第75話:奥多摩脱出戦

 さて、現状を確認してみよう。

 一番の戦力となる不破さんは左腕が折れて、さらに気絶中。

 勲くんはまだ動けるけど頼りにしたらアカン。


 そして肝心の自分は足を負傷している始末。

 うっ……お、俺達はここ死ぬのか……?

 自分の不安そうな顔を見て、勲くんが恐る恐る尋ねる。


「荒野先輩、大丈夫ですか?」

「超平気。取り敢えずこっからだと来た道戻るよりも奥多摩湖まで行って車か何か借りた方がよさそうだね」


 うん、噛まれたところがちょい痛いけどそれだけだ。

 血も出ていないし痣とかも多分ない。


 それもこれも特注の作業着のおかげである。

 ありがとう久我さん!

 防弾・防刃・防火・防水・防臭の欲張り五セットの作業着を用意してくれて!

 でもぶっちゃけ防弾は要らないですよね、それとも必要になる場所に行かせるって意味なんですかね、どうなんですかね久我さん!?


 そんなこんなで、大雨の中ただひたすらに歩く。

 勲くんが検知アプリを起動した状態で先導、そして自分が不破さんを担いでそのすぐ後ろを歩く。

 襲われた場所は桃ヶ沢と書かれていたから、おおよそ一キロ……三十分もあれば到着するはずだ。


 ……こんな雨の中、どこに外来異種がいるか分からない状態で一キロ行軍か。

 なんか山からたまにドッカン音とか聞こえてきてめっちゃ怖いんだけど。

 あぁでも雨のおかげで"脛齧"が勝手に誤認してるわけだから逆にバレずに進めるのか。


『外来異種 丁種 "鉄面樹"(てつめんじゅ) ヲ 検知 シマシタ』

「荒野先輩、"鉄面樹"ってなんですか?」

「あぁ、そいつはほぼ無害だから放置して……ってちょっと待ったぁ!」


 歩きスマホで注意が散漫になっている勲くんの肩を掴んで止める。


「ど、どうしました?」

「前、目の前の水溜りをよく見て。雨が降ってるのに波紋がない」


 周囲の水溜りと違い、そこだけが波紋がなく泰然とそのままの状態、一目で異常だと分かる。

 そういえばこれどっかで見たことあるような……あ、チェルノブイリか。


 水溜りが動いたと思ったらピラニアみてぇな魚になって襲ってきたけど、イーサンが撃ち殺したやつだ。

 検知アプリに引っ掛からなかったってことは、新種だったんだなこいつ。


 取り敢えずイーサンみたいに銃で迎撃……無理だな!

 散弾銃ならワンチャンあるけど、拳銃じゃちょっと自信ない。

 こんなことなら毎分300発の自動連射散弾銃を用意すべきだった。


 まぁ要望を出したら戦争する気かって言われて却下されたけど。

 あれ水の中から取り出してから普通に撃ってる動画があったから信頼性も高いんだけどなぁ。


 まぁ人がパーンする散弾銃に思いを馳せても出てこないので、違う方法を取ることにする。


「勲くん、ちょっと場所交代。こっからは俺が先に歩くから不破さんお願い」

「分かりましたけど、どうするんですか?」


 背中に担いでいたジュラルミンケースを下ろし、中身を全部取り出す。

 そして開けたままのケースで水溜りに近づくと、案の定こちらに向かって飛び出してきた。

 だがそいつは開けたケースの中に自分から突っ込み、俺はすぐさまケースを閉じた。


「よし、キャッチ&リリース!」


 このまま持ってたらいつの間にか脱走してきそうなので、ケースを閉じたまま横の川に投げ捨てる。

 それを見ていた勲くんは何か言いたそうな顔をしている。

 安心してくれ、これは不法投棄ではない、ちょっと重いから置いておくだけだから。


「あの、荒野先輩……本当にいいんですか?」

「あれ持って歩く勇気は俺にはない!」

「いや、でも、その……あれ、他の人が開けたら危ないんじゃ……」


 ……やっべ、完全にその可能性を失念していた。

 知らない人が開けてガブリといかれるかもしれないのか。


「俺は信じている。人様の荷物を勝手に開けない日本の国民性というものを!」

「えぇ~……」


 逆に言えば勝手に開けたらそいつは日本人じゃねぇということにしよう。

 まぁここから戻ったら警察に言って危険物として手配してもらおう。

 その為にもここから帰らないとね、というかまずそっちの心配をすべきだよね。


 そして、ジュラルミンケースから取り出した道具を自分と勲くんて手分けして運びながら、また歩き続ける。


 長い中山トンネルを抜けると横転した何台かの事故車が道を塞いでいたが、人が通れるだけのスペースはあったので、横を通り抜ける。

 そのまま進むとダム門のようなものが見え、看板やら何やらが見えてきた。


 ようやく奥多摩湖……小河内ダムに到着したのだ。


 兎にも角にも先ずは人に会わないといけないということで、一番近くて分かりやすい建物である『奥多摩 水と緑のふれあい館』に向かったのだが、そのすぐ横に小河内駐在所があったのでそのまま倒れこむように中に入った。


