第51話:紛争の残り火に吹き荒ぶ風

「ねぇ鳴神くん。俺、どうしてここにいるんだろ」

「え……自分からついてきたんじゃないですか」

「そうだけど、そうじゃないんだよ」


 バグダッド空港で他の人を待ちながらぼやく。

 どうしてこんな場所にいるのかといえば、少し時間が巻き戻る。



「アメリカからこういった情報が入った」


 久我さんとの美味しくも楽しくない会食の最中に一枚の写真を見せられた。


「なんですかこの球根みたいなもの」

「キミが発見した外来異種の種、その大元だ。場所はイラク南部、クルド族が関係しているらしい」


 そして久我さんはもう一枚の写真を差し出してきた。

 それは外来異種の周囲が写されたもので、壁やら家のようなものが見えた。

 これではまるで―――。


「街……? 正気ですか!?」

「ああ、私も同じ意見だよ」


 それは外来異種の周囲に住まう人々を写していた。

 大人だけではない、老人や子供の姿だって見える。

 どうしてこんな危険な場所にいるのか、そもそも何故無事なのか?


「順番に説明しよう。これが発見された当初、イラク治安部隊でこれを駆除しようとしたが失敗した。次に空軍による攻撃を試みようとしたが、その間に人々がそこに集まったのだ」

「なんでそんな場所に人が集まったんですか!?」

「……軍をも退けるモノの庇護を頼ったのだろう。彼らはシーア派であり、スンニ派から追われていた」


 そういえば、イスラム教には二つの宗派があるとニュースで見た記憶がある。

 言者ムハンマドの血を引く者を後継者とするスンニ派。

 そして後継者を合議によって決めるとされるシーア派。

 いわゆる宗教対立である。


「あれ、でもそれなら邪魔なシーア派ごと消毒だ! みたいな事にならなかったんですか?」

「そうなれば国際世論から袋叩きだ。それどころか、他国からの干渉を受ける可能性だってある」


 それもそうか。

 人を数千人殺せば英雄だなんて時代はもう終わったのだ。

 今は殺した数だけが計算される、だから個人の時代は終わったのだ。


「ただ、この時にそれを覚悟して駆除していればまだよかったかもしれん」


 えっ、まだ続きあるのこの話。


「イラク軍を退けたという事は、イラクと対立している者にとっては都合の良いシンボルになってしまったのだ」

「もしかして、反乱勢力が集まったとか……?」


 久我さんが静かに頷くのを見て、辟易とした。


「たとえばクルド族。イラク軍と対立している一大勢力で、その数は三百万人とも言われている」


 オォウ……流石に全員が兵士ではないだろうが、それでも戦争できる数だ。


「他にも排斥された人々が集まった。だが、見方によっては反抗勢力がまとまるので、かえって国内統治がやりやすくなったとも見られていた」

「見られていた……過去形っすか」

「ああ。中央の外来異種から種を採取し、それをテロ組織に横流ししていた。そしてその一部が日本に来たと言うわけだ」


 なんか、こう……過激な方法が好まれる理由がよく分かる。

 こんな事になるなら犠牲を厭わずにさっさと潰しておけって思っても仕方ないって。


 まぁ最初に集まった人は本当に庇護が欲しかっただけなんだろう。

 ただし、そこに人が集まれば集まるほど各々の意思が絡み合い、おかしな方向へ進んでいく。


「そこで、アメリカはザイオン救済団体を派遣すことが決定した」

「はい? なんでわざわざボランティア団体を送り込むんです!?」

「簡単な話だ。我々と同じく、彼らも同じ団体であったということだ」


 同じ団体……つまり、秘密部隊という事だ。


「元々、各国のプロフェッショナルを集めて問題に当たるというプロジェクトだったのだ。つまり、これこそが本業といっても差し支えない」

「あの、それってもしかしてエレノアも……?」


 久我さんが気まずそうな顔をして頷く。

 いやまぁ彼女の力を考えれば理解はできる。

 山を動かし、空すら切り開くのだ、埋もれさせておくのは惜しいと思うだろう。


「ああ、彼女も一緒だ。そして同系列のボランティア団体ということで、キミにも話がきている」

「なんで!?」

「まぁ有名無実の団体だったのだが……なんだ、キミが実体を持たせてしまったというか……」

「言われた通りに仕事しただけじゃないですか!?」

「そうだな、だがタイミングが最悪だった。まさかザイオン救済団体の監視があるときにあそこまで活躍されてはな……」


 まぁ確かにあの一件……翡翠の月さえなければ、俺に特別なものは何も無いという結論となり、彼らは平和に帰った事だろう。

 つくづく、あの情報を送ってきたやつが恨めしい。

 いやまぁ役にはたったんだけどね。

 ただ、タイミングが……間が悪すぎた。


「という事なのだが、イラクに行く気はないか?」

「絶対にノゥ!」


 そんな宗教戦争による火が燻ってるところになんて行きたくない!

