第44話:ザイオン救済団体

 自分は今、羽田空港にあるカフェで一休みしている

 どうしてかと問われればザイオン救済団体の人達を待っているからだ。

 何故かこっちは一人で。


 アメリカ語が分からないから近衛さんに通訳をお願いしたかったのだが、平日だから学園でお仕事中である。

 もちろんブンさんも区役所でお仕事しているのだが、あっちはなんか英語喋れなさそうだからいいか。


 一応、あちらも日本語を勉強しているので問題ないとは聞いているものの、いざという時の為にスマホに翻訳アプリは入れてある。

 ただし、あちらの人が間違って「Fuck!」と叫んでしまうと、もれなく自分のスマホから禁止ワードが飛び出して警察がやってくるので、そこは注意しなければならない。

 アメリカでは許されているのに、どうして日本語に訳されると捕まるのか。

 これが言語ハラスメントというものだろうか。


「スミマセン、お待たせしまシタ」


 スマホにある翻訳アプリを消すべきかどうか悩んでいると、長い赤毛の女性が声をかけてきた。

 前に写真で見せてもらったので分かる、ザイオン救済団体の代表であるエレノア・エバンスだ。

 年齢は十八歳だが、見た目と小柄な体型なので大人だと言われてもまだまだ高校生だと言い張って法廷で争える容姿である。


「初めまして、エレノア・エバンス、デス。親しい人はエリーと呼びマス」


 なるほど、他の人がエリー呼びしているのは、それは親しい間柄だからだと。

 じゃあエバンスちゃんでいいか。

 取り敢えず座ったままだと失礼になるので、立って挨拶する。


「どうも、荒野 歩です。わざわざ日本までご苦労様です、エバンスちゃん」

「ハイ、どうも。他の人達はまだ時間がかかりますノデ、一先ずワタシだけご挨拶にきまシタ」


 そう言ってお互いに席につく。

 エバンスちゃんは店員さんに飲み物を注文し、一息つく。


「そういえば、ワタシの事はどれだけ知っていマスカ?」

「あー…十年くらい前に起きた生物災害で生き残った数少ない人の一人で、今はボランティア団体の代表として頑張っているとか」


 エバンスちゃんが小さく頷く。

 そして今度はあちらが口を開いた。


「ワタシもアユムさんの事を知ってマス。故郷でご両親を失くされた事も、友人もミンナ死んでいたそうデスネ」


 こちらの傷口に手を突っ込んだと思ったのか、あちらは気まずそうな顔をしている。


「あ、いや。そんな申し訳なさそうな顔されなくても大丈夫ですよ」


 ぶっちゃけ何か思う事が出てくるかと思ったけど、そういう感情は湧いてこなかった。

 ただ間に合わなかった事だけが心に残っている。

 今まで生きてて何度も味わったものだ、慣れてる。


「エット、それで……ワタシとアナタが似ているって思ったデス」


 似ている……?

 外とカフェを区切るガラスを見て自分の顔を見る。

 そして目の前にいる女の子の顔を見る。


「……いや、似ても似つかないですよ。そんな自虐的にならず、もっと自信を持ってください!」

「イエ、顔の事ではないデス」


 お互いの顔を指差したけど違うらしい。

 よかった、生き別れの妹はいなかったんだね。

 もしもいたら両親の不倫が今さらになって発覚するところだった。

 っていうか、こんなツラした兄がいるとか不憫すぎて神様も首吊るよ。

あ、でも教義で自殺は禁止されてるんだっけ?

まぁ神様なら破ってもいいでしょ。


「ワタシもアユムさん、同じナンデス。だから助けが必要なんだって知ってるデス」


 そう言って彼女は真剣な顔つきで真っ直ぐに自分の目を見てくる。

 だけど……助け、必要だっけ?


 いやまぁボランティア団体という隠れ蓑を利用した秘密部隊に所属しているし、なんかよく分からないお金が振り込まれたり、変な仕事が舞い込んできたりはする。

 だけどそれは久我議員に土下座する案件であって、この人に助けを求めるような事ではないと思う。


 そういう意味では自分と違って彼女は善人だ。

 生物災害にあったってのにまだ人を助けようと思えてる。

 自分には無理だ、自分の事だけで精一杯だから。

 だからこの人からの助けなんて受けられない。


「俺なんかよりも、他の人を助けてあげてください」


 そう言って返したのだが、何故かとても哀しそうな顔をされた。

 しかもテーブルの上にある俺の手もギュっと握られた。

 ヤバイ、これ誰かに見られたら通報されるやつだ!


