第37話:本拠地ビル
例の大仕事を終えた翌日、スマホのアラーム音で目を覚ます。
酒は飲んでいないので二日酔いにはなってないが、身体…というか足が痛い。
練馬駐屯地でマラソンやって、そこから国会議事堂を歩き回り、さらに五キロもある皇居外周を歩いたのだ、痛くならない方がおかしい。
まぁこれで少しは痩せただろうと思えばこの痛みも心地よいものに感じる。
なお、昨日の夜に摂取したカロリーについては考えないようにする。
さて、カーテンを開けて部屋に明かりを入れる。
ビルの三階から見える風景はいつも通りの朝であった。
実は今、自分は貸しビルの一つに住んでいる。
なにせ今や正式な乙種免許を持っている為、銃器が解禁されている状態なのだ。
普通ならば会社に所属してその倉庫で管理するものだ。
だけど自分は個人事業主のようなものなので、自分で管理しなければならない。
自宅に置いておくには危険すぎるし、貸し倉庫も銃の密輸に一度使われた事があってから貸し渋るせいでどこにも置けない。
だからいっそ保管できるビルに住めばいいじゃないという事で、"外来異種瀬戸際対策の会"の本部に寝泊りしている。
二階は事務やら何やらのオフィス、三階は丸々自分の生活空間で、四階が保管室となっている。
ちなみに自分の仕事道具の他にも自衛隊員さんが使う物が置かれており、なんか本当に秘密部隊の活動拠点になってる。
映画だったら間違いなく襲撃されるロケーションだ。
さて、テレビをつけてニュースを見てみると国会議事堂に外来異種が侵入した件について報道されている。
原因は警備にあるのか、それとも怠慢か、体制そのものに問題があるのではないか、チャンネルによって様々な意見が繰り広げられていた。
ただ何処も皇居に関して言及していない事から、あの残業には意味があったんだろうとは思う。
残業手当は出ないけど。
それから軽くシャワーを浴びて着替えてから二階に降りると事務机でブンさんと近衛さんが作業をしていた。
「おはようございます。土曜日の朝から精勤ですね」
「誰のせいか分かって言ってるよね?」
げんなりした顔でブンさんは返事をしてくれたけど、雅典女学園の警備部に所属している近衛さんはこちらを一瞥だけして黙々と作業を続けてる。
うん、あれはちょっと怒ってる系かな。
まぁこのボランティア団体って動かすだけで色々と面倒な届出とか報告書が発生するので致し方ない。
「私が言ってるのはね、どうして区役所員である私がここで働くことになってるのかって事!」
「賃金は発生してないから労働じゃなくてボランティアじゃないですか」
そう、実はブンさんには事務のトップとして働いてもらっている。
このボランティア団体を発足するにあたり、事務や雑務を行う人を募集しようという話があったのだが、その時に久我さんにブンさんを推薦したのである。
その結果として何故かブンさんのお給料が上ったり、何故かこのボランティア団体に所属する事になったり、組織の裏側を知る事になったりと、そのとき不思議な事が起こったのであった。
いやぁ、別に富山に行く時に特殊乙種駆除免許の書類を書かせた事は恨んでないですよ。
むしろアレがあったおかげで、俺は今こんないい暮らししてるわけですからね、感謝してるくらいです。
だからね、この幸せを独り占めしてたら罰が当たっちゃうからね、だからブンさんも一緒に幸せになろうね!
