さんが運転するということで出発した。

 西にある奥多摩湖まで向かい、道中に外来異種がいたら駆除し、戻ってくるという感じだ。

 普通なら十分あれば往復できる距離だし、何かあってもすぐ戻れるだろう。


 そんなこんなでパトロールのような形でゆっくりと走る車に揺られていると、勲くんが口を開ける。


「なんか、おれのせいですみません……」

「あぁ!?」


 申し訳無さそうに謝る勲くんの言葉に、不破さんが不機嫌そうに返す。


「あの、おれのワガママのせいで迷惑をかけることになって―――」

「ガキはんなこと気にしなくていーんだよ! オメーの親父がどんな場所で働いてたか知りてぇんだろ」


 不機嫌な口調のまま、不破さんは勲くんの頭をガシガシと乱暴に掴む。

 この人はこういうことで怒ったりしない。

 そもそも今不機嫌なのは、この場に来ていない駆除業者に対してだろう。


「でも、その、荒野先輩が……」

「放っとけ、こんなとこで仕事するハメになった罰ゲームだ。それに、あいつが隣にいると狭く感じんだよ」


 なるほど、勲くんは荷台で座っている自分に対して申し訳ない気持ちがあるようだ。

 というか外は雨なのでぶっちゃけかなりハードな環境である。

 さらに帰りには外来異種の死骸を積んでそれと一緒に戻るわけだ。

 文字通り死体蹴りのような扱いである。


 文句の一つでも言いたいところだが、喋る死体から喋れない死体に転職したくないので口を閉じる。

 いや、そういえば一つ聞きたいことがあったんだった。


「不破さん! そういえば、前の会社の人がここで死んだって、どうやってですか?」

「あぁん? 俺も詳しくは知らねぇよ。最初はツキノワグマが出て全員がパニックになったんだよ。その後、はぐれた奴を捜しながら外来異種を駆除してたらいきなりなんか飛んで来てな。そこで俺ぁ気絶して、社の奴が運んで助かったって流れだ」


 熊……出るんすか……。

 念のために銃は持ってきてるけど、勝手に撃ったらやばいよな、法律的な意味で。

 外来異種より野生動物と愛護団体の方が恐ろしいとか絶対に何か間違ってる。


 突如、横から何かが飛んで来た。

 軽トラで走っている自分達にそれを回避できるはずもなく、車体の横っ腹に凄まじい衝撃が加わり軽トラが横転してしまった。


「ちょっ……大丈夫っすか!?」


 運良く荷台にいた俺は咄嗟に飛び降りて無事だったものの、軽トラに取り残された二人が心配で駆け寄る。


「だああああ! クソッ、猪でもぶつかってきたのか!?」


 あ、全然大丈夫そうだ。

 不破さんが勲くんを引っ張りながら車の窓から外に出てきた。


「おい! なにがあった!?」

「イノシシじゃないのは確かみたいっすね」


 逆さになりながら横っ腹がへこんだ軽トラの近くを見ると、大きな土の塊が転がっていた。

 これがぶつかったのだろうが、どんなことをしたら軽トラが横転するほどの威力が出るというのか。

 何か手掛かりになるものでもないかと周囲を見渡していると、いくつかの木々が折れたり、地面に穴が開いていたりする。


「あっ、荒野先輩! あれ見てください!」


 勲くんが指差した森の方向に目を向けると、熊のように大きな外来異種がいた。

 四足歩行、頭がない代わりに大きな丸い口がこちらに向けられており、膨らんだ胸部に何故か目がついていた。


「ありゃ"大口頚"(だいこうけい)じゃねぇか。よく動いてる軽トラに当てられたな」


 乙種の"大口頚"、その大きな口が武器とするのだが、噛むとかそんな生易しいものではない。

 先ず地面か何かを丸ごと口の中に入れ、それを圧縮して硬化させ、それを高速で撃ち出すのだ。

 その威力は先ほど身をもって体験した。

 当たり所が悪ければ苦しんで死ぬ、良ければ楽に死ねるとかそういうやつだ。


「あのヤロウ、ぶちのめしてやる!」


 だというのに不破さんは青筋を立ててズンズンと"大口頚"に近づいていく。


「ちょ、ちょ! 大丈夫なんすか!?」

「心配すんな! こいつぁ感覚が鈍い、雨の中なら横から回れば大丈夫だ」


 まぁおかしなところに目があるからそうだろうけれど、ならどうやって軽トラを横転させたんだ……?

