第38話:上野公園と呑牛

 スマホで外来異種研究所の場所を検索して、電車に乗る。

 向かう場所は上野恩賜公園の増築された一角にある"国立外来異種研究所"である。


 上野公園には動物園や美術館、他にも科学博物館や文化会館がある。

 それに乗っかって外来異種に関する知見を深めてもらおうという目的があったらしい。

 ただし、方向性が迷子になって未だ公開可能エリアが工事中だとか。

 動物園のように見れるようにしよう、博物館のように色々な展示物を飾ろう等々……限られた予算を奪い合っているらしい。


 まぁそれでも研究所そのものはとっくに完成して稼動しているのは不幸中の幸いか。


「荒野さーん!」


 上野駅を降りて研究所に向かおうと思ったのだが、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「あれ、未来ちゃん?」


 私服姿の未来ちゃんがこちらに駆け寄ってきて驚く。


「どうしてここに? 水無瀬さん達と遊びにきたの?」

「いえ、夢で見たんです!」


 そういえば未来ちゃんも鳴神くん達と同じ新世代だっけ。

 予知夢のようなものが見えるって話だけど、いつも大体ロクな目にあってない気がする。


「えっと…誰か死んだのを見た?」

「誰も死んでませんよ!?」


 よかった、死なないらしい。

 流石に毎回そんなもの見せられてたら未来ちゃんのメンタルが壊れるか。


「これから国立外来異種研究所に行くんですよね? 一緒に行きましょう!」


 う~む…仕事だったら危ないから帰りなさいというところだけど、カバンを持っていくだけだし別にいいか。

 それに休日で沢山の人がいるからね、女学生と歩いてても通報されないと思う。

 捕まったら諦めよう。

 訂正、捕まったら久我議員に電話しよう。

 いやまぁ見捨てられる可能性もありそうだけど。


 そんなこんなで上野公園に向かおうとしたのだが、異様に多い人だかりのせいで前に進めなかった。

 迂回しようにもあっちもこっちも詰まっているせいでロクに身動きがとれない。


「うぅ~!」

「大丈夫?」


 人に揉みくちゃにされてる未来ちゃんの腕を掴んで引き寄せる。

 流石に人混みのど真ん中にいるとどうしようもないので、自慢の脂肪に任せて無理やり前に進む。

 なんとか一番前まで進むと警察が立入り禁止というテープで入れないようにしていた。


 何があったのかと思って周囲を見てみると、フィフス・ブルームの天津社長の姿が見えたのでつい声をかけてしまった。


「すいませーん! 天津さん!」

「あれ、偶然だね荒野くん。あ、そこの彼は関係者だから入れてくれ」


 その言葉を聞いて近くにいた警官がテープを持ち上げて自分らを招きいれてくれた。


「キミも研究所に?」

「ええ、ちょっと所用で」

「いやぁ、休日でもしっかりと仕事に関する勉強を欠かさないなんて素晴らしい心構えだね」


 ごめんなさい、違います。

 本当なら適当に昼飯食ってゴロゴロするだけで一日を終えるつもりでした。


「なんか凄い騒ぎになってますけど、何があったんですか?」

「昨日、国会議事堂で騒ぎがあっただろう?」


 ありましたね。

 国会議事堂どころか皇居でもスゲーことが起きかけましたけど。


「あれに乗じて、誰かが外来異種研究所に侵入したらしくてね。何匹かのサンプルが逃げたようだよ」

「マジですか、それって結構危ないんじゃ」

「危険度が高いやつは大丈夫だったさ。ただ、丙・丁種のやつが逃げて…残りは呑牛だけだよ」


 呑牛かぁ~……アイツは大人しい性格だけど、体当たりで車をひっくり返したりするからなぁ。


「あの、呑牛って何ですか?」


 そこでようやく未来ちゃんまで自分の後ろに引っ付いてきていた事に気付いた。

 まぁここで帰すのもあれだし別にいいけど。


「呑牛っていうのは軽トラくらい大きな牛っぽいやつで、たまに食卓に並んでたりするよ」

「食べるんですか!?」

「ブタとかトリと比べると味は……まぁ、うん」


 未来ちゃんは驚いているが、そこまで珍しくない。

 身体がデカいから量も多くて安かったりするから貧しい庶民の味方だったりする。

 ただ、コイツは牛やブタみたいな品種改良なんてされておらず、肉とかも食うので臭みがとれないとかなんとか。


「味はさておき、下手に近づくとこっちが食べられるから困ってるってところだ」


 と、天津さんが付け加え、笑いながら自分の肩を叩く。


「ま、こっちには専門家がいるから大丈夫さ!」

「ふぁっ!?」


 突然の無茶振りにおかしな声が出てしまう。


「あの…もしかして、俺をこの中に入れたのって……」

