第41話:ハンド・オブ・グリーン

 あれから数日後、国立外来異種研究所から検査結果が送られてきた。

 基本的に健康体であると書かれていて静かに頷き、体重の項目にある"適正体重を超えています"という文言については自覚しているので何も問題ない。


 結局、自分がどう異常なのかという事を考えていたが、一晩寝たらそんなことどうでもよくなった。

 むしろこの世界で正常なやつなんて一人も居ないって思えばイイじゃない。

 そうすれば異常である事が普通なんだし。


 それよりも目先の仕事……というかボランティア活動である。

 いま何をしているかというと、外来異種の駆除を生放送している人がいるので、その場所を特定して現場に来ていたりする。

 どうしてそんな事をしているのかというと―――。


『はい、これが膿疱虫(のうほうむし)です! 見えますか? うわっ、破裂しちゃったよ!』


 本人はお手製の防護スーツを着ているので笑いながら放送を配信しているが、通行人が巻き込まれたらたまったものではない。

 まぁ取り壊しが決定している古家の庭だし、本人も周囲の確認してたからいいか。

 ただ、生放送を視聴している人数を見ているとちょっと心が締め付けられる。

 この人数を相手に身体を張ってる彼が不憫に思えてきた。


 そうして彼はトークをしながら間を持たせて作業を終わらせてみせた。


『はい、これで仕事は終わりですね。それじゃあいくら貰えるのか当ててみてくださいね!』


 そう言って彼はカメラの方向に振り返ろうとしたが、転んでしまう。

 何があったのか不思議そうな顔をして足元を見ると、緑色の何かが足首をガッシリを掴んでいるのが見えた。


『は? え? なにこれ、ちょっ……離れない…離れないんだけどこれ!?』


 パニックになった彼は必死に引き剥がそうとするも、緑色の何かの力はまったく緩まる事はなかった。

 これ以上はどうしようもないと判断して向かう。


「あー、じっとしててくださいねー。こいつは海外産のハンド・オブ・グリーンですねー」


 そう言ってナイフを取り出してジッポで炙る。


『ハンド……なんですか!?』

「海外で発見されたハンド・オブ・グリーンという名前の苔(こけ)型の外来異種ですね。一度掴んだら離さなくて、そのまま獲物を養分にするやつですねぇ」


 配信者さんの顔が引きつったものになるが、無視して熱したナイフを押し当てる。

 そのまま火で炙ってもいいのだが、火傷させてしまうと面倒な事になってしまう。

 しばらく当ててからナイフで削るという作業を何度か繰り返すと、地面から剥がれて足が自由となった。


「はい、もういいっすよ。現場に他のやつがいたりするから、気をつけてくださいねー」


 取り敢えず外れた部分と足元に残ってるやつらをまとめて、ジッポオイルをかけて火をつける。

 あとは埋めればここの清掃にきた人達も大丈夫だろう。


『あ、ありがとうございましたぁ…!』

「いえいえ、頑張ってください」


 そう言ってその場を後にした。

 それにしても動画配信か……意外といいかもしれない。

 だって何かあっても誰かが見ていてくれているわけだから、いざって時に助けを呼んでもらえるかもしれない。

 まぁ誰も呼ばなかったらスプラッターの放送で配信停止になるだろうけど。

 いやそもそも生命活動が止まるか。


 そして日暮れになったので自宅というかビルに戻る。

 平日だというのに珍しく二階に近衛さんがいた。

 

「近衛さん、今日平日なのに来たんですか?」

「ええ、今日は代休でしたので」


 貴重な休みだというのにこんな場所に来るだなんて……。

 何かしてあげたいという気持ちがあるものの、何やってもセクハラとして処理されそうなので何もできない。

 言われたらできるんだけどね、言われなかったら何もできない草食系なんです。


「ところで荒野さん、このあと一緒にご飯はどうですか?」

「……へぁっ?」


 あまりにも突飛な発言に固まってしまった。


「暇だと思っていたのですが、何かご予定が?」

「殺す気ですか!?」

「それなら料理に仕込みます」


 ハッ、もしやたまに手料理を振舞ってくれるのは俺を暗殺する為だった!?

 危ない危ない…そうだよな、女性が手料理を振舞ってくれるとかサスペンスでしか起きないイベントだもんな!


