第52話:ラスールの地

 馬に揺られながら荒地を行く。

 馬の操縦なんて知るはずもないのだが、前の馬に勝手についていってくれてるので、こっちが何もしなくても進んでくれている。

 ただ重量制限に引っ掛かってるのか、どうにも自分が最後尾となってしまっている。


 鳴神くんと軽井さんは遅れている俺を心配しているのか、心配そうにこちらを見ている。


「荒野さん、ちゃんとうがいしないからそうなるんですよ」

「俺の口臭は関係ねぇだろ、口臭はよぉ!!」


 前言撤回、煽る為にわざとピッタリこっちにくっついてきやがる!


「そうですよ。洗うのは口ではなく足です」

「口だけじゃなくて足まで臭いと申すか」

「いいえ、臭いについては言及してません。経歴的な意味です」


 それは足を洗えって、そういう意味ですか軽井さん。

 カタギに戻れるなら戻りてぇよ!

 だけど逃げたら守ってもらえないからイヤでもこの業界にドップリ浸かってるんだよコンチクショウ!


 流石にちょっとペースが遅いのか、前の方からエレノアとイーサンが来てくれた。


「アユム、横腹に足をいれるともっと速く走れマスヨ」

「この状態からどうやって膝を入れるべきか……」

「あの、足の横で軽く叩くだけでいいんデスヨ……?」


 足をいれるっていうから、こう……めり込む勢いなのかと。

 エレノアに教わった通りに軽く叩くと、馬の歩く速度が少し上り、感心した。


「エレノアは馬について詳しいけど、飼ってたの?」

「イエ、イーサンの実家で暮らしていたトキに、よくお世話をしてマシタ」

「そうか、それは辛かったね。スグに警察に連絡するから」

「イイエ、沢山の動物がいて楽しかったデスヨ」


 それはあれかな、イーサンも動物として扱われてて、お世話プレイしてたとかそういう事だろうか。


「あの頃のエリーはまだ元気がなかったからな。人間よりも、動物達と触れ合ったほうがいいと思った」


 あの頃というのは、十年前の事件後だろうか。

 今こうやって彼女が普通の顔をしてられるのは、イーサンのおかげだろう。

 それはそれとして、保安官に捕まって荒地で決闘はしてもらわないといけないと思う。



 それからしばらくして、遠くに急造の建造物らしきものがチラホラと見え始めた。

 ようやく目的地かと思ったのだが、天月さんの様子がおかしい。


「牧さん、大丈夫?」

「う、うん……ただ、下の方から外来異種の反応があって……」

「天月さん、それどれくらいの距離?」

「えっと、十メートル以上はあると思います」


 十メートルか……横での距離ならかなり近いが、縦の十メートルって結構あるな。

 まぁいきなり地面から出てくるにしても予兆があるだろうし、その時は鳴神くんが何とかしてくれるだろう。

 いやマジで、刀持ってなくても白兵戦で勝てないからね。

 応用力抜群の念動力とか反則でしょ。



「検査する。そこに立て」


 なにやら壁が見えてきたと思えば、その手前で検問が行われていた。

 手にはしっかりとライフルが構えられており、完全に武装集団のソレであった。

 翻訳アプリのおかげでかろうじて何を言っているのか分かるので、大人しく言われた通りにする。


「おい、なんだこれは?」


 一人ひとり検査されていく中、自分のトランクケースも調べられる。

 カギを開けて中身を見せると、怪訝な顔をされる。

 俺は通訳さんを呼んで、伝えるべき言葉を喋る。


「フィールドワークに必要な機材です。我々は日本からきた学者です」


 一通り調べられたが、武器になりそうな物もないおかげで全員無事に解放される。

 流石に馬は壁の中に入れられないようなので、入り口に預ける事になった。 


 さて……壁の中に入ると、自分達が予想していたよりも多くの人達で賑わっていた。

 衛星写真で見た大型外来異種がいるとはとても思えないくらいに。


「アユム、二手に別れよう。夕暮れにまたここに集合だ」

「イェッサー!」

「敬礼は止めろ」


 海軍式の敬礼ならバレないだろうと思ったのだが、ダメらしい。


 大人数でゾロゾロと歩いてはそんなこんなでザイオン救済団体の人とは別行動をとることになった。

 あちらはアラビア語を履修した人がいるらしいので、通訳さんはこちらに付く事になった。

 といっても、日本語は分からないので、天月さんが英語で伝える事になる。


「鳴神くん、大学生なのに英語ができないとかどうかと思うんだけど」

「日常会話なら少しくらいできますよ。ただ、牧さんに任せたほうが無難だから任せてるだけです」

「アイ・アム・ペン、は少しには入らないぞ」

「それは少しどころの問題じゃないですよ!」


 なんと、少しどころじゃ収まり切らないくらいに大きな問題という事か!

