第53話:フサームと呼ばれた男
しばらく歩くと、ハキムさんのテントよりも更に大きなテントに案内された。
テントの入り口で手荷物検査をされてから中に入ると、一人の老人とそれを守るように数人の大人が側に控えていた。
「■■■■■■」
老人が何かを喋ってくれたのだが、訛りのせいかアプリが正常に翻訳してくれなかった。
それを察してハキムさんが英語でこちらに説明してくれた。
「こちら、カラム様です。異国の者が何の用でここに来たのかと尋ねています」
素性調査のようなものだろうか。
それならそれ用のバックストーリーを用意してあるので、それを使わせてもらおう。
「私は学者です。実はこちらで確認された外来異種と、同様のモノが日本で発見されまして」
そう言ってカバンの中から一枚の写真を差し出すと、それを見た向こうの面々は驚いた顔をしていた。
それもそうだろう、その写真はアメリカからの航空写真を加工して編集して捏造したおかげで、まるで日本の山中にラスールがあるように見えているのだから。
いやぁ、マジでプロの仕事って凄いよね。
こんなんじゃ写真を見て女の子を選ぶサービスを信じられなくなっちゃうよ。
「こちらでラスールと呼ばれているものと、我々の国にあるもの。果たして同様のものなのかを調べる為に派遣されました」
ウソがバレないようにするコツは数あれど、絶対に守らなければならない事がある。
それは自分自身がウソをウソだと思わないことだ。
下手に取り繕おうとすれば、そこから綻ぶ。だから本気で信じて語りかけるのだ。
ちなみに日本勢の三人は緊張のせいか顔が強張っている。
ダメだよ、ちゃんと自分を騙せるようにしないと。
「虚言で惑わすな! それはニセモノだ、我らのラスールを穢すな!」
写真を見た一人の男性が何人か立ち上がり、大声でこちらを批難する。
これも予想できた反応なので、ブックの台詞を思い出す。
「ではお聞きしますが、写真のラスールとこちらにあるラスールがニセモノであるという証拠は? もしも同じモノであった場合、あなた方は自ら信奉しているものに泥をかけるという事になりますが」
ハキムさんに伝えてもらったその言葉を聞き、全員が押し黙った。
それもそうだろう。
このラスールはいきなりこの地に出てきたものであり、それを都合よく利用する為にこの集落が出来上がったのだ。
もしも日本にあるものを貶し、こちらのモノと同一の存在であると判明したならば、彼らは自らのよって立つものを否定することに繋がってしまう。
「分からないですよね? それを調べる為に我々が来たのです。どうか、あなた方が信じるモノの為にも、どういったものか教えてもらえないでしょうか」
最初は誰もが押し黙っていたが、最初に立ち上がった男が口を開き、そして徐々に他の男も口々にラスールについて語り出してくれた。
宗教的な言葉や意味合いが混じっている箇所はそぎ落とし、事実だけを手持ちの紙に書き出す。
彼の者は文明の音を嫌う。
彼の者はあらゆるものをその身に宿す、または喰らう。
彼の者への感謝と貢物を忘れれば、その怒りが地より這い出る。
彼の者の手はあらゆる場所へと届き、今もなお伸びている。
最後の文については若干矛盾している気がするが、まぁそんなものだろう。
他にも貢物……食料の献上に関わっていると誇らしげに自慢している彼らがちょっと幼く見えた。
大人でヒゲがあるのにカワイイってなんだよ。
ラスールについて語り終えた彼らは満足げな顔をしている。
ここで調査を切り上げてもいいのだが、もう少しばかり突っ込んだ話も聞きたい。
「皆さん、ありがとございます。確信を得る為にも実際に見てみたいのですが」
けれども、ここで今まで不動であったカラム長老が首を横に振った。
「■■■。■■■■■■」
カラム長老の言葉を聞き、ハキムさんの顔色が変わる。
「あの、何と言ったのですか?」
「あの地は我らにとって五番目の聖地。来訪者が入れば命の保証ができないと」
こわぁ~……。
いやまぁ観光名所になってない重要文化財とか建築物って勝手に入っちゃいけないものだとは理解してるけど、流石は海外だ……いきなり命がとられるらしい。
「■■■■■」
「……皆さん、安心してください。周囲での聞き込みであれば問題ないそうです。必要なら、カラムの名を使っていいと」
おぉ、それは嬉しい誤算だ。
こういう場所において、地元民の名前を使えるというのは大きな力になる。
そこでようやく夕暮れが迫ってきていることに気付き、イーサンと合流する為に出て行く事にした。
たどたどしい言葉であるが、アラビア語でありがという意味である「シュクラン」という言葉を残して、テントを出る。
「Husam」
自分がテントを出る際に、カラム長老が何かを語りかけてきた。
外に出てからどういう意味かハキムさんに聞いてみると―――。
「フサーム、鋭い剣という意味かと」
俺は自分の腹を軽く叩き、もう一度尋ねる。
「鋭い剣? これで?」
ハキムさんは気まずそうに愛想笑いをした。
ナージーくんは叩いた腹からいい音を出したせいか、それを気に入って激しいビートを刻みだしてきた。
あとそれに混ざって軽井さんと鳴神くんも混ざって俺の腹を叩くせいで、連打音しかしなかった。
「あぁ、もうひとつ意味がありました! 鋭い剣とはよく切れるモノ、即ち……終わらせる者という意味もあります」
終わらせる者?