「すいませんパトカー貸してください!」

「うおっ! どうしたの君ら!?」


 お巡りさんはいきなりの乱入者に慌て驚きながらも、気絶している不破さんを見るとすぐに中に運んでくれた。


 それからしばらくして、不破さんは駐在所の二階で安静にしてもらい、自分と勲くんは隣にある『水と緑のふれあい館』のレストランで警察の人にこれまでの経緯を話しながら人心地ついていた。


 あと腹が減ってたので鹿焼肉定食とみそおでん、あとパンケーキを頼んで食べている。

 鹿肉はちょっとクセがあるが、まぁいけた。

 次来るときはニジマスの唐揚げがついてくる清流定食を食べよう。


 一方で勲くんは自分が奢ると言ってるのにコーラしか頼んでいない。


「食べなくていいの? 端から順にとか言わない限り、普通に飯代くらい出すよ?」

「いえ、なんか食う気が出なくて……荒野先輩、よく食えますね」

「あれだけ動けば腹減るって。それとも、遠まわしに俺のことデブって言ってる?」

「言ってませんって!」


 言ってないらしい、ならソフトクリームも頼もうかな。

 いや、でも言ってないからといって思ってないわけではないしな、アイスコーヒーで我慢しよう。

 シロップとミルクは二個入れるけど。


「取り敢えず、二人共若いのに大変だったね。とにかくここでゆっくり休んで救助を待とう」


 一息ついたところでお巡りさんから労いの言葉をいただくが、そんなゆっくりしてられない。

 というかここがコロニー化してるなら一刻も早く逃げたい。

 なにせ今までコロニー化した場所で良い思い出が一つもないんだから。

 ……逆にあったらおかしいよな、うん。


「車か何か貸してもらえませんか? 奥多摩までの道は塞がれてますけど、迂回すれば戻れると思いますし」

「駄目、駄目、それは許可できないよ! また外来異種のせいで横転するかもしれないんだから」


 あー……今は大丈夫な道だとしても、これから大丈夫じゃなくなるかもしれないからか。

 けど、このままここで待ってるのもなぁ、不破さんも腕折れてるし早目に治療しないとまずい。

 それにこのまま救助が来る前に外来異種がこっちに寄ってくる可能性だって十分にある。

 確かにこの建物は頑丈だろうけど、"大口頚"がトリガーハッピーに目覚めたら流れ弾でどれだけの被害が出るか分かったものではない。


 とはいえ、窓の外を見てみると雨は止まずに今もなお降り続けている。

 どうしたものかなぁと外を眺め続けていると、ダムが放水しているのが見えた。

 そういえばずっと雨降ってるから、放水しないと決壊する可能性があるのか。


 ………なるほど、その手があったか。

 アイスコーヒーを飲み干して、ダムの管理事務所に向かう。


「すみません、浮き橋貸してもらえませんか!」


 そう、奥多摩湖にはドラム缶を使った浮橋が存在している。

 今は大雨のせいで橋は架かっていないのだが、それが味方してくれた。


 管理事務所の人に頼み込み、奥多摩の消防署前で仕事の説明をしてくれた役員さんのような拝み倒しを行い、浮橋の一部を借りること成功し、運んでもらうことになった。

 流石は役員さん直伝の拝み倒しだ、馬力が違う。

 人だから人力の方が正しいか。


 あと念のために勲くんと一緒に発見した丁種"鉄面樹"を探し、その樹皮を剥ぐ。

 こいつは文字通り樹皮が固く、銃弾すら弾く。

 そして外敵が近づいたら体をくねらせて枝葉で叩いて追い返す。


 だが悲しいかな、稼動域が狭いのだ。

 なので安全な場所からこっそり近づき、バールを樹皮に刺し込み、てこの原理を利用して引っぺがす。

 "鉄面樹"は苦痛に身をよじるがそんなの関係ねぇ!

 もう少し我慢してくれ、すぐにお前を転生させてやるからな!


 そして樹皮を一通り剥ぎ取って、車で浮橋を運んでもらった道路へと向かう。


「言われた通り運びましたけど、これどうするんですか?」

「ボートにします」

「…………はぁ」


 管理事務所の職員さんが気の抜けた返事を背に、俺は浮橋のパーツを繋げ、そして"鉄面樹"の樹皮を壁になるようにダクトテープで補強していく。


「あの……荒野先輩、何してるんですか?」

「おっ、勲くんもちょっと手伝って。そこにある"鉄面樹"の樹皮を、こう、いい感じで囲む感じで」


 勲くんと職員さんは頭にハテナマークを浮かべながらも、作業を手伝ってくれた。

 そして十数分後、そこには不恰好ながらもお手製の箱のようなものが完成した!


