第61話:エネルゲティック文化会館の出会い

 プリピャチ遊園地から南下し、エネルゲティック文化会館の入り口に到着する。

 入り口といってもあちこち出入り口になりそうな箇所がある為、いつどこで誰が出てくるかも分からない状況だ。


 「放射線レベル……正常。外来異種によるコロニー化で残留放射能が消えるって仮説が真実味を帯びてきたね」


 これまでも放射線測定をしながら進んでいたのだが、ここまで危険な数値が出るような場所はなかった。

 チェルノブイリ原子力発電所事故からほとんど対応をしていないのに、これは確かに異常かもしれない。


「部隊を分ける。ジェイコブとトビーは屋上で周囲を見張れ、ダール達は出入り口の確保だ」


 イーサンが指示を飛ばし、各々が行動する。

 建物の横にある錆びたハシゴで屋上に昇った二人がハンドサインで合図し、イーサンもそれを返す。

 ハンドサインが分からない俺とエレノアには口に手を当てるジェスチャーをする。

 ここからは一言も喋るなということだろう。


 二人が先行して安全を確認し、その後に続いて進む。

 それなりの人数だというのに、ほとんど足音を立てずに進んでいく。

 アメリカでは外来異種を軍用素材として使っているという話もあるので、もしかしたらブーツにそういったものが使われているのかもしれない。


 先行している二人が手掛かりを探しながら二階へ進み、途中で歩みを止めた。

 イーサンが無言で指示を送り、ある部屋の出入り口を固める。

 ハンドサインでカウントダウンを出し、一斉に突入した。

 だが、中にいたのは一人の恰幅のいい老婆だった。

 しかも、いきなり銃を持った男達が入ってきたというのに、気にせず窓の外を眺めている。


 他の人は老婆に銃口を向けたまま、イーサンが近寄って肩を叩く。


「失礼、ここで何を?」

「ひゃっ、軍人!? 嫌よ、ここから出るくらいなら死ぬわ!」


 イーサンが声をかけると、その老婆は取り乱したかのようにわめき出した。

 それどころかイーサンに掴み掛かって「どうして生まれ故郷で死なせてくれないの!」「あなた達、兵隊はいっつもそう!」「愛国心はないの!?」と騒いでいる。


「ヘイ、アユム。アレ、Tier-3の……乙種の皮剥だと思うかい?」

 