 というか俺が行ったところで何もできないどころか言葉も通じないよ。

 なんなら「アイ・アム・ペン」しか喋れないよ。


「まぁそこまで強く拒否されたのであれば、仕方がない。代わりの人員はフィフス・ブルームに打診しよう」


 そこで何故か聞き慣れた名前が出てきた。


「フィフス・ブルームに?」

「日本とアメリカは共同歩調をとっている。日本だけが拒否することなぞできない。さりとて自衛官を出すわけにもいかん。イラクで自衛官の死体が出れば、それこそ大問題だ。だからこそ、一番実力と実績がある者を向かわせなければならない」


 それはつまり―――。


「鳴神くん達が向かうってことですかね」

「指名するわけではないが……そういう事になるだろうな」


 まぁ日本どころか世界の中でも上から数えた方が強い個人なのだ。

 エレノアがそうであるように、鳴神くんが向かう事になっても不思議じゃない。

 エレノアと鳴神くんの力があれば甲種であっても何とかできるかもしれない。


 何とかならないかもしれない。

 それは半年前に血が出るくらい骨身に染みた。



 そうして結局、自分も付き添いとしてこんなところに来るハメになったのだった。


「鳴神くん、責任とって結婚して」

「同性婚は認められてないですよ」

「じゃあ女の子になって」

「気軽に"じゃあ"でオレの性別を変えようとしないでくれますか!?」


 なら俺が女の子になれと申すか。

 嫌だよ、絶対に女体化しても顔は残念なままだよ。

 化粧したらホラー映画の登場人物になること間違いなしだよ。


「あっ、牧さん。荷物持つよ」

「ありがとう、結くん」


 入国審査を終えた天月さんと軽井さんもこちらにやってきた。

 鳴神くんは天月さんの荷物を運び、軽井さんはこちらに視線を送ってくる。

 これは俺も運べという意味でいいのだろうか。

 だが荷物に手を伸ばした瞬間、遠ざけられてしまった。


「女性の手荷物に手を伸ばすとは……ヘンタイですか」

「俺の気遣いを返して。まだクーリングオフできるから」


 あの視線はいったい何だったのか問い詰めたい気持ちに駆られる。


「第一、鳴神くんもやってる事じゃない。あれか、イケメンだから許されるのか」

「いえ、鳴神さんがヘンタイなのは周知の事実なので」

「ちょっと待って軽井さん!?」


 そうか、鳴神くんはヘンタイだったのか。

 なら仕方がないな、業が深いのと吊り合せる為にイケメンなのか。

 ……いや、そうなると俺はどうなるんだ?

 人生ハードモードなのだが、いったい何を釣り合わせられているんだ?


 そんなこんなもありつつも、全員の集合が完了した。

 フィフス・ブルームとザイオン救済団体の人員、合わせて十五名だ。


 ちなみに銃は現地で用意されているとの事から、今は無防備状態である。

 まぁ軍人のイーサンもいれば、鳴神くんもいる。

 ヤベー外来異種がいても、エレノアがいるから撃退も簡単だろう。

 俺は……マスコットに徹しよう。

 一応、久我さんに頼んで研究所の人に色々なものを用意してもらったが、使わないなら越した事はない。


 空港を出てから大型車両で南部へ移動する。

 しばらくは景色を楽しむ事もできたが、目的地に近づくにつれて見るものは少なくなり、荒地ばかりが続くようになった。


 時には道から外れ、またある時は私有地っぽい場所を走りぬけ、ようやく小さな村に着いた。

 全員が車から降ろされたので今日はここで泊まるのかと思いきや、なにやら何匹もの馬が引っ張り出されてきた。


「全員、こちらに乗り換えろ」

「ちょっと待ってイーサン! なんで馬なの!?」

「我々の目的地には車での接近は許可されていない。だから移動手段がこれくらいしかないのだ」


 マジで馬に乗るしかないのか。

 でも俺、馬に乗ったことはないぞ。

 せいぜいゲームで育てた事があるくらいだ。

 レース前に怪我させた調教師は三族を滅ぼしてもまだ足りないくらいだ。

 俺の最期の有馬記念を返してくれ!


「よっと……ほら、牧さんもこっちに」


 手馴れた動作で鳴神くんは颯爽と馬に乗り、天月さんを引っ張って後ろに乗せる。


「鳴神くん! 僕も!」

「引き摺り下ろすつもりじゃないですよね」


 バレてたか。

 とはいえ、大体の乗り方は分かった。


 鐙に足をかけて跨ごうとするが、うまくいかない。


「アユム、違いマスヨ。鐙は前からデス」


 エレノアが助言してくれた通りに横からではなく、前から鐙に足をかけて跨ごうと勢いをつけるも、馬が途中で動き出した。


「先生! 馬が逃げるんですけど!」

「ンン~、アユムが怖いのかもしれないデスネ」

「俺の顔が?」


 ブサイクと言われることはあれど、怖いということはないはずだ。

 いや、変質者という意味での怖さあるかもしれないが、流石に馬に対してそんな顔はしない。

 擬人化したらちょっと分からないけど。


「荒野さん、顔じゃなくて口臭が怖いんだと思いますよ」


 なんだとイケメン野郎。

 口臭が怖いってなんだよ、甘いものばっか食べてるからむしろスウィートな吐息だよ。

 むしろ俺は糖尿病にならないか今からちょっと怖いよ。


「ヘイ、へーきだよ。ほら落ち着いて、大丈夫」


 エレノアが馬を撫でて落ち着かせてくれたので、その隙にもう一度乗ろうとするが、失敗する。

 身体が固いせいか、跨ろうとする足が上まで上がらなかったのだ。


「……アユム、先ずは腹這で乗るといい」


 流石に見かねたイーサンも手伝ってくれた。

 ゆっくりと鐙に足をかけ、鞍に腹這で乗る。

 その後、ゆっくりと体勢を移動させてなんとか乗ることに成功した。


「よくできマシタ!」


 エレノアが自分の事のように喜んでくれて、こちらもつられて嬉しくなる。


「これで俺も白馬の王子三級の資格を手に入れたぞ!」

「免許偽造の容疑で逮捕します」


 いいじゃん、軽井さん!

 これくらい夢見たってさぁ!


 太った白馬の王子様が秘密作戦に参加してイラクに派遣されるか、情報過多すぎて姫様も卒倒するかもしれないけど!

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