第67話:託されなかった想い
俺は今、≪コシチェイ≫のアジトで複雑に絡み合うパイプを辿り、いかにも重要そうな場所に身を潜めている。
土やら何やら汚れまみれになりながらも、教会から脱出した際にいくつかの荷物を持ってこれた。
先ず大型通信機、めっちゃ重かった。
しかも地下への入り口に置く為の中継器もあったせいで腰がイカレるかと思った。
この部屋には電気がきているので、設置が完了すればいつでも使える。
まぁコロニー化してるから電波届かないんだけど。
他の荷物は、工具・プラスチック爆弾・拳銃と弾……あと秘密兵器。
最後のモノについてはもう用済みである。
なんとか大型通信機の設置が完了したので身体を伸ばす。
そこでようやく部屋の隅にある監視カメラに気付いた。
………やっちゃったぜ☆
扉が開き、そこから≪コシチェイ≫のマッドと兵隊が数人、それに人質となっているイーサンがいた。
太股から血が流れていることから、まぁよろしくない歓迎を受けていたことが予想できる。
「ヤァヤァ、ヤポンスキー。オモシロいオモチャをモってるね」
「愉快さでいえば、あんたの頭には負けるよ」
わざわざ日本語で話してくれるとは、よほどマウントを取りたいらしい。
まぁロシア語とかアメリカ語で話されたらゴリラの鳴き声でしか対抗できないのでありがたいといえばありがたい。
「アユム……どうして逃げなかった…ッ!」
イーサンが責めるように強い口調で喋る。
「殺しに夢中になっちゃって……」
それを聞きイーサンはギョっとした顔をしたが、マッドは腹を抱えて笑っていた。
それどころか、わざわざロシア語で部下に説明し、部下も笑い出した。
「まさか、まさか。アメリカのアンダードッグはロアーだけはリッパだ!」
俺がポケットから取り出したものをそいつの足元に投げる。
それを見た瞬間、その場にいた全員が押し黙った。
「耳だけですまんね。首は流石に重いから」
肉食の外来異種がいた時の為にとっておいた死体の耳である。
必要ないのにずっと持ってたらサイコパスなので返しておく。
拾得者の権利として何パーセントか貰えるだろうけど、流石にそれは遠慮しておこう。
そして地面に落ちた血まみれの耳を見て、周囲の雰囲気が変わった。
どうやら本格的に警戒されたようだ。
「さて、さて。つまらないセリフだけどイわせてもらおうか。カレをタスけたければブキをスてるんだ」
マッドは俺の事をしっかりと脅威として認識しているようなので、ポケットに入れていた拳銃を床に置く。
それを見てあちら側の一人が銃口を向けながら近づいてくる。
「いや、まだ武器はあるよ?」
俺は後ろにあるリュックからプラスチック爆弾を取り出して見せると、全員がこちらに銃口を向けてきた。
「いや、ここで爆発させたら全員死ぬって」
困ったように肩を竦めると、マッドの合図で銃口を下ろしてもらえた。
取り敢えず自爆しないという事を信じてもらえたようで何よりだ。
「一応お約束としてこっちからも言わせて貰うけど、降参する気はない?」
「ハハ、ハハ! このジョウキョウで?」
よかった、こっちの言う事は聞かなそうだ。
これで本当に降参されたら本気で困ってたところだ。
「そういえばさ、上で逃げ回ってた時にオカシイって思ったんだよ。ここはコロニーレベルⅣって聞いたのに外来異種の数が少ないって」
ここに来た時、外来異種の数が……質量が高いほどコロニーレベルが上昇すると聞いている。
日本で水無瀬さん達がいたビルがコロニー化した際にはそれなりの数がいたのだが、あれでもコロニーレベルⅠ程度だ。
それを踏まえて考えてみると―――。
「ここ、もしかして甲種の体内だったりしない?」
俺は荷物で隠していた取り外したパイプの中を見せる。
そこには脈動するホースのようなものが見えた。
恐らくだが、これが血管である。
それを見て、マッドはシンバルを持ったサルのオモチャのように手を叩く。
かなり確信をもっての発言だったのだが、反応を見るに正解っぽい。
「アッ、アッ! エクセレント。タダしくは、Tier-4のチャイルドのナカさ」
「なんでまたそんな事を……」
「そんなの、そんなの、データリークをブロックするタメさ。モンスターはジャミングフィールドをダす。だからヒトをヨせツけないコウカもネラって、チェルノブイリのアンダーグラウンドにこのヴォルトをツクったのさ」
原発の地下にアジトを作ったのか。
よくもまぁそんな危ない事を……と思ったけど、昔は今ほど放射能被害について周知されていなかったんだろうな。
