第66話:間違ったままでも、生きてやる

 二人分の死体からいくつか装備を剥ぎ取ったその後、教会からいくつかの荷物を持ってくる。

 あまり大荷物だと動きに支障があるので最低限の装備だけを拝借した。


 それからいくつかの場所で準備を整えていると、ハイビームで暗闇を切り裂きながら車両が通る。

 車両後部にある荷物置き場に機関銃が設置されているテクニカルというものだ。


 国のお抱えならば装甲車くらい用意しているだろうが、武装集団相応の装備である。

 他にもホテルで始末した二人の装備にコロニー化した場所でも使える高出力通信装置がない事から、おおむね予想できていた範囲の装備だ。


 さて、実は自分の近くには数匹の"呑牛"が眠っている。

 車の音を聞いても起きない事から熟睡している事がよく分かる。


 だから俺はテクニカルを背にし、草木に隠れながら呑牛へと発砲して負傷させた。


 突然の銃声……もちろん≪コシチェイ≫の奴らは車を止めて周囲を警戒する。

 そしてイキナリ撃たれた呑牛の群れは、命の危機を察知して飛び起きる。


 呑牛は昼行性の外来異種である為、夜目はきかない。

 嗅覚も悪くないのだが、いきなり撃たれた方向に光と人間が見えればそちらを敵視する、当たり前の事だ。


「ブオオオオオォォ!」


 呑牛は猛り狂うような雄叫びを上げてテクニカルと近くにいた≪コシチェイ≫の奴らに向かって突進する。

 ≪コシチェイ≫の方も突然の襲撃で混乱していたが、なんとか銃撃を浴びせて応戦する。

 夜間ではあるものの、呑牛が大きいのでそれなりに効果はあった。

 逆にいえば、先頭の一匹には効果的だったものの、その後ろから迫る数匹の呑牛にまでは対応できなかった。


 車すら横転させる呑牛の体当たりによって、何人かが踏み潰され、そしてテクニカルも吹き飛ばされた。

 銃撃によって仲間を失った呑牛はそのまま駆け抜けていき、何処かへ去っていった。

 しかしこれで足を潰した、もう逃げられない。


 しばらく彼らを観察していると、負傷した仲間を運ぶ者と他の場所へ向かう者達とで別れてしまった。

 俺は暗闇に乗じて、仲間を運ぶ者達に対して先回りをする事にした。

 別にトドメを刺したいわけではない。

 足手まといがいる状態で襲うのが効率的だったからだ。


 遠くに小さな煙が見えたので、近くのマンションに潜む。

 負傷者を運ぶ彼らが近づいてきてから、マンションの四階からスモークグレネードを投擲した。


 突然の煙に彼らは周囲を警戒して足を止める。

 その場から逃げないのは怪我人がいるからか、それとも煙から逃げれば経路を限定されるからか。

 どちらにせよ、この場所に来た時点で詰みだ。


 武装した男達は煙に包まれながらも辛抱強く待ち続け……何も起きなかった事に安堵していた。

 そこにもう一度スモークグレネードを投げる。

 今度は近くに一個、遠くに二個……これでもう品切れだが問題ない。


 またしても煙が男達を囲み、同じように待ち続けた。

 すると、一人の男が苦しみ始めた。

 どうしたのかと思い他の男が駆け寄るが、別の男も血を吐いて倒れる。


 外来異種、"声枯らし"の仕業である。


 声枯らしは煙を出しながらその中で回遊する虫のような外来異種で、他の煙をも取り込む。

 しかし、スモークグレネードから発せられる煙の量までは流石に取り込めない。

 だが、それでも煙の中で生きる声枯らしにとっては同じ煙であり、活動範囲が増えた事には変わりない。


 大きな煙の中を回遊する声枯らしだが、その中に外敵が潜んでいれば……その結果がこれである。

 負傷者は煙の中に置き去りにされ、またある者は煙の中で半狂乱となって銃を撃つ。

 比較的冷静だった者は煙の外へと逃げ出したのだが、その内の何人かは地面の中に消えていった。


 "かわほり"の巣穴に落ちたのである。

 人ひとりが入るほどの穴だ、今ごろ卵から孵ったやつらから熱烈なキスでも浴びていることだろう。


 先ほどまで静寂に支配されていた場所が、今では悲鳴と銃声が鳴り響く惨劇の広場となっていた。


 異常を察知した別働隊が到着するも、どう対処すればいいのか分からないといった感じであった。

 怪我人を救出すべきか、外来異種に対応すべきか、それとも逃げるべきか……優先すべきタスクがいきなり積み重ねられた状況だ。


 彼らは煙から逃れた者達と合流し、しばらく相談をした後にその場から離れていった。

 賢明な判断である、足手まといを抱えてはまた襲撃されてリソースを消耗する事をしっかり理解している。

 全員で負傷者を救助して、全員で運ぶという手もあるのだが、そんな事をすればこちらへの追っ手はゼロになる。

 そうなれば俺はここで手に入れた情報をすべて外へ持ち出すだろう。

 だからこそ彼らは俺を殺そうと躍起になっているのだ。


 犯罪者組織だから、命懸けで仲間を助けるという考えがないだけかもしれないが。


 さて、この場に取り残された怪我人についてだが……放置しておく事にした。

 別に俺が殺したくて仕方がないってわけじゃない、死ねばそれでいいのだ。

 どうせ放置しておいても助かるはずもなく、勝手に外来異種のエサになって死ぬ。

 ここはコロニーレベルⅣの場所だ、満足に動けないやつらが生きて帰れるような場所じゃない。

 それなら俺は時間を効率的に使う為にあっちを対処する。


 置き去りにされた者達の断末魔を背中にし、ここから離れた男達の後を追う。

 どうやら建物をしらみつぶしに探しているらしく、このままではシドさんのホテルにも手が及ぶだろう。


 もしかしたらあの人達に危害を加えられるかもしれないし、何も無いかもしれない。

 いや、そう思って死んだ人があそこにいた。

 それならそれで、利用してしまうという手もある。

 

 現状を考えれば、やらない手はない。

 あの場所を利用するだけで半数は落とせる案がいくつも頭に浮かんでいる。


 けれども、それをやろうという気が一切湧いてこない。

 やらねばならないのなら、やるべきだ。

 だがその理屈が見えない何かに押し留められている。

 まるで俺の頭と心がバラバラになったかのような不快感すら湧いてくる。


 人を殺したのだ―――今さら死ぬ人間が増えてたところで、俺は罪悪感を感じるほど上等な人間じゃあない。


 だというのに身体を動かそうという気がしなかった。

 自分の身体だというのにワケが分からない。


 ふと、不破さんの言葉を思い出した。


 "理屈をつけて殺したら、次から理屈がある限り殺し続けることになるぞ"


