第71話:実験装備

 スマホのアラームで目が覚めたので、身体を起こして小さく背伸びをする。

 そして鳴りっぱなしのスマホをそのままにし、テレビをつける。


『ロシアの有名動画投稿者ミハイル氏の失踪から数ヶ月が経過しましたが、今なおその行方は知られておりません。ミハイル氏は外来異種をなんと素手で駆除する動画で一躍有名となり―――』


 今日もニュースはいつも通りである。

 さて、今日は何か仕事があっただろうかとカレンダーを見るも、予定など書くわけがないので真っ白である。


 いや、真っ白ということは何もないということである。

 つまり何をしてもいい日だ。


 こういう日はダラダラとスマホゲーのイベントを消化してもいいかもしれないが、それは後にしておく。

 先ずはビルから出て朝のブランチと洒落込もう。


 先ほどから自身の存在を主張しているスマホはそのままに、サイフだけをポケットに入れて扉を開ける。


「病院に行く時間ですよ、荒野さん」


 扉を閉め、鍵をかけ、深呼吸する。


「合鍵のこと忘れてませんか」


 だがこちらの都合などお構いなしに近衛さんが扉を開けた。


「いやぁぁあああ! だれか男の人呼んでぇぇええええ!!」

「病院に呼ばれてるのは貴方です。注射が怖い子供じゃないんですから、さっさと行きますよ」

「やだ! 小生やだ! 治療って名目で変な絵を見せられたり音楽聞かされてるけどあれ絶対なんかヤバイ検査だよ! 俺は正常なのに!」

「本当ですか?」

「ウクライナのプリピャチにある外来異種のコロニーに入って、そこでアメリカンな人達と駆除やって、そしたらテロ組織に浚われて、逃げて、追われたから反撃して、最後は"呑牛"の胃の中に入ったけど、ロシアの病院でやったメンタルテストじゃ正常って診断されたから正常だよ!」

「医者じゃなくても問題有りと判断しますね」


 一理どころか百理ある。

 他の人が同じこと言ってたら俺だって「あぁ、そういう病気なんだな……」って思うもん。


「あんなのよりも今日届く"俊足の勇者シュン"の完全版を見てたほうがメンタル回復するよ。ってかあれ受け取り時間もうすぐなんだけど」


 会社が倒産したせいで最終回だけが放送されなかった伝説のアニメである。

 ちなみに、最近関係者がクラウドファンディングを行い、この度めでたく最終回を含めたDVDボックスが完成し、寄付した人全員に送られることになった。


「俺はあれを見るまで死ねないんだッ!」

「なら余計に病院に行くべきでは」


 そうだよね、普通長生きしたいなら早めに病院行くものだよね。


 そんなこんなで、ぐうの音も出ない正論で頭を殴られて呆けている隙に、首根っこを掴まれて車に乗せられ、病院に連れて行かれた。

 散歩だと思ったら動物病院で、しかも予防注射三本くらい待ち受けていた時のペットの気持ちを完璧に理解できた気がする。


「はい。こんにちは、荒野さん。お薬はちゃんと飲んでますか?」

「ええ、飲んでます。ところでアレ、本当にビタミン剤なんですか?」


 かかりつけの精神科医の先生に聞かれるままに答える。

 いつものようにこちらに見えないようにしてタッチボードに何かを入力しながら診察が始まる。


「良かった、飲んでなかったら大変な事になってたかもしれません」

「ねぇ本当にアレってビタミン剤だったんですか!?」


 飲んでなかったら大変な事になるお薬って何なの!?

 絶対に認可されてないやつですよね!?


「ちなみに味は覚えてますか?」

「え、えぇ……基本甘くて、一つだけしょっぱかったですけど」

「うんうん、嘘もついてなさそうですね。これなら問診などのデータも信用してよさそうですね」


 あぁ……お医者さんに嘘つく人もいるか。

 残念ながら自分は歯医者でも痛かったら我慢せずに容赦なく手をあげるタイプなのでそういうことはしない。

 まぁ治療は強行されるので意味ないのだが。


「ロシア側からの診断表もありますし、もう大丈夫そうですね」


 つまり、自分が正常であるということがお医者様のお墨付きになったということだ。


「ありがとうございます、先生。ちなみに何度も通院することになりましたけど、意味ありました……?」

「いやはや、こういった仕事をしていると医者が患者さんに引っ張られることもありましてね。自分の正気を確かめるためにも、荒野さんと対話して確認しようかと」

「あははは、先生なら大丈夫ですよ」

「………本当に?」


 急に声色が変わり、目つきも鋭くなった。

 だというのに口元だけは笑みが浮かんでおり、何やら不穏な感じがする。

 え……もしかして、もしかすると……?


