第43話:ある兵士の記録Bと懺悔

■十二月八日 天候:不明

 私はイーサン。

 PDAが壊れた為、一時的にルーカスの端末を借りる。

 昔の合言葉をずっとパスワードにしているとは、上官に怒られるだろうに。


 ルーカスは死んだ。

 レイリーという女性と、一部の避難民が結託して彼を襲った。

 そして彼の銃を奪われてシェルターを開けられてしまった。

 私が彼女らを撃てば止められたかもしれない。

 だが、命令もなく人を撃つだけの勇気を私は持っていなかった


 開かれたシェルターを見て、モンスターの群れが中に入ってきた。

 もちろんシェルターを開けたレイリー達は一番最初に食われた。

 なんとか遠隔操作でシェルター内の隔壁を閉鎖させたものの、一気に生活領域が狭まった。

 外に出ようと言っていた人達は、隅で震えていることしかできなかった。



■十二月九日 天候:不明

 私が外で助けた女の子、エレノアが隔壁の向こう側をじっと見ていた。

 「ママとパパを待ってるの」

 彼女はずっと壁を見ていた。



■十二月十日 天候:不明

 隔壁を見続けるあの子を不憫に思い、二人で聖書を読む事にした。

 私はあまり神を信じているわけではないのだが、それでもこの本に込められた祈りが、少しでもこの子の救いになればと思った。



■十二月十一日 天候:不明

 聖書を朗読していると、拝聴者の数が増えていった。

 いつしか避難民の全員が集まり、聖句の一字一句を聞き入っていた。

 あんな出来事がありながらも、我々はようやくひとつにまとまる事が出来たのだ。

 神よ、どうしてこうなるまで我々を試そうとするのか……。



■十二月十二日 天候:不明

 聖書を読み終えた。

 人々の顔には少しだけ光が戻り、そして皆が祈るようになった。

 隔壁の向こう側から聞こえる音から逃れるように、人々は目と耳を塞いで神に祈り続けた。

 隔壁と向かい合うのは、私とエレノアだけだった。



■十二月十三日 天候:不明

 傷口が開き、悪化した。

 こんな場所でまともな手当てなぞできるはずもなく……。

 私は刻一刻と近寄る死神の顔を見ようとしていた。

 それでもまだエレノアは隔壁を見ていた。



■十二月十五日 天候:不明

 気を失っていたが、皆が懸命に私を温めてくれたおかげでなんとか一命を取り留めた。

 そして運悪く暖房が切れたせいでこの石の檻にも冬が訪れた。

 皆が毛布で寒さをしのぎつつ、身を寄せ合って温めあっている。

 唱えられし祈りに力はなく、凍てつく風だけが我々に訪れる。

 神の救いはまだ訪れない。



■十二月十六日 天候:不明

 もはや祈ることしかできることはない。

 神よ、どうか我らをお救いください。

 せめて、罪なき子だけでもお救いください、amen。



■十二月十七日 天候:不明

 今日も皆が祈りを口にする。

 聖なるかな、聖なるかな。

 聖なる万軍の主による栄光は、全地を覆う。

 しかし今はあらざるモノが地に満たされております。

 主よ、どうかその威光でお照らしください。



■十二月十八日 天候:不明

 エレノアが隔壁を見ている。

 いや、隔壁の向こう側を見ようとしているのだろうか。

 子供には退屈なのだろう、仕方のない事だ、


 彼女の退屈を紛らわせる為に、このPDAに入っていたルーカスの日記を一緒に見た。

 私の事をヒーローであるかのように書いてあり、くすぐったい気持ちがあった。


 「イーサンは、ヒーローなの?」


 不甲斐無いとは思いながら、私はその言葉を否定した。

 ヒーローにしては、助けられなかった人が多すぎた。

 そして今…救い与えるのではなく、求めているのが私なのだと。


「なら、私が皆を助けるよ」





 その日 私達は   奇跡を―――





■十二月三十日 天候:晴れ

 あれから色々あったが、ようやくPDAを返してもらった。

 さて…続きを書こう。

 あのあと、エレノアは皆をシェルターの出入り口から最も遠い壁まで集めた。

 いったい何があるのだろうと皆が疑問に思っていた。


 そして彼女は壁に手を当て、まるでカーテンを開けるかのように両手でその壁を開けた。

 いや、切り開いたといっても過言ではない。

 コンクリートで固められた壁はまるでケーキのように切られ、その向こう側にある海まで開かれていた。


 彼女は臆する事無くその道を進み、皆もそれに付き従った。

 まるで葦の海を割いたモーセだ。

 そして我々はベインブリッジ島まで歩き、私はそこで気を失った。


 その後は全員が無事に保護され、病院に運ばれる事になった。

 彼女もこの病院にいるらしい。

 明日にでも会いに行ってみよう。



■十二月三十一日 天候:曇り

 彼女の部屋には、多くの人が押し寄せていた。

 実際に奇跡を見た人が話を広めたのだろう、皆が口をそろえて彼女をこう呼んだ……「救世主様」と。

 まるで亡者の群れだ。


 あの日、私は人を助ける事を諦めてしまった。

 その結果、一人の少女が生贄として誕生してしまった。

 それが私の罪である。

 主よ、どうして私ではなく彼女に罰を与えるというのか。


≪記録終了≫





「この男を彼女の護衛につかせろ」

「ハッ!……信仰心が薄いとの記録がありますが、本当によろしいのでしょうか?」


 締め切られた一室に、白髪の男と若い男がいた。

 白髪の男はPDAを机に置き、こう答える。


「信仰心はないが、罪悪感がある。彼はその命を惜しまず、彼女の為に使う事だろう」

「聖女を守る守護天使としては相応しくないかと思っておりましたが、その献身が必要という事ですね」


 白髪の男性は面倒くさそうに手で男を追い払う仕草をするも、若い男は嫌な顔をせずに笑顔で退室していった。


「なにが聖女だ、どいつもこいつも馬鹿げている」


 机の上には"ザイオン救済団体"という名前のボランティア団体設立に関する計画書が置かれていた。


「だが、ここで握りつぶしては本気で担ぎ上げる愚か者も出てくる。せめて一人くらいは、マトモな奴を側に置いておかねばな」


 白髪の男は溜息をつきながらも目を瞑り、そして祈った。


「互いに助け合える隣人を作る事のなんと難しい事か。油を注がれた人よ、貴方はこの苦悩に立ち向かわれたのですね」

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