 ―――なるほど、そういう事らしい。

 もしもホテルで理屈をつけてあの二人を殺していたならば……生きる為だからと理由を付けていたら、俺はきっとシドさん達を犠牲にする事を許容していただろう。


 自分が生き残る為だから仕方がないのだ、と。

 そしたら俺は止まることなく進み続けただろう、最後の最期まで。

 そのまま突っ走っていれば、もうちょっと楽に生きられたかもしれない。


 だが、俺はマトモじゃない。

 だから俺はここで止まってしまったのだ。

 自分自身で言っていたことだ。

 理由もなく殺す奴の方がヤバイと……自分で投げた過去のブーメランが、ここにきて俺にブッ刺さった。


 はぁ~~……こんなんだから、俺は生きるの下手とか言われるんだろうなぁ。

 まったく間違ってない……いや、俺は間違っている。

 衝動で人を殺した奴が正しいわけがない。

 だから世界中の人間が俺を人殺しだというのならそう叫べばいい。


 俺は不器用だからこういった"どうにもならないもの"を抱えて生きていく事しかできない。

 こういう生き方しか知らないのだから。


 そもそも、世の中には人を殺しても何食わぬ顔をして生きてるやつが何人もいる。

 だからこそ俺は―――。


「間違ったままでも、生きてやる」


 そう決意を固めると、動かなかった身体に自由が戻った。

 先ほどまで殺す方法について理路整然としていた頭の中も、いつものようにゴッチャゴチャだ。

 まぁ別にいいか、≪コシチェイ≫に死んでもらう事は確定してるし。


 ……別に、ローザお婆さんの仇討ちとかじゃない。

 血の繋がりもない俺がそれをやるのは筋違いというものだ。


 ただ―――ここがそういう場所で、そういう星の巡りだったから死ぬというだけの話だ。




 あれからしばらくして、≪コシチェイ≫の男達はビルの前で固まっていた。

 なにせ近くにあったビルに、先ほどまでなかった謎の植物が生茂っていたからだ。

 しかも所々発光しているキノコやらコケがあるせいで、ほのかにイルミネーションのような形になっている。


 実はこれ、バリノイ・イディナローク……疾病の一角獣の角を利用したものである。

 教会へ荷物を取りに行った際、地面に触れていた一角獣の角の場所に草花が生茂っていたので、もしかしたらと思い使ってみると、その効果が残っていたのだ。

 徐々に効果が失われていってるようだが、問題ない。


 ≪コシチェイ≫の男達はそのほとんどが中に入り、外の見張りは三人程度となっていた。

 だが残念な事に俺はそのビルの中にいない。

 発光したビルとは真反対の方向で身を潜めていた。


 ちなみに発光ビルの中にはさっき回収してきた死体を置いてある。

 お腹にピンを抜いた状態の手榴弾も一緒だ。

 もしも死体を動かせば固定されていた安全レバーが外れてドカンである。


 もちろん、こんなものただの陽動である。

 本命はもっとヒドイ。


 しばらく観察しているとビルから爆発音が響き、見張りは全員そちらに注目する。

 その瞬間に、俺は何メートルも横長にした茂みの塊に紛れながら突撃した。

 敵からすれば、めっちゃ横に長い茂みが突然襲い掛かってきたように見えるだろう。


 見張りの男達は一斉に迫り来る茂みに向けて銃を撃つが止まらない。

 それもそうだ、男達が撃つ茂みの中央に俺はいないのだから。


 もしも、うっそうとした茂みが襲ってきたらどうする?

 しかも、そいつの顔らしき中央には何かおかしな角……一角獣の角がある状態だ。

