第40話:抗体・適当・新世代、そして―――
数日後、自分と未来ちゃん…そして不破さんにも健康診断という名目で検査に来てもらった。
何故かと言われたら、知り合いに抗体世代の人がいるかもしれないと御手洗さんにうっかり漏らしたせいだろう。
新世代ほどではないにしろ、抗体世代の人が徐々に減少していっているらしい。
まぁ外来異種産の食べ物や薬を摂取しないように生きた男女が必要になるといえば、どれだけ難しいかは分かると思う。
「いやぁ~、それにしても健康診断で金を貰えるなんてイイ所だなぁ?」
「ソッスネ、イイッスネ」
検査を終えて二人で待合室のような場所で待っていると、不破さんがこちらに絡んできた。
「……お前、大人を馬鹿にしてんだろ? どこの世界で健康診断受けたら金が貰えんだヨ!」
「アダダダダ! 締めるなら俺の腹にしてくださいよ!」
「このだらしねぇテメェの腹はテメェが締めろ!」
不破さんが万力のような力で俺の頭蓋骨を締めつけつつ、もう片方の手で俺の腹をパァンと鳴らす。
なんとか抜け出そうとするが、腕を外すどころか動きもしなかった。
「いいから吐け! なぁに企んでるこの悪戯小僧!」
「言います! 言いますから離してください!」
それを聞いて不破さんはようやく離してくれたので、観念して話をした。
「―――という事で、抗体・適応・新世代のデータが欲しかったみたいですね」
「ほぉ~? 学者さんは大変だねぇ」
馬鹿正直に全部言うわけにはいかないので、世代に関する情報だけにした。
「……で、そんな事なら秘密にしなくてもいいよなぁ?」
不破さんが威圧してくるが、これは想定内である。
「いやいや、これが広まったらイジメとか村八分とかに繋がるかもしれないじゃないですか」
「ああ~……ありえるな」
どこかの国じゃあ肌の色が違うというだけで差別の対象になっていたりする。
日本にだって多かれ少なかれ、大なり小なりそういったものがあるのだ。
というか外来異種の駆除業者がその対象になってるし。
これ以上の火種はもうコリゴリだ。
「失礼します。お二人とも、検査お疲れ様でした」
不破さんと話をしていると、御手洗さんがやって来た。
「検査の結果につきましては、後日ご自宅の方へ送付させていただきますね」
そこで御手洗さんは意味深な顔をして、こちらに向き直る。
「荒野さんにつきましては、ちょっと体重についてご相談が……」
なんでや!
確かに太ってるけど、そんな暗い顔で言われないといけないほどヤバくないやろ!?
しかもそれ聞いて不破さんは大爆笑してるし!
チクショウ、あんただっていつかはビール腹になるんだぞぅ!
そんなこんなで、不破さんはさっさと着替えて帰り、自分だけは別室に案内される。
部屋に入ると自分と同じ検査着を来た未来ちゃんがイスに座って待っていた。
隣に座るとそのままここで実験材料にされてしまいそうなので、対面から少し外れた位置に座る。
「荒野さん、どうでしたか?」
「検査って言うから血を抜かれる程度かと思ったけど、まさか体力測定みたいな事もされるとは思わなかった」
自衛隊の人と一緒に運動しててよかった。
やってなかったら悲惨な記録が晒されていたことだろう。
「えーと、それでは検査の結果についてお話しますね。先ずは未来さんの方から」
そう言うと部屋が暗くなり、壁にプロジェクターにデータが映し出される。
「新生代の方は侵食率が二十パーセントを超えることが条件となっております。そしてこの数値が高いほど、能力が高いとされています」
映り出されたデータを見るに、ほとんどの人が二十パーセントのようだった。
「そして未来さんの数値は二十五パーセント、かなり高いですね」
「二十五パーセント…あんまり高い気はしないですね」
未来ちゃんの言う言葉に、無言で同意する。
高いというのなら四十パーセントくらいかと思っていたのだが、他の新世代の人よりもたった五パーセントしか違わないのだ。
「そんな事ありませんよ。日本で一番高い人でも三十パーセントなんですから」
「日本で一番……それ、もしかして鳴神くんですか?」
「はい、そうですよ」
甲種とタイマン張れる鳴神くんなら八十パーセント…なんなら百二十パーセントくらいあるかと思ってたけど、あれでも三十パーセントなのか。
「三十という数字で少なく思えるかもしれませんが…人間、血液を三十パーセント失えば死ぬかもしれません。世界でもまだ解明されていないものが身体の中に三十パーセントもあると思ったら、多いと感じませんか?」
それは―――うん、そうだ。
怪我とかなら見える分、まだ分かりやすい。
だけど外来異種による見えない影響に晒されていると思うと少し怖く感じる。
未来ちゃんもそう思ったのか、暗い部屋の中でさらに曇った顔となっていた。
「あぁ、すみません! 不安にさせるつもりはなかったんです。それにアメリカなどはもっと凄い研究をしてますが、悪影響とかは見つかってないので大丈夫ですよ!」
それは安心していいのだろうか。
むしろ海外に行くのが凄く怖くなった。
「え~っと……それじゃあ次に荒野さんの方に行きますね!」
やはり空気が悪い事に気付いたのか、次の話題に移ることにしたようだ。
