第47話:剣岳調査戦線

 剣岳、立山連峰にある標高約三千メートルあるとされている山である。

 一般登山者が登る山の中では最も危険な山とも言われている。


 といって、別に自分らが山を踏破する必要はない。

 あくまで目的地がどうなっているかを調査するだけである。


「よし、ここで小休止だ」


 剣山荘に到着し、イーサンが休むよう号令を出す。

 何人か脱落するかと思っていたのだが、流石にフロンティアスピリットの末裔である。

 ちなみに一番息切れしてるのは俺だけだったので、ザイオンの人らが余裕の笑みでこちらをからかってくる。


「ヘイ、アユム。ここはキミの地元だろう? 案内してくれよ」

「ゼェ…ハァ……やかましゃあ! 地元補正で強くなるなら俺は今ごろムキムキのマッチョマンだよ!」


 ウソです、地元でもこのお腹でした。

 上京して少しは変わるかと思ったけど、何も変わらなかった。

 まぁ悪化しなかったからヨシ!


 剣山荘の食堂で休んでいると、イーサンと富山に駐屯している自衛隊員の早乙女さんがこれからについて話し合っている。


「映像から推測するに、恐らくここから登山ルートを外れて移動しなければなりませんね」

「そうか。許可はあるので捕まる事はないだろうが、問題は道がない事だな」


 早乙女さんはクソ亀駆除のときにもいた人で、山についても詳しいという事で同行してもらう事になった。

 ただ、ウチのボランティア団体の裏については知らないので、あくまでザイオン救済団体と一緒調査しているという事になっている。


「アユム、大丈夫デスカ?」

「それは俺の顔の事? それとも頭の事? もしかして二人の未来について?」

「頭デス」


 エレノアに心配されなくても手遅れだよ。

 いやまぁ頭の中身じゃなくて、高山病について聞いてるんだとは思うけど、それを聞いて違ったら怖いので適当に話をあわせておく。


「頭痛とかはないかな。食欲も普通にあるし、なんならここでご飯二杯いけるよ」

「アユム、食事は我慢してくれ。いま腹に入れると、後々キツくなるぞ」


 イーサンからオーダーストップが入った。

 まぁ帰りはゆっくりできるはずだし、その時の楽しみにしよう。



 それから飲料の補給と休憩を終えたら再び山を歩く。

 綺麗な大自然に囲まれて心が洗われると言う人もいるが、俺の汗を流してくれるなら何でもいい。

 山や自然が美しいとか言われても、自分にとっては小学校や中学校で何度も山に来たことがあるのでもう飽きてる。

 いやまぁ小学生の頃から別に大自然の息吹きに興味はなかったけどさ。


 そうやって道なき道を歩いていたが、早乙女さんとイーサンによる軍人コンビが地図と映像と睨みあいになって足が止まった。


「もっと詳しい座標がもらえればよかったのですが、少し厳しいですね」

「対価なく情報をよこしただけ、マシではあるのだがな。とにかく歩くしかあるまい」


 まだ歩くようだ。

 というか詳しい場所が分かってないのか……。

 流石に泊り込みは勘弁願いたいところなので、必死に頭を回転させて楽する方法を考える。


「あ、いいこと思いつきました。ちょっと外来異種を一匹用意してもらえますか?」


 そしてあまり遠くに離れないように散開して、外来異種を探す。

 この近くにコロニーがあるなら、一匹くらいは見つかるはずだ。


「お、見つけた!」


 俺はフラフラと飛ぶ糸籤を見つけてビニール袋の中に入れる。


「なるほど、そうやって痕跡を集めて追跡するんだな」

「へ? いや、外来異種ってコロニーに集まる習性があるじゃないですか。こいつを使って案内してもらおうかと」


 ビニール袋から出したそいつに小さな糸をくくりつけて自由にさせる。

 最初はフラフラと漂っていたのだが、徐々に一定の方向に向かって飛ぶようになった。


「すまないが、アユム。もしも逃げられたらどうするつもりだ?」

「もう一匹捕まえればいいんじゃ」


 何故か分からないが、イーサンがこめかみを押さえている。

 まぁ軍人さんからしたら、こんな行き当たりばったりな作戦はお好みではないだろう。

 でも俺は軍人でもなければプロでもないので、これでいいです。


 なんとか自切されず糸籤に案内させていくと、遠くの斜面に不自然なまでに木々が剥げた場所を見つけた。

