第46話:くすぶった残り火
富山に向かう新幹線の中は、女学園生のおかげで華々しい空気であった。
ただしそれは自分の周囲を除く。
エレノアは未来ちゃんや九条さん、そして水無瀬さんと一緒に生徒に混じってキャイキャイしてる。
「アユム、次はキミの番だぞ」
俺の目の前にはイーサンがおり、二人でカード麻雀をしている。
お嬢様方々は麻雀に興味をお持ちのようで、チラチラとこちらを見ている子が何人かいる。
ただし、厳つい顔のイーサンが怖いのかこちらに近寄ろうとはしてくれなかった。
決して俺の顔が原因ではないはずだ。
「それにしても、よく麻雀のルールが分かりますね」
「日本の勉強をしていた時に少しな」
「……麻雀は中国発祥じゃありませんでしたっけ」
イーサンは調べながら点数計算をしているが、俺はスマホに牌を入力したら勝手に計算してくれるやつを使ってる。
楽な方に流れて何が悪い!
「イーサン、エレノアが心配なら呼んでこようか?」
どうも集中しきれていないのか、イーサンの視線がよくエレノアに向かっている。
「いや、気にしないでくれ。あの子が他の子とああやって楽しくやっているのが嬉しくてな」
「あぁ……てっきりウチの娘に気安く触るなとかそういう顔なのかと」
イーサンは表情筋が鍛えられたせいか、まるで鉄面皮のように怖かった。
というか笑った顔とか一度も見た事ない。
俺もエレノアの方に視線を向けると、日本語に苦労しながらも沢山の生徒に囲まれて楽しくお喋りしている彼女の姿が見えた。
許されるなら、俺もあの中に混ざりたいものだ。
許されないから、もしやったらコンクリと一緒に混ぜられて日本海の海底ダイブツアーにご招待されるけど。
法治国家万歳である。
それからひたすら服や血を失わない麻雀をイーサンとやり続け、富山に到着した。
雅典女学園の方は引率の先生が色々な注意事項を説明しており、生徒は行儀良くそれを聞いていた。
「アユム、私の仲間を見なかったか?」
「ん? 富山の名物にあるブラックラーメンを紹介したら、そこに行くって言ってたよ」
イーサンがこめかみを押さえて、うなだれる。
そしてそれを慰めるようにエレノアが背中をポンポンと叩いた。
「どうする? 軍法会議する?」
「いや……彼らは表向き退役している事になってる。それに、半数はただの研究者だ」
そうですか、表向きって事は裏ではどうなってるんでしょうか。
絶対に教えないでくれイーサン、俺は愚かな豚でいたい、体型の事はさておいて。
取り敢えずグルメ旅行に向かったメリケングループはさておき、俺とイーサン、そしてエレノアは学園の引率として同行しなければならない。
「荒野さん、それではよろしくお願いします」
「はい。微力を尽くします」
引率の先生にお願いされ、女子生徒の群れに混じる。
これは合法だから捕まらないはずだ。
ただし、おかしな事をすればアメリカ産のターミネイターであるイーサンが俺を殺しに来ることだろう。
セコム即ターミネイトとか仕事早過ぎだよ。
この日程が数日あったら危うかったが、日帰りで本当によかった。
それからは慰霊碑への献花、復興される街並みの見学など、予定通りにつつがなく終わった。
途中、何人かの生徒が涙を流していたが、俺にはそういうのはなかった。
なんだろう……地元の人間だから凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
十八時ごろになり、早めの夕食として富山城の前にあるホテルでとることになった。
本来なら温泉完備のホテルでゆったりと過ごす予定があったらしいのだが、俺とクソ亀が戦った場所でもあったので、まだ建て直している最中であった。
お嬢様方が音も立てずに食事をしている中、まるで爆弾解除班の気持ちで慎重に食事をしていると、ポケットに入っていたスマホが震えた。
嫌な予感がしながらも、部屋を出て画面を見ると久我さんの名前が表示されていた。
これ絶対に食事が不味くなるやつだよ!
とはいえ、これを無視したら立場がげろまずくなるので諦めて電話にでる。
「………はい」
『なんか今にも泣きそうな声だが、何か問題でもあったのかね?』
「しいて言えば、この電話がそうかと」
『まぁ、ワシがキミと同じ立場だったとしても同じ気持ちだったろうな』
よかった、僕らの気持ちは通じ合っていたんだ。
というか久我さんが大変だという事もよーく分かってる。
この人も喜んで俺に何かを投げたりしているわけではない事を重々承知している。
いつも何ともなさそうな顔や声をしているが、批判やら何やらがダース単位で飛んでくる政治家なんてやってるんだ、楽なはずがない。
『実はな、アメリカの方から一枚の写真が送られてきた』
スマホで新しい通知音がしたので見てみると、空から山を撮影したかのような写真があった。
『衛星からの情報らしくてな、どうやらソコにコロニーがあるかもしれないとの事だ』
「よし、そこに衛星を落として潰しましょう!」
『随分と豪勢なご馳走だな、ミサイルよりも高くつくぞ』
じゃあミサイルでいいよ!
