第72話:二虎競食の刑

 朝は素晴らしいものである。

 朝日は温かく、車も少なくて空気も澄んでいる。

 騒音もないから鳥のさえずりも心地よいものだ。


「それじゃあ、本日はよろしくお願いします」

「ウィッス……」


 ただ、仕事で廃マンションに来ているせいで、先ほどまで感じていた爽やか感が全て吹き飛んでいるのが問題だ。


 どうしてこんなことになったのか。

 いやまぁ別に難しい話ではない。

 北小路理事長経由で頼みごとがきて、受けてくれますかと言われ、お世話になってるせいで断れなくて、解体予定のマンションに来ているだけである。


 勝手に解体でもなんでもしてくれよと思わなくもないが、人が住まずに半年以上経過した建物を解体する場合は、必ず外来異種の駆除業者を呼ばなくてはならない決まりがある。


 何故か?

 中に外来異種がいて、取り壊しの際に逃げて周囲に被害が出たら誰が責任をとるのかで百日戦争が始まるからだ。


 とはいえ、現場を調査して駆除して……ってやるとお金がかかる。

 なのでいわゆる"責任取る係"みたいな業者もいたりする。


 簡単に言えばお金をちょっと支払い、失うものがない業者に責任を擦り付けるというビジネスである。


 工事関係者は何かあっても「外来異種の駆除業者に言ってくれ」となり、駆除業者は「すみませんでした、ごめんなさい」と謝罪する。

 たまに「俺はちゃんと仕事したぞ!」と逆切れする奴もいる。

 そして訴えられても責任を取るべき業者には失うものがないので泣き寝入りというやつだ。


 こういうのも外来異種の駆除業者が嫌われる原因なんだろうね。

 ほんとクソである。


 最初は自分もそういった責任係として呼ばれたのかと思ったのだが、話を聞くと普通に仕事してくれと頼まれた。

 一番まともで、一番面倒な作業である。


 だっているかどうかも分からない外来異種を探さないといけない。

 半日かけて問題ないと判断しておいて、実際に解体時に何かあったら自分だけの責任になる。

 クソみてぇな仕事だよ、ほんと。


 こういうとき、フィフス・ブルームの人達はどうしてるんだろ。

 あ、あっちは周囲何十メートル以内の外来異種が分かる新世代の天月さんがいるからそんな苦労ないのか。

 羨ましい……今から電話したら来てくれないだろうか。

 というかもうあっちに案件投げたい、帰って二度寝したい。


 とはいえ、任されてここに来たからには、任された自分がなんとかしないとスジが通らないだろう。

 昼には工事を始めたいらしいし、さっさとやってしまおう。


 先ずはマンションの外周をぐるっと見回ってみる。

 ツタやら何やら植物が外壁にあることから、整備されていないことがよく分かる。

 マンションの前にある空き地を見ると、土の上に不自然な肉がある。

 しかもちょっといい匂いしてるのが腹立つ。


 何十メートルもある尻尾が特徴の丙種"尾喰宮"(おぐいもり)である。


 こいつらは基本的に地面の中で獲物を待ち伏せる。

 尻尾は先っぽが太く、根元までは糸のように細い。

 これは簡単に千切れるように、そしてエサとなる肉が自分の尻尾だと気付かせないためのものである。


 まぁ何もないところに肉だけ置いてあったら普通の人は警戒するんだけどね。

 でもたまに何も知らない人がSNSでバズるために近づいて撮影してる最中に襲われたりする。

 実際それでバズったからその人にとっては本懐なのかもしれないけど。


 さて、こいつをどう駆除したものか。

 ワニくらいの大きさだからそこまで怖くはないものの、近づいてガブッとモグモグされるのは御免被る。

 じゃあ銃を使おうかって話になるのだが、土の中にいるこいつを撃っても多分届かない。

 それと動きが地味に速いから、尻尾に攻撃して出てきたところを撃とうとすると反撃が怖い。


 っていうか前にどうやって駆除したんだっけ……。

 思い出した、前の会社で不破さんと社さんがいたころだ、だから駆除は"一人でできないもん"ということになる。


 ……他の外来異種がいるか調べてから考えるか!

