第69話:モスクワ・ムービーズ

 ロシアのモスクワには、選ばれし者だけが入れる病院がある。

 主に金銭的な理由なのだが。

 なんか一泊で二十万以上とかするって聞いたけど、コレ大丈夫だよね?

 俺今お金持ってきてないんだけど、退院する時に肝臓とかもってかれないよね?


 まぁいざとなったら本気で逃げるとして、ある病室に向かうと、そこには何十人もの人が押しかけてきていた。


「ヘイ、アユム! 今日もエリーの好感度稼ぎに来たのかい?」

「テレビも雑誌も全部ロシア語だから翻訳してくれるエレノアの場所に来てるだけだよ!」


 そう、エレノアの病室にイーサン以外のザイオン救済団体の全員が集まってるのだ。

 おかげでちょっと過密気味である。


「ハローデス、アユム。今日も遊びに来たのデスカ?」

「CTスキャンとかそういう検査なら楽なんだけど、心理テストやら精神分析ばっかだからね。ここに来て息抜きしないとやってられないよ」


 一応、結果は全部正常と出ている。

 出ているのだが、検査してくれる人が何とも言えないような顔をしてもう一度だけっていうのを繰り返している。

 これはあれか、異常が出るまで帰さないってやつだろうか。


「HA HA HA! アユムは仕方がないよ、あんな事したら誰だって何か異常があるって思うよ」

「あんな事ってどんな事!?」

「わざとモンスターに食べられた事さ。普通、そんな一か八かに命はかけられない」

「へ? でもクジラに食べられて生還した人とかいたから平気かなぁ~っと」


 まぁ確かに進んでやろうとは思わない。

 しかし、呑牛はその巨体に見合う以上の胃袋を持っている。

 溶かされないよう対策しておけば、十分に賭けに勝てると思うのだが。


「……アユム、普通は食道から胃に送る筋肉の動きで圧死する。あと生きてたとしても、ガスで酸欠になって死ぬ」

「ふぁっ!?」

「クジラに食べられて生還したっていうのは、都市伝説だって話だよ」

「じゃあなんで俺生きてるの!?」

「呑牛は食道が大きいからね。それと胃酸をドバドバ出して消化するタイプじゃなくて、酵母菌みたいなものを使うんだよ。それを活性化させる為に酸素を取り入れるから、キミも酸欠にならずにすんだってやつだね」


 マジで!?

 一歩間違ってたら死んでたじゃん俺!!


「いやー……フィクションなのに命をベットするなんて、やっぱりアユムはイカレてるよ!」

「イカレてるじゃなくてイカシてるって言ってくれない!?」


 まるで俺が正気じゃないみたいだ!

 ……だから何度も検査されてるのか!

 異常じゃないのが異常とか、もう何が正常なのか分からないなコレ。


「はぁ~……映画だと宇宙人に飲み込まれたエージェントが生還する話もあるってのに」

「確かに、あの三作品は名作だったね」

「あれ、四作目出てなかったっけ?」


 その発言をした瞬間、ジェイコブスの顔が険しいもの……いや、目から殺意が漏れ出ている。


「……あれはナンバリングされてないから別作品だ。いいね、アユム?」

「イエッサー!」


 どうやら地雷だったらしい。

 俺は定額見放題のリストに入ったら視聴する予定だったのだが、なんか今から見るのが怖くなってきたぞ。


「アノ……エイリアンに食べられる映画があるんデスカ?」


 全員の視線が、一斉にその発言をしたエレノアに向けられた。


「どういうことだイーサン! アレを見ずにどうやって宇宙人と握手しようってんだ!?」

「アレを見ずに育ったとか、テキサスにはテレビも無ぇのか!?」

「おい、誰か配線持って来い! 俺のアカウント使って上映会やるぞ!」

「よっしゃ! パンとチーズと具材を調達してピザ作るぞ! やっぱピザ食いながら見ないとな!」


 随分とアグレッシブだなぁ……これがアメリカンスピリッツというものだろうか。

 というかハブられてるイーサンがちょっと可哀想な気がしてきたけど、イーサンは足の怪我がひどいから安静にしてないといけないからね、仕方ないね。


 そんな感じで盛り上がっていると、病室の扉がノックされる。

 もしかして騒ぎすぎたせいで苦情が来たのかと思ったが、開かれた扉からは白髪の男性が入ってきた。

 その佇まいから貫禄を感じる事から、病院のお偉いさんだろうか?