「……それで、返事は?」


 そんな事を考えていると、近衛さんから返事の催促が飛んで来た。

 考えろ…考えるんだ……いったいどんな罠が張り巡られているのかを…ッ!


「分かった! めっちゃ高い料亭に連れてって奢らせる気ですね!?」

「そんな甲斐性、ありましたか?」


 ないです、ごめんなさい。

 最近、新しい銃を買うために貯金を崩した愚か者が私です。


「そこまで警戒されなくても…。日頃から頑張られているので、それを労おうと思っただけですよ」

「なるほど。そこで絵とか壷を買わせるわけですね?」

「女の人を買うという発想が出てこなかった事は評価いたしますが」


 バカめ! そんな度胸があったら今ごろ彼女の一人や二人くらい―――設定上は存在していたかもしれない。

 実在するかはさておき。


「兎に角、一階で車の準備をしておきますので準備ができたら来てください」


 近衛さんはそう言って降りて行った。

 え……行く事はもう確定みたいなんだけど、どうすればいいのこれ?

 というか服装とか何がいいの?

 分からない! 何も分からないよ!?

 いや、こういう時こそイケメンの経験を頼りにすべきだな!

 スマホを操作して鳴神くんにメッセージを送る。


『女の人とご飯行く時って何着てけばいいの!?』


 ソワソワを返信を待っているとすぐにメッセージに既読がつき、返信がきた。


『いつも通りでいいんじゃないですか』


 それで通じるのはお前だけじゃあああああ!!

 これだからイケメンってやつはさぁ!!

 流石に文句の一つでも書いてやろうかと思ったのだが、いきなり電話が掛かってきたせいで通話ボタンを押してしまった。


『早くしてもらえませんか?』

「はい……」


 近衛さんからの催促が来てしまい、結局コートだけ着替えて向かう事になってしまった。

 移動中の車内では何を話せば分からずにどうしようかと考えながらカーナビのテレビを見ていた。

 ニュースではもうすぐで富山生物災害から半年という事もあり、どこまで復興しているかという話題が出ていた。


「……富山に戻られないのですか?」


 信号で停まっているときに、近衛さんがこちらに向き直って話しかけてきた。


「え? まぁ田舎だしまだまだ復興途中だから色々と不便ですよ。それに―――」

「それに?」

「あそこにはもう、何も残ってない」


 信号が青になり、再び車が走り出す。

 車内には再びカーナビから流れる音声だけに支配された。



 そして数十分後、これこそが高級料亭だといわんばかりの場所に連れて来られた。


「予約していた近衛と荒野です」

「はい、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 中に入ると近衛さんは慣れた感じで和服を着ている受付の人と話し、奥へと進んでいく。

 周囲の空気に圧倒されながらも自分も遅れないようについて行く。


 こんな凄そうな場所を予約していただなんて、これはもしかして、もしかすると……!?


