第32話:任務通達
練馬駐屯地、いわゆる自衛隊基地。
まだ寒い風が吹き荒ぶ二月頃、今ここで肉体が熱暴走寸前まで追い込まれている。
「コヒュ……コヒュー……」
「あの、大丈夫ですか?」
地面でぶっ倒れている自分の熱や脈拍を測って心配している自衛隊員の人が心配そうに尋ねる。
日本人の癖として大丈夫じゃなくても大丈夫です、と言ってしまいそうになるが、そもそも言葉が出なかった。
冷たい風が気持ちいいと感じる余裕もなく、とにかく息苦しい。
「取り敢えずそのままの体勢でいいので、ゆっくり呼吸を落ち着けてください」
ランニングコースのど真ん中の障害物になっている自分を避けて走る人達を見ながら、身体を休める。
嗚呼、どうして自分はこんな所で死ぬほどキツイ訓練を受けているのだろうか。
少しばかりこれまでの経緯を思い返してみる。
架空の…と言ってしまうと語弊はあるのだが、秘密部隊の隠れ蓑となる外来異種専門のボランティア団体が設立され、何の間違いかそこのトップに自分が据えられる。
そしたら活動拠点となるビルをドン!
活動資金や援助金もドン!
あとついでにボランティア参加者という名前の架空人物の名前を持った自衛隊員も併せてドン!
そして出来上がったのが『外来異種瀬戸際対応の会』というボランティア団体である。
省略すると瀬戸際対応の会……なんかもう会の存続からしてダメそうな気がする名前である。
まぁ支援してくれる人の中には雅典女学園の理事長がいたり、そこの保護者さんもいるから資金難になるってことだけはないんだけどね!
っていうか自分にはもう区役所で仕事を請け負ってお給料を貰うという日常には戻れなくなった。
いや普通に駆除のお仕事はしてるけど、ボランティアだから全部無償です。
ただし、どこからともなく預金通帳にお金が振り込まれます。
なんなら仕事してなくても定期的にお金がやってきます。
なんでだよ…怖いよ……。
絶対に逃がさないという意思を感じる。
こんな事なら不感症になりたかった。
そうそう、裏側の人員名簿は自衛隊員の人がビッシリだけど、表側の名簿には何人か知ってる人がいる。
雅典女学園からは未来ちゃん、九条さん、水無瀬さん。
あと近衛さんや北小路理事長に…関係者が何人か。
まぁ秘密の多いボランティア団体なので、誰も彼も入れていいというわけではないそうで。
なんだよ秘密の多いボランティア団体って!
ボランティアって言葉の意味がなんか後ろ暗いものになるよ!
まぁその実態はお偉いさんから言われて色々やる秘密部隊なんだけどね。
任務で予算をよこさない議員を攫えとか言われるのだろうか?
そこまでいったらもう完全に暗部である。
そして何かあったら責任を取らされるのが自分である、つらい。
でも富山での外来異種による災害を考えると塀の中の方が安全な気もする、生きるのつらい。
まぁそんな秘密部隊に籍はないけど置かれている駒という状態である為、こうやって自衛隊体験会という名目でしごかれたりする日があったりするのである。
本当なら断りたいんだけどね!
だけど通帳に振り込まれてる金額とか、たまにある議員の久我さんからの連絡を考えると断れないんだよね!
誰か助けて!!
そんな自分の祈りを神様が聞き届けてくれたのか、遠くから一人の自衛隊員が駆け寄ってきてくれた。
あぁ、良かった……もしかしたらベッドまで運んでくれるのだろうか。
「失礼します、荒野さん! 村中 幕僚長からお話があるとの事です!」
自衛隊の階級には詳しくないけど、幕僚長って名前からして偉い人でしょ!?
なんでそんな人が自分なんかと話す事があるの!?
助けてくれとは願ったけど、トドメを刺してくれとは言ってないよ!!
「ヒェ……コヒュ……」
なんとか喋ろうと呼吸を整えてはいるものの、先ほどのショックで更に息が乱れてしまった。
そんな瀕死である自分を見て諦めてくれないだろうかと期待する眼差しで見つめる。
「お辛そうですので、こちらで運ばせて頂きます!」
そう言って走ってきた自衛隊員が脇から抱きかかえ……重くて無理そうだった。
デブを甘く見るなよ!