「……失礼、何か問題が?」

「俺から手を出したわけじゃないんです!!」


 短い茶髪のガタイのイイおっさんがやってきたので、ついクセで言い訳をしてしまう。

 いやでもウソじゃないから! 本当に何もしてないから!!

 慌てて手を振りほどいたのだが、もう手遅れな気がしなくもない。


「大丈夫だよ、イーサン。それよりも皆ハ?」

「ああ、準備できてる」


 カフェ店の外には何人もの屈強な男女が仁王立ちしていた。

 やばい、殺される。


「ミスター女泣かせ。私はイーサン・ハワード、エリーの保護者のようなものだ」

「なんですかその不名誉そうで男の勲章になりそうな呼び名は」


 俺にとってはむしろ褒め言葉を投げてきた人が手を差し出してきたので握手する。

 事故に見せかけて握りつぶされるかと思ったが、しっかりとガッチリと握られただけで骨は無事だった。

 いやまぁこれから殺されるのかもしれないけど。


 カフェ店で会計をすませて外に出ると、エバンスちゃんが他の仲間と話をしていた。


「大丈夫だったエリー? 何かされた?」

「ううん、何かされたわけじゃないヨ。ただ、あの人を見てたらチョット……」


 そう言ってエバンスちゃんが軽く目頭を拭うのを見て、全員が一斉にこちらへ注目した。


「……まぁ、確かに嘆きたくなるかもしれないな」

「主よ。アナタは異国においても人に試練を課されるのか」


 顔か、顔の事を言ってるのか?

 何か言い返してやろうかと思ったが、残念な事に全て本当のことだから何も言えない。


 そんなグダグダした雰囲気を感じ取ったのか、ハワードさんが手を叩いて全員の意識を切り替える。


「いつまでも道にいては迷惑になる。スグに移動するぞ」


 その声に促されるように全員が荷物を持って移動する。


「アユム、電車はこっちで合ってるのか?」

「あ、はい。そこの看板に書いてある通りです」


 本来なら自分が案内しなければならないと思っていたのだが、ハワードさんは道を間違える事無くすんなりと京急線まで辿り着いた。


「日本語、上手っすね」

「勉強したからな」


 他の人達は座席に座り、自分とハワードさんは立っているので話してみたのだが、凄く絡みづらい。

 必要な事しか喋らないメカみたいな人だ。

 そしてこっちの都合などお構いなしに、他の人達は英語で楽しそうに喋ってる。


「お前達、日本にいる間は日本語で話せ。現地にいる人にとって、知らぬ言葉を話す相手には恐怖を覚える。それは我々の国で学んだはずだ」


 ハワードさんがそう言うと、他の人達はちゃんとたどたどしくありながらも、日本語で会話するようになった。

 口下手なのかもしれないが、良い人なのかもしれない。


「でも、日本人は英語を習ってるから大丈夫なんじゃないノ?」


 ただそれでも気になるのか、エバンスちゃんがハワードさんに尋ねる。


「学問として習う事と、日常で使用するものを学ぶ事は別だ。試しにアユム、何か喋ってみてくれ」

「ふぁっ!?」


 突然キラーパスが飛んで来て狼狽する。

 いきなり英語で喋れと言われても何を喋ればいいというのか。

 しかも他の人達も会話を止めてこっちに注目してるせいで緊張して頭の中が真っ白だ。


「I’m rooting for you!」


 エバンスちゃんから何か言われるがまったく意味が分からない。

 なんとなく励ましてるって気はするんだけど、それだけだ。

 ……いや、別に難しい会話をする必要はない。

 簡単でもいいから英会話ができればいいんだ。

 いくぞ、CMで見た英会話を見せてやる!


「アイ・アム・ペン!」


 ………全員が黙ってしまった。

 もしかしてCMが間違ってた可能性が!?


「……キミは、ペンだったのか?」

「いいえ、違います」


 なんだろう、奇しくも英語を直訳したかのような日本語会話になってしまった。

 だがそんな沈黙を破るように、一人が口を開けた。


「待ってくれ。もしかしたら日本にあるハイク文化を密接な関係がある言葉なのかもしれない」

「なるほど! ワビ・サビか!?」

「これがオクユカシイ表現という事か!」


 何故か斜め上に吹っ飛んだ答えが返って来た。


「……そうなのか?」

「いいえ、違います」


 ハワードさんが気まずそうな顔でこちらに訪ねてきたので即座に否定する。

 あんなのを日本文化とか誤解されたら日本へのイメージが大変な事になる。


「あ、分かった! 方言が関係してるんだね?」

「いいえ、違います」


 誰も俺の英語力がクソザコナメクジだという答えから目逸らしているのか、俺はBOTのように否定の言葉をだすことしかできなかった。


 そんなこんなで数分後、品川に到着して電車を降りたのだがハワードさんだけ降りない。


「アユム、ここはハーマツチョーではない」


 ハーマツチョー……ハアマツチョオ……浜松町の事か?


