第48話:アノマリー・キラー

「荒野さん、検査しましょう!」


 上野にある国立外来異種研究所に到着すると、開口一番でこんな事を言われた。

 翡翠の月の原因と思われるサンプルを届けに来ただけなのに、どうしてこうなった。


「あの、俺以外にもザイオンの人達も罹患してたみたいなんで、そっちに当たってみては……」

「はい! 彼らも自分の身体だから無茶なデータ取りができるって大盛り上がりですよ!」


 おぉ、ジーザス。

 神の子よ、もう一度復活して悪い子を叱ってはくれないでしょうか。

 なんならパパに告げ口してもいいと思います、洪水や硫黄の雨で洗い流さないのであれば。


「流石に解剖されるのはちょっと……」

「そんなことしませんよ! 眼球と網膜について調査しつつ、ダイエットの一環として血液も採取するだけです」


 採血でダイエットって何だよ。

 全部抜いても十五キロくらいしか減らないよ。

 ……いや、結構減るな。

 半分くらい採ってもらうか。

 いやまぁ死ぬだろうけど。


 断るのもなんだし、あとで変な症状が発覚しても怖いので軽い検査だけする事にした。


 光を当てられたり写真を取られたり、穏当な検査だけのようだった。

 これで机にノコギリとか置いてあったら全力で逃げてたところだ。

 なんか隣から凄い声が聞こえてくるし。


「いやぁ、ザイオンの人達も興奮していますね」

「よかった、実験用のサルに実験してるのかと思いました」


 動物にむごい実験をするマッドなサイエンティストさんはいなかったんだね。

 いやまぁ科学の発展には必要なものではあると理解はしてるけど、流石に隣でやられるのはちょっとね。


 ただ、冷静に考えるとサルみたいな声を出してる彼らの方がヤバイんじゃないかとも思えてきた。

 そんな事を考えてたら隣の部屋から何かが脱走したかのような足音がして、こちらの扉を勢いよくブチ開けてきた。


「ヘイ、アユム! 翡翠の月を殺した感想はどうだい?」

「今のあんた達の方がよっぽど怖いよ」


 文字通りあんな目に遭っておいてどうしてそんなテンションでいられるのか、これが分からない。


「それにしても、キミの活躍でミステリーの一つが消え去った。そのせいで私も夢の一つから覚める事になったよ」

「科学者なのにミステリーを信じてたとか、ロマンチストなんですね」

「オゥ、それは誤解だよアユム。我々科学者はみんなRomanticistな一面を持ってる」


 それは初耳である。

 科学の徒であるならば、むしろリアリストばかりだと思っていた。


「解明されていない未知の神秘に心を躍らせ、乙女のように思いを馳せる生き物が、我々科学者というものだよ」

「そう聞くと、夢のある職業ですよね」

「ま、喜々としてそのベールを引き剥がして、ただの現象になったらポイ捨てするくらい罪深いところもあるんだけどね」

「言葉の高低差が激しすぎて、一瞬鼓膜が壊れたかと思いましたよ」


 罰当たりというか、度し難いというか、始末におえないというか……。


「けど、アユムも似たようなものだよ? キミは半年前に殺しきれないはずのフリークスを殺した。そして我々の目の前でも、一つの神秘を殺して見せた。一種のミステリアス・キラー……いや、アノマリー・キラーだよ!」


 ザイオンの人がキャッキャと喜んでいるのだが、殺しがうまいと褒められてもなんだかぁなぁという感想しか出てこない。


「鳴神 結さんは神殺しをしてみせたわけですし、荒野さんは現代における神秘・怪異殺しのようなものですね」

「あぁ、そういえば鳴神くんは甲種の伏神を駆除してたっけ」


 一切の予備動作や予兆なく村を丸呑みしてすぐに消える事から、神隠しだとも言われてた。

 まぁ天月さんが感知系の力を持ってるし、タッグを組んでれば難しくないのか。

 ……いや、村を丸呑みするくらい大きなやつと戦うとかマトモじゃないな。


「なんだい、アユムは不満なのかい?」


 自分の顔色に気付いたのか、ザイオンの人が心配そうに尋ねて来る。


「不満というか、疑問というか―――」


 なんだろう、どう伝えればいいのか分からない。

 まぁ思った通りに言えばいいか。


「ただの外来異種を駆除しただけで、そんな喜ぶような事なのかなぁと」


 場に沈黙が訪れた。

 これはバッドコミュニケーションだったかと思ったのが、スグに周囲の皆が笑い出した。


「そういうところですよ」

「ウンウン、そういうとこダネー」


 どういう事なの!?

 お願いだから言葉にして伝えて!!