 だが、先ほどまでの騒ぎが嘘のように、自分とエレノア以外の全員がその場で立ち上がって姿勢を正した。

 まるで上官を前にした新兵である。


 白髪の男性が軽く手を振ると、全員が駆け足で部屋の外に出てしまった。

 これ、俺も部屋の外に出た方がいい相手だな!


「ミスター、キミは残っていてくれ」


 こっそりと抜け出そうとしたら呼び止められた。

 流石に無視して逃げたらこの先どうなるのかが怖いので、大人しく地面で正座して待つことにした。


 それから白髪の男性は何度かエレノアと会話をし、カバンの中から数枚の書類を手渡す。

 チラリと見た程度だが、日本語のものも混じっていた。

 もしかして、前にイーサンが言っていた日本への亡命とか移民とかそういう書類だろうか。


 次に白髪の男性はエレノアから俺の方に向き直る。

 先ほどの書類、それにジェイコブス達が一斉に部屋の外に出て行った事から、かなり偉い人だというのが分かる。

 分かるのだが……そんな人が俺に何の用だろうか?


「確か、日本のシークレット・エージェントだったか」

「いいえ! 違います!」

「……あぁ、シークレット・エージェントならば秘匿するか」

「本当に違うんです! 信じてください!」


 これ何言っても勘違いされるやつだ!

 というかシークレット・エージェントって何だよ!

 久我さんに言われてコソコソ仕事してるだけの一般人だよ!?

 ……いやまぁ、人に言えない仕事とか経歴とかあるけどさ!


「キミにも渡すものがある」


 そう言って白髪の男性が再びカバンの中に手を入れる。

 あ、これ映画で見た事ある!

 "貴様は知りすぎた、死ね"ってやつですよね!?


 違うんです、俺は悪くないんです!

 悪いのは全部イーサンなんです!

 あと≪コシチェイ≫と外来異種とあと地球温暖化とか海洋プラスチック問題とか!!


 そんな俺の心の中の訴えも空しく、白髪の男性がカバンの中から手を出し―――大きな封筒をこちらに渡してきた。


「中身を確認してくれ」

「は、はぁ……」


 爆弾だったらどうしようかと思いながらも、圧力に逆らえず封筒を開ける。

 中には複数のパスポートにクレジットカード、それに海外の住民カードらしきものが入っていた。


「それぞれ十万ドルまで使えるようにしてある。身分については同封されているカードを見てくれ」

「待って! なんでこんなもの渡されたんですか!?」


 そのまま立ち去ろうとした白髪の人に追いすがって尋ねる。

 いやホントこんなの渡されてどうしろと!?


「この一件に関わったキミ個人への報酬のようなものだ。これから先、仕事で使う事になるだろうからな」

「使いませんけど!?」

「……合法的に入国した方が面倒は少ないぞ」


 この人は俺の事を何だと思ってるんだ!?

 ……シークレット・エージェントだったわ。

 もしかして、これから俺は海外の行く先々で潜入工作する奴だとでも思われてるのだろうか。


 そもそも、外国語なんて喋れないから海外なんてもう行かないよ!