俺達が長年積み重ね続けてきた食べ物の集大成が俺達デブの重みなんだ!
「あ、手伝います」
しかし見ていた自衛隊員も手を貸して持ち上げられた。
とはいえ、流石に持ち上げて運ぶ消防士搬送は無理なようで、そのまま肩を組む形で運ばれていった。
だが覚えておくといい……一度持ち上げられたデブが、次も持ち上げられるとは限らないという事を。
具体的にはあまりにも疲れたので、今日はガッツリ飯を食うつもりだ。
そんなこんなで建物の中に運ばれたところで観念して、幕僚長の村中さんが待っているという部屋に入る。
「どうも、荒野さん。訓練の最中に申し訳ない」
「いえ、お構いなく。もう帰ろうと思ってたので」
なお、帰してもらえるかどうかは不明である。
前なんか演習地まで連れて行かれたからなぁ……。
「まぁまぁ、そんな緊張されなくて。スグに終わる話なんで、ゆっくり座って休んでください」
スグに終わる話なら座らなくてもいいと思うんですけど!
けどここで座らなかったらそれはそれで面倒になるので、諦めて対面のソファに座って机の上にあるお茶を飲む。
あぁ、生き返る……これから死ぬかもしれないけど。
「えっと……それで、どんな厄介事ですか?」
「いやいや、別に話があるからと言って厄介事というわけでは」
そうなのか、それは良かった。
今まで普通にボランティア活動という名の外来異種の駆除ばっかりしてたから、遂に本格的に動くのかとビクビクしてた。
そうだよね…そんな厄介事ばっかり起きるわけじゃないもんね!
「えー……実は、国会議事堂内で外来異種が確認されて―――」
その瞬間に出されたお茶を一気に飲み干した。
「ごちそうさまでした! じゃあ、これで!」
「まぁまぁまぁ!」
勢いで逃げようとしたのだが、村中さんに腕を掴まれてしまった。
「厄介事じゃないって言ったじゃないですか!」
「そういう時もあるって話であって、今回は……まぁちょっとしたトラブルなんで、ね!?」
どうしてそんなトラブルで俺が呼び出されなきゃいけないんですか!
……理由あったわ、ボランティア団体という名の秘密部隊だからだったわ。
今さら逃げてもどうしようもないので、諦めて再びソファに座る。
「それで……国会議事堂の中に外来異種が出たってのは分かりましたけど、俺にどうしろと」
「外来異種瀬戸際対応の会ですから、その対応ですな」
ただのボランティア団体が国会議事堂に入って駆除をしろと。
いやまぁ実態としては普通のボランティア団体じゃないけどさ、それでもイキナリ投げるもんじゃないでしょ!?
「……他の業者はダメなんですか?」
「場所が場所なんで、極力建造物への損壊を防ぎたい。だからこそ信頼できる人にお願いしたいとの事で」
お願いしたいという事は、誰かから言われているという事である。
それはつまり―――。
「もしかして、久我議員から…?」
村中さんは返事をせず、ただニコリと笑うだけであった。
つまりは、そういう事なんだろう。
嗚呼…個人で働いてたら嫌なモノから逃げられたというのに、どうしてこうなってしまったのか。
まぁ別に個人のままでいようと思えばいられたけど、その時は富山災害のせいでマスコミに死ぬまでオモチャにされてた事だろう。
ファッキューマスメディア!
それと鳴神くん!
「はぁ~…分かりました、やります。でも、失敗しても知りませんからね」
「ハハハ、あちらも可能な限りと思ってるでしょうし、国会議事堂を爆破でもしない限りは怒られはしませんって」
そうか、逆に言えば国会議事堂を爆散させればこの地位を投げ捨てられるのか。
……逆に難易度が高いなソレ。
「そういえば、同行させる隊員に希望は?」
う~む、訓練する時しか顔を合わせないからぶっちゃけ誰が誰なのか分かってない。
ただ、ここには色々な部隊がいるはずだ。
「第一戦車大隊とか」
「災害派遣などの経験はありますが、流石に戦車を持ち込むのは無理だ」
無理らしい。
戦車砲で国会議事堂を木っ端微塵にするのはまた次の機会にしよう、永遠に訪れないといいけど。
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