第58話:かわほりの穴
春休みが終わり、閉められた学校が開放される時期。
そういう時に限って、だいたい敷地内に何かがあったりする。
今、不破さんに引き摺られて連れて来られた高校もそうだ。
花壇や木々が植えられているその植物園のような場所に、人ひとりが入れそうなくらいに大きな縦穴が空いている。
ライトで中を照らすと、穴の中にさらに小さな穴が無数に空いているのが見えた。
「こいつは"かわほり"の巣だな」
自分が何か言う前に不破さんが原因を当てる。
スマホで調べるクセがないからこそ、こういう時にサクっと情報が出てくるのだろう。
「かわほり?」
「毛のないコウモリみてぇなやつだ。産卵期になるとこうやってデカい穴を空けてそこに卵を入れるんだよ。んで、孵化したやつは小せぇ穴を空けてじっとして、大きな穴に入ったもんをエサにするってやつだよ」
勲くんの疑問に、すかさず不破さんが答える。
流石は歴戦の駆除業者である、俺よりこの仕事の経験があるから当然か。
「俺ぁこいつの親を探してくる。お前らはその穴をなんとかしろ」
そう言って不破さんは何処かに行ってしまい、現場には俺と勲くん…あとオマケで付いてきたエレノアの三人となってしまった。
「えっと、荒野先輩。どうしましょうか」
「コンクリ流し込みたいんだけど、費用対効果が吊り合わないんだよね」
下手に足とか突っ込んだら噛まれて感染症になったりするので、迂闊に手を出せないから面倒である。
しかもこちとら仕事道具もないのにどうしろと。
勲くんが色々持っているので見せてもらったものの、ゴミ袋やハンマー……あとシャベルしかない。
このままシャベルを使って穴を埋めてもいいのだが、恐らく何匹かは穴を掘って上まで出てくる。
「そうだ、エレノアは何か持ってる?」
「エット……散歩のつもりだったカラ、あんまり……」
そう言って彼女が出したものは財布やスマホ、あとは手鏡や小さな裁縫道具だった。
「なんで裁縫道具が……?」
「ボタンが取れたときトカ、使うカラ」
ボタンか、俺の場合は取れても気にせず使うからなぁ。
なにせこの体型のせいで服をキッチリ閉めたらお腹回りがキツイからね、HAHAHA!
うん、だから裁縫スキルがなくてもいいんだ、何も問題ない。
手持ちの道具を並べて考え込んでいると、近くの木の下に小さな穴があるのが見えた。
かわほりの巣にしては余りにも小さすぎることから、別の生き物だろう。
そうなるとあれは……"穴人手"の穴か。
「よし、エレノアのこの裁縫道具を使おう」
先ずは近くの穴から穴人手を掘り出す。
何匹かは死んでしまったが、その方が好都合だ。
次にエレノアの裁縫道具から糸もらい、それを穴人手に結びつける。
「荒野先輩、なにするつもりですか……?」
「え、釣りだけど」
そう言って、俺は糸に吊られた穴人手を穴の中に入れてフラフラと移動させる。
すると、小さな穴から何匹かのかわほりの幼体が食いついてきたので、糸を引っ張って穴から出して踏み潰す。
「ちょっと面倒だけど、これなら噛まれたりしないから安全でしょ」
それから何匹かの穴人手をまとめて巣穴に放り込み、かわほりの幼体を潰すという単純作業をひたすらにやり続けた。
最初こそは縁日のヨーヨー釣りみたいで面白かったのだが、何十匹と釣り上げてると処分に困ったヨーヨーと同じ感覚を思い出してしまった。
数分後、概ね巣穴にいた幼体の駆除が完了したので勲くんと一緒に巣穴を埋めていると、不破さんがお土産を持って帰って来た。
「おら、親玉だ。こいつも袋ん中に入れて区役所に持ってけ」
そう言って無造作に投げつけられた成体である"かわほり"の首は、一回転半ほどしている状態だった。
この人、素手でこういうことするから怖いんだよなぁ。
まぁぼやいても仕方がないので、手分けして幼体と一緒に袋の中に入れていく。
「ふぅー……結構重いですね」
勲くんが真っ黒なゴミ袋を持ち上げて軽く振る。
もしもまだ生きていて動いたら、このままトドメを刺す為である。
とはいえ、特に動きもないのでキッチリ死んでいるようだった。
さて、あとはこのまま区役所に持っていくだけなのだが、流石に後輩にずっと持たせるのもアレなんで交代で持つことにしよう。
「あれぇ、勲じゃん。こんなとこで何してんの?」
後ろを見ると、長い髪を束ねた女子高生がそこにいた。
しかもその態度から察するに、勲くんと知り合いのようだ。
「ゲッ、唯華(ゆいか)……お前こそ何してんだよ」
「見て分かるでしょ、部活の帰り。で、帰宅部のあんたは?」
「見りゃ分かるだろ。仕事中だよ」
勲くんが掲げるように体液が付着しているゴミ袋を持ち上げると、唯華と呼ばれた子が露骨に後ずさりする。
「うわっ、ばっちぃ! あんた何でそんなことしてんの!?」
「お前に関係ねぇんだし、別になんでもいいだろ」
お互いに遠慮なく言葉をぶつけ合っているが、喧嘩のようには見えない。
もしかして、これが架空の存在と言われている異性の幼馴染というものだろうか。
もし本当にそれが実在しているならば、俺は人生リセマラをやる勇気が湧いてくるのだが。
「あんた、もしかしてまだ社おじさんの事ひきずってんの?」