結果的にこの場所そのものがコロニー化してるおかげで無事というのは皮肉なものだが。
「けど、けど……そのケッカ、セイブツサイガイがハッセイしてゲンパツジコがハッセイしてしまったんだけどねぇ」
あ~……原発事故に生物災害という不運が重なったわけではなく、そもそも名も無き甲種の子供がココにいたせいで生物災害が発生して、それによって事故が起きたというわけか。
そりゃ秘匿するわそんなもん、下手に表に出したら責任問題がどこまで波及するか分かったもんじゃない。
「それで、それで、それをキいてナニがしたいのかな?」
「もしもその外来異種が死んだらどうなるのかな~ってね」
「アッアッ、ザンネンだけどそれはモウサイケッカンみたいなもんだよ。キったところで―――」
そこで地面が……いや、空間そのものが震えた。
その隙をついて俺は倒れこむように地面の銃を拾い、イーサンを人質にしていた男に対して撃つ。
当てるつもりはない、あくまで体勢を崩させることが目的だ。
そしてイーサンは俺の期待通りに自らを掴んでいた男に肘鉄を食らわせ、こちら側に倒れこんできた。
俺はイーサンをそのまま引っ張り、机を倒してバリケードにする。
「おかえり、イーサン。それじゃあ後よろしく!」
「ハァ……ハァ……もう少し休ませてほしいんだがな」
そう言いながらもイーサンは俺から銃と通信機のヘッドセットを受け取り、動作を確認する。
「どういうことだ、どういうことだ? ナニをした……いったいナニがオこった!?」
「どうもこうも、毒を入れて殺しただけだよ」
そう言って俺は近くにあるパイプをカンカンと叩く。
状況はそこまでよくなっていないのだが、精神的な立場は逆転した。
「バカな、バカな! モンスターにはケミカルウェポンはキかない! ナニをした!?」
あぁ、そっか。
穴倉に籠もってる時間の方が多いから日本の研究にも追いつけてないのか。
正確には方向性が違うのだが、それがこんな結果を招いてしまうとは、哀れなものである。
「抗体世代は細胞レベルで外来異種に対抗できるって研究結果が出てる。つまり、外来異種にとって抗体世代の血液は猛毒になる……って事」
これこそが、御手洗さんに頼み込んで都合してもらった秘密兵器である。
前にフィフス・ブルームの天津さんと一緒に国立外来異種研究所に向かい、御手洗さんから説明された話から思いついたものだ。
いやぁ、不破さんの血液を採取してもらっててよかった。
それはそれとして、天津さんと御手洗さんについては俺の裏事情を未来ちゃんにバラした事について、遺憾の意を乱れ撃ちさせてもらいたい。
普通なら抗体世代の血液だろうと、少し入れた程度じゃ死なないだろう。
だが、ここのやつは抵抗できないように半死半生……いや、ほぼ寝たきりの老人くらいまで弱らせられていると予想していた。
そして、その状態で抗体世代の血液という劇毒が血流にのって回ったら死ぬだろうと。
結果はご覧の通りである。
「さて……これでここはもう通信機が使える状態のはずだけど、どう?」
「ああ、本部と連絡がついた。このアジトの場所も共有されていることだろう」
これまでアメリカとロシアの部隊がここに大部隊を送れなかったのはアジトの場所が分からなかったからだ。
外来異種の庭とも言える場所に大人数を送り込めばそれだけ被害も出るし、結果が出なければ大変な事になる。
さらに動く人数が多いほど事前の動きが察知されやすくなるので、逃げられる可能性も高くなる。
だが、今はもう違う。
アジトの場所も、戦力の規模も、全てが判明している状態だ。
もしも≪コシチェイ≫が本当に国家の後ろ盾があったのであれば何とかなっただろう。
しかし、ソビエト連邦はすでになく、むしろその痕跡を抹消しようとする国の方が多いくらいだ。
「クソ、クソ! こうなったらオマエだけでもコロしてやろうか!」
「おっと、そんな時間があるのかな? 俺の仲間がそっちのヘリを奪取しようとしてるのに」
ここに来る前に迷子になっていたのだが、一度間違って別の出口から外に出た。
その時にいくつかの車両とヘリを見つけたのだ。
「アッアッ! キミに仲間はいないだろう?」
「いるじゃないか、地上に。激動の時代を生きた人達がさ」
「ッ!? あのロートルモルモットか!」
そんな口合戦をしていると、突如明かりが消えて赤いランプが点く。
そして不穏なアラーム音まで鳴り出した。
「アユム、何をした!」
「コレについては俺は何もしてないけど!?」
イーサン、何かあったらすぐ俺のせいにしようとする!