「おぉ、来てくれたか!」

「今日もご苦労様でした」


 襖(ふすま)を開けた部屋の中には、久我議員と北小路理事長がいた。

俺はすがりつくように近衛さんを見ると、まるであざ笑うかのような顔を向けられた。


「誰も二人きりだとは言っておりませんが?」

「どうせこんなこったろうと思ってましたよコンチクショウ!」



 そんな事もありながらも、料理にありつく為に大人しく席に座る。


「荒野くんはウナギが好きらしいからね、ちゃんと頼んであるよ」

「わぁ、お高そう。これからどんな危険なお仕事が投げ込まれるのか気になって吐きそうです」

「あらあら、無茶な事を頼んだりはいたしませんよ?」


 机の上にからはとても香ばしいウナギの蒲焼の匂いが漂うものの、食欲がまったく湧いてこない。


「そろそろ新学期、気分を入れ替えて新たな門出を迎える時期ですね」

「ソッスネ!」


 高級料亭で食事をする事などそうそうない。

 一口くらいならと刺身をひとつまみ食べてみると、今まで食べていたものとは明らかに違う食感と味が舌を刺激する。

 そのせいで北小路さんの話にも曖昧な返事をしてしまう。


「けれども忘れてはいけないものもございます。例えば半年前の富山生物災害……多くの犠牲者とその傷痕を残していきました」


 傷痕かぁ……失くしてばっかの俺にも何か残ってるものがあるだろうか。


「あまりにも悲惨な体験ではありましたが、それに向き合う機会が必要です。そこで、三月頃に犠牲者の方への献花の為に、富山に行ってもらう予定です」

「そんなわざわざお嬢様方にイヤな事を思い出させなくとも……」

「あら、いやですわ荒野さん。人の死を悼む事はイヤな事ではないですよ」


 ニコニコしながら言う北小路さんは意外とスパルタ路線らしい。

 お嬢様学園だからといって、蝶よ花よと育てられるわけではないようだ。


「それで、生物災害が起こった場所に生徒と教師だけを向かわせるわけにもいきませんので―――」

「あー! その日は急用がー!」


 その流れは読めてたぞ!

 自分をここまで引っ張り込んだんだから何か裏があるだろうと思ってたよ!

 そして自分はNOと言える日本人なので、物凄く申し訳無さそうな顔で断る。


「引率として荒野さんを連れて行く許可を久我さんから頂きました」

「事後承諾じゃないっすか!」


 想像の上をいかれたよ!

 というかまだ承諾してないよ!?


「まぁなんだ……そういうわけで、頼んだ」

「頼むのならこんな不意打ちなんかしないで先に話を通しておいてくださいよ。弱みでも握られてるんですか?」


 久我さんがそっと顔を背ける。

 え……冗談のつもりで言ったんだけど、もしかして…?


「あらあら、別にアレくらいならかわいいものではないですか」


 なんで国会議員さんの弱みを北小路さんが握ってるの!?

 マジ怖いんだけどこの人!!


「おっと、そうだった! 私からも話があるんだった!」


 流石に流れがマズイと察したのか、久我さんがわざと大声で会話の主導権を握る。


「実は今度、アメリカから外来異種関連のボランティア団体が来るんだ」

「へぇ、どんなところなんですか?」

「……ウチと同じさ」


 あっ…それはつまり、裏があるって事ですか……。


「そんな物騒な団体が何しに日本に来るんですか!?」

「キミが甲種の駆除に貢献したって情報はあちらにも伝わっているのだが、キミに何か裏があるんじゃないかと思って調べたいようだ」

「……それ、時間の無駄じゃないっすか?」


 抗体世代でもなければ、新世代でもない。

 こちとら同じ体型の人よりも一か月分筋トレした程度しか鍛えられてない一般人よ?

 手札を隠すどころか最初からフルバースト状態よ?

 もちろん、手札なんかもう無いという意味で。


「まぁ裏の顔についてはお互いに知っているわけだし、探られて痛い腹でもないから、気が済むまで付き合ってあげてくれ」

「まぁ、そう言うなら別にいいですけど」


 厄介事がないなら別にいいか。

 適当に仕事してたら、勝手に帰ってくれるだろう。


 そうだ、厄介事で一つ思い出した。


「すみません、テロについてはどうなりましたか?」


 国会議事堂と皇居に外来異種の反応を示す種が撒かれてしまったのだ。

 犯人の足取りくらいは掴めているといいのだが。


「はっはっはっ、日本国内でテロなんてあるわけないだろう? 残念ながら、調べても何も出てこないよ」


 いやいや、野次馬の中から投げてる人いましたよ!?

 見てみぬフリは流石にヤバイんじゃないっすか!?

 ―――あれ、何かおかしいな…「調べても何も無かった」じゃなくて「調べても何も出てこない」って言った?


「だから、荒野くん。もしも何か見つけたら、警察じゃなくて村中 幕僚長か大葉 師団長に連絡するように。いいね?」


 あっ、これ事件があっても知らんぷりする無能ムーブじゃない!

 暗がりにいるやつを闇の中に引きずり込んで秘密裏に処理するやつだ!


「日本には災害があっても、パンデミックがあっても、あの国なら大丈夫だろうという安全神話がある。そういう風評は守っていかないとなぁ」


 ……まぁ自分に害が及ばないならヨシ!

 せっかく高級料亭に来たんだから料理を楽しまないとね!

 刺身にウナギの蒲焼、他にも鍋物だったり豪華なものが沢山……悲しみの胃酸で溢れそうなお腹に染み渡るなぁ!!

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