 アイ・アム・ペンという単語には、我々の想像がつかないくらい大きな意味が込められているらしい。


「ちなみに軽井さんはどれくらいできるの?」

「英検初段です」


 柔道や空手じゃないんだから。

 いや、言葉も暴力になるんだし、広義的な意味で英語も格闘技である可能性が……!?


「あの、ハキムさんが息子さんを迎えに行きたいと仰ってるんですが」


 天月さんの方に目を向けると、通訳のハキムさんが訴えかけるように語り掛けていた。


「いいんじゃない? 息子さんを迎えに行った後に調査すればいいんだし」


 天月さんがそれを伝えると、ハキムさんはこちらにも分かるくらいに嬉しそうな顔をした。

 とはいえ、自分らが取り残されたら何か問題が起きた時に対処できないということで同行する事になった。


 そして無数のテントが張られている区域に向かうと、ハキムさんは慣れた足取りで一つの大きなテントの中に入っていった。

 自分達も後からその中に入ると、自分よりも遥かに小さい小学生くらいの男の子が、ハキムさんに抱きついていた。


 男の子は早口で色々と喋り、ハキムさんはそれを聞いて何度も頷いている。

 両者とも嬉しそうな顔をしている事から、本当に仲が良いのだろう。

 感動の対面をひとしきり味わうと、今度はこちらに気が付いたようだった。

 知らない顔がいきなり四人分並んだことから怖がっていたものの、ハキムさんがその子に優しく語り掛ける。

 すると、ハキムさんの子供はおずおずと近寄ってきた。


「My name is Naji」 


 彼は、ナージーくんは英語で自己紹介をしてくれた。

 ハキムさんが通訳での仕事をしているように、この子もそういった事柄を勉強していたのだろう。


 天月さんや鳴神くん、そして軽井さんも流暢な英語で自己紹介を終えてしまい、遂に自分の番が来てしまった。

 だが、流石に前回と同じような失敗はしないよう、事前に正しい文法を学んできている。

 たとえ異国の地であろうとも何も怖くはない!


「ディズ・イズ・ア・ペン!」


 ナージーくんは目を点にし、ハキムさんに顔を向けた。

 ハキムさんは言葉に詰まっており、ナージーくんは再びこちらへ顔を向き直した。


「ディズ・イズ・ア・ペン!」

「……ブフッ!」


 何かに耐え切れなかったのか、軽井さんが噴出してしまう。

 おかしいな、文法的には間違ってないはずなのだが。



 それからハキムさんの案内で、軽く周囲を歩きながら大型の外来異種についての情報を収集する。


「どうやら、守り神のようなものとして祭られているようです」


 ハキムさんとナージーくんの協力のもと、色々な人から話を聞いたのが、分かった事といえばラスール……使徒と呼ばれている事くらいだった。

 さっさとラスールの居場所に向かえればいいのだが、壁の中が迷路のように入り組んでおり、どっちに進めばいいのかも分からない始末であった。


「おい、ラスールについて知りたいらしいな」


 しばらく聞き込み調査をしていると、数人の若い男達がこちらを取り囲んだ。

 手には拳銃が握られており、硝煙が漂うお茶会のお誘いにしか見えなかった。

 こうなればこちらの最終兵器の鳴神くんが頼りなので、小声で聞いてみる。


「……鳴神くん、どうにかできそう?」

「銃弾を逸らす事はできますけど、流石に全員を守ることは……」


 軽井さんは重い物を軽くできるので、一人抱えてここから一足飛びに移動できるかもしれない。

 そして鳴神くんは銃弾を逸らせるので逃げる事も戦う事もできる。

 問題があるとするならば、ハキムさんとナージーくんである。

 戦うにしても逃げるにしても、巻き込む形になってしまう。


 だが、ナージーくんは怯えているようだったが、ハキムさんは怯えることなく天月さんに何かを告げる。


「えっと…カラムという長老からの呼び出しなので、危害は加えられないらしいです」


 銃を持った男達に取り囲まれているというのに、それはどうなのだろうか。

 とはいえ、こちらが強硬手段をとればイーサン達にも何か被害が及ぶかもしれない。

 それに、こんな状況であろうとも首筋には何の気配もなかった。

 取り敢えずはハキムさんを信じて、そのカラムという長老の所へ向かう事にした。

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