第39話:国立外来異種研究所
上野公園にある重要文化財を爆散させることなくボランティア活動を終わらせ、天津さんと未来ちゃんと一緒に研究所に向かった。
そして入り口には白衣を着た男の人が居り、しきりにこちらへ頭を下げている。
「どうも、どうも! ここで働かせてもらっている御手洗(みたらい)です」
とても腰の低そうな人のようで、こちらもつられて頭を下げて自己紹介する。
未来ちゃんの方も丁寧に挨拶を済ませると中に案内される。
「あの…俺が入ってもいいんですか?」
「ええ、呑牛の対処して頂きましたし、昨日もほら…」
昨日といえば国会議事堂と皇居で回収した種の事だろうか。
それと自分が関係してるって事を知ってるということは、関係者扱いって事になってるのかな。
そしていくつかのゲートを通り、消毒なども済ませると会議室の一室に案内された。
「それでは所長を呼んできますので、しばしお待ちください」
御手洗さんが部屋を出て行ったのでスマホを使おうとしたのだが、圏外だった。
「荒野くん、ここは小さなコロニーのようなものだからスマホは使えないよ」
天津さんから驚きの情報を聞かされて動きが止まる。
「……は? ここコロニーになってるんですか!? 深度は!?」
「深度は一未満、ギリギリコロニー化している状態だよ」
「なんでそんな危険な事になってるんですか!?」
下手をすればここから生物災害が発生してもおかしくないはずだ。
「防犯上の理由だよ。コロニー化しておけば強力な無線での短距離通信でもなければ情報の漏洩などを防げるからね」
あー…まぁドローンとかそういった物も動かなくなる。
中のデータを持ち出そうとしても外まで出なければいけない。
セキュリティの一環として利用しているという事か。
「……そこまでして隠さないといけないものがあるんですか?」
「あるといえばあるけど、どこの国もこれくらいは普通にやってるよ。むしろ日本は一番遅れてるかな」
マジか。
だから海外は銃火で毎日キャンプファイヤーやってるんじゃなかろうか。
それなら日本が外来異種の利用が遅れている事に感謝しないとなぁ。
「まぁそんな国が甲種の伏神・万魔巣・枯渇霊亀を駆除してるせいで、変なやつらが入り込んできたのが今回の原因だ」
バイオテロだと思いきや実はそれも陽動で、実際は日本が隠している何かを探る為に研究所に忍び込んだと?
もう完全に映画の展開だよこれ!
「なーんでそんな事になってんですかねぇ。他の国なら遠慮なく軍隊をぶつけて駆除できるでしょうに」
呆れて溜息を吐くようにぼやくのだが、それを聞いて天津さんが笑う。
「ハッハッ! 普通はミサイルの値段と引き換えに駆除するようなやつらを、生身で駆除した唯一の国だぞ? そりゃあどこの国も情報を欲しがるさ」
俺は同士討ちさせてガン細胞をぶち込んだだけなんですけどね!
そう考えると単体で伏神を駆除した鳴神くんは化物クラスだ。
もういっそ鳴神クローンとか作って配備したら……反乱を起こされたらヤバイな、世界が鳴神くんで染まってしまう。
そうして天津さんと雑談していると大きなノック音がして、先ほどの御手洗さんが資料を持って部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ない。所長はちょっと呑牛の処理で遅れるとの事で、」
そう言って御手洗さんが数枚の資料を自分と天津さん、そして未来ちゃんに配る。
「えー…それでは月の定例会を始めますね。先ずは日本における新生児の侵食度のグラフについてですが―――」
「やはりアメリカや中国と比べると新世代の子は少ないな」
「中国については侵食度を上げる為に移植手術をしているって噂もありますからね」
「それは確か死亡例があげられていなかったか?」
「ええ、だから死なないラインを見極める為に腕から指…指もダメなら指先といった形でやってるとか」
……なんだこれ、何の話をしてるんだ?
御手洗さんの話を聞いたり手元の資料を見ても頭が追いつかない。
会話の内容にも不穏な単語が含まれているせいで、寒気のような何かを感じ取り、それを中断させる為につい手をあげて声をあげる。
「あの、これって何ですか!?」
「見ての通り、世代ごとの侵食率ですが?」
御手洗さんは事もなさげに言い、俺は愕然とした。
「これじゃあまるで……実験しているように見えるんですが……」
年代別の侵食率、それによって誕生した新世代の人数、侵食率を上げる方法について……まるで人体実験の記録だ!
「……久我さんから聞いてないのかな?」
「いえ、何も……」
天津さんが言うからには、これには久我議員も絡んでいるように聞こえる。
つまり、国ぐるみで行われているという事なのか!?
「……先ず誤解があるようだから順番に説明しよう。侵食率というものは外来異種に接するだけでも上昇するもので、我々が何かをしているというわけではない」
接するだけでも上昇するという事は、つまり自分にもその影響が出ているという事か!?
