第49話:アンタッチャブル・ビースト

 社 勲(やしろ いさむ)、前の会社でお世話になった社先輩のひとり息子で、先日高校一年生になったそうだ。

 そんな未来輝く男子がどうしてこんなクソみたいな仕事をしているのか聞いたところ―――。


「おれは親父の前の仕事が嫌いでした。テレビでだって悪く言われてるし、クラスメイトにバカにされたことだってある。だから親父が営業に転職したときは嬉しかったんです」

「それなら余計にこんな仕事をする理由なんて……」

「でも、去年親父が死んでから気付いたんです。おれ、親父のこと何も知らなかったって。知ろうにも、もう話せないし……だから、同じ仕事をしたら何か分かるかなって」

「社くん、それは―――」


 復讐の言い訳ではないのか。

 もういないはずの恨むべきものを探しているのではないかと。


「あ、別に親父を殺された恨みってわけじゃないですよ。不破さんが仇はブチ殺したから気にするなって言ってましたし」

「それは、まぁ……そうだね」


 そういえば不破さんと社さんは飲み仲間だったか。

 そして、あの現場はヒドかった。

 酒屋の中で殺人事件紛いの事が起きたわけだから、向こうの店主さんも気の毒だった。


「まぁなんていうか……高校生になったわけですし、少しくらいは親父の仕事も理解してやってもいいかなって思って」


 そう言って照れくさそうに顔をかく彼の顔に、陰鬱なものはなかった。

 過去の動画には仕事に失敗している場面もあり、そのときも彼は笑って誤魔化していた。

 笑えている限りは大丈夫だろう。


 ただ仕事が仕事なので、連絡先は交換しておいた。


「荒野……あぁ、親父の言ってたあの!」


 その時に名前と社先輩の後輩だった事を伝えたのだが、どうやら何か聞かされていたようだ。


「俺の事も何か言ってたの?」

「凄く太ってる後輩って言ってました」

「待って? 凄いと太ってるの間に何か入れ忘れてない?」


 "凄く有望だけど"とか、"凄くイケメンだけど"とか。


「凄く太ってるって言ってました!」


 社さん!

 あなたの子供は真っ直ぐに育ってます!

 どうしてもっとウソがつけるように育てなかったんですか!



 それから数日後……久我さんからナマモノが送られてきたり、それをエレノアが料理しようとしたり、それを近衛さんが阻止して代わりに料理を作ってくれたり色々あった。

 イーサンは何も言わなかった、俺も何も言えなかった。

 あ、肉は美味しかったです。

 何の肉かは最後まで教えてもらえなかったけど。


 そして箸と腹を休めていると、スマホから着信音がする。

 画面を見ると社 勲と書かれていたのでスグに出る。


「もしもし?」

『すみません、荒野先輩! 実はアプリを使っても検索結果が出ない外来異種がいまして……』

「分かった、スグに行く」


 勢いよく立ち上がって荷物と着替えの準備をする。


「ドウしたんですか、アユム?」

「未確認外来異種が出たみたいだから行ってくる」

「なら、我々も同行しよう」


 どんな奴が相手か分からないのだ、人手があるのは素直に嬉しい。

 幸いにもそこまで離れた場所ではなかった為、イーサンに車の運転を頼んで彼の場所まで向かった。


「荒野先輩、こっちです!」


 古い家の庭から社くんが顔を覗かせており、失礼して中に入ると家主らしきお婆さんもいた。


「なんだい、あんなちっさいのにまだ時間かかんのかい」


 お婆さんは苛立っているようだが、未確認の外来異種ともなれば時間よりも身の危険を案じなければならない。


「今は床下にいます、気をつけてください」

「分かった。念の為に皆は遠くに」


 その場にいた全員が後ろに下がったことを確認し、銃を構えながらライトを使って床下を覗く。

 暗闇の中に動く影を見つけて光でそれを追うと、敵意に満ちた形相でこちらを睨みつけていた。


「これは……俺の手に負えないな」


 地面から立ち上がって銃を仕舞い、膝の土を払い落とす。

 床下からはさらに唸るような声も聞こえてきた。


「社くん、俺達は絶対に手を出したらダメだ」

「そ、そんな……そんなに危険なやつなんですか!?」


 確かに危険だ、なにせ怪我をする程度じゃすまない相手である。


「あいつはハクビシンってやつでね。とにかく、害獣駆除の業者に連絡してもらおう」

「銃も効かないやつがいるなんて……」

「いや、銃は効くよ?」

「………え?」


 なんだろう、俺と社くんの間でひどいすれ違いが起きてる気がする。


「えっと……銃で撃ったら毒が出るとか反撃してくるとか―――」

「いや、そういう事はない」


 それを聞き、社くんはさらに頭にクエスチョンマークを浮べる。


「もしかして、ハクビシンを知らない?」

「えっと……イタチみたいな外来異種ですよね?」


 そっかぁ、そこからかー。

 まぁ東京だと珍しいか。


「ハクビシンってのは外来種の害獣でね、勝手に捕獲したり駆除したらダメなの」

「はい!?」


 こっちはあくまで"外来異種"を駆除する業者なので、手出しできない。

 ちなみにこいつを駆除する場合は狩猟免許が必要で、さらに有害鳥獣駆除の申請を出して、そこから数週間待ってからようやく動ける。


 そういう意味では、外来異種の駆除業者は面倒が少なくて便利だ。

 まぁ悠長にしてたら被害が増えるからだろうけど。


「というわけでね、お婆ちゃん。悪いけど専門の業者さん呼んでね」

「なにいってんだい! あんたらも似たようなもんだろう?」


 うん、似てるかもしれませんね。

 だけどそれは違うものってことなんです。


「自分らは狩猟免許持ってないの。だからどうしようもないの。悪いけど、区役所に相談してね」


 それでも納得できないのか、お婆さんがうんうんと唸っている。

 だがスグに何かを得心したかのような顔をした。


「なるほど、そういう事かい。駆除してほしけりゃ、身体を差し出せってことかい」

「すみません、日本語のようで別世界の言語を喋らないでもらえませんか」


 なにこの賄賂を渡してくるかと思ったら散弾銃の銃口が向いてたみたいなシチュエーション。

 背筋から冷たい汗が止まらないんですけど。


「まぁこれでもプロの端くれだったんだ。爺さんと同じ極楽を見せてあげるよ」

「社くん! 今すぐ一一〇番して! 命の危機に瀕する脅迫を受けてるから!!」



 その後、自分らが騒いでいたのを察知してハクビシンは床下から逃げてどこかに行ってしまった。

 一応、もう二度とこの婆さんと関わり合いたくないので、木酢液を撒いておけばもう入ってこないと教えてあげた。

 婆さんの顔が少し残念そうだったのは気のせいだったに違いない。


「なんか、すっげぇ疲れました」

「奇遇だね、俺もだよ」


 社くんを家に送る途中の車の中で、俺らは同じ気持ちを共有していた。

 エレノアは終始笑っていたが、こっちからしたらたまったものではない。

 次からはイーサンに相手をしてもらおう、そうしよう。

 軍人ならきっと一撃でなんとかしてくれるはずだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る