「本当はウチの面子を呼ぼうと思ってたんだが、キミがいるなら必要ないな」

「いま僕オフなんですけど!? お仕事として鳴神くんを呼んで稼いでいいんですよ!?」


 しかもこちとらボランティア団体だ。

 外来異種を届けてもそのお金はこっちの懐に入らないようにされている。

 ……代わりによく分からないお金が通帳に振り込まれてて怖いけど。


「おっと、もしかしてデート中だったのかな? それは悪い事をした」

「本当に悪い事ですよ! 俺とデートだなんて、この子を殺す気ですか!?」

「だから今日は誰も死にませんよ!?」


 いやでも女学生とデートする二十四歳とか社会的にアウトで死刑だと思います。

 ここがアメリカだったらショットガンをつきつけられて「撃たれるか死ぬか選べ」とか言われるよ。


「まぁそんなわけで、最後の一匹を探してるところなんだが…見つけてもスグに逃げるせいで手間取っていてな」

「下手に近づけないですしねぇ。……ところで、呑牛って生け捕りじゃないとダメなんですか?」

「それが出来れば一番いいんだが、無理なら無理で駆除も視野に入れてるってところかな」

「ん~…それなら、まぁなんとかなるかな?」


 そう言うと天津さんが驚いた顔をする。


「いや、期待半分で言ってみたんだが…本当にいけるのか?」


 俺なんかに半分も期待するのはどうかと思う。

 それならそっちで働いてる人達にその分注いでほしい。


「いけるといえばいけますけど、問題はどこにいるかが……」

「それなら、あたし分かります!」


 未来ちゃんが元気良く手をあげて答える。


 そして数十分後、自分と天津さんは二人して驚いた顔をする事になった。

 上野公園にある静かな一角で、疲れた呑牛は昼寝を堪能していた。

 そこは上野東照宮 五重塔……重要文化財である。

 何か間違いがあって壊してしまえば大変な事になる危険地帯だ。


「ッスゥー……安全そうですし、帰りますか」

「いやいや、ここまで来てそれは無いだろう」


 せやかて、天津はん!

 おかしなことしたらアテとアンタの首が飛ぶだけじゃすまへんのやで!!

 時代が時代なら切腹もの……いや、晒し首とかになること間違いなし。


「それで、これからどうするんですか!」


 けれども未来ちゃんがキラキラとしたお目々でこちらを見てくるせいで逃げられない。

 これだから大人の立場ってやつはさあぁ~~~!!

 しょうがない、何事もないことを祈って何とかしよう。


 さて、取り出したるはここに来るまでに回収した燃えないゴミの数々。

 使い終わったホッカイロ、ライター、小さなプラスチックのゴミだ。

 これに先ほど買った果汁百二十パーセントのオレンジジュースをかけてから、少しずつ呑牛の近くに投げる。

 すると、音に気付いた呑牛は近くにあるオモチャのキーホルダーに気がついた。

 しばらく匂いを嗅ぐと、パクリとそれを食べてしまう。

 そうして少しずつ周囲にあるゴミを食べていき、再び眠ってしまう。


「これで大丈夫かな。あと数時間ほどしてから回収すればいいと思いますよ」

「あー…あれは何をしたんだい?」


 呑牛には植物用と肉用の二つの胃袋がある。

 雑食で何でも食べて溶かそうとする人間とは違い、あいつは胃袋を分けないと消化できないわけだ。

 そこでオレンジジュースを使ってゴミを食べられるものと誤認させて食わせると、消化できずにそのまま胃にゴミが残ってしまうのだ。

 そうなれば本来摂取できるはずのエネルギーを摂取できなくなる。

 無駄に体格がいいせいで大量のエサが必要になるのに、ゴミが残り続けているせいで食べることができない。

 結果、徐々に衰弱していくというやつだ。


 そんな感じの事を要約して伝えると、天津さんは何度も頷き、未来ちゃんは感心したような顔でこちらを見ていた。


「キミはいつもそんな事を考えているのかい?」

「いつもはめんどくせぇとか、散弾銃をフルオートでぶち込みたいとかですかね」


 こんな事しなくても火力があれば全部解決してくれますし。

 火力は事態を消し飛ばす万能ツールです。

 なお、解決するかどうかは使う人次第。



 その後は警察の人に居場所を伝えて遠巻きに監視してもらう事になった。

 ちなみに近くで見ていないと安心できないのではと聞かれたのだが―――。


「それで逆に起きて暴れても、俺は知りませんよ」


 と言ったら気まずそうな顔をされた。

 だって暴れられたら俺じゃどうしようもないんだもん!

 なんなら今からでも駆除業者を呼んで蜂の巣にしていいと思う。

 まぁ苦情がめちゃくちゃ飛んでくるだろうけど。

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