 俺だったらそこ目掛けて撃つ、だから彼らもそこを目掛けて撃ったというだけだ。


 実際俺は端っこで一生懸命に茂みを引っ張って走っている、なんなら反対側はズザザザザと地面に擦れている。

 だけど彼らはそれに気付かない、気付けるわけがない。


 これが昼間だったら話は別なのだが、彼らはこの暗闇の中で発光していたビルを見ていたせいで目がそれに慣れてしまっていた。

 だから接近してくるまで気付けなかったし、端の暗闇まで見通すことができなかったのだ。

 さらにこんな意味不明なもんが急に後ろから湧いてきたら、落ち着いて対処するとか不可能である。


 そして角は一人の男に刺さり……全身が植物の塊へと変貌してしまった。

 これが究極のベジタリアン形態というものだろうか。


 他の二人については茂みの中に突っ込ませたので混乱している。

 俺はそのまま銃を使って二人を始末して、急いで角を回収する。


 ここからはスピード勝負だ。

 銃撃音を聞きつけてビルの中に入っていった男達が戻ってくるまでにビルの外周を走りきらねばならない。


 俺は一角獣の角をビルに突き刺し、全力疾走で駆け抜けた。

 騒ぐ男達の声が近づくも、なんとか俺は走り抜ける事に成功した。


 その結果、ビルの外壁は植物に覆われてしまい……そのまま外側から崩落が始まってしまった。

 まぁコンクリがいきなり植物になったら支えきれずにこうなるよね。

 一応、中の柱もいくつか植物にしておいたけど、ジェンガのように崩れなくてよかった。

 下手したら下準備で俺が死んでたかもしれない。


 ビルの崩落中に様々な悲鳴が聞こえてきたが、外まで出てくるやつはいなかった。

 全員しっかり埋葬されたようだった。


 これでようやく一息つけ――――なんか複数の足音がする。

 ゆっくりと辺りを見回すと、≪コシチェイ≫の団体さんがこちらにやってくるのが見えた。


 あぁ……最初の追っ手が戻ってこないから、探しにきたんですね。

 しかもビルが崩落したから何かあるって真っ先にここに来たんですね。


 ―――先生、戦力の逐次投入ってどうかと思うな!!


 どう逃げるか、どう殺すかの結論も出ないまま、ライトがこちらに向けられる。

 バレた。


「クソがあああぁぁ!!」


 再び全力疾走で逃げると、男達がこちらに銃を乱射しながら迫ってくる。

 危険を承知で外来異種のいそうな場所を通りながら逃げるも、銃弾の雨によってほとんどが勝手に死ぬ。

 役に立たねぇなこいつら!


 そうこうして走っている内に俺は追い詰められてしまった。

 外は≪コシチェイ≫の男達によって包囲されており、どうしようもなかった。


 もう諦めるしかなかった。

 これ以上の作戦は出てきません!


 外からゆっくりとこちらに近づく足音が聞こえる。

 男達が教会の入り口から中に入ってきた。


 俺は祈るように両手を組み―――鐘にくくりつけたロープを死ぬ気で引っ張った。


 俺一人で鐘を持ち上げることなんてできるわけがない。

 だが、ほんの少し……少しだけ隙間ができればそれでいいのだ。


 わずかに開いた隙間から突如、霧が噴出する。

 教会の中だというのに、まるで雲の中にいるかのように前が見えない。


 混乱する≪コシチェイ≫の男達による怒号が教会の中に響き渡る。

 そんな中、一匹の獣が鐘の側で鎮座しているのが見えた。


 封印は、破かれたのだ。

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