「そしてこの侵食率が高くなると……特に何も無い!」
「………え?」
「正確には上昇率が低すぎるせいでさっぱり分からん」
「ちょ、ちょっと待ってくださいね? それじゃあ新生児の侵食度がどうのこうのって話は……」
「ああ、両親の侵食率が一部引き継がれるんだ。それと固有の適合率が高いと侵食率も増加し、そういった子供が新世代になると言われている」
なるほど……なるほど?
「あの、長く生きられないとかそういうのは…?」
「今の所そういう報告はないかな」
え~と、つまりは―――。
「健康に影響は……」
「特にないとされている」
なんだ、この……凄いヤバイ事を知ってしまったけど、別に聞かれなかったから教えなかっただけで特に何も意味はないみたいな……。
「え~と、荒野さんが混乱されてるようなので私から補足説明をば」
どう反応すればいいのか分からずに固まってしまう自分を見かねて、御手洗さんが声をかけてきてくれた。
「先ず外来異種は完全な駆逐が不可能とされております。何故か? そもそも彼らは全世界で発生しており、発生原因が不明だからです」
「そもそも生態系からしておかしいしな、あいつら」
そう言われれば、確かにそうかもしれない。
既存の生物が異常進化したとしても、あんな生態にはならないだろうとは言われていた気がする。
「そうなると我々は排除ではなくその環境に適応していかなくてはなりません。幸いにも外来異種産の素材は我々の生活に大きく貢献してきました」
確かにブンさんも薬の素材になるとか言っていた気がする。
そういった方面で利用するという事になったのだろう。
「そして外来異種産のものに対して拒否反応やアレルギーが発生しない人が増えました。これが適応世代と呼ばれる方たちです」
適応世代…自分の事だ。
お腹が壊れにくいことが長所だと言われていたけど、本当にその侵食に適応していたらしい。
「逆に侵食率が極端に低い人が抗体世代です。この人達は細胞レベルで外来異種に対抗しております」
これは……不破さんの事か。
細胞レベルでという事は、文字通り触れるだけで何かしら影響が与えられるという事だろうか。
「そして最後に、侵食率が一定値以上の方が新世代と呼ばれており、何かしら特別な能力を持っているとされております」
鳴神くんや天月さん、そして未来ちゃんの事である。
つまり、彼らは本当に特別な存在というわけだ。
「それでですね…今は各国が甲種という脅威に対して軍でしか対抗できていませんでした」
「だけど毎回ドンパチしてたら国として死ぬ。だから外来異種のカウンターとして新世代を増やそうとしているってわけだ」
確かに鳴神くんクラスの人が増えれば、それだけで甲種の駆除も可能に思える。
というか未来ちゃんの予知夢のような直接戦いに関与しない能力であっても、とても有用な事だろう。
「なるほど、じゃあ日本も他の国のように増やそうとしているってわけですか」
「いやぁ…なんというか徐々に増えればいいなって感じであって、他の国みたいに推進とかはしてないかな」
御手洗さんが凄くばつが悪そうな顔をしている。
「もしかして、何か大きな問題が……?」
「いえ、細かい理由を色々と付けられましたが……多分、なんか怖いからって感じでした」
な ん か 怖 い か ら !?
「そんな理由で!?」
「あはは…でもよくありますよ、そういうの。ほら、荒野さんだって今まで飲んでた薬じゃなくて、いきなり新しい薬を出されたらそう思うでしょう?」
うん、まぁ確かにそう思うけど。
いやだけど! それと同列でいいの!?
「まぁまぁ。他の国が人体実験まがいな事をして危ない橋を渡ってるから、我々は安全な道を進もうって事だからね」
天津さんが苦笑しながら言うけれど、それほんとに笑っていいのだろうか。
「事なかれ主義というか、なあなあで終わればいいな習慣というか……」
いや過激な方向に突っ走るよりかは全然いいんだけど、なんだろうこの釈然としない感は。
ただ、他にも疑問があるのでそれもついでに聞いておく。
「ちなみに、どうして新生児のデータなんかとってるんですか?」
「侵食率が高い子が増えれば、それだけ新世代の子が増えるという事だろう? そういった子には色々と配慮しないといけないからね」
あ~……イジメとかそういうのか。
「いずれは新世代の子専用の学校も作るなんて話も出てるけど、まだまだ先の話だね」
普通とは違う力を持つのだから、それを学ぶ場所を先んじて作っておこうという事らしい。
そう考えれば新生児のデータは将来の指標になるので重要になる事だろう。
「ちなみに、どうしてこの情報を公開しないんですか?」
「それは…まぁ……色々と問題がありまして…」
御手洗さんが言葉を濁している。
やはり何かあるのかと思っていたら、言いよどんでいる御手洗さんの代わりに天津さんが発言する。
「アメリカが実験的に他国にフェイクの情報を発信したんだ。すると外来異種を生で食うやつが出たり、共生すべきだって言うやつが現れたり、挙句の果てには奇跡の御技を手に入れる為に外来異種の一部分を自分に移植しようとするやつが出たり……」
バカじゃねーの!?
