第33話:国会議事堂 奪還戦

 任務が通達された事で本格的に動き出し、何人かの人達と一緒にバンに乗って現場に向かった。


「皆さん離れてください! 外来異種が確認されており、危険です!」


 すでに日も落ちて暗くなろうとしているというのに、国会議事堂はライトアップされてまだまだ明るかった。

 正門近くには多数の警備員さんが何人も配備されており、ひしめきあっているマスコミと野次馬を押しとどめている。


「これは無理ですね。参議院通用門から入りましょう」


 運転手の隊員さんはそのままグルリと回って別の門へと向かう。

 そこも人がごった返しにはなっていたものの、なんとか門の前まで車を進める事ができ、門衛さんがこちらにやって来た。


「すみません! 現在、外来異種が確認されている為、入場を制限させて頂いております!」

「はい。我々はその対応として呼ばれた『外来異種瀬戸際対応の会』です」

「……あれ? 少々お待ちください!」


 すんなり中に入れるかと思いきや、門衛さんは何やら無線で色々と連絡しだした。

 これはもしや……話が通ってなかったとか、対抗議員による妨害工作とかそういうやつだろうか?

 それならそれで帰るだけだし別にいいんだけど、気になる事がある。


「国会議事堂って電気フェンスを採用してましたよね?」


 確認の為に車の中に居る隊員さんに聞く。

 国会議事堂は重要な場所だ、警備も万全なはずである。

 だからこそ外部から外来異種が侵入しないよう、電気フェンスや外来異種が嫌う音を発生させる装置などを設置していたはずだ。


「そうですね…電気フェンスがある以上、大型の乙種などは入り込めません。そうなると空から飛んで来たのかと思うのですが……」

「それなら外にいるはずですよね。なんで中にいるんだ…?」


 飛ぶ事が大きなアドバンテージだというのに、わざわざそれを捨ててまで中に入るか?

 そうなると、翼を持ってるタイプではなさそうだ。


「小型の丙種で、電気フェンスの合間を抜けたり滑空して中に入り込んだとは考えられないでしょうか?」


 他の隊員さんから飛んで来た発言を頭の中で検証してみる。


「……それ、自分らを呼ぶほどの事件?」


 丙種ならそれこそ適当な業者を呼んで駆除すればいい気がする。

 あと考えられる事といえば、ボランティア団体としての知名度アップとしてわざと騒ぎを大きくして解決するという作戦だろうか。


 そんな感じで車内の人達とああだこうだと話していると、門衛さんがこちらに戻ってきた。


「えっと、実は既にフィフス・ブルームの方がいらっしゃいまして…」

「よし撤収!」


 ダブルブッキングだったみたいですね!

 それにフィフス・ブルームの人達ならきっと大丈夫!

 というわけで解散!

 はい、家に帰って寝よう!


「それで、あちらの責任者の方がこちらに来るとの事です」

「いえ、お構いなく! これ以上は三六協定違反になるんで! ほら、早く車バックさせて!」

「そうしようにも、後ろに詰めてる人が邪魔で…」


 運転手の隊員さんを急かすも、マスコミやら何やらがこちらにも来ているせいで車を動かせない。

 なら退かせばいいじゃないかとも思ったのだが―――。


『こちらニュース東京です! 少しばかりお話いいでしょうか!?』

『日本報道局の者です! 失礼ですが業者の方でしょうか!?』


 これである。

 あっちこっちからカメラやマイクを向けられてるせいで迂闊に車外に出られたもんじゃない。

 失礼ですが、ってのは失礼していい免罪符じゃねぇよ!

 分かってるなら退いてくれねぇかな!?