「適応世代の人は五パーセントから十五パーセントくらいですね。数値の大きさによって何かが変わるといった事はなさそうです」
残念、ゲームのレベルみたいにこの数値が上ったら覚醒するとかあったら面白そうなのに。
……いや、それ絶対に後で暴走して殺されるフラグだな。
やっぱ普通が一番だ。
「ですが! 荒野さんの数値は凄い! なんと十六パーセントなんです!」
「……それ、誤差じゃないですかね」
というか、新世代が二十パーセントだっけ。
適応世代よりも高いけど、新世代にもなれない。
すげぇ中途半端な数値である、まるで自分の人生そのままだ。
外来異種駆除をクソな仕事だと言いながら、そこから脱却する為の努力をしない。
だから流されて流され続けて、こんなところにまで来てるんだろうなぁ。
まぁいいけど、自業自得だし。
そんな自分の気分など知ったことではないかのように、御手洗さんはウッキウキで説明を続ける。
「そんな事ありませんよ! サンプル数が少ないというのもありますが、日本で十五パーセントを超えたのは初めてなんです!」
日本でって……じゃあ海外だと普通にいるのか。
まぁ珍しすぎてモルモットになるよりかはマシか。
「他にも荒野さんの運動機能に関しても、肉体から計算される記録を上回っています! これが侵食率と何か関係性があるかもしれません!」
「それは自衛隊の人に鍛えられたからでして―――」
「もちろん、それも計算しております。それらを加味しても、計算以上の結果が出ているのです!」
ほぅ……つまり、普通の人よりもパワーアップしているという事だろうか。
もしかしたら、いずれマッチョになって百キロのバーベルとか持ち上げられたり?
「ちなみに、計算以上の結果というのはどれくらいの効果ですか?」
「そうですねぇ……おおよそ、一か月分の筋トレに匹敵する力ですね!」
「はい解散!」
なんだよ一か月分の筋トレって!
今までずっと外来異種を駆除する仕事をしてきて、その成果が一か月分の筋トレってこと!?
それなら最初から鍛えて筋肉をつけた方が何倍も効率いいよ!
「なんか期待して損した…」
中学生とか高校生じゃないけど、なんか…こう……特別な力とかあるかもって期待に胸を膨らませてたのに、どうして腹しか膨らまないのか。
いや運動したせいでむしろ空いてるけど。
「はははっ、荒野さんはユーモアですね。そんなものが無いからこそ、貴方は特別なのに」
「雑草という花は存在しないとかそういうのですか?」
イジケたまま適当に相槌を打ったのだが、御手洗さんの声のトーンがマジメなものに切り替わる。
「抗体世代でも、ましてや新世代でもない貴方が甲種の駆除に貢献したのですよ? 他の国だったら解剖されても変じゃありませんって」
「いやぁ、あれは運が―――」
良かったからだと言葉を続けようとしたが、あまりにも真剣な御手洗さんの視線によって止められてしまう。
「荒野さん、外来異種が現れて約五十年…甲種駆除の記録はほとんどありません。運やマグレで何とかなるなら、とっくにどうにかしてます」
そんな事はないと言おうとするが、御手洗さんが発する圧のせいで喉から言葉がうまく出てこない。
「甲種という圧倒的なサイズを前に動けなくなる人もいれば、パニックになる人、そしてちゃんと逃げられる人もいます。私は本当に運が良かったので逃げられましたが…」
御手洗さんの言葉を聞くに、きっと甲種と対峙した事があるのだろう。
専門家の人であっても、キチンと対処したらではなく、運がなければ逃げられなかったと言ったのだ。
「ですが、一度あの恐怖を体験しておきながら再びその前に立てる人はほぼゼロです。だというのに、軍人でも…ましてや自殺志願者でもない貴方が、その強大な死の脅威を殺したんです」
気のせいだろうか、御手洗さんの身体が少しばかり震えているようにも見える。
いや……震えているのは俺の視覚か?
「その理由が分からない……。だから貴方にはきっと何かある。それを調べる為に、解剖されてもおかしくないと言ったんですよ」
特別な何かを持たないからこそ特別であると彼は言った。
手に包丁を持っていたならば人を刺殺できてもおかしくないが、何も持っていないから何かあると思われていると。
「荒野さん、貴方は御自身の異常性をちゃんと認識されたほうがいい」
喉が渇く、唾液が出ないほどに身体が渇いていくような錯覚を覚えた。
「―――あ、申し訳ありません! 記録でしか知らなかった方でしたので、つい。えっと…それじゃあ続きに抗体世代である不破さんの説明をさせてもらいますね」
それから不破さんの侵食率はゼロパーセントだとか、貴重なサンプルだとか、いっそ売血が許可されればいいのにといった事を言っていたが、頭に全然入らなかった。
俺は自分が世界の平均値だとは思っていなかった。
そりゃあまぁ、今までお前はおかしいとか言われた事は何度もある。
でもそれは馬鹿にされたり悪ふざけとして言われているようなものであった。
けれども今、目の前の人は俺が異常であると突きつけた。
俺は普通じゃなかったのか。
俺はまた何か間違えたのか。
俺は異常だから―――人の形をしているものも殺せたのだろうか。
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