 何か見落としがないかと周囲に注意しならが見てみると、先日見た"蝕"が道路にいた。

 といっても潰されているので死んでいるのだが――――いや、まさか……まさか!?


「不破さん待った! もう一匹います!」

「おぉ?」


 不破さんが動きを止めてこちらを見た瞬間、先ほどまで別の方向を見ていた"大口頚"の砲口が不破さんへ向いた。


 俺は咄嗟に荷物を入れていたジュラルミンケースを近くにいた"蝕"に向けて投げて潰す。

 それに反応した"大口頚"は不破さんから狙いがわずかに逸れたが、それでも土の砲弾が不破さんの頭に飛ぶ。


 しかし驚異的な反射能力の賜物か、不破さんは左腕で頭を庇いなんとか致命傷は避けたように見えた。

 けれども威力を殺しきれず、左腕は折れ、頭への衝撃で崩れ落ちるように気絶してしまった。


「ふ、不破さん!?」

「勲くんもストップ!」


 駆け寄ろうとした勲くんを制止させる。

 彼の足元に、そして不破さんの近くにも"蝕"がいる。


 普通ならば"大口頚"と"蝕"がいたところで何も意味はない。

 しかしこの二匹の間にもう一匹いると話は別だ。

 そう、外来異種の感覚を擬似神経となる糸で共有させる"脛齧"だ。


 獲物を察知する斥候役の"蝕"。

 的確に攻撃する砲撃役の"大口頚"。

 そしてその二匹を繋げる指令役の"脛齧"。


 まさか三位一体という言葉を外来異種が使ってくるとは思わなかった。


 さぁどうする、どうする?

 こんなクソみたいなやつらと戦うくらいなら、不破さんを回収してさっさと逃げるのが一番だ。

 だが肝心の不破さんは気絶して動けない。


 かといってこのまま待っていても事態は悪化する一方である。

 恐らくだが"脛齧"が"蝕"をばら撒いており、木々の上から落ちてくる可能性だって十分にある。

 そしてそれに触れれば即座に"大口頚"の砲撃が飛んでくる。

 こんなことを考えてる間にも"蝕"は徐々に道路側に進んできている。


 現状見えている"大口頚"に銃を使うべきかとも思ったが、圧縮して硬化した土を口の中に装填している状態では表皮を傷つけるだけに終わり、五秒で反撃が飛んでくる。


 ………逆に言えば、五秒は安全であるということか。

 なんとか一発目を避け、二発目がくる前に不破さんを回収して逃げるのが無難か。


 …………いや、移動手段がない状態では無事に逃げ切れる保証もない、殺そう。

 いやいや別に殺さなくてもいい、ただ安全に逃げ切れるだけの傷を負わせればいいのだ。


 それなら話は早い、先ずは自分の手札を確認する。

 先ずいつもの道具は放り投げ、しかもそこに"蝕"がいるので触れない。


となると、現状あれを殺せそうな装備といえば……使わないように懐に仕舞っておいたガスナイフと膨張弾と銃である。

 いやでもこれもって突撃しても普通に死ぬんだよなぁ。


「……勲くん、動ける?」

「はい、動けます。どうしますか?」


 軽トラの近くで待機していた勲くんは不安そうな顔をこちらに向けてくる。

 今からその顔がさらに歪むことになるので、先に謝っておこう。


「ごめん、ちょっと頼みがあるんだけど……車の中に入って、近くにいる"蝕"を潰してくんない?」

「ま、まぁそれくらいなら」


 あ、"大口頚"から砲撃されるって言ってないや。

 ……別にいっか、軽トラを貫通できるほどの威力じゃないから安全だろうし。

 こ、これはパニックにならないようにする為の措置だから……!


