第60話:キエフ封鎖区域攻略部隊

 キエフ封鎖区域……ウクライナ北部を一部を石の壁によって囲まれた危険地帯。

 チェルノブイリ原子力発電所事故による放射能汚染が今なお続いていると言われているが、実際は外来異種による生物災害とそれによるコロニー化によって立ち入りが禁止されている。

 臭いものには蓋をするとはいうが、これは墓だ。

 前時代による負債と遺骸を人々が見ないように、思い出さないように……丁寧に、そして妄執的に、石棺によって埋葬されたものなのだ。


 自分達の前に侵入した部隊は空からパラシュートを使って侵入したのだが、それが仇となった。

 安全の為に距離をとって各自が着陸してから合流しようとしたのだが、各地に潜んでいた外来異種によってそれが阻まれた。

 外来異種であろうとも銃で撃てば死ぬ、それは確かだ。

 けれどもあいつらはどこから襲ってくるか分からない。

 しかもコロニー化されて何十年も放置された場所だ、外来異種による勢力圏といっても過言ではない。


 そういった過ちから、自分達はバラバラにならないようボートを使って潜入した。

 もちろん水辺に生息する外来異種による襲撃もありえるので、ひとつ予防策を講じた。


「ヘイ、アユム。この綺麗なのは何だい?」

「それ? 鱗蛭だけど」


 ボートに生きた鱗蛭を貼り付け、船そのものを外来異種として誤認させるようにしたのだ。

 その効果は富山で立証されている。

 まぁ流石に全身に貼り付けるのは二度と御免だが。


 川辺にボートを止めて、ザイオン救済団体の人達と一緒に近くにある寂れた教会に入り、荷物を整理する。


「イーサン、それなに?」

「プラスチック爆薬だ」


 それがC4ちゃんですか……銃やら何やら物騒なことこの上ない。

 まるで今から戦争にでも行くんじゃないかと思うくらいだ。


「ロケットランチャーとかはないの?」

「アユム、これはスニーキングミッションだぞ。そんなものどこで使うつもりだ」

「ボスに」

「……人に使うものじゃあない」


 ゲームだと気軽に人に向けてぶっ放してるのに!

 まぁ可能な限り逮捕しないといけないらしいから仕方ないか。

 チェストリグ……銃のマガジンや必要な装備を入れる為のチョッキを着込んでいると、付近の調査に向かっていた人達が帰ってきた。


「ここのコロニーレベルはⅣ、結構危ないところだよ」

「コロニーレベルⅣ!?」


 思わず驚いた声を出してしまい、皆に注目されてしまった。


「あ、いや……何十年も放置されてたのに、よくそれだけで済んだなぁと」


 外来異種によるコロニー化は、放置すればするだけ厄介になる。

 現在確認されている最高コロニー深度……レベルはアメリカの五だ。

 石棺がそれよりも低いというのは不可解である。


「よし、アユムの為にも講義のおさらいといこう。そもそもコロニーレベルとは何かな?」

「え~っと……外来異種による、その区域の危険性?」

「残念、違うんだよ。コロニーレベルというのは、その区域から発生している特殊な磁場の強さだ」

「マジで!? だって、コロニーレベルが高いほど危険って認識だったんですけど!」

「それも間違ってないよ。その区域にいる外来異種の数……というか質量が多いほど、その磁場も強くなるからね」


 あー、じゃあ順序が違うだけで間違ってるわけでもないのか。

 外来異種が多いほど特殊な磁場が強くなるからコロニーレベルも高くなる。

 ただ、コロニーレベルが高くとも外来異種による危険性が高いわけではないという事だ。


「じゃあココはそこまで危険ではないと―――」

「いや、普通に危険だよ。気をつけようね」


 知ってた。

 だって他の部隊が逃げ帰ったくらいだもんね。


「アユム、そこも危険デスヨ」


 エレノアが急に引っ張って上を指差すのでその方向を見ていると、大きな鐘が見えた。

 木造建築なせいか、色々な箇所が朽ちているからいつ落ちてきてもおかしくない。

 首筋に悪寒が走らなかったから油断していたようだ。


「教会でこうやって手を引いてもらうと、まるで結婚式みたいだね」

「ソレなら逆よ、アユムがワタシの手を引かないとネ」

「アユム、銃の安全装置はちゃんと外しておけよ。私はもう外した」


 どうしてこのタイミングで安全装置の話がでてくるというのか、気のせいかイーサンの声が怖い。

 これは誤射にも気をつけなければならないかもしれない……。

 いや、いっそ先にこちらが誤射してしまえばいいのかッ!?