「野生の外来異種がいるんだから、野生の流れ弾が飛んできてもいいと思うんだよね」

「落ち着いてください、荒野さん。せめて空砲にしときましょう」


 普通の空砲だとインパクトが足りないし、やっぱり戦車で来て空砲をドカンを鳴らすべきだったかもしれない。

 もしくは弱装弾じゃなくてゴム弾で鎮圧する感じで。

 わりとマジメに暴徒のような人混みをどうしようかと考えていると、門の向こうから見慣れた男性がこちらにやってきた。


「すみません、その車は通してもらって大丈夫です!」


 それはフィフス・ブルームの若きエースである鳴神くんであった。

 そしてそれを見た野次馬とマスコミは群がるように押し寄せてきた。


『鳴神さん! 中の状況はどうなってるのでしょうか!?』

『既に何名かの犠牲が出ているという情報もあるのですが!』


 けれども中から出てきた守衛さん達が人の波を抑え、なんとか車を門の内側に入れることができた。

 そしてしばらく敷地内に駐車して車から降りると、待っていたといわんばかりの顔で鳴神くんがスタンバイしていた。


「……じゃ、頑張ってね」

「いやいやいや! 何しにやってきたんですか!?」


 車の中へ戻ろうとするも、肩をガッシリ掴まれているせいで逃げられない。

 というか車の中にいる自衛隊員の人も自分を外へ押し出そうとしてる。


「だってそっちの会社がいるなら俺必要ないじゃん! 終わるまでここで休ませてよ!」

「別にいいじゃないですか、一緒の団体なんですからコラボみたいなものですって」



 そう、実は『瀬戸際対応の会』の表名簿に鳴神くんと、その彼女である天月さんも所属していたりする。

 最初は拒否されそうだったのだが、なんとか説得に成功したのである。

 というのも……。


「―――というわけで、実はこのボランティア団体は秘密部隊だったりするわけなんだ!」

「どうしてオレに教えたんですか!」

「これでもう逃げられないねぇ」


 こんな感じで誠心誠意と一緒に裏事情とかを込めた言葉で入ってもらう事になったのだった。

 自分だけ苦労するのは割に合わないからね、これからずっと苦楽を共に味わおうと思ってね。

 っていうかクソ亀の駆除を人にブン投げたんだからこれくらいは道連れにしていいと思うんだ。



 そしてその縁によって俺は無理やりここで仕事をやらされそうになっているというわけだ。

 因果応報だと他人は言うかもしれないけど、明らかに自分と鳴神くんではプラスとマイナスが釣り合ってない。

 主に顔と、そして体重が。

 それとも体重を減らせばイケメンになれる可能性が…?


「鳴神くん、そろそろ仕事の時間ではないのかな?」


 自分と鳴神くんで言い争っていたところ、スーツに身を包んだイケオジが声をかけてきた。


「あ、すみません社長。実は『日本外来異種瀬戸際対応の会』の会長である荒野さんにも同行してもらおうと思いまして」

「おお、キミがあの……。初めまして、フィフス・ブルームの天津 九朗だ」


 社長と呼ばれていたその人は、スポーツマンがそのままスーツを着たかのような姿であった。

 身体つきもガッシリしており、ヒゲもないので凄く若く見える。

 声を出さなければ三十代でも通じそうな見た目であった。


「どうも、ただのボランティア団体の会長をやってる荒野 歩です。ちなみに…"あの"というのは、どういった意味でしょうか?」

「久我さんから色々聞いてるよ。まだ若いのに、しっかりしているとね」


 はい、しっかりと型にハメられました。

 おかげで逃げることもできません。

 というか久我議員経由で話が届いているのなら、こっちの特殊性についても知っているのだろうか。


「それで、合同作業についてだったっけ?」

「富山の時みたいに、他社との共同作業もこれからあるかもしれません。今の内に同業者の方の空気や仕事を経験するのもいいと思うんですよ」

「あんな事、そうそうあってたまるか!」


 鳴神くんが必死にアピールし、自分がそれを抑える。

 まぁ天津さんもビジネスとして駆除業者の仕事をしているのだ、ボランティア団体が入り込むなんて嫌がる事だろう。


「分かった、許可しよう。荒野くん、すまないけどよろしく頼むよ」


 しかし無情にも天津さんは許可してしまった。

 すまないって思ってるなら!