「翡翠の月の時でもそうだったように、我々科学者でさえ、不可解な現象を前にして神に祈った。だが、キミだけは目を背けなかった」

「はぁ……。でも、目の前で何か不可解な事が起こっても、ソレは何らかの現象でしかないじゃないですか」


 祈って死人が甦るはずがなく、呪詛で人が死ぬはずもない。

 沸騰した水から目を逸らしたところで、水は冷めたりしない。

 目の前で起きている事を、ありのまま受け止めているだけだ。

 子供にだってできる。


「HAHAHA! そういうところだよ」


 結局、彼らのいう"そういうところ"というのはサッパリ分からなかった。

 アメリカの価値観だと何か違うのかもしれない。

 もしくはSAN値や人間性を犠牲にしたら理解できるのかもしれない。

 うん、一生分からなくていいな!



 その後、パルチザンビルに戻って惰眠を貪る。

 もちろん入念な検査を終えたエレノアと、付き添いのイーサンも戻って寝ていたので、いつも通り布団でだ。

 ビルの三階フロア丸ごと生活空間だから川の字で寝なくてすんでいるが、それでも生活空間に異性がいるのは慣れない。

 毎朝起きた時に通報されないかビクビクしている。

 朝のアレは生理現象なんです、信じてください!



 そして翌日、俺はまた動画を配信しながら外来異種の駆除をしている人を見つけたので現場に向かっている。

 別に大したことはないと言ったのだが、エレノアとイーサンも少し離れた場所で見ている。

 なにこの授業参観みたいな雰囲気。


『それじゃあ今日は煙の中にいる"声枯らし"(こがらし)の駆除をしていこうと思います!』


 声枯らしは丙種で乙種よりはマシだが、それなりに危険である。

 といっても、それは煙を吸わなければいいだけの話だ。


 声枯らしは煙の中でしか生きられないのか、煙を出しながらその中を回遊する昆虫のようなものだ。

 なので、何もない道端で煙が見えたら避けて移動しなければならないのだが、他の煙も集めて漂わせるので厄介である。

 一番ひどいのは、呼吸した瞬間に口の中に入ってしまったら、喉やら何やらを切り刻まれることだ。

 この声枯らしという名前も、そこから取られたらしい。


『えー、それじゃあこの虫取り網で煙の中から……あれ? あれっ!?』


 その男子は先ず網で声枯らしを煙の中から出そうとしているのだが、うまくいかない。

 というか網がもうズタズタでどうしようもない。


 自分の発想と工夫で何とかしようとしているのは認めるが、やはりまだ経験不足なのだろう。


「あー、こんにちは。少しいいですかな?」

「あれ……あぁ、この前の人! 何かありましたか?」


 こちらから声をかけると、自分の事を覚えていたようで、丁寧に頭を下げてくれた。


「いや、そいつを網で捕まえるのは止めた方がいいかと。代わりに他の方法がありまして……ちょっとカメラ止めてもらっていい?」

「撮影しながらは失礼ですよね、ごめんなさい。はい、止めました!」


 なんと素直な子だろうか。

 こんな子ばっかりが同業者だったらよかったのに。

 現実は銃の密売やら外来異種の違法飼育やら繁殖やら、とにかくヤベー事件起こすやつばっかってイメージだ。

 利権やら何やらに目が眩んだ人も多いせいで余計に世知辛い。


「この声枯らしは煙を纏うんだけど、そうじゃないモノも取り込んでね」


 そう言ってカバンの中から殺虫剤を取り出し、ノズルを煙の中に入れて少しばかり噴射する。

 そして火をつけたティッシュを中に放り込むと―――。


「うわっ!」


 小さな爆発音と共に煙が晴れ、中から鋭い羽が十六枚もついた細長い虫が地面に落ちた。


「……とまぁ、ちょっと危険だけどこういう方法もあるってね。動画にはしないでね? 真似してやらかす人が絶対に出るから」


 というか不破さんが一度やらかしてる。

 適当に殺虫剤をぶち込んで、ジッポを突っ込んだら爆発して火傷してたなぁ。

 ……いやほんと、火傷ですんでよかったよ。


 その後、念の為にその男子が区役所に向かって駆除報告をするところまで見届けることにした。


 未成年だってのに頑張るなぁ。

 俺が未成年の頃は何してたっけ?

 ずっと遊んでたわ、マジでロクデナシだったな。


「すみません、ありがとうございました!」

「あー、いやいや。気にしなくていいから」


 若い子を見ると色々と教えたくなるからね。

 俺は二十四歳だからまだ若いと思ってたけど、公園で学生におじさん呼ばわりされたからなぁ。

 たぶん二十歳で大人、それ以降は全部おじさんなんだと思う。

 間違っても俺の顔が老けてるからではないはずだ。

 世の中の二十代以上は全員おじさん呼ばわりされてしまえばいいのに。


「社さーん! 受付番号六十五番の社さーん! 」

「はい、ここです!」


 区役所にいる受付のお姉さんが声をあげて呼ぶ声に目の前の男子が反応した。

 気のせいか、聞き覚えのある苗字だ。


「ごめん。間違ってたら悪いんだけど、社 輩さんって知ってる?」

「あ、それ親父です」


 マジか、マジなのか。

 因果は巡るとはいうけれど、何もここまでこじらせなくたっていいんじゃなかろうか。

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