確かにラスールと呼ばれる外来異種を駆除する為に来たから間違ってないのか。
そうなると、カラム長老はそれを知ってて放置している……?
いや、他人の考えなんて分かるはずもないか。
とにかくさっさとイーサンと合流しよう。
そして夕影の頃、無事にイーサン達と合流することに成功した。
「そっちは何してたんですか?」
「医療物資の配給だな」
あぁ、ここって病院とかないもんね。
名目上はボランティア団体だから、こうやって施しながら味方を作る為なのだろう。
「さて、我々は武器についてだが、もうすぐでこちらに到着するはずだ。使わないことを祈るが、それでも備えは必要だ」
まぁ武装したボランティア集団とかこんな場所に来れるはずないからね。
だから現地で装備を回収する必要があったというわけだ。
けれども、こちらに来たのは荷物ではなく、武装した集団であった。
「残念だったな。お前達の待っているものは来ないぞ、シャイターンの手先」
何十人もの銃で武装した屈強な男達が周囲を取り囲む。
イーサンがエレノアの前に立ちはだかるも、多勢に無勢である。
鳴神くん一人であればなんとかなったかもしれないが、一斉掃射されれば半数以上が死ぬ。
「どういう事だ、作戦がバレていたとでも?」
「その通りだ、偽りのマフディーを掲げし反乱者ども。オイ!」
男が大声でハキムさんに話しかける。
もしかして―――。
「すまない……本当にすまない……ッ!」
ハキムさんはナージーと一緒に自分達から離れていく。
どうやら情報の漏洩は彼からだったようだ。
「この子の安全の為だったんだ……この仕事さえこなせば、解放してくれると……」
ハキムさんが背中を丸めながら涙を流して呟く贖罪の言葉は、彼の罪悪感を減らすどころか、さらに重く圧し掛かるかのように見えた。
「ハキム、約束どおりお前を解放する。これに乗れ」
そういって男達は大きなバイクをハキムさんの前まで運んだ。
「さぁ、ナージー。行こう」
ハキムさんの子供であるナージーくんは困惑した顔で、それでいて哀しそうな顔でこちらを見ている。
それでもハキムさんは強引にナージーくんを抱きかかえて、バイクに乗る。
最後にもう一度自分達に頭を下げて、彼らはこの場所から出て行った。
「おい、裏切り者の末路をよく見ておけ」
男の言う言葉の意味が分からないまま、遠ざかるバイクの音を聞く。
ふと、足元が揺れたような気がした。
いや……微かにだが地面の下で何かが動く振動を感じた。
すると、遠くで大きな砂埃と共に大きな根が地面から突き出てきた。
いや、根というよりもまるで柱だ。
地面からは幾多の柱が飛び出し、のたうつように暴れだした。
その轟音にバイクのエンジン音はかき消され、遂には完全にその音は消え去ってしまった。
遠くから爆発音が聞こえ、それから遅れるように悲鳴がこちらにまで届いた。
恐らく、ハキムさんとナージーはもう……。
「神がこの行いを見て、貴様を許すとでも!」
「これが我らの神への奮起、ジハードだ」
静かに怒るイーサンとは対照的に、男は満足そうな顔をしていた。
天月さんや軽井さんは目の前の悲劇についてくことができず、エレノアは両手を組んで祈りを捧げようとしていた。
「おい! そいつの手を縛れ!」
リーダーらしき男が指示を出すと、部下のような者達がエレノアの両手をロープで縛りつけた。
それどころか近くにいたザイオン救済団体の人の体も縛り、エレノアの両手をその人の背中に押し付けた。