 よろしく頼まないでくれないでしょうか!!


「ありがとうございます、社長。それじゃあ行きましょうか」


 そう言って鳴神くんは愕然としている自分を引き摺って行く。

 そして自衛隊員の人達は自分を助ける事無く、荷物を持ってその後についていく。

 俺は激怒した。

 必ずや、この邪知暴虐な扱いに抗議しなければならないと決意した。



 そして鳴神くんに連れられて国会議事堂の参観入り口に到着する。

 床には大きな見取り図が用意されており、様々な情報が書き込まれていた。


「それではブリーフィングを始めます。牧さん、お願いします」


 そう言って鳴神くんの彼女である天月さんが一歩前に出て説明を始める。


「はい。では先ず駆除対象は不明ですので、注意しなければなりません」

「質問! 駆除対象が不明ってどういう事でしょうか!」


 元気よく手を上げて質問する。

 外来異種がいるって事が分かっているのに、それが何か分からないというのはどういう事か。

 流石に発見者から話を聞けばある程度の特徴くらいは把握できると思うのだが。


「えっと…見た目としては丙種の叫竜のようなものと、鳥のような新種が確認されているとの事です」


 新種…つまり、危険度が不明なやつがいるという事か。

 外来異種には初見殺しのような生態を持つやつが多いので、未確認種というだけで厄介度が跳ね上がる。


「では続けます。今回の作業においては建物の損壊および資料保全の為、火器の使用は控えるようにとの連絡がきているので、近接用装備を準備してください」

「ちょい待ち。新種がいるのに火器を使うなって事?」


 近づいたら何をされるか分かったものではないというのに、近づいて駆除しろというのは流石にアカン気しかしない。


「えっと…詳しい事情は分かりませんが、火器を使用して損失が発生した場合の責任が取れないという事でして……」

「あぁ、ごめん。別に天月さんに怒ってるわけじゃないから」


 申し訳なさそうに俯く天月さんに謝りつつ、どうしたものかと思案する。

 ぶっちゃけ予算があるなら外来異種なんて近づかずに死ぬまで弱装弾を撃ち込んで終わりが一番安全だ。

 だというのに国会議事堂とかいう配慮しなければいけない塊の中で接近戦とか馬鹿げているとしか思えない。


「まぁ迂闊に銃を使うと、その音で驚いた叫竜…だと思われてる外来異種が叫んで高級なステンドグラスを割るかもしれないですからね」


 やはり銃を使う事を諦めているのか、鳴神くんからそういった理由について教えてもらう。


「ステンドグラスって、教会とかにあるやつ? どれくらい高いの?」

「値段というよりも、歴史的価値がとても高いというか……」


 ほんとめんどくせぇな~~もぉ~~~!!

 配慮してモテるならいくらでもするけどさぁ!

 なんでガラスなんぞに配慮しないといけないんだよ!

 それよりも俺は自分の将来について配慮しないといけないんだよチクショウ!