 そんな事がありながらも、準備が整ったので外に出る。

 周囲を軽く見渡しただけでいくつもの外来異種が見つかった。

 とはいえ、蟲やこちらへ危害を向けるようなやつはいないので、一先ずは安全そうだ。


「ナイトオウル部隊が夜に手痛い洗礼を受けたのを教訓にし、明るい内に潜入してよかったな」


 それはアカン。

 夜には夜に強い外来異種の活動が活発になるのだ、夜に動けばこちらだけが不利になる。

 まぁだからといって昼が安全というわけでもないのだが。


「待った、なんかいる」


 前方の道にいる何かを凝視する。

 そこには何十と枝分かれしている大きな角を持った牡鹿がいた。

 普通の牡鹿と違う点といえば、キノコやコケが身体中に生えているということ。

 他にも馬よりも顔が細長く口が頬よりもさらに裂けているところだろうか。

 ぶっちゃけキモイ。


「あれはバリノイ・イディナロークだね。日本語にすると……疾病の一角獣かな」

「病気のユニコーン? 処女信仰をこじらせすぎて男の娘じゃないと興奮できなくなった感じ?」

「男の娘主義は病気じゃないよ。彼の角に刺されると有機物、無機物を問わずエサとなるキノコや草花にされるんだ」


 こわ……普通に即死案件じゃん。

 とはいえ、刺されなければいいわけだ。

 そうなると先ずはあの角をどうにかすればいいから―――。


 『シュカカッ』


 サプレッサーがついた銃による音が聞こえたかと思うと、ユニコーンが血を流して倒れた。

 倒れた際に角が地面に刺さったのか、周囲に様々な植物が生茂った。

 後ろを見ると、銃から硝煙を漂わせたイーサンがいた。


「周囲確認」

「確認、クリア」

「リロード」


 周囲の人達がテキパキと行動して、周囲の安全確認を完了させた。

 まぁ、うん……銃があればそれで撃てばいいよね……。



 気を取り直して道を変えて進むと、おかしな音が聞こえた。


「なんだろ、これ……沸騰?」


 近くにあった大きな沼がボコボコと泡立ち、そこから大きな目玉二つがこちらを覗いていた。


「オゥ、あれはチェールニー・リグーシカ! 黒蛙だね。三百度以上に沸騰させた水を飛ばしてくる危険なやつだよ」


 なにっ!?

 つまり、あちらも飛び道具を使うという事か!

 しかもサイのような大きさから推定するに、体に蓄えられた熱湯はここにいる全員に飛ばしてなお余るほどだ!


 いや、しかし水を飛ばしということか口を開けたり何かしらの穴が必要という事になる。

 逆に言えばそれさえ注意すれば―――。


 『シュカカカッ』

 『バスッ、バスッ』


 またしてもサプレッサーにより抑えられた銃声がしたかと思えば、黒蛙は沼へと沈んでいった。

 後ろを見ると、イーサンとザイオン救済団体の人達の銃から硝煙が立ち上っている。

 ちなみに俺は何もしていない。


「エネミーダウン、リロード」

「エリアクリア、進むぞ」


 なに、この……なに?

 俺…なんでここにいるんだっけ……。


 いや、俺にはまだ発想力がある!

 数少ない灰色の脳細胞を活性化させる時だ!