そういうのどうかと思うよ!
まぁ≪コシチェイ≫の部隊を返り討ちにして、霧の狼を解き放って、ここの甲種を殺したのは俺なんだけど。
……これで疑うなっていう方が無理だな!!
その隙をついてマッド達は逃げ出していった。
俺がどうしようかと右往左往としている間、イーサンはアラームと一緒に流れている機械音声放送に耳を傾けていた。
「……どうやら生体電気が不足したことで、この基地の機能が緊急事態モードに移行したようだ。各種隔壁が開き、避難するようアナウンスが流れている」
「生体電気って……あぁ、ここの電力は甲種を利用して賄ってたのか」
そんな不確かなものをインフラに使うのってどうかと思う!
インフラはちゃんと整備しないとこんなことになっちゃうんだぞ!
……いや、こんな事を想定してインフラを整えてたら、それはそれで頭おかしいか。
「ところでイーサン、各種隔壁が開くって言ってたけど、それどういう―――」
俺は荷物を持ちながらイーサンに肩を貸して部屋の外に出ると、近くの部屋から大きな水溜りが移動していた。
しかもソレはこちらへと近づき……大きな口となって俺の顔面に飛び掛ってきた!
「こういう事だ!」
間一髪、イーサンが発砲したおかげで水から変化したピラニア型の外来異種が地面に落ちた。
やれやれと安堵したものの、別の危機が頭によぎった。
「どうしようイーサン! これ、中で捕まってた外来異種が徘徊してるってことじゃん!」
「いや、逆に考えれば捕まっている仲間も脱出できる状況だ。急いで救出に向かおう」
それからイーサンやザイオン救済団体の人達が捕まっていた場所に来たが、誰もいなかった。
「イーサン、もしかして……」
「いや、大丈夫だ。恐らくエリーの救出に向かったんだろう」
慎重に廊下の先を確認しながら、さらに奥へ奥へと歩く。
あっちこっちでイヤな鳴き声や物音が聞こえ、一秒ごとに神経が磨り減っているように感じる。
「ところでアユム、先ほどの話についてだが……ホテルにいた老人達を巻き込んだのか?」
「あぁ、ヘリがどうのこうのってやつ? ウソに決まってんじゃん」
流石にあの人達を巻き込まなければいけない理由はない。
これは俺達の問題で、あの人達は関係ない。
「どうしてそんなウソを……」
「ああ言っておけば、相手が勝手に勘違いして逃げるかなって」
普通ならば信じない事だろうが、悪い事が立て続けに起これば"まさか"と思うようになる。
その説得力を持たせる為にわざわざ喋って精神的有利を勝ち取ろうとしたのだ。
まぁ結果的に緊急事態モードになってお互いに逃げる事になったんだけど。
それからエレノアが捕まっているだろうと思われた場所に来てみたのだが、そこにも居なかった。
どうしたものかと頭を悩ませていると、遠くから銃声が聞こえた。
それも一つや二つではなく、まるで銃撃戦でもやっているかのような激しさだった。
「よし、あっちは危険だから止めよう!」
「仲間が戦っているのかもしれない。救援に向かうぞ」
知ってた。
まぁ見知った人を見捨てられるほどメンタル強くないから、結局行く事になってたと思うけど。
通路を進むと何発かの跳弾がこちらに飛んで来た。
それでも意を決して進むと、≪コシチェイ≫の奴らがエレノアを引っ張っていくのを防ごうとザイオン救済団体の人達が銃で応戦している場面に出くわした。
幸いにもこちらは≪コシチェイ≫の後ろ側であり、イーサンが即座にエレノアを引っ張っていた男を撃ったおかげで彼女はスグに解放された。
俺はバランスを崩したエレノアをこちら側に強引に引き寄せ、曲がり角まで退避する。
これで相手がこちらを追って来たら、ザイオン救済団体の人達から背中を撃たれるだろう。
「Иди ко мне!」
エレノアを拉致するのを諦めたのか、通路の奥にいた男がそう叫ぶと、全員がそちらに退避していった。
通路の奥には小さな扉があり、そこから朝焼けが……空とヘリが見えた。
こちらも急いで脱出する為に外に出ようとするのだが、わずかに霧が見えたので急いで扉を閉めて固く施錠した。