日本は専守防衛っていっても国内にならブッパしても許されるんじゃないでしょうか!?
『場所は剣岳。今から下請けに回していたら何ヶ月も先になる。そして直接依頼しようにも、どこも受けたりはしないだろう』
でしょうね!
山の中を歩いてあるかどうかも分からないコロニーを潰しに行くとか徒労感が半端ないですし!
しかも今の富山って外来異種が集まりすぎた反動で、生活圏内ではほとんど見かけない。
自然、業者もほとんどいないという事態である。
「……放置ってダメですかね?」
『我々はすでに知ってしまった。もしもこれで誰かが被害に遭った場合、それは―――』
それは自分らの落ち度になる。
危険を知りながらも放置したという事を。
面倒だからという理由で見逃したという事を。
そしてそれはこれからずっと心と肉体を蝕むことだろう。
まるで呪いだ。
「それで……俺にぶっ壊してこいと?」
『流石にそこまでは頼めんよ。ただ、どれほど緊急性が高いかを確認する意味でも、調査を頼みたい』
よかった、流石に捨て駒にはされなかったようだ。
「分かりました。明日でもいいですよね?」
『もちろんだ。それと、少ないが追加の人員も送ろう』
そうなると、ザイオンの人らを合わせれば十人ちょっとか。
よし、これなら囮の数はバッチリだな!
問題は一番足が遅いのが俺ということである。
『キミにはいつも苦労をかけるな』
「気にしないでください、そっちには負けます」
久我さんと知り合ってからは政治関連のニュースを見るようになったが、まぁヒドイ。
外来異種に対して暴力を振るえるこっちの方がまだマシなんじゃないかと思ったくらいだ。
それに、前の会社のビルに住まわせてもらう折にも色々と手をまわしてもらった事もある。
これくらいならお安い御用だ。
訂正、これっきりにしてほしい。
でもこの情報送ってきたのはアメリカか。
善意かどうかは知らないけど、ほんと要らないモノばっかりこっちに送ってくるな。
日本を夢の島か何かだと思っているんじゃなかろうか。
さて、それじゃあ明日にでも山に向かうとして……引率の俺が勝手に離脱するのもよろしくないので、北小路 理事長に電話して事情を説明した。
『なるほど、なるほど。久我さんも荒野さんに甘えられているようで微笑ましいですね。では、わたくしは久我さんにお電話しますね』
ヒェッ…こわい……。
久我議員には本気で同情する。
尊い犠牲がありながらも、許可をもらえたので引率の先生にもその旨を伝える。
残念そうな顔をされてしまったけれど、流石に新幹線で外来異種に襲われる事はないので大丈夫だろう。
なんなら轢き殺して異世界転生させてやれば良い。
やっぱ今の時代、トラックよりも新幹線、未来は飛行機で転生すべきだな。
一応、見送りの為に駅まではついていったのだが、未来ちゃんがやってきた。
「荒野さん、一緒に帰らないんですか?」
「ちょっと野暮用があってね」
「もしかして、秘密任務ですか!?」
小声ながらも何かを期待するかのようなその様子はまるでスパイに憧れる子供のようだった。
「そんな大層なもんじゃないよ。ちょっと調べものがあるだけだから」
「そうですよね。大事なお仕事ですから、人に言えないですよね!」
大事なお仕事っていうか、クソ面倒な残業です。
しかも何もなかったって可能性すらあるからね。
その場合は骨折り損のくたびれもうけである、何かあったら全身の骨が折られるかもしれないけど。
「そうだ!」
何かを思い出したかのように未来ちゃんが自分の顔を引き寄せ、綺麗な瞳でこちらの眼を見つめてくる。
「な、なに……どうしたの?」
女子生徒とこんなに近距離でいるとか、鉄道警察がいたら即発砲間違いなしである。
鉄道警察が銃で武装してるかは知らないけど。
「えっと、前に目から緑色の何かを流された映像を見たので、何かあるかなぁと」
「待った。それ……現場に未来ちゃんもいたってこと?」
彼女の能力は、あくまで自身の周囲に関する事を予知するものだ。
逆にいえば、彼女が何かを見たという事は彼女が一緒にいるという事でもある。
「あ、それが半年くらい前からはあたしの事だけじゃなくて、荒野さんの事も見えるようになったんです」
なんで!?
半年前って何が―――そうか、富山生物災害か。
外来異種に関わることで侵食度が上るって研究所で聞いたな。
なら、あれだけ大きな事変に巻き込まれたのなら、侵食度が上って能力が強化されてもおかしくないか。
まぁ新幹線が事故って生徒が遭難して俺が捜索しないといけなくなるって展開じゃなさそうなので、一安心か。
「荒野さんなら大丈夫だと思いますけど、気をつけてくださいね」
「うん、気をつけるよ。だからそろそろ手を離してくれると嬉しいなって」
引率の先生の顔がね、そろそろね、金剛力士像みたいになりそうだからね。
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