「はい! プロファイリングの通り、どんな確実なことでも念押しされると疑ってしまう性格のようですね。これで本当に終わりです、お大事にどうぞ」


 なるほど、ここまでが本当の診断だったというわけか。

 あぁビックリした……。


「あの、ところで先生。先生は本当に正気なんですよね?」

「次の方どうぞー」

「先生は正気なんですよね!?」


 精神に異常を抱えた人に正気を保証されてって言われても嫌ですよ!?

 まぁスグに先生が「私なりの冗談ですから気にしなくていいですよ」と言われたので安心した。

 いや待て、正常であることを明言してなくないか?


 …………さて!

 通院も終わったしパルチザンビルに戻ろっか!

 あの先生についてはもう考えるのは止そう、頭がおかしくなるかもしれん。


 病院から出てスマホの電源を入れると、国立外来異種研究所の御手洗さんからこちらに来てほしいとのメッセージが届いていた。

 どうせこのまま帰ってもブンさんが恨めしそうな顔で出迎えるだけなので、上野にある研究所に向かうことにした。

 いやまぁクラッカーと紙吹雪で出迎えられても困るというか、もしそうなったら絶対に何か裏があるから全力で逃げるけども。


 そんなこんなで、上野の国立外来異種研究所に入ると研究員の御手洗さんが諸手をあげて歓迎してくれた。

 どうしよう、人間性を捧げた人に招かれると、そこはかとなく不安で帰りたくなってきた。


「いやぁ、お久しぶりです! 実は前に荒野さんが案を出したアレの試作品ができまして!」

「マジっすか!? 自分で言っておいてなんですけど、よくできましたね」


 ここの人達とはよく話をすることがあり、そのときに少しだけ対外来異種に関する道具について案を出したことがある。

 正直なところ雑談のノリで言っていただけなので、本物が完成するとは夢にも思わなかった。


 御手洗さんに案内されるままに地下にある一室に入ると、机の上にナイフといくつかの弾丸が置いてあった。


「あれ……俺が言ったのって弾だけじゃありませんでしたっけ」


 自分が前に出した案、それは膨張弾である。

 例えばホローポイント弾、命中すると弾頭が膨張して炸裂することで肉体に大きなダメージを与えるものである。

 似たようなもので、弾頭に切れ目を入れることで同じような効果を持つダムダム弾も非人道的という理由で戦争での使用が禁止されている。


 人道を気にするなら戦争しなきゃいいのにと思うが、本当にルール無用で戦争すると世界が大変なことになるので気にしないでおく。


 そんなこんなで、自分は逆に人道的な弾丸はどうかと思い、この膨張弾について案を出したりしていた。

 肉体に対して効率的にダメージを与えるものではなく、体内に入った弾丸が膨らみ、圧迫させ、その部位を動けなくしてしまおうというやつだ。


 まぁテーザー銃やゴム弾もあるのだが、逆に効果が薄い場面もあるので、こういった面でアプローチしてみようというものだ。


「うん、荒野さんが言ってた膨張弾を効果的に使うとなると、傷口を作ってそこを撃った方がいいんだ。その為のナイフだね」


 そう言って御手洗さんはナイフを手に取り、ナイフの背中にあるボタンを見せる。


「ナイフに穴開いてるのが見えますか? ここのボタンを押すと強力なガスを発射させて傷口を広げます。そこを狙って膨張弾を撃ってください」


 うん……うん?

 なんかおかしい気がするぞ。


「あの、御手洗さん。遠くから動きを止める為の膨張弾なのに、先にナイフで切りつけるのはハードル高くないですかね」

「え? いつも似たようなことやってません?」


 んんんんん!?