 ……どう見てもボートには見えないな、うん。

 そんなこんなで川に繋がる坂道の近くまで運び、隙間からお手製の箱の中に入る。


「それじゃあ勲くん、ちょっと押してくれない?」

「いやいやいや! 落ちますよ!?」

「うんうん、だから壊れないように補強したんだって」

「あの……何するつもりなんですか?」


 ここまでやればもう正解が分かりそうだけど、ちゃんと言葉にして伝えないと伝わらないところもあるか。


「だから、これに乗って川を下って奥多摩まで帰る」


 勲くんと職員さんが信じられないようなものを見る目でこちらを見てくる。

 まぁそういう反応されても仕方ないとは思うけど。


「いや待ってください! あの"大口頚"ってやつに狙われたらどうするんですか!?」

「それは無理。ここの多摩川ってかなり下の方にあるでしょ? 俯角が足りないから撃てないよ」


 勲くんと職員さんがこの世のものとは思えないようなものを見るような目を向けてくる。

 熱視線すぎてちょっと火傷しそう。


「あの、ちょっといいですか? ダムの放水もあるのでかなり急な流れで危険では……」

「このままここに残ってる方が危ないっすよ」


 だって向こうの人、ここがコロニー化してるって知らないもん。

 つまりコロニー化の被害を最小限に抑える初動を完全に逃がしてしまうことになる。


 今はまだコロニー深度が低いが、このまま放置して深度二とかになったら都心で起きたやつよりヤバイ事態になる。

 というか"脛齧"と"大口頚"のコラボも危険だが、プリピャチ産のピラニアがいたことが一番ヤバイ。

 水に擬態する外来異種がいると知らない人がこっちに来たら何人か死んでもおかしくない。


「あ! 浮橋は壊れても弁償しますんで安心してください!」

「心配しているのはそちらについてですが……」


 肉体面と頭、どっちを心配してくれてるのだろうか。

 両方かな、両方だな。

 俺だっていきなり誰かが激流川下りしますって言い出したら正気を疑うもん。


「まぁ専門家……うん、取り敢えず専門業からの意見を言わせてもらえれば、ここで皆さん避難するのは正解です。ただ、正しい行動が最善かどうかは別だって話なんです」


 まぁぶっちゃけ放置する手もある。

 というか俺一人だったらここでのんびり避難してついでに温泉とかに入る。

 時間はかかるだろうけど、それまで生き残るくらいは簡単だ。


 だけど不破さんは骨折してるしさぁ!

 社さんの息子さん預かってるしさぁ!

 ここで平和ボケして何かあったら社さんに会わせる顔がねぇんだわ!!


 それに富山で間に合うと思ったら間に合わなかったこともあった。

 しかも俺の怠慢でだ。


 それで俺だけがツケを支払うのならまだ納得できるか、関係ない人までそのツケの支払いに付き合わせるわけにはいかない。

 世の中ほんまクソである。


「というわけで、遠慮なく押してください!」

「あの、本当にその装備で……いえ、分かりました。どうか無理なさらないように……」


 職員さんが諦め、そして勲くんは納得はできずとも言われるがままにお手製ボートという名の箱を押す。

 まぁ俺が乗ってるせいでクッソ重いんだけど、そこは若さでカバーしてもらう感じで。


「それじゃあ……せーのっ!」


 掛け声と共に俺の入った箱が斜面を滑り落ち、川へとダイブする。

 しかし流石はドラム缶を使った浮橋である、ちゃんと流れにのって………なんか忘れてる気がするけどなんだろう。


 えーっと、"大口頚"からの攻撃は大丈夫だろ?

 速度もそれなりに出てるからすぐにコロニー外まで出られるだろ?

 そしたらこのドラム缶船から下りて………。


 どう……やって………?


 もしかして職員さんが言いよどんだのってこれのこと!?

 それなら言ってよ!

 どうして言わないのさ、これが人間のコミュニケーションの限界だってのか!?


「止まれ、止まれ、止まれ! 今だけは止まってくれよ!!」


 魂の叫びも空しく、船はひたすらに流され続ける、まるで俺の人生のように。

 荒波にもまれ、ぶつかり、転覆しかけ、水しぶきの中流され続け……そして運良く勢いがついたまま地面の方に投げ出された。


 周囲を確認すると見覚えのある小さな橋が見える、どうやら奥多摩駅の近くまで運ばれたらしい。

 その後、びしょぬれのまま奥多摩消防署へと向かうと例の役員さんに驚かれ、コロニー化について報告すると泡を吹き出すんじゃないかと心配するくらいに驚愕され、すぐに上に連絡するということになった。


 俺……もう、ゴールしてもいいよね……?

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