第35話:皇居侵入作戦


 天月さんと軽井さんにはコートで顔を隠してもらう事で、なんとか国会議事堂からの脱出に成功した。

 ちなみに自分は一切隠していない。

 知名度がないからね、というかお偉いさんに素性を隠してもらってる状態だからね。

 だからちょっと残念とかそういう気持ちは一切無い。

 あー無名でよかったなー!

 有名税とか払わなくていいから楽だなー!


「わわ、言われた通りにこのカバンを背負ってたら本当に簡単に出られましたね。これって何なんですか?」

「えっと…宅配する個人事業主ご用達のカバンかな」


 ただの料理配達する個人事業主を捕まえるほど、マスコミと野次馬の方々は暇ではないと思ったが正解だった。

 というかさっきの銃声や周囲を警戒する瀬戸際対策の会、そしてフィフス・ブルームの人達が出てきていないのだから、まだ中に本命が残っていると思っているのだろう。


 混雑する道を自慢の肉体と脂肪でかき分けて、天月さんを先導する。

 しばらく歩くとスグに皇居が見えてきたのだが、そこにも人が沢山いた。

 気になって何があったのか聞いてみたのだが―――。


「国会議事堂でなんか騒ぎになってるっしょ? 面白そうだから、なんかここで見れないかな~って」

「すいません、いま動画サイトで生放送中なんで」


 野次馬ばっかかよ!

 平日の夜だってのに暇人かお前ら!


「撃ちますか?」


 軽井さんからすさかず飛んで来た提案に、思わず許可を出すところだった。

 多分これ撃たれるのって暇な人達じゃなくて俺だよね。



 マラソンランナーと野次馬のおかげで盛り上がっている皇居周辺を歩く。

 女の子二人を後ろに侍らせているのでちょっと優越感を感じる。

 なお、二人の後ろを歩こうかと思ったが、たぶん職務質問が飛来するので止めておいた。

 パトロールの人とか多いからね、気をつけないとね。


 そんな感じで皇居の周囲を歩く。

 外周を歩くだけで五キロ……今までの俺だったら途中でマックのポテトを買い食いしていたが、自衛隊基地で鍛えられた今の俺はコーラ一本で済んだ。

 ちなみに缶だ、流石にペットボトルで飲みながらは炭酸のせいで腹がキツイ。


「えっと、見つかった反応は一つだけでしたね」


 歩きながら記載していた地図を見直すと、桜田門の箇所にだけ印がつけられていた。

 一箇所しかなかったと喜ぶべきなのか、それとも悪い予感が当たったと中指を立てるべきなのか。

 どちらにしろ見つけたくなかったものが見つかった事には変わらない。


「どうしよっかぁな……軽井さん、銃で種だけ撃てない?」

「皇居に向けて発砲するとか、控えめに言って頭おかしいのでは」


 正論すぎて何も言い返せない。

 しかもこれ、弾が証拠として残るから絶対にやっちゃいけない手だ。

 そうなると直接取りに行かないといけないのだが―――。


「今の時間、皇居って入れたっけ」

「そもそもあそこは入れる場所じゃないですよ」


 手詰まり、降参である。

 う~む、門衛さんに言ったら回収してもらえるだろうか?

 信じてもらえるかどうか…そもそも、疑われて逮捕される可能性だってある。

 しかも警視庁がすぐ後ろにあるから取調室RTAの世界記録すら狙える位置だ。


「よし、分からん時は人に聞くに限る!」


 幕僚長の村中さんにもう一度電話するが……ダメッ!

 もう帰っていいかな、十分に頑張ったよね?