「アユム、どうして扉を閉めた!」
「奴らに逃げられるぞ!」
「早く外に出ないとアジトにいるモンスターがやってくるぞ!?」
外から聞こえるヘリの駆動音に焦っているのか、皆が詰め寄るようにこちらへ迫ってきた。
うん、うん……分かるよ、そう思うよね。
「皆の気持ちも分かるんだけど……まだ中の方が安全なのよ」
「ハァ!?」
しばらく待つと、再びけたたましい銃撃音が聞こえてきた。
こちらは顔を出していないというのに、何を撃ってるのだろうか……。
しばらくすると銃撃音が止み、ヘリの音が遠ざかっていく。
しかし、すぐにその音は再び近づき、最後は大きな爆発音で締めくくられた。
「……アユム、何をした?」
イーサンが無表情でこちらに向き直る、怖い。
「あー、ほら……教会の鐘に霧の狼を閉じ込めたじゃん? あれを解放して≪コシチェイ≫のやつらにぶつけたんだけど―――」
「だけど……何だ?」
「どうも俺の匂いを覚えてるらしくて……ほら、見て分かる通り土で匂いを誤魔化そうとして、念の為に上着をヘリに放り込んだんだ」
本来なら脱出する≪コシチェイ≫の奴らと霧の狼をぶつけ合わせ、その隙に車両でもパクって逃げる予定だったのだが、アクシデントが重なってしまってこんな結果となってしまった。
「本当に申し訳ない」
「いや、まぁ……アユムがいたからこそ助かったという面もあるのだが……」
なんというか、最後の最後で手落ちがあると素直に喜べないよね。
分かるよ、俺もいま自分のダメっぷりに辟易としてるところだから。
やっぱアドリブでやるもんじゃないな!
……こんなん計画的にやれてたまるかッ!
「エット、それで……どうしマスカ?」
他の人に抱えられながらエレノアが尋ねる。
イーサンは足を負傷しているせいで走れない、エレノアは消耗しているせいでフラついている。
「弾はどうだ?」
「さっき大盤振る舞いしちゃって厳しいね」
先ず第一案の強行突破は無理と。
そもそも敵から奪った銃だけでここまで戦えたのが奇跡に近い。
「ヘイ、アユム。自慢のパワーでここにいるモンスターを皆殺しにできないかい?」
「初見の相手にどうしろと。エサにしかならないよ」
というか初見じゃなくても乙種以上が来たら死ぬ。
なんなら丙種でも上位が来たら死ぬ自信がある。
というわけで第二案となる俺に丸投げも没。
そもそも人様に丸投げするの、どうかと思う。
「そうなると、救援が来るまで篭城とか」
「イーサン、外から部隊が来るまでどれくらい掛かる?」
扉が強制的に開放されているとはいえ、部屋に立て篭もってバリケードを作ればそれなりに時間を稼げるはずだ。
だというのに、イーサンの顔色がよろしくない。
「……当初の予定では、数時間で突入するはずだった」
「待って? なんで当初の予定ってつけてるの?」
「まぁ、なんだ……最初の突入で失敗した事で、ロシア側の一部から手を引くべきという話が出ている」
「え、待って? 見捨てられるの? 俺ら捨て駒なの?」
「いや、あくまで一部の動きだ。ただ、まだ問題があってだな……」
止めてくれよ、これ以上の問題とか頭が腹痛になって発作がアナフィラキシーショックだよ。
「撤退するなら本国…アメリカだけでも突入すると通達したのだが、もしも成功すれば手柄が奪われる事になる。だからロシア側も突入したいからタイミングを合わせてほしいという話も来ているらしい」
「結局どっちなの!? ロシアは来るの、来ないの!?」
「調整に時間がかかり、半日は覚悟するようにとの連絡があった」
バカじゃねぇの!?
こんな場所で半日待てとかバッカじゃねぇの!?
いやまぁ原因の一部は俺のせいなんだけどさぁ!!
「せめて隔壁を閉められれば篭城という作戦も悪くないのだが、流石にバリケードだけではな……」
う~む、どうにも手詰まりである。
せめて現状の手札に何かないかと各自の持ち物を出し合うも、唸るだけであった。
―――いや、待てよ?
道具だけで考えるからダメなんだ。
能力も含めて考えれば……コレだ!