「もしも妙な力を使ってみろ。こいつは真っ二つだ」
なるほど、エレノアはあの両手を使って力を使う。
あの状態で使えば確実に仲間をその手で殺す事になる。
信心深い彼女には、それは手のロープよりも縛るものになるだろう。
武装した男達はそのまま順番にザイオン救済団体の人達を拘束していく。
「オイ、私たちを捕まえてどうするつもりだ?」
「さぁな。コシチェイの奴らがそこの女をご所望だそうだ」
その言葉を聞き、イーサンの顔はさらに険しいものとなった。
まるでロープを引き千切りそうなくらいにその身体を震わせていたが、銃で狙いをつけられている状態ではどうしようもなかった。
そしてあちらの拘束が完了し、いよいよ自分達の番となった。
「待て、そこの日本人は関係ないだろう!」
それでもイーサンはなんとかこちらに被害が及ばぬよう、訴えかけてくれた。
「いいや、コイツの顔も知っている。日本で有名なモンスター・キラーでこいつも納品予定だ」
リーダーらしき男が顎で指図して、部下がロープで鳴神くんを縛ろうとする。
しかし、鳴神くんは全身に念動力を働かせているせいかロープはすぐにずり落ちてしまう。
「コイツ、おかしな真似しやがって!」
短気な男が鳴神くんに向けて発砲する。
至近距離で放たれた銃弾は鳴神くんに当たることなく、後ろにいた男の仲間に当たった。
「ギャアアアアア!」
痛みで叫ぶ男を見て鳴神くんがほくそ笑むが、あちらの敵意はさらに燃え上がった。
「大人しくしろ。さもなければ女が死ぬぞ」
男達は銃口を鳴神くんではなく、天月さんと軽井さんに向ける。
「……分かった、好きにしろ」
鳴神くんは抵抗を止めて、他の人と同じように拘束されてしまう。
「このヤロウ!」
訂正、オマケで一発殴られた。
仲間が怪我した逆恨みか、何人かは銃口を向けている。
「止めろ。そいつは殺すな」
リーダーらしき男が制止したおかげで、なんとか銃口は下ろしてもらえ、自分らは胸を撫で下ろした。
「そこの女も連れて行け、人質だ」
だが、安心する間もなく天月さんと軽井さんも拘束されてしまった。
これで残るは俺ひとりだけである。
「コイツはどうしますか?」
「そもそも、何者だ?」
俺は男達に指示された通りに両手をあげて、荷物を検査される。
出てくるものは写真や紙、それにペンなどである。
「それは日本人の学者だ。お前達とは関係ないだろう」
「そうだな。関係ないのなら、ここで殺してもいいか」
イーサンの言葉を聞き、リーダーらしき男は拳銃をこちらの頭に突きつけてくる。
背筋からは何も感じなかった。
「……おい、その人を殺すのなら、オレは暴れさせてもらうぞ」
俺なんかの為に、鳴神くんが射抜くような眼差しで男に睨みつける。
「ソウダ! ドクターを殺すなら、私たちも抵抗するぞ!」
鳴神くんに続き、ザイオンの人達も立ち上がる。
それを見て面倒だと悟ったのか、リーダーらしき男は銃口を逸らした。
「いいだろう。こいつはリストにない、放置してもいいだろう。ただし、連絡されては面倒だ」
そう言って耳につけていたイヤホンと、胸ポケットに入れていたスマホを奪い取られてしまった。
つまり、今まで翻訳アプリのおかげで分かっていた会話すら理解できなくなったという事だ。
それから武装集団は皆を連れてどっかにいってしまい、僅かな荷物と俺だけが取り残された。
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