「そうだ! こうやって歩いてたら、どこから襲われても分からない。だからエレノアの力で森を切り開けば、一直線に進めるんじゃなかろうか!」

「エリーの力は大規模で周囲を巻き込む。もし使えば相手に気取られる、却下だ」


 ダメらしい、もうお手上げだ……。


「イーサン、俺もう帰っていいかな」

「何を言う。ここからが本番だろう」

「だって、だって! 俺いなくってもいいじゃん! 全部撃ち殺して終わりじゃん!」

「……キミの自己評価の低さは知っているが、もう少し自信を持ってくれ」


 なるほど、こうやって傷心している相手に優しくして依存させようという魂胆だな?

 そんな手に引っ掛かるほど安い男に見えるとは心外だ。

 俺は可愛い女の子に誘われたらホイホイついていくくらい、体重に反比例して尻が軽いぞ!


「ヘイ、アユム。キミは何気なく歩いてるけど、それは凄い事なんだよ」

「ハイハイ、あんよは上手ってか」

「キミは何気なく歩いているけれど、危険そうな場所を避けてるよね?」

「まぁ、何かが潜んでそうな場所は避けてますけど」


 例えば変な形をした枝が多い木、例えば不自然に盛り上がってる土、そういうのは避けている。

 けど、それくらいなら別に誰でもできるのではなかろうか。


「僕らはそういうのが分からない、出たら銃を使えばいいって思ってるからね。だからこそ、キミのように事前に危険を察知する力が大事なんだよ」


 違和感を感じたらその方向へ進むのを止めているだけなのだが、そんなに大事なのだろうか。


「そういう点では、フィフス・ブルームのミス・マキに同行してもらえればよかったんだけどね」

「それは言わないお約束じゃないですか」


 天月さんがいれば、こんな回りくどいことしなくていい。

 なにせ何処に何がいるのかが全部分かるのだから。

 しかも最強セコムの鳴神くんも付いてくる、戦力も申し分ない。

 だが―――。


「俺ならまだしも、知り合いを人間相手の殺し合いに巻き込みたくないですよ」


 そう言うと皆が苦笑した。

 なんかオカシイこと言っただろうか。


「……巻き込んですまない、アユム」

「それはそう」


 イーサンが申し訳なさそうに謝るが絶対に許さない。

 生涯をかけてこの負い目をしゃぶりつくすことを決めている。

 絶対に死に逃げはさせない、絶対にだ!



 それからしばらく進むと、建造物が見え始めた。

 チェルノブイリ原発事故によってゴーストタウンとなったプリピャチ市である。

 何十年も放置され続けたせいで街中が緑に覆われている。

 それでもまだ多くの建物が残っているのは、人間が自然に対抗する事を現しているのだろうか。


「ヘイ、イーサン。こっちを見てくれ」

「これは……人の痕跡か?」


 外来異種ならばともかく、人の追跡になると俺は何もできない。

 というかここまで来てしまったら、もう俺の仕事はないのではなかろうか。

 せっかく研究所の御手洗さんに頼み込んで秘密兵器を持ってきたというのに無駄になってしまった。


「アユム、遊園地を抜けてエネルゲティック文化会館に向かう。すまないがまた先導を頼む」

「アイアイサー」


 道なき道を歩き、人無き遊園地に到着する。

 本来ならば多くの人を楽しませるはずの場所であったが、事故により開園する前に放棄された。

 ただの一度も回ったことのない観覧車、誰も乗せたことのないゴーカート、他にも様々な遊具が朽ちたままとなっていた。


「アユム、少し待て」


 イーサンはそう言って観覧車の支柱を掴み、上へと登っていった。

 完全に錆びきっているというのに、よくもまぁあそこまで……。


 ある程度登ったところで、イーサンが望遠鏡で周囲を見渡す。

 だが、途中で動きを止めて一点を見つめる。


「目的地付近で人為的な煙を確認した」


 観覧車から降りたイーサンの言葉と共に、全員が隊形を組む。


「各員、戦闘準備。アユムとエレノアは後方に」


 こんな場所に他の人間がいるはずがない。

 それはつまり―――。

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