 いやほら、もしかしたら他にもいるかもしれないからね、優先順位を決めるためにも先ずは調査をしないとね。


 そんなこんなでマンションを歩き、各部屋を調べ、その間に天才的なアイディアが閃かないかと期待したが、特にそんなことはなかった。

 そもそも天才じゃなけりゃ天才的なアイディアは出てこない。

 イケメンじゃない奴がイケメンのことを考えてもイケメンになれないのと同じだ。

 多分違うけど、そういうことにしておこう。


 最後の点検として"尾喰宮"の周辺を調査すると、ところどころにウジやらヒルのような何かが……"蝕"がいた。

 よく見ればマンションの壁にも何匹か張り付いてる。


 この程度なら放置してもマンション解体時に勝手に死ぬだろうと思っていたが、茂みの中を漁ると出るわ出るわ、石の裏にいるミミズやダンゴムシのように見つかった。


 こいつらが湧く何かがあるのかと思い目を凝らしてみると、何やらうっすらと細い線が見えた。

 慎重に、"蝕"を潰さないように、触らないように、生茂った茂みの奥を覗き見る。

 そこには人間の胴体に、不恰好な逆関節の足が四本生えている外来異種がいた。


 丙種の"脛齧"(すねかじ)……目や耳がなく、胴体と足と、上側の背中と下側のお腹にある二つの口が特徴の外来異種である。

 こいつは基本的に感覚がないので、近くにいたところで襲われる心配はない。

 ただし、こいつの周囲に何か生物がいたら絶対に触らないようにしなければならない。


 こいつは背中の大口に他の小さな外来異種を飼っている、というか共生関係である。

 飼われている外来異種には"脛齧"からの糸がついており、一部の感覚が"脛齧"に送られる。

 なので、この共生している外来異種を周囲に放ち、何かあれば腹の大口で襲い掛かるというのがこいつの習性である。


 基本的に小型の外来異種ばかり飼っており、地面に近い場所で感知されるので脛を噛まれることが多いから"脛齧"と呼ばれるようになったとか。

 まぁ実際はかじるどころか文字通り喰らいついてくるので、数針は縫う覚悟が必要である。


 ちなみに珍しい群体型の外来異種となっており、前に富山へ来た甲種の"万魔巣"もその群体型である。

 まぁアイツはまとめてカメのエサになったんだが。


 さて………さて!