「―――お待たせしました、追加人員の大沼です。」

「うおぉっ!?」


 突然後ろから話しかけられた事と、やましい事を考えていたせいで心臓が跳ね上がってしまった。

 ちなみにやましい事といってもいやらしい事ではなく、どうやってバレずに侵入しようかと考えていた事である。


「国会議事堂には九人向かいました。荒野さんはここで何を?」

「あー……ちょっと面倒があってね」


 そこで女性隊員の大沼さんにこっそりと現状について話をする。

 自分の予想も入っているのだが、寄生タイプの外来異種の種が皇居にあるかもしれないという話を聞いた時はもの凄く顔が歪んでいた。


 ウフフ、ようこそ胃痛のパーティーに。

 追放されようと思っても、もう遅い。


「―――話は分かりました、分かりたくありませんでしたが」

「というわけで、向こうに渡る方法とかないですか?」


 それを聞き、自分以外の三人の目が点になってしまった。


「何とかするつもりなんですか?」

「わりと本気で帰りたいんだけどね。今ここで帰って、もしも何かあったらストレスでハゲるからね」


 性格が悪いぽっちゃり系のハゲとか、これからの人生難易度がハードを超えてドロローサの道とかゴルゴダの丘直行便だからね。

 ぼかぁまだ人生の磔刑場に行きたくないよ。


「……ちょっと着いてきてください」


 そう言って先を歩く大沼さんについていくと、そこは公衆トイレだった。

 女性三人に男性一人……今ここで声をあげられたら死ぬ。

 いや、死んだ方がまだ転生の可能性がある分マシかもしれない。

 次の生ではチートはなくてもいいからイケメンとして生まれ変わりたい。

 でもイケメン自体がチートの気もするな、うん。


 そんな自分を放っておいて、大沼さんが備え付けの扉を開ける。

 掃除用具とかが入れられているかと思われていたその扉の奥には、よく分からない機材や道具があった。


「これと…これですね。荒野さん、半分お願いします」


 大沼さんはいくつかの道具をカバンに詰めて、片方をこちらに渡してきた。


「あの、これって…?」

「電動ジップラインです。これがあれば、敷地とこちら側を簡単に往復できます」


 おぉ、そんな便利な物があったとは。

 これならわざわざ堀を泳いで、壁を登る手間もなくなるというものだ。

 あと必要なものは……桜田門近くにいる野次馬か。

 人の目があったら進入したのがモロバレになる。

 穏便に済ませる為にも、なんとか人払いをしなければならないのだが…。


 そうこう考えていると、スマホから着信音がする。

 画面には……幕僚長と表示されていた。


『やぁ、荒野さん。ようやく時間が取れたから電話を掛け直させてもらったよ。国会議事堂から離れたという報告があったのでそちらに一人寄越したのだが、問題は?』

「一つだけあります。外来異種の反応が皇居の敷地内に」

『それ、は……』


 あ、電話越しでも絶句してるって分かる。

 でも現場にいる自分らは心労の他にもそろそろ肉体的にもやべぇっす。


『……危険なのかね?』

「さぁ…? 分かりません」


 またしても電話越しに判断に困るかのような声が聞こえた。

 安全だって分かってたら、俺はとっくに帰ってますって。


「中の人に何とかしてもらうって手はダメですか?」

『管轄がこちらから外れてるから難しいかな。環境省に宮内庁……他にも外来異種の研究所が襲撃されたとか色々な情報が交錯してるせいで、下手すると取次ぎだけで明日になるね』


 まぁ自衛隊の組織でそこまでサクっと根回しできてたら苦労しないか。

 というかデマまで流して混乱させてくるとか、本格的にテロっぽくなってきたぞ。


「じゃあ俺が勝手に入ったら―――」

『駄目駄目! それはもうこっちからじゃどうやっても庇えない!』


 なんだ、逆に言えば庇われなければいいという事か。


「一つ提案があるんですけど」

『ん? 聞こうか』


 そして素人意見ではあるものの、権力をふんだんに使った作戦を伝える。


「先ず俺と大沼さんがここで寸劇をして、刺されたフリをします」

『待ってくれ…いきなり凄いのが飛んで来たんだが』


 ぶっちゃけそこは重要じゃないので話を続ける。


「そしたらスグに警察に来てもらって、ブルーシートで周囲を囲って視界を遮ります。その隙にジップラインを使って対岸に渡って目標を回収したら、救急車で運ばれて脱出します」


 桜田門は大きな門なので、人を出払わせて入り口さえ塞いでしまえば見えなくなる。

 そして事件が起きたという事で野次馬が集まってきても、救急車よりも現場と警察に注意が集まるからこっちは顔を見られる事も無く逃げられるというやつだ。

 即興の作戦としては中々ではないかと思うのだが、電話からはとても重くるしい溜息が聞こえてきた。


『流石に巻き込む人数が多すぎる……』

「それは…俺一人で不法侵入して捕まってきた方がいいと?」

『そういう事ではなく!』


 違うらしい。

 だけど、最悪の場合は外来異種が皇居の敷地内に発生してしまう。

 そうなれば国会議事堂で発生した外来異種に関しても追求され、テロについて報道される事だろう。

 さて……皇居がテロの標的にされたという情報が広まったらどうなるか?