 いつも? 俺、人を襲ったことはそんなにないぞ。

 っていうか前にプリピャチでやったのが最初じゃなかろうか。

 あっ、もしかして――――。


「もしかしてそれ、対外来異種用の装備……?」

「当たり前じゃないですか! 人に使ってどうするんですか!?」


 そりゃそうだ、ここは外来異種の研究所だもん、それに関する物のはずだ。

 いやぁ~……前にテロリストに襲われて苦労したから、それ用の装備がほしくて言ったけど、人に使う為の物だって言ってなかった。


 っていうか、基本的に外来異種に対して銃を使う機会が少なかったせいで、銃は人に対して使うものって認識が強かったのかもしれない。

 これはちょっと気をつけねば。


「取り敢えずこの試作品を使ったらレポートをお願いします。膨張弾については専用の口径の銃が必要なので、あとでお渡しします」


 そう言って御手洗さんが膨張弾と、専用のナイフを手渡してくれた。

 専用口径かぁ……銃によって弾が違うと管理とかが面倒なんだよなぁ……。

 できれば既存の口径に合わせて作ってほしいけど、流石に今の段階でそれは高望みか。


「ところで、これ持ち帰ってる最中に職務質問されたらどうなりますかね」

「ハハハハ! 荒野さんの免許なら持ってても大丈夫ですよ」


 そういえば富山の生物大災害のときに、ブンさんのせい……おかげで特殊乙種駆除免許持ちなんだっけか。

 そのおかげで色々な段階をすっ飛ばして銃を使う許可も出ている。

 今までずっと丁種免許だったせいで慣れないから、ほとんど使う機会もないのだけど。


「そうですよね、大丈夫ですよね。認可されてない弾丸でも咎められたりはしないですよね!」

「………そうだ! 他にも荒野さんに見てもらいたいものがありまして―――」

「お願いだから明言してッ!!」


 ちょっと怖くなって御手洗さんの白衣を掴むも、曖昧に笑われるだけであった。

 取り敢えず何かあったらこの人と一緒に責任を取ろう、男女的な意味ではない方で。


 投げ捨てたくなるような不安な気持ちを両手一杯に抱えながら、御手洗さんに案内されてさらに奥の部屋に向かう。

 そこにはガラスで仕切られた大きな部屋が見え、中には見覚えのある外来異種がいた。


「荒野さんと鳴神さんのおかげで捕獲できた"霧の狼"です。どこの国にもないサンプルですから、秘密裏に研究させてもらってます」


 霧の狼、プリピャチ市で発生した新種の外来異種である。

 銃で撃っても死なず、手榴弾で吹き飛ばしても死なかったので鐘に閉じ込めて封印したやつだ。

 まぁその後テロリストが襲ってきたから封印を解いて皆殺しにしてもらったけど。


 しかもその後こいつ、自分と鳴神くんを追って日本まで来たんだよなぁ……。

 銃弾やら衝撃が全部すり抜けたけど、逆に壁とかを通り抜けることもできないという特性を利用して、コンテナに誘導して封印したあの一件はマジできつかった。

 というか新世代の鳴神くんが本気出しても倒せないってなんやねんお前。


 といっても、この部屋の中にいる限りは無害である。

 そう思えばなんか動物園の展示物のように思えてきた。


「ほーら、よーしよしよし! ポチは今日も元気だなぁ!」


 ガラスの前で撫でるフリをすると、それに合わせてあちらも興奮するような動きを見せる。

 興奮しすぎてガラスが爪痕と牙の傷で大変なことになってるけど。


「ちなみに、そいつメスですよ」

「今日もポチ子は可愛いですねぇ~!」

「名前が安直すぎませんか」


 いいんだよ、どうせこいつはここで一生研究資料になるんだから。

 凝った名前なんかつけて愛着が湧いたらどうすんの。

 愛着どころか溢れんばかりの殺意がガラスの向こう側から感じてるけどさ。


「……これ、逃げませんよね? 設備に不備とかないですよね?」


 映画だと大体こういうのが脱走して大惨劇が発生するのがお約束である。

 そう考えると無性に怖くなってきたぞぅ。


「安心してください。もし脱走しても、荒野さんがいる限り他の人は襲われませんから」

「今の言葉のどこに安心していいのか分からない……」


 ヤバイ何かがあるんじゃないかと、背筋や首筋に何かが這い寄らないかと集中する。

 感じたのは飯を寄越せと一足先に胃酸を過剰に分泌させる腹の痛みだけであった。


「………飯でも食いましょうか」

「いいですね、小腹も空きましたし博物館で何か食べていきましょうか」

「普通、こういうときってレストランとかじゃ」


 そうは言いながらも好奇心に勝てなかった自分は、恐竜展示イベント限定のランチを頼み、その値段によるストレスでさらに胃酸が出てきた。

 ああ……今日も飯が捗って美味いなぁ……!

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