 これが個人事業主の時代であれば速攻で帰ってたところだが、残念ながら期待を背負ってさらに水でかさ増しされてるせいで逃げられない。

 こんなことなら最初からフィフス・ブルームに丸投げしとけばよかった。


 取り敢えず責任者さんに最終手段を使っていいかどうか聞くことにする。


「実は厄介なやつが二匹いまして……ガソリンぶっかけて焼いていいでしょうか」

「延焼したらどうするんですか!?」


 ダメだった、もうお終いである。

 ちなみに御手洗さんの開発した新装備は使わない。

 接近を前提にした武器をいきなりヤベーやつ相手に使う勇気は俺にない。


 いや、待てよ……そういえば甲種の"万魔巣"を駆除したときと同じ手段をとればいいか。

 少なくとも厄介事は二つから一つに減るだろ。

 あのときはその厄介事が減った代わりに一つのクソデカ厄満に変貌したけど、あんなことそうそうないはずだ。

 あったら経費で厄払いしに行く。


 そして俺はスコップを使い、地面にいる"蝕"を土ごと運ぶ。

 ゆっくりと、慎重に、少しずつ運んでいると責任者の人が話しかけてきた。


「あの……何をしているのでしょうか?」

「二虎競食の刑ってやつです」


 ちなみに計略ではなく刑期の刑である。

 ここがお前らの拘置所で、ここで刑期を終えるのだ。


 準備を終えたら現場の近くにいた人達はカーテンウォールの外側に退避してもらい、自分と責任者さんはマンションの屋上に上る。


 そして屋上から下にある"尾喰宮"の尻尾目掛けて空になったドラム缶爆撃を行い、すぐに身を隠した。


 ゴミ収集車が作業している音しかしない静かな朝に、突然の轟音が鳴り響く。

 それが開始のゴングになり、"脛齧"はドラム缶で潰された"蝕"のいた場所に向かって飛び掛り、そこにあった尻尾に喰らいつく。

 "尾喰宮"は自分の尻尾に喰らいついた"脛齧"を敵と認識して喰らいつく。


 漫画でよくある朝遅刻してゴッチンコの殺し合いバージョンの始まりである。


 噛み付かれた"脛齧"は背中の口から"蝕"を撒き散らして"尾喰宮"に付着させて相手の動きを読む。

 一方で"尾喰宮"は相手よりも大きな体で圧倒したいはずだ。


 さぁ外来異種バトルロイヤルだ。

 負けた方は死んで、勝ったほうは別に助かったりはしないぞ!


 それから数十分後に決着はついた。

 勝者は"尾喰宮"で、"脛齧"と自分の尻尾をしっかり食べて再生させ、また地面の中に潜った。


 さて………どうしよっか!

 ぶっちゃけ"脛齧"の方が対処は楽なんだよ、感知外から殺せばいいだけだから。


 でも"尾喰宮"は地面の中にいるからなぁ、手が出しにくいんだよなぁ……。

 あ、でも土から出てくるってことは、そこまで地面は硬くないってことだから、それならなんとかなるか。


「すみません、ドラム缶をもう一個と、長めの鉄パイプを何本か貰えないでしょうか」

「は、はぁ……それくらいなら、まぁ」


 責任者さんは怪訝な顔をしながらも了解してくれたので、何人かの作業員さんと一緒に素材を持って再び屋上に向かう。

 先ずは鉄パイプを貫通させるようにドラム缶にブッ刺す。

 何本も何十本も刺して、更に上下にも刺して、鉄パイプまみれのドラム缶になった。


 次に刺した鉄パイプの根元をダクトテープでしっかり塞ぐ。

 そしてゴムホースを伸ばして、ドラム缶の中にたっぷり水を入れる。

 水漏れもないし、これで完成だ。


「それじゃあ行きますよー!」


 自分と作業員さん達でこの凶器となったドラム缶を持ち上げて運び……屋上から"尾喰宮"の潜った場所に落とした。


 轟音、そして断末魔。

 あとは勝利のファンファーレもほしいところだが、朝からそれは近所迷惑なので我慢しよう。


「はい、駆除完了です。お疲れ様でした」


 あー、終わった終わった!

 早朝だけど今日の営業はもう終わりにしたいくらいに疲れた。

 マックで飯食って寝よう。


「あの……片付けとかは……」


 荷物を片付けていると、責任者さんが下を見ながら尋ねてきた。


「へ? 清掃業者が来ますけど……あぁ、死体はこっちで運ばないといけないのか」


 駆除証明となる死体を区役所に運んだところでこっちには一銭も入らないのだが、だからといって放置していいものでもない。

 面倒だけど頑張って運ぼうかと思って下を覗くと、そこには真っ赤に染まった地面に、ウゾウゾと

うごめく大量の"蝕"が見えた。


 あ~……そっかぁ~……君ら、大ハッスルしてたもんねぇ。

 "脛齧"の背中にある口から巻き散っちゃったんだねぇ~……。


 しかも今日は燃えるゴミと生ゴミの日で、ゴミ目当てで集まってきた鳥共が、今度は"蝕"をエサとして喰い散らかしている。


 ………二つあった厄介事は確かに片付いた。

 だけど死ぬほどキツイ面倒事が生まれた。


 結局、作業員さんにも手伝ってもらいながらも現場に飛び散った"蝕"を回収し終えた頃には、とっくに空は赤く染まっていた。


 やっぱあれだね、楽をしようとすると神様が許してくれないんだね。

 しかも残業代とかもねえんだ。

 お昼のお弁当を分けてもらったのがせめてもの救いである。

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