「……悪いかよ」
「止めなよ、もう。そんなことしたって、おじさんは帰ってこないんだよ?」
「……知ってるよ」
「じゃあなんでそんなこと―――」
「親父の事をひきずろうにも、軽すぎて何にも実感がねぇんだよ!」
勲くんが肩を震わせながら、大きな声を張り上げる。
「忘れるのは簡単だよ。だっておれ、親父のこと全然知らねぇんだから。だけど……だからこそ! 今、親父の事を知ろうって思うのは悪い事なのかよ? いなかったことにしないといけないのかよ!?」
その言葉を聞き、俺も考えさせられてしまった。
俺も彼と同じく肉親を失くした。
ただ……彼と違うところは、俺はもう両親の事を知ろうにも、周囲の人が死にすぎたせいで知ることができないという事だ。
そういう意味では、少しばかり羨ましいとも思えたしまった。
俺にはもう取り戻せないものに手を伸ばしているのだから。
「あたし……べつに、そんなつもりじゃ……」
いきなり大きな声量だったせいか、その女子高生も身体を震わせてしまった。
気のせいか、少しばかり目に涙がたまっているように見える。
そして沈黙が訪れてしまい、なんだか居た堪れなくなってしまった。
「あー……コイツは唯華で、隣の家のやつです。昔はよく遊んでて、今は同じクラスだったりします」
沈黙が気まずかったのは勲くんも同じだったようで、何とか状況を打開しようと喋りだしてくれた。
「そうか、幼馴染なんだね。…………カーッ……ペッ!」
そしてそんな空気など知ったことかと言わんばかりに、口の中に入ってきたラブロマンス成分配合の砂糖を、唾液と一緒に吐き出した。
「アユム、汚いデスヨ……」
「俺の顔が汚いってか!? そんなのとっくに知ってるよ!」
ちくしょう、なんだこのイベントは!?
親の死について言い合うとか、ギャルゲーだったら重大イベントじゃん!
この気まずい関係から徐々によりを戻していって、最終的に結ばれるやつじゃん!
末永くお幸せに呪われてしまえ!!
「お前が汚いのはツラだけじゃなくて、性根と根性……あと性格やら声やら行動やら―――」
「不破さん、俺が悪かったです。だからもう死体蹴りは止めてください。最初の一言でもう決着はついてます」
自分の醜さを受け入れて生きてはいるつもりだけど、流石に一度飲み込んだものをもう一度飲み込ませるのはちょっとキツイかなって。
「クソがッ! もういい、帰りましょう不破さん! 勲くんはそれ持って区役所行くなり幼馴染とチュッチュして帰るなり好きにすればいいよ!」
「あ~……まぁ、後片付けも仕事だ。あとはお前がやっとけ」
不破さんはそう言い残し、俺達は微妙な距離感の二人を残して学校から去った。
「そういやお前、社んとこの仏壇に参ってねぇだろ」
「あー……なんか、どんな顔して行けばいいか……。ほら、いきなり見知らぬ男が線香あげにきましたとか怖くないですか?」
「わざわざ死んだやつの仏壇まで来たやつを追い返しゃしねぇよ。世話になったことあんだから、一度くらい行っとけ」
「ウーッス」
……そういえば、社さんの事を思い出したせいで不破さんにひとつ聞きたいことがあったことを思い出した。
俺が富山でやったように、不破さんもそれなりに付き合いの長い社さんと同じ形をしたものを殺した。
だからこそ、そのときに何を考えてたのかが気になったのだ。
後悔か、悲哀か、それとも俺と同じように―――。
「不破さん、去年に社さんの皮剥を駆除したじゃないですか。あれって、なんで―――」
「ああ~?」
そこまで言って、止めた。
これは人に聞いていいことじゃない。
少なくとも、掘り起こしたところで誰も救われない。
人様のかさぶたを無関係の人間が無理やり剥がすようなものだ。
だから、聞かなくていいことなんだ。
"知り合いと同じ顔をしたものを殺す事に、戸惑いはなかったのか"
なんて……。
けど、不破さんは俺の言いたいことを悟ったのか、困ったように少し頭を掻く。
「別に何も考えちゃいねぇよ。あの馬鹿のツラをパクったやつがいたからぶっ殺そうと決めただけだ」
ある意味、予想通りの返答であった。
感情を全ブッパして生きてるような人だ、
ただ、いつもよりも真面目な口調で……そして、真っ直ぐにこちらを見据えて語る。
「理屈をつけて殺したら、次から理屈がある限り殺し続けることになるぞ」
搾り出されたようなその言葉は、俺の鼓動を止めるくらいに重いものであった。
「不破さん……」
聞こえなかったフリをするなりすればいいのに、俺の問いに対して正面から答え投げ返してくれた。
その心遣いがとても嬉しいからこそ、俺は言わなきゃいけないことがある。
「理由もなく殺す方がヤバイやつじゃないですか?」
「こんな仕事を長くやってるやつぁ、どいつもこいつもイカレてんだよ」
そう言って、互いに笑いあった。
そうそう、昔は会社に戻るときにこんな風に話しながら帰ってたっけな。
今はもう車を運転してくれていた社さんはいないけれど、懐かしい空気を思い出すことは出来た。
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