「えーっと、モノレールだったら浜松町で降りますけど、この路線だと品川から乗り換えですよ」

「HAHAHA! 勉強したから任せておけって言ってたのに、さっそく間違ったねイーサン」


 本場の「HAHAHA!」は意外に面白い発音だった。

 ハワードさんは仏頂面で電車から降りたが、付き合いの短い自分でも照れ隠しだという事が分かる。


「アユムが一緒でよかったネ。ほら、ウエノまで行コウ?」


 エバンスちゃんが歩みの遅いハワードさんの手を引く。

 まるでダメな父親を励ます娘さんだ。


 それからは普通にJRで上野まで向かい、当初の目的地であった”国立外来異種研究所”に辿り着いた。

 道中で「東京の電車は危ないとか聞いたけど普通じゃないか」と言っているのが聞こえた。

 そういう人達は帰りの電車で地獄を見てもらう事にしよう。


 国立外来異種研究所では軽い検査やデータのやり取りを行うらしく、自分は待合室で待ちぼうけである。

 スマホを使おうにもここは通信が入らないのでマジでやることがない。

 仕方がなく適当な週刊誌を見てみると、自分の知る単語が見えたので手にとって見る。


『救いは日本ではなくアメリカに!? ザイオン救済団体に迫る!!』


 適当にパラパラとページをめくって読んでみる。

 そこには彼女の半生が赤裸々に書かれていた。

 生物災害に会ったこと、両親を失った事、奇跡を起こした事、救済団体の代表になった事、一部からは聖女と呼ばれているという事。


 なんだろう、流石にこれは同情する。

 メディアどころか民衆のオモチャにもなってる。

 久我さんに守ってもらえなかったら自分もこうなってたのだろうか。


 扉からノック音がしたので慌てて週刊誌を元の場所に戻す。

 ゴシップ記事を見たら嫌な気分になるかもしれないからだ。


「お待たせシマシタ」

「すまなかった、退屈だったろう」


 扉からはエバンスさんとハワードさんが入ってきた。


「お二人だけですか?」

「ハイ。他の人はTier-4モンスターの実験データや解剖サンプルに用がありますので、ワタシ達だけ別行動デス」


 つまり、あの人達はウチの団体と違って全員が軍人で構成されているわけではなく、研究員もいたという事だろうか。

 だからノリが軽い人とかもいたんだろうなぁ。

 ……いや、わりと全員ノリが旅行者だった気もする。


「分かりました。それなら一旦ハワードさんとエバンスちゃんは荷物を置きにホテルにでも?」

「それについてだが、我々はホテルではなくキミの場所に泊まらせてほしい」

「……え?」


 ナンデ? ドウシテ? 何故俺の生活空間に来るんですか!?

 これがアメリカ式の侵略行為なんですか!?


「キミも聞いているかもしれないが、今回我々が日本に来た理由の半分が甲種のデータ。そしてもう半分がその甲種を駆除した人物の調査だ」

「ダカラ、一緒に暮らした方が効率的なんデス!」


 いや、確かに二人くらいなら全然寝るスペースはあるよ?

 だけど男二人に女の子一人だよ? ヤバイよ?

 これエッチなゲームだったら絶対にビデオレターになる展開だよ!?

 しかもジャンルによっては主演が俺だよ!?


「まぁ、先に承諾をとらなかったのは悪いと思っている。だからここで断ってもいいのだが―――」

「いいのだが……?」

「その場合私は上司に連絡し、上司はキミの上司に連絡し、そしてその上司からキミの所にお願いという名の命令が来るだろう」


 民主主義さん……どこ……ここ……?

 これもう民主主義の皮を被った多数主義とか階級主義じゃない?


「分かりましたよぉ! 案内すればいいんでしょ、案内すればぁ!!」

「ああ、すまないがよろしく頼む」


 こうなりゃヤケだ、汚ぇビルだってクレームつけたってもう遅い!

 教えてやろう、共同生活の恐ろしさというものを!!


「ハイ。アユム、よろしくお願いシマス!」


 エバンスちゃんは可愛いなぁ。

 ……いかん、いかん。

 間違って手を出したら本当に恐ろしい目に遭うのは俺の方になるかもしれない。

 というか聖女って祭られてる女の子に何かあったらマジでテロの標的になるかもしれん。

 同棲イベントってもっと心躍るイベントじゃありませんでしたっけぇ!?

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