 ザイオン救済団体の人に尋ねられたので手元のスマホを使って判別しようとしたのだが、電波が届かないせいでアプリが起動しない。

 日本に帰ったらオフラインでも使えるように要望を出そう。


「そうですね……たぶん、違うと思います」

「それは勘?」

「いえ、研究所の御手洗さんに聞いた話なんですけど、痴呆症のお爺さんが急にまともになったって話があったんですよ。家族の人は喜んでいたんですけど、実は―――」

「皮剥にやられてたと」


 静かに頷き、続きを話す。


「あいつらは記憶を元に行動します、日常生活は反復作業の繰り返しですからね。逆に言えば、痴呆症のような行動ができない」


 記憶にある事しかできないし、記憶にあるような感覚しか持ち合わせていない。

 だから過去に綺麗だと思った絵を見たあと、もっと素晴らしい絵を見ても過去の絵の方を賛美する。

 会話もそうだ。

 考えて喋っているわけではない、過去の会話パターンから似ている答えを引っ張り出しているにすぎない。

 だからこそうまく人間に擬態できるのだが、逆におかしな真似ができないという事でもある。


 まぁそれが分かったところで、ちょっとボケが入ったお婆さんをどうこうする方法はないのだが。

 さてどうしたものかと考えていると、エレノアがお婆さんに近づいた。


「コンニチハ、お婆ちゃん。ここで何をしてたんデスカ?」

「あら可愛い子だね、シドさん家のお孫さんかぃ?」


 エレノアが緊張をほぐすようにお婆さんの手をとって笑顔で話すと、それに応じるようにお婆さんも静かに話し始めた。


「ソウかもしれないデスネ。お婆ちゃんはひとり?」

「なに言ってんだい、孫のアルチョムを待ってるんだよ。あの子にもここの景色を見せてあげたくてねぇ」


 翻訳ソフトをロシア語にしている状態で会話が分かるという事から、エレノアはロシア語も喋れるようだ。

 凄いな、俺なんか日本語すら満足に理解できてないのに。

 "よく稀に"とか言っちゃうと日本語警察が西部警察みたいなノリで車を突っ込みながら銃を乱射してくるし。


「アルチョムさんはここにいないのデスカ?」

「息子のジェーニカも忙しくて顔を見せないからねぇ、あの子もあの子で―――」


 お婆さんが周囲を見渡し、そして自分と目が合った。


「おぉ……アルチョム! アルチョムじゃないか! いやぁ大きくなったねぇ!」


 俺を見たお婆さんは急に立ち上がり、老いを感じさせないくらいの速さでこちらに寄ってきた。


「ヘアッ!?」

「来てたのなら来てたって言えばいいのに、おとなしい子だねぇ」


 お婆さんがガッシリとこちらの手を握り、大仰にハンドシェイクする。

 ちなみにウチの爺ちゃんと婆ちゃんはとっくに病気で死んでる。

 小学生の頃に遺骨をハシでつまんで骨壷に入れたのでしっかり覚えてる。


 いや、待てよ……ウチのおとんかおかんが浮気してロシア人と子供を作った可能性が……。

 ないな、そんな器用な人だったらお互いにもっと顔のいい人と結婚してらぁ。


「ほら、これだよ、アルチョム。あんたのパパとママが育った場所だよ」


 お婆さんに手を引かれるまま窓側に行く。

 そこから見える風景は廃墟と自然、そして外来異種しかない。

 この人にはまだこの景色が、かつての輝かしき日々として見えているのだろうか。


「どうしたんだい、アルチョム?」


 さっきからまったく喋らないからか、お婆さんが俺を不審に思っている。

 とはいえ、俺はロシア語なんてほとんど知らないし……いや、ひとつだけあった!


「ンンッマッツォバショー!」


 辺りに静寂が訪れた。

 ……もしかして俺、また何かやっちゃいましたか?


「ハッハッハッ、ひどい発音だねぇ! わたしはあんたの母ちゃんじゃなくてお婆ちゃんだよ」


 なんだかよく分からないが、このお婆さんの機嫌は損ねずに済んだようだ。


「アノ、お婆ちゃん。アルチョムは日本で長く住んでましたから」

「あらやだ、ヤポンスキーの所かい。大丈夫かい? つらくないかい?」

「仕事が死ぬほどつらいです」

「エット……凄く大変だって言ってます」


 咄嗟に日本語で喋ってしまうが、エレノアがうまく通訳してくれた。


「アッハッハッ! そうだよ、仕事はいつもつらいものさ。ジェーニカも働き始めのときは、いっつも文句を言ってたよ」


 最初の騒ぎようがウソのように、お婆さんは上機嫌に話してくれる。

 俺の事を孫だと間違えるくらいに頭が働いていないというのに、なんと幸せそうな顔だろうか。


「そうだ、他の皆のとこに挨拶しなきゃね。さぁお友達も一緒に来な」

「えぇっ、まだいるの!?」


 そうしてお婆さんは周囲にいる銃を構えた人達を気にすることなく、俺の手を引いていく。

 どうしたものかとイーサンに目配せすると―――。


「とにかく情報が足りない。ついていこう」


 念の為に周囲を警戒しつつ、お婆さんに手を引かれるまま隣にあるホテルへ向かう。

 ちなみに、いやらしい意味でのホテルではない。

 もしもR指定ものだったら、俺はここで自分の手を汚すのも厭わないだろう。

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