 行かないはずだ・・・…きっと行かない……行かないだろう……多分……。


「それでは、もう会わないことを祈らせてもらおう。キミと出会うという事は、よくない兆しだろうからな」


 そう言って白髪の男性は颯爽と病室から出て行った。

 残されたのは自由のキップを手に入れたエレノアと、不発弾を渡された俺の二人だけとなった。


 さて……この不発弾をどう処理してしまおうか。

 いっそこのまま捨ててやろうか?

 いや、もしも誰かに拾われて何か問題が起きたら俺のせいになるよなコレ。

 マジでどうすればいいのこんなもの!?


「アユム、アユム!」


 俺が手元にある爆弾処理をどうしようかと頭を抱えていると、エレノアが可愛く手招きしながら呼んだ。

 どうしたのかと思って近づくと、手元にあったスマホをこちらに見せてきた。

 表示されている画面には、俺の住んでるパルチザンビル付近の不動産についてだった。


「前まではアユムと同じトコロに住んでましたケド、そろそろちゃんとしたトコロを探さないとイケナイですカラネ。だから、アユムにどういうトコロがいいか意見がホシクテ」


 そう言ってベッドに座っていたエレノアがこちらに肩を寄せてきた。

 先ほどまで色々な人がいたというのに、今は彼女の匂いと体温しか感じない。


「ウェイッ! スタップ! あんまり近いと桜田門のポリスメンがやってくるから! お巡りさん優秀だから!」


 あまりにも突飛な接近だったせいで、俺は後退しながら制止する。

 エレノアは少し驚いたものの、すぐに笑い出した。


「フフフ、アユムったら。ココは日本じゃないデスヨ?」


 ―――そうだった!

 ここは日本じゃない……つまり、今だけ合法な事をしても許されるのだ!

 なんなら深夜に二人っきりでホラー映画を見たっていいのだ!


「イヤッホーゥ! 合法万歳だ!」


 あまりの嬉しさにガッツポーズをする俺を見て、エレノアも笑顔になっている。

 これはもう同意と見てもいいのではないだろうか!?


 そうしてテンションを上げていると、後ろの方から何か気配を感じたので振り返る。

 すると、扉の隙間から先ほどいなくなった皆が顔を覗かせていた。

 いや、顔だけではなくスマホも向けられていた。


 俺は扉を閉じてカギを閉めようと思ったのだが、ジェイコブスが手に持っていたスマホをこちらに差し出した。

 スマホの通話画面には―――イーサン・ハワードという文字が表示されていた。


『アユム、合法万歳という言葉が聞こえたのだが?』

「ッスゥー………違うんですよ? 合法な事をしても捕まらない事を喜んでいただけでして……」

『合法なら捕まらないだろう』


 そうなんだけど! そうじゃないんですよ!

 日本だと合法でまったく悪くないのに、お説教される事があるんですよ!


『一応言っておくが、ロシアも法治国家であり、治安維持組織は存在している』

「ハイ……ハイ……その通りでございます……」


 過保護な父親のように、イーサンはこちらに釘を刺してくる。

 声色から察するに、怒っているというよりも呆れている感じだ。


『流石にココで逮捕されては私には手が出せない。節度ある行動を期待する』

「サーイエッサー!」

『……キミから聞いた最初のまともな英語が、それというのもな』


 そしてイーサンからの通話が切れ、それと同時にエレノアの病室に皆が騒ぎながら入ってくる。

 手にはピザやらポテトやら映像機器やら……どうやら俺が圧迫面接されてる最中に調達してきたようだ。


「イーサンのお墨付きが出たぞ! 節度を守って騒ごうぜ!」

「肝臓の数値ヤバイやつ、ビールじゃなくてコーラ飲めよ! 俺はウォッカ飲むけどな!」

「エイリアン映画ばっかりじゃ退屈だろうから他のもリストに入れるか! エリー、どんなのがいい?」


 まるで修学旅行の男子生徒のようなはしゃぎっぷりである。

 けど、まぁ……エレノアの新たな門出を祝うイベントとしては、悪くないお祭り騒ぎだ。

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