「えっと…そういうわけでして、取りこぼしなどを防ぐ為にも東側から私達が入り、外来異種を検知したら報告……一課と交代して駆除していくという順序になります」


 捜索に特化した二課が先行して、戦闘能力が高い一課が叩くという作戦らしい。

 まぁ無難に考えればそれでいいのかもしれないけど、もう少し安全な方法がほしいところだ。

 そういえば……鳴神くんと同じく天月さんも新世代で、感知能力があったっけ。


「天月さん、外来異種の感知範囲ってどれくらいある?」

「え? そうですね…十メートル以内は確実で、二十メートル以上はちょっと自信がなくなっちゃいます」


 障害物に関係なく感知できるというのはとても大きい。

 これならなんとかなるかもしれない。


「それなら一度外周をグルっと回って、どこに何匹いるか調べてみようか」

「あの、普通に中に入って調べるのと何が違うんですか?」


 天月さんからの疑問が飛んで来たので、それに答える。


「せっかく人間様の庭に入ってきたんだからさ、それを思う存分に活用しないとね」



 そして自分と天月さんと寝取られ防止用の鳴神くん、あと腕のいいボランティアの人(自衛隊員)と一緒に外に出る。

 火をつけたタバコを咥えたまま歩き、白い吐息と煙を空へと昇らせ、壁際を歩いて目標を感知したら地図と照らし合わせてその場所を報告する。

 報告されたら見取り図に駒代わりに荷物を置いて、何処に何がいるかを分かるようにする。

 そうしてようやく仕事の全容が見えてきた。


「東側に二匹、資料室に篭ってます。ただ、問題が西側ですね…」

「何かがいることは分かってるけど、頻繁に反応が途切れるんだっけ。そうなると二階にいるって事かな」


 多分だけど、こっちが鳥型の新種なんだと思う。

 文字通り飛び回って移動しているんだろう。


「どうします? もう戻りますか?」

「いや、折角だしそいつらも調べよう。ここから上に昇れます?」


 そう言って建物の上の方を指差して自衛隊員の人に尋ねる。


「まぁ、金具を引っ掛けられればそこからザイルで昇れなくもないですけど…」


 難しそうな顔をしている事から、流石に結構な高さがあるし無理そうかな。

 ゲームとかで見るフックショットみたいのがあればいいのに。


「金具を引っ掛ければいいんですか? それならオレができますよ」

「そうですか? ならお願いします」


 鳴神くんが自信満々に言うので、自衛隊員さんが金具を渡す。

 そういえば鳴神くんも新世代なんだからそれくらいできるのか。

 彼は自分の周囲に念力を発生させられる能力を持っているので、力を増幅させればオリンピック選手並の力で投げられる事だろう。

 だというのに、何故か鳴神くんは投げようとせずに軽くジャンプをしている。


「ふぅ……せーのっ!」


 そう言って彼は物凄い速度で飛び上がり、屋根の上へ消えていった。

 しばらくしてカチャンという音が鳴り、屋上から顔を覗かせてこちらに合図をしていた。


「……マジ?」


 あまりにも常識はずれな力であった為、俺と自衛隊員の人はしばらくポカーンと口を開けて固まってしまった。



 鳴神ショックから立ち直った自分達は屋上に昇り、再び天月さんに外来異種の感知をしてもらう。


「……真下に二匹です」


 それを聞いて自衛隊員さんが地図を確認して尋ねる。


「真下というと、吹き抜けにいる感じですか?」

「いえ……本当に真下にいるんです」


 天月さんが恐る恐るといった顔をして答える。

 つまり…自分らの足元、すぐ下にいるという事だ。


「鳥型だと思ってたんですけど、コウモリ型なんですかね」


 流石は自衛隊員さん、慌てず冷静に無線を入れて位置の報告をする。


「情報は集めました、戻りましょう」


 背筋が薄ら寒く感じながらも自分達はその提案に頷いてその場を後にしようとする。


「は……ぶぇっくしょい!」


 だが季節的にもまだ寒いせいか、思わず大声でクシャミを出してしまう。

 その場にいた全員が一斉にこちらを刺すような視線を送ってきた。

 だって、だって、生理現象なんだから仕方ないじゃない!


「―――あ、大丈夫です。今ので逃げたみたいです」


 天月さんの報告を聞き、全員が安堵した。

 しかし、新種が壁を貫通して殺しにくるようなやつじゃないと分かった事は大きい収穫である。

 まぁ実際そんなのがいたらチート使いどころの話じゃないのだが、こちらには新世代というチーターがいる。


「運が悪かったと思って諦めてくれ」


 俺はタバコの火を消して小さく呟いた。

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