 それを見ながら早乙女さんが手元の写真と見比べる。


「写真と照らし合わせましたが、あれが目標のようです」


 ようやく発見できた。

 イーサンが地図に情報を書き込みつつ、他の人は双眼鏡で観察をしている。


「ウン、コロニー化の前兆があるね。まだ数が少ないから深度は浅いけど、早めに潰したほうがよさそうだよ」


 流石は研究畑のプロだ、この場でしっかりと脅威について分析してくれた。


「ちなみに、巣を潰すのってどうするんですか?」

「爆弾でいいんじゃない?」

「近づくと危ない。RPG-7で吹っ飛ばそうよ」

「ウチの県で物騒な事しないでもらえませんか」


 早乙女さん的にはアウトらしい。

 まぁあっちのお国って火力が正義みたいなきらいがあるから仕方ないのかもしれないけど。

 とはいえ、こんな場所に重機を持ってこれるはずもない。


「それなら、ワタシが何とかシマスヨ」


 そう言ってエレノアが控えめに挙手する。


「そういえば、エレノハは新世代なんだっけ。木っ端微塵にできるの?」

「イエ、そういうのではナイデス。Seeing is believing、百聞は一見にしかずデスヨ」


 そう言ってエレノハは両手を合わせてから腕を捻り、まるで何かを縦に開けるように、手を広げていった。

 するとどうだろうか、遠めに見えていた巣が横一文字に開いていった。

 いや、それどころの話ではない。

 わずかではあるが、山の標高が持ち上がったのだ。


 持ち上がったあとにエレノアが手を崩すと、轟音と共に山の上部が落ちる。

 しばらくは砂煙にまみれて何も見えなかったが、それが晴れた後には、巣は跡形もなくなくなっていた。


 ……うん、ヤバイ。

 こんなの見たら新世代を確保しようとやっきになるのも分かる気がする。

 これ個人で実現していい規模じゃないでしょ。

 早乙女さんなんか口を開けたまま固まっちゃったし。


「……エリー、その力は無闇に使っていいものではない」

「あ…ゴメンネ、イーサン。偉い人に怒られちゃう?」

「違う。私はキミが心配なんだ」


 そしてこっちはこっちでアメリカンファミリードラマが展開されそうな雰囲気である。

 止めてくれ、そういうドラマは苦手なんだ。

 男の群れが重火器をぶっ放しまくってひたすら爆発と弾丸をばらまくのが好きなんだ。


「……ハッ! し、失礼しました。目標は排除されましたし早く戻りましょう。月も出てきましたし」


 あら、まだまだ明るいと思ってたけどもう月が見えるのか。

 そう思って空を見渡してみるものの、どこにも見えなかった。


「あの、早乙女さん。月、どこにあります?」

「え? 空がちょっと変な色になってますけど、あっちに大きく見えてるじゃないですか」


 早乙女さんが指差す方向を注視するものの、そこには何もなかった。


「なにもないっすよ……」

「そんな馬鹿な!」


 何だろう、背筋に嫌な汗が流れた気がする。

 この人には何が見えているんだろう。


「どうしたアユム。サオトメの顔色が悪いぞ」

「なんかあっちに月が見えてるらしいんですけど、イーサンは見えます?」


 自分が指差した方向を見るも、首をかしげていた。


「全員! 今すぐサオトメを取り押さえて、目を閉じろッ!」


 だが何かに弾かれるようにイーサンが叫ぶ。

 何があるのかは分からないが、咄嗟に早乙女さんを掴み目を閉じる。


「どういうことイーサン!?」

「十年前のバイオハザード地域でも、同じ症状があった。その患者達は空に翡翠の月が見えると言い、しばらくすると眼球への痛みから、その部位を掻き毟った」


 その部位って、目ですよね。

 人体で最も脆いといっても過言ではない目を掻き毟っちゃったんすか。


「あ……ダメだ、イーサン。もう手遅れだよ」

「いいから手を貸せ! 手遅れになる!」

「違う。僕はキミに言われた通りに目を瞑った。だけど、徐々に目の痛みが激しくなってきた。これはつまり……その異常な月を見なくとも発症するという事だ」


 ザイオンの人が冷静にコメントしているが、その声は若干震えているようだった。

 それでもうろたえないのは、プロとしての意地だろうか。