「エレノア! 切り開く力ってまだ使える!?」
「エ、ハイ。薬のせいでちょっと厳しいケレド、あと一度くらいなら……」
よし、それなら何とかなる!
「イーサン、プラスチック爆弾使えるよね?」
「ああ、使えるには使えるが……それで敵を一網打尽にするつもりか? こんな閉鎖空間で使えば、崩落する可能性もあるぞ」
「いやいや、そんな事しないよ。篭城戦に使うんだ」
時間がないので、作戦を説明しながら実行してもらう事にした。
先ずエレノアの力を地面に使う。
地面が切り開かれて、大きな亀裂が出来た。
弱っているせいで地面の亀裂はあまり深くなかったが、むしろ丁度いい。
次にイーサンに頼んで、亀裂の中でプラスチック爆弾を爆発させる。
すると、亀裂の中に何人もの人が入れるだけの空間が出来る。
「これは……即席の避難壕か!」
「ヘイ、アユム。やっぱりキミの頭おかしいよ!」
「やかましゃあ! そんなん耳が腐るほど聴かされてきたわ!……だから俺の顔はこんなのなのか?」
なるほど、俺の顔は元々悪くなかったんだ。
耳が腐ったせいで、そこから顔が悪くなったんだな!
何の慰めにもなってねぇ……。
まぁそんな生まれた時から背負っていたカルマは置いておき、順番に亀裂の中にできた空間の中に入っていく。
一人、二人、三人……エレノアも手を固定していれば亀裂がそのままらしく、早めに中に入ってもらった。
「これは……」
「ダイエットすべきだったな」
残りは俺とイーサンといったところで、問題が発生した。
プラスチック爆弾の数が足りなかったのか、あと一人しか入れない。
無理に入れば亀裂が元に戻った際にプチっと逝く。
今さら穴を広げる方法などあるはずもなく、エレノアの手も震えて限界が近いようだった。
「ッスゥー……どうしよっか、イーサン」
どちらが生き残るべきか、選択する時だ。
エレノアは不安そうな、そして泣きそうな顔でこちらを見ている。
それもそうだろう。
目の前にいる二人の人間のどちらかが死ぬのだから。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはイーサンだった。
「……アユム、キミが入れ」
「マジで!?……それは嬉しいけど、いいの?」
「ああ。私の役割はここまでだったという事だ」
まるで諦めたかのような……それでいて、満足したような顔をしていた。
「あの日エリーと出会ってから、私はずっと贖罪の為に生きてきた。この一件が片付けば、彼女は自由を手に入れられる。満足だ」
確か十年前の生物災害だったか。
イーサンは兵士として戦い、エレノアはその時に救助された子供だった。
しかし避難シェルター内での極限状態によって、イーサンもその命を落としかけた。
だが、力に目覚めたエレノアが皆を救った。
その時に助ける者と助けられる者が逆転してしまった。
結果、彼女はずっと多数を助ける為の装置となってしまった。
だからこそ、イーサンはその歪みを何とかしたかったのだ。
「アユム、後は頼む」
「イーサン……」
イーサンは微笑みながら俺の肩を叩いた。
「私にとって、あの子は娘のようなものだった。すまないが、私の代わりにエリーを守ってやってくれ」
死を受け入れた彼の顔は、驚くほどに穏やかであった。
俺は肩にまわされた彼の手を優しく離し―――。
「そんな大事なもんを勝手に人に託すんじゃありませんッ!」
思いっきりイーサンのケツを蹴った。
危なかった! マジでヤバかった!
いきなり人にクソデカヘヴィー案件を投げやがって!
俺が空気を読む陽キャだったら頷いてたところだった!
陰キャで助かった、影の者万歳だ!
いきなり俺にケツを蹴られたイーサンはそのまま亀裂の中を転がっていき、エレノアにぶつかった。
その衝撃でエレノアの手は崩され、亀裂が閉じてしまう。
…………あれ、俺が入るって話じゃなかったっけ?
「開けて! お願いだからもう一回開けて! アブラカタブラ! オープンセサミ!」
俺は小さな亀裂を一生懸命に叩きながら叫ぶが一向に開く気配がない、呪文が違うようだ。
そうこうしている内に背筋に嫌な予感が走った。
どうも前方から何かが迫ってきているようだ。
じゃあ後ろに下がろうと思ったが、背後にある扉の外にいる脅威もヤバイ。
前門の外来異種、後門の霧の狼である。
「ッスウゥゥ…………どおおおぉぉしてこうなったあああぁぁ!!」
俺は、あらん限りの力を振り絞って叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます