第36話:桜田門の浮気騒動

 サラリーマンが一斉にアルコールを摂取する夜の時間、桜田門の寸劇が始まった。


「レイコさん! その包丁をおろしてください!」

「そうよ、私とフトシさんの間には本当に何も無いの!」


 自分がフトシ、自衛隊員の大沼さんがキリコさん、そしてレイコさんは……。


「ウソよ! だって私、二人が変な事してるって知ってるんだから!」


 よりにもよって軽井さんである。

 この寸劇は白紙の台本から始まり、全てがアドリブで進められる即興劇である。

 だからこそ舞台を壊さぬように細心の注意を払わなければならないのだが、開幕でレイコさん役の軽井さんが暴走して包丁を持ち出してきた。

 もちろん演出道具なので実際に刺さりはしないのだが、そのせいで劇がいきなり浮気モノ路線に突っ切る事になった。


「それはキミの病気だ、大人しく薬を飲もう?」

「近づかないで! そうやって私のキリコさんに手を出したんでしょう!?」


 あれ……これレイコさんとフトシくんが付き合ってる設定だと思ってたけど、もしかしてレイコさんとキリコさんが付き合ってる感じなの?


「そういう所よ! 貴女のそういう所が重くて……だから私はフトシさんと…ッ!」


 いきなりブッ込まれた新設定でありながらも、キリコさんがうまく利用する。

 えっ、これ俺どうやって動くのが正解なの?


「コロス…コロスゥ……ッ!!」


 キリコさん役の軽井さんから放たれる殺意が身体中に突き刺さる。

 偽物だと分かっているのに、手に持ってる包丁がまるで抜き身の刀のように思えてしまう。


「レイコさん、落ち着いて深呼吸するんだ。僕らの間には本当に何もないんだ、キミが見たのは幻覚なんだよ」

「いい加減なこと言わないで! 私、二人が…その……花でいうと、おしべと……おしべで……してるの見たんだから…ッ!」


 待って?

 おしべとめしべじゃなくて、両方おしべなの?

 もしかしてキリコさんって実は女性じゃないの??


「だから貴女は捨てられたのよ」

「アアアアァァッ!!」


 しかもキリコさんが煽りにいった!

 それに伴ってレイコさんが完全に暴走してる!!


「貴方を殺して私は逃げる!」

「発言が完全に犯罪者のソレェ!!」


 そしてレイコさん役の軽井さんが自分に包丁で刺さされて押し倒されるような形になってしまった。

 実際には刺されてないのだが、包丁をこちらに押し付けながら何度も捻る手口から見るに、かなりのやり手のようだった。

 というかプロの犯行だよこれ。


「はいカーット! 皆さん、撮影にご協力くださいましてありがとうございました。スタッフの着替えをするので、もうしばらくだけお待ちください」


 そう言って監督役をやっていた人が指示を出すと、桜田門の入り口を隠すように布がかけられる。


「ジップライン、設置完了」

「設置確認。いつでもいけます」


 周囲では撮影が終わったかのような雑談を演出しながらも、自衛隊員の人達はテキパキと作業を進めていく。


「我々が行く事は難しく……すみませんが、よろしくお願いします」


 流石に現役自衛隊員が建造物侵入罪で捕まったらマズイので、自分が行くことになる。

 まぁ自分の出した案よりも穏当で安全な方法を用意してくれたので、感謝しかない。


 ジップラインのロープにハーネスの金具を取り付け……ここで少し気になる事があった。


「これ、俺の体重でも大丈夫ですよね?」

「まぁ………多分?」


 流石に百キロはないが、先週に一週間毎日ランチで食べ放題とかやってたからちょっと危ないかもしれない。

 不安はあるものの、ジップラインを稼動させて移動する。

 電動なせいか結構な速度が出たおかげでスグに対岸にある石垣の上に到着できた。

 あとは向こう側にいる天月さんの指示する方向に歩き……そして国会議事堂でも見た黒い種を回収した。

 戻りも同じ要領で移動し、下りだったせいで物凄いスピードで帰る事ができた。


「ありがとうございました、回収物に関してはこちらで研究所に送っておきます。お疲れ様でした」


 そこでようやく、自分に出来る範囲の仕事を全部終えたのだと実感できた。

 桜田門の入り口にかけられたシートを回収し、大沼さんも一緒に撤収していった。

 それに紛れて自分達もその場から離れ、国会議事堂に戻ろうとしていた。


「それで、荒野さん…何か言うことはありませんか?」

「へぁっ?」


 あぁ、そういえば二人を巻き込んでいた事に今さらながら気付いてしまった。


「天月さん、軽井さん! どうかこの事はご内密に!!」

「あはは、敷地内にあった危ないものを取ってきたわけですから言いふらしたりなんかしませんよ」


 よかった、必死に拝み倒したおかげで天月さんはちゃんと分かってくれた。

 問題は軽井さんだ。


「そういえば私、いま肉って気分なんですよ」


 奢れと申すか。

 背に腹はかえられないとは言うけれど、腹でかえられるのならまぁ……。

 代わりに自分のサイフが犠牲になるんだけどね!


「えっと…ご予算は如何ほどのものがよろしいでしょうか?」

「ふふっ、冗談ですよ」


 よかった、いつもの冗談だったらしい。


「この貸しをお金で解決させるなんて勿体無いですから」


 前言撤回、もっとやばかった。

 この秘密につりあう事って俺なにやらされるの!?

 もう今から怖いんだけど!!


「さて…お腹が空いたのは本当ですし、皆でご飯を食べにいきましょう」


 そして三人で国会議事堂に戻り、警察などの応援が来た段階で引継ぎをして近くの店で飲み食いする事になった。

 ちなみに経費という事でフィフス・ブルーム持ちとなっているので自分も遠慮なく食いまくっている。


「そういえば、三人は何をしていたんですか?」


 肉・米・そしてイモを貪っていると、鳴神くんが話をふってきた。


「ちょっと話せないけど、正しい事かな」

「へぇ~、気になるなぁ」


 色々と追及されるも、天月さんはしっかりと避けてくれている。

 頼み込まれたら断れないような性格かと思っていたけど、芯はしっかりとしているようだ。


「女性にお金を握らせて、弱みを黙らせようとしてました」


 そしてその心遣いをブチ壊すような発言が軽井さんから飛んで来た!

 そのせいで周囲の人達から嫌なヒソヒソ声が聞こえてくる。


「……どう思う?」

「う~ん、軽井さんに勘違いしちゃっただけじゃないかな」

「うっさいよ! 勘違いするほど自惚れる顔じゃないっての!」


 結局その日は遅くまで店で騒ぐ事となってしまった。

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