 そして勲くんが車の中に入ったので合図を送る。

 勲くんは逆さになった車の窓から長い棒を出して、近くにいた"蝕"を潰す。

 その瞬間に"大口頚"は車の方向を向いて砲撃する。


「あああああああぁぁ!?」


 突然の攻撃に勲くんが叫びつつ、逆さになった車に再び衝撃が加わったことで横倒しの形になる。


 残り四秒、死ぬ気で走って"大口頚"に迫る。

 残り三秒、足元の"蝕"を踏み潰しながら走ると草陰に隠れていた"脛齧"が足に喰らいついてきた。

 残り二秒、足の痛みを無視して"大口頚"にナイフをブッ刺してボタンを押すと刃の部分が圧力に耐え切れずに破砕した。

 残り一秒、傷口に銃口を突っ込み、引き金を引く。


 "大口頚"の上半身が爆散した。


 ……おかしいな、膨張弾だって話だったはずだ。

 なのにどうして爆発したんだ……?


 気になって俺の足に食いついてる"脛齧"の口の中に突っ込み、もう一度引き金を引く。

 撃ち込まれた弾丸は徐々に膨れ上がり、そのままドンドンと膨らみ、最後は炸裂した。


 ………そっかぁ、膨らみすぎかぁ。


「なんてもんを渡しやがるあのファッキンマッド!!」


 いや助かったけどね、結果オーライだったんだけどね!?

 でも体内で膨張させて動きを制限させるって話だったよね、非殺傷の予定だったよね?


 爆殺させてんじゃん!

 確殺するための弾丸じゃんコレ!!

 禁止条約まっしぐらの兵器だよコレ!!


 取り敢えずこれについてはあとで製作者に言及するとして、とにかく不破さんを助けることにする。

 左手が折れて気絶はしているものの、呼吸はしているので一先ずは安心といったところか。


「勲くーん! だいじょーぶー?」

「な、なんとか……」


 横倒しになった車から勲くんがフラフラとした足取りで出てくる。

 外傷もなさそうだし大丈夫そうだ。


「不破さんと荒野先輩は大丈夫なんですか?」

「それとなく無事だよ。取り敢えずこのまま道を進んで奥多摩湖まで向かおう。スマホに外来異種の検知アプリあるよね? あれ起動したまま進んでくれない?」


 あれがあればカメラ内に収まった外来異種がいたら勝手に報せてくれるので、外来異種を察知できない勲くんでもなんとかなるはずだ。


「あれ、あれ……?」

「どったの? もしかして、さっきの衝撃で壊れた?」

「いえ、スマホは無事です。でもアプリが全然反応しなくて」


 そう言って勲くんが検知アプリの画面を見せてくれる。

 地面には"蝕"がいるのに反応していないとなると、不具合か何かだろうか。


 担いでいた不破さんを勲くんに一旦預け、自分のスマホでも試してみる。


「あ、俺のは大丈夫だね。これ使っていいよ」

「ありがとうございます!」


 自分のスマホの検知アプリは正常に動作しているようなので勲くんに渡す。

 なにせこれは最新版というか、オフラインでも使えるように改造されているものだ。

 まぁあらゆる外来異種のデータを入れてあるので、その分データがクソほどあるのが難点である。


 ………んん?

 勲くんのアプリは使えなくて、オフラインでも動作する俺のやつは使える?


「……勲くん、ここ、電波、届いてる?」

「電波ですか? いえ、届いてなさそうです。山だからですかね」


 ッスゥー……電波、届いてないっすかぁ……。

 山っていっても、一応ここ、ダムとかもある観光名所だから電波あるはずなのに、届いてないっすかぁ……。


「奥多摩コロニー化しとるやんけワレェ!!」


 山彦は響かず、雨音だけが聞こえる。

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