いや真剣に本気でマジでバカなんじゃーの!?
「そういった経緯もありまして…基本的に秘匿する事になりました」
「いやでも、流石にそこまでの人は―――」
ふと某動画サイトに投稿されている内容を思い出す。
笑える意味での馬鹿らしいものもあれば、本気で心配するレベルの馬鹿馬鹿しい事をやらかす人がいた。
……うん、正しい判断ですね!
絶対に再生数目当てでイランことするやつとか出てきて大変なことになる!!
「英断だったと思います」
「だよな!」
「ですよね!」
天津さんと御手洗さんが物凄く同意するといったような感じで肩を組んできた。
この二人の反応から察するに、どうやら理解してくれない人もいるらしい。
二人の立場を考えると、それなりに偉い人でもそういう理解なんだろうなぁ…。
「あ、そういえば一つ気になったんですけど―――」
「どうしましたか?」
「この話って普通の人に聞かれたらマズイですよね?」
「ええ、そうですが……」
ちらりと未来ちゃんの方へ目を向ける。
秘密という禁断の味を知ってしまい、顔が綻んでいる彼女の顔が見えた。
「待て…待ってくれ。彼女は新世代で、キミの裏についても知ってるんだよな?」
「学生にあの瀬戸際対策の会が秘密部隊の架空団体だなんて話せるわけ―――」
やっべ、口が滑った。
恐る恐る未来ちゃんの顔を見ると、先ほどよりも顔が輝いているように見えた。
「ほんとですか! 荒野さん、秘密部隊なんですか!」
「あー違います! 本当に違います! そういうのじゃないです!」
それからあれこれと話題を逸らそうとするも、誤魔化す事は不可能だと判断して少しだけ教える事になった。
そのせいか未来ちゃんの目の輝きが更に増し、まるでビームのようだった。
これが熱視線ってか、やかましいわ!
「あー…ところで、久我さんに言われてここに来たのではないとしたら何しに来たんだ?」
太陽の光を虫眼鏡で集光させてこちらの身を焼こうとする視線を逸らす為か、天津さんが助け舟を出してくれた。
「昨日、国会議事堂で手に入れた外来異種の反応を示す種が残ってたので回収してもらおうかと思って」
そう言ってガッチガチにダクトテープで封印されているジュラルミンケースを机の上に置く。
「おぉ、新しいサンプルですか。ありがとうございます!」
御手洗さんが喜々とした顔でケースを抱きかかえる。
アニメとか漫画だと研究員の人ってマッドに描かれる事が多いけど実際は違うよね…って思ってたけど、実はリアリティある表現だったのではと思ってしまいそうになる。
「そうだ! ご都合がよければお二人の検査をさせてもらえませんか?」
検査というと…健康診断とかそういうのだろうか。
「今はフィフス・ブルームの人達を健康診断の一環として侵食度のデータを取っているのですが、サンプル数は多いほど助かるんです!」
あぁ、だからこの件に天津さんも絡んでいるのか。
自分は別にいいんだけど……。
「あの、検査を見ていただく方に女性の研究員さんもいますか?」
「いますよ。女性の方に見てもらいたいという趣味をお持ちで?」
「そういうのじゃなくて!」
そんな性癖は持ち合わせておりません!
ムキムキのマッチョなら自慢になるから見せても恥ずかしくないけど、自分みたいなだらしないお腹とか見せても誰も得しないよ!
「ほら! こちらに健全なる女学生様がいらっしゃいますので! そういった配慮をですね!」
「なんだ…別にここにいる奴らは誰も気にしないと思いますけど、生物学的に、精神的に、戸籍上の女性もいるので大丈夫ですよ」
待って?
身体と精神と戸籍が女性なら、それは立派な女性なのでは?
「エリート研究員になる為に女を捨てたとか言ってましたけど、平気ですか?」
「それはそれでその人が心配なんですが」
女性っていう肩書きはそんな簡単に捨てていいものじゃないと思うんですけど。
「人間性と良識はまだ残ってるので大丈夫ですよ」
「まだ? まだ残ってる? それ何割か捨てたってことですよね?」
人体実験まがいの事はしていないって話だけど、なんか別の意味で怖くなってきたぞこの研究所!
結局、御手洗さんの執拗なまでの勧誘というか圧に負けてしまい、検査予約を入れる事になってしまった。
大丈夫だよね? 変なお薬とか入れられたりとかしないはずだよね…?
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