「クソッ! とにかく急いで山荘まで―――」


 そこでイーサンの言葉が止まる。

 それにつられて何が起きたのか目を開ける。


「あれが……翡翠の月?」

「クソッ! 私も見てしまった!」


 早乙女さんを抱えてその場から逃げようとするが、その月は獲物を逃がさないかのように常に視界に入ってきた。


「あぁ、ヤバイ、ヤバイよ! 目の痛みがひどくなってきた。こんなことならモルヒネか鎮静剤でも持ち歩くべきだったよ!」


 何とか山荘に向かって歩を進めるが、全員の症状が徐々に悪化していく。

 かくいう俺も目に違和感を感じ始めていた。


「ミンナ、少しだけガマンしてて…ッ!」


 エレノアは翡翠の月に向かって手を合わせ、再びその能力を使う。

 だが彼女がその手で開いても月は微動だにせず、ただ雲を切り分けただけであった。


「エリー、月まで約四十万キロメートル。キミの力じゃあそこまで届かないさ」

「デモ……アレは本物の月じゃないはずダヨ…ッ!」


 マズイ、本格的にマズイ状態だ。

 このままじゃ全員仲良く眼球を掻き毟って血の涙だ。

 何とかしたいのは山々だが、専門外の事ではどうしようもない。


 ―――いや、本当に専門外の事なのか?

 さっきイーサンが言っていた、バイオハザード地域で起こった症状だと。

 ならば、これも外来異種が関係しているのではなかろうか。


 もしや毒かと思ったけれど、新世代のエレノアだけでなく、適応世代の自分にも同じ症状が進行している。

 つまり……今まさしく攻撃されている最中なのか?


 だがそこで行き止まりだ。

 せめてなにかヒントでもあれば何か変わったのかもしれないが……。


 いや…昨日、未来ちゃんが何か言ってたはずだ。

 あれは確か「目から緑色の何かを流していた」だったか。

 血であれば赤いはず、ならばその緑こそがカギのはずだ。


 なら、いま俺がやるべき事は―――。


「アユム、何をしている!?」


 イーサンの言葉を聞きながら、俺はポケットにしまっていた新しいタバコの箱を開封し、中のタバコ全てに火をつけた。

 二十本もあるタバコ全てから煙が立ちのぼり、呼吸を止めてその煙を目で受け止めた。


「ぐ、ぐうううぅぅ……!!」


 痛みやらなにやらを我慢し、涙も流れるがままにする。

 すると、ドロリとした何かが目から零れ落ちる感覚があった。

 急いで煙から目を離してみてみると、それは緑色をした小さな粘液のようなものであった。

 煙のせいで目がしみているものの、痛みそのものはなくなった。

 つまり、これが原因だ。


「皆! 急いでこの煙に顔を!」


 俺はタバコをその場に置き、全員を誘導して煙の中に顔を突っ込ませた。


「ゲェッ、グェッホ!」

「ウォエッ! ひっでぇ臭い!


 文句を言う人もいたが、全員の顔を煙の中に突っ込む。

 エレノアについては未成年なので心が咎めたが、緊急事態なので仕方がない。


 しばらくすると全員が涙目になりながらも、地面に緑色の小さな粘液が落ちて蠢いていた。


「フゥー……なんだい、これ?」

「さぁ? 外来異種じゃないですか」


 なんかばっちぃので、何重にも重ねたビニール袋の中に入れて封をする。

 こういうのは東京のマッドサイエンティストへ送るに限る。


 その後、山荘まで無事に帰れたものの、消耗が激しいせいで何人かはヘリで搬送される事になった。


「イーサン! 俺もヘリに乗りたい!」

「すまないが、キミの健康の為にも徒歩で下山しよう」


 チクショウ!

 この腹が出っ張ってさえなければ!

 コンチクショウ!!


 そしてなんとか無事に下山に成功し、ようやく休めると思っていたが、そうはいかなかった。

 日帰り登山で死に掛けていたというのに、貴重なサンプルを持っているという事でそのまま一番遅くの新幹線で東京に戻る事になった。


 自棄酒はしなかったものの、こんなクソみたいな状況に八つ当たりするように、俺は新幹線で駅弁をコンプリートする勢いで食い尽くし、そのまま寝た。


 嗚呼、明日が来なければいいのに。

 正確には筋肉痛だけど。

 絶対に三日くらい続くよ、これ。

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