 多くの日本人にとってそれは逆鱗を撫でられたような状況になるだろう。

 そうなれば現政権の人にも追求が迫り、波及した責任が多くの人間を不幸にする。

 テロの目的は分からないけれど、成果としては上々だろう。


 昔は皇居侵入罪なんてものがあったが、今なら建造物侵入罪で済む。

 そう考えれば、社会生命がほぼ無に等しい俺が行くべきではなかろうか。

 少なくとも、それで泣く親はもういない。


『……キミは少しばかり、性急すぎるきらいがあるな』

「前は間に合いませんでしたからね」


 富山では間に合わなかったからといって、今度も間に合わないとは限らない。

 むしろあんな事そうそう起こるわけがない。

 ……だからといって、今度は大丈夫だという保証もない。

 世の中どうしようもない事ばっかりだ。

 もう慣れたけど。


『ふぅ……一時間、一時間だけ時間をくれ』


 そんな事を考えてたら、村中さんが搾り出すような声で提案してきた。

 これは……なるほど、そういう事か。


「分かりました、一時間後に突入したらいいんですね!」

『そういう事ではなく!!』


 違うらしい。

 取り敢えず時間的猶予はないものの、一時間ならまぁ大丈夫だろいうという事で了承する事にした。

 まぁお堀の向こう側にある外来異種の反応が動いたら突入するけど。



 そんなこんなで、自分がタバコの煙を夜空に溶かしている間、天月さんにはずっと皇居にある反応を観測してもらっている。


「顔色悪いですけど、やっぱキツイっすか?」

「いつもはこんなに使い続けてないので……あ、でもまだ大丈夫ですよ!」


 う~む、どうやら天月さんのスキルはパッシブ系ではなくアクティブ系らしい。

 まぁそうじゃないと寝てる最中に反応があったりしたら起きてしまって不眠症になりそうだしなぁ。


「お待たせしました、お好きなものをどうぞ」


 大沼さんと軽井さんがコンビニで食料と飲み物を買ってきてくれたので、タバコを携帯灰皿に入れてからレジ袋の中を覗き見る。

 菓子パン、おにぎり、コーヒー、お茶、袋ラーメン、おでん………袋ラーメン?


「荒野さんが前に袋ラーメンをお湯を使わずに食べてたって聞いたので」

「いやまぁ食べたよ? 食べたけど、それは別に好きで食べたわけじゃないからね!?」


 どうやら軽井さんの仕業らしい。

 この場に鳴神くんがいたらそっちに集中砲火するつもりだったのだが、この場に男は俺しかいないせいでギャグが全部こっちにぶち込まれるハメになってしまった。


「ふりかけもありますが」

「口の中が余計にパサパサになるんですがそれは」

「ええ、その為のコーラです」

「組み合わせが致命的に合ってないって言いたいんだけど」

「言っていいんですよ?」

「だから今言ってるんだけど!?」

「……イヤなら先に言ってくれればよかったのに」

「言われるまでもなくオカシイって先に気付いて!!」


 はぁ……はぁ……疲れる……。

 鳴神くんはいつもこんな苦労していたのだろうか。


 そんな自分らのやり取りを見て、天月さんも大沼さんも笑いながら見ている。

 ちくしょう、どっちか片方が男なら巻き込んでたのに。


 そんな事をやっていると、遠くから何かの機材を持った人達がやってきた。

 カメラ、照明、マイク……もしかしてテレビ局!?

 機材を持った人達が周囲にいる人に声をかけて人を遠ざけていく。

 やはりここで撮影をするから出て行ってくれという話なのだろうか?

 どうしたものかと心配していると、こちらにも一人寄って来た。


「荒野さんですね? お待たせしました、援軍です」


 その言葉から、民間人に扮した自衛隊員の人達なのだと察した。


「詳しい作戦をお話いたしますので、こちらの台本をどうぞ」


 手渡された台本の表紙には"砕けた柘榴"(くだけたざくろ)というタイトルが書かれており、中身は真っ白であった。

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