絶対に逃がさない……。
ちなみに近衛さんについては完全に巻き込まれである。
表側の名簿に雅典女学園の生徒が入っている事から、外来異種の免許を持ってる近衛さんが監督するという名目になっている。
経験がいきたというより、経験のせいで面倒事を押し付けられるという社会の縮図を見た気がする。
「んん~っ! こちら、終わりました」
近衛さんがPCから目を離して背伸びをする。
巻き込まれたといっても、近衛さんは表側の事しか知らないので仕事の分量はそれほどない。
ブンさんは表も裏も統括してるせいで作業量も気苦労も絶えないレベルだけど。
「うん…うん……大丈夫だね。ありがとう、近衛さん」
「あとは領収書の清算だけですね。荒野さん、早く出してください」
あぁ、そういえばもうすぐ月末か。
領収書っていっても何かあったけな……。
そしてサイフから出てきたのは軽井さんが昨日買ってきたコンビニのレシートである。
「ふむ、こんな夜までお疲れ様でした」
「えぇ、まぁ、大変でした、はい」
レシートには買ってきた時間も書かれているので、それでいつまで仕事をしていたかを察してくれたのだろう。
「……ただ、サンドイッチやコーラとかはいいとして、どうして袋ラーメンを?」
「そう……ッスゥー……ねぇ…?」
それは俺も分からない。
結局あれは食べずに持ち帰るハメになったはずだ。
「それに、ふりかけ……何をしていたのですか?」
「そこはまぁ…色々と複雑な事情が……」
口ごもる自分を見て近衛さんの冷ややかな視線が突き刺さる。
人に言えない事情があるのはウソじゃないです!
ただコンビニについては完全にボクのせいじゃありませぇん!
「はぁ~…まぁいいです。荒野さんのお腹なら、そういう事もあるでしょう」
許された!
生まれて初めてデブは罪ではなく、赦される免罪符になった瞬間である。
チクショウ、何も嬉しくねえ!!
「それよりも、そろそろお昼ですね。また借りても?」
「どうぞ、どうぞ」
自分がそう言うと近衛さんは三階に向かう。
三階には大きな冷蔵庫とセットでキッチンがあるので、そこを借りる代わりに何かを作ってくれたりするのだ。
自分で料理することもあるのだが、最近は面倒くさくて湯豆腐くらいしか作ってなかったので、少し期待していたりする。
さて…料理が出来るまではまだ時間があるので、その間に昨日使った仕事道具の整理でもしておこう。
まぁ自衛隊員の人が片付けてくれたし別にやらなくてもいいと思うんだけど、一応ね。
そしてエレベーターに入り、カギを使って四階へのボタンを使えるようにしてからボタンを押す。
四階に入ってからスグ目の前にある扉にキーカードを通して開ける。
中に入ると"管理A"や"管理B"といった扉がいくつも並んでおり、そこから"荒野・私物"と書かれた扉のカギを開ける。
扉の奥には自分が用意した仕事道具がいくつも置いてあり、昨日ばら撒いてしまった道具もしっかりと並べられていた。
「ひーふーみー……あれ、なんでテープで巻いてたんだっけ?」
何故かダクトテープでぐるぐる巻きになっているジュラルミンケースを見つけて、眉をひそめる。
「まぁいっか、剥がしてしまおう」
ケースを完全に密封するかのようなテープを剥がそうとハサミを取り出して、ようやく中身を思い出した。
そういえば昨日、国会議事堂で見つけた外来異種の種をこの中に封印していた事をようやく思い出した。
「やべぇ…これホラー映画だったら開けた瞬間にやられる場面じゃん」
ケースを軽く振っても化物の鳴き声は聞こえてこないが、流石にこのままにしておくのはちょっと怖い。
そういえば自衛隊の人が皇居で回収したやつを研究所に持っていくとか言ってた気がする。
ならコレもそこに持っていくべきか。
念の為に最低限の荷物だけ持って三階に降りて、料理をしている近衛さんに声をかける。
「すいません、ちょっと出てきます」
「仕事ですか?」
「いや、ちょっと外来異種の研究所に」
そこで近衛さんの手が止まった。
「健康診断ですか?」
「ナチュラルに人を外来異種にしないでもらえませんか!?」
しかも研究所だから健康診断っていうよりも、解体新書されるのではなかろうか。
「時間がかかりそうなら、調節しますが」
「いや、後でゆっくり食うんでラップして冷蔵庫に入れといてください」
「ラーメンだとしても?」
麺が汁を全部吸って大変な事になるやつじゃないですか。
「贅沢だという事は重々承知しているのですが、どうかラーメン以外にして頂けないでしょうか」
若干不安を覚えながらも、伝言を伝えてビルを出る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます