第31話:戻らぬ日々と新たな日常

 夢を見た気がする。

 オトンとオカンが河の向こう側にいた、水着姿で。


「プールに来て水着じゃない奴は、海パンで高級レストランに来るような奴だよ」


 いや、その理論はおかしい。

 というかあんたらのいる場所は遊泳禁止だと思うぞ。

 大人しく船に乗ってくれ。


「殺せ…復讐しろ……」


 そこら辺は終わったよ、流石に外来異種を駆逐するのは無理だから諦めてくれ。


「いや、東場の二局目でイカサマをした新山だ。あれは生かしておけぬ」


 麻雀の恨みを彼岸に持ち込むんじゃねぇよ。

 あと、とっくに死んでるだろうからそっちで何とかしてくれ。


「葬式はいらないよ。代わりに百万くらいでデカい花火をあげといてくれ」


 んな金ねぇよ、オモチャ屋で一万円分のロケット花火を買って打ち上げるからそれで我慢してくれ。


「墓は普通のでいいぞ。間違ってもゲーミング墓石とかは止めてくれ」


 頼まれてもそんなもん誰も注文しねぇよ。

 墓場で運動会って言葉が違う意味になるだろうが。


 そこで身体を揺らされる感覚があり、目が覚めた。


「荒野さん、そろそろお約束の時間です」

「あ…あぁ…どうも……」 


 近衛さんの声で意識が覚醒する、イスの座り心地がよくてつい眠ってしまった。

 ちなみに自分が今いる場所は国会議事堂の近くにある議員会館の一室である、なんでこんな所にいるんだ俺は。

 なんでそんな場所に来ているかというと、北小路 理事長にお呼ばれしたからである。

 というか、高級車でお迎えに来られたといった方が正しい。

 おかげで着馴れていないスーツに袖を通すことになってしまった。

 

 扉から控えめなノックがされ、そこから北小路理事長とどこかで見たことのある少し老けた男性…そして屈強そうな人達が入室してきた。


「荒野さん、こちらからお呼びしたというのに、お待たせしてしまって申し訳ありません。久我さんがもう少し融通を利かせてくれればよかったんですが…」

「北小路さん、それは私じゃなくて他の議員に言ってもらえませんかねぇ」


 議員さんでしたか……そして北小路さんはそんな人と仲良しだったんですね。

 だから警察でも秘匿されてそうな情報を知ってたりするんですかね…?


「まぁまぁ、とにかく座ってゆっくりいたしましょう。こちら、わたくしお薦めのお茶請けですのでどうぞ」


 そう言って理事長さんがお上品そうな砂糖菓子を広げる。

 一口食べてみて美味しいのだろうと思うのだけど、現状に混乱しているせいで味覚の情報が頭に届いてこない。

 議員さんもお茶請けを頬張り、そしてこちらに改まって向き直った。


「さて…荒野くんだったね。先ずは富山生物災害で甲種の駆除に尽力してくれて、一人の日本国民として感謝させてくれ」


 そう言って議員さんと、隣にいた理事長さんが一緒に頭を深々と下げた。


「あ…頭を上げてください! なんか成り行きで、こう…色々やってたら流れでなったもんなんで、ぶっちゃけ偶然ですから! そんな頭を下げられるような事じゃないんで!!」


 とにかくお偉いさんに頭を下げられると小市民としてはそれだけ胃にダメージがくるので、至急頭を上げていただきたい!

 ぶっちゃけ褒められるような事はしてないどころか、原因の一部だ。

 ちなみにあの件については自衛隊の人にミッチリと聴取されて記録されている。

 誤魔化そうとも思ったけど、たぶん鳴神さんと天月さんは絶対に嘘を言えないから最初からゲロった方がダメージが少ないと見たのだ。

 だからまぁ…証人喚問みたいなものはあるかもしれないとは思っていたのだが、まさかいきなりラストステージに挑戦させられるとは思いもしなかった。


「いやいや、君は十分に誇っていいんだぞ。なにせ今まで駆除報告のなかった甲種を駆除しただけではなく、画期的な対応策を実証までしてしまったんだからな」


 待ってください、あの作戦が成功したのは運が良かっただけです。

 あれが当たり前だと思って他の人にやらせないでください、絶対に死にます。


「他にも、君のおかげで自衛隊員の被害も抑えられた。国内で兵器を使う事によるバッシングがある事も覚悟してたが、それもほとんど無かった…良い事尽くめだ!」


 なんだろう…褒められる毎に不安感が増していくこの気持ちは……。

 もしかして、俺は今日ここで死ぬのか…?


「……で、ひとつ大きな問題があるんだ。甲種の駆除なんて前例がなかったせいで、適正な報酬なんてものが制定されてなくてな」

「フィフス・ブルームの鳴神さんも甲種の駆除を成し遂げられましたが、あちらは代わりに贔屓にさせてもらう事で話がついていますね」


 議員さんが申し訳なさそうな顔をしながら謝り、理事長さんがそれに対して補足する。

 そうか、つまり下手するとタダ働きになるって事なのか。

 まぁクソみたいな仕事だったけど、元々金の為に行ったわけじゃないし、それを言うなら富山に来てくれた他の駆除業者の人も同じようなもんだし別にいいかなぁ。


「お二人共、ありがとうございます。そもそも…自分は丁種免許なので大幅にカットされますし、そもそも免許預かり状態でしたから報酬を貰えないものだとばかり…」


 というか許可がない状態で生物災害区域に入って、勝手にあれこれやっていたのだ。

 報酬どころか罰則を覚悟しないといけない立場なのである。

 だというのに、二人は不思議そうな顔をしてこちらを見つめている。


「おかしいですね…。近衛さん、荒野さんの免許はどうなっていますか?」

「記録上は乙種駆除の免許になっている事を確認しております」

「へぁっ!?」


 あまりに突拍子も無い事を聞かされたせいでおかしな声が出てしまった。


「いや、いや、いや…! 俺は丁種免許ですよ!?」

「記録では特殊乙種駆除免許効果を発効となっていますね。申請者は……利島 文、となっております」


 騙したなあああああああ!!

 ブンさん俺を騙したなあああああああああ!!

 俺の純情な感情を弄んだんだな!!

 これだから! これだから大人は汚いんだ!!


「ほぉ…特殊乙種駆除免許か。昔作った制度で緊急時に特定の業者に発効させるものなんだが、下手をすると職権乱用で処罰されるやつだぞ」

「ですが、その方の目は正しかったようですね。おかげで富山生物災害の被害は最小限に抑えられました」


 最小限、最小限か……それにしては、失われたものが多すぎやしないかとも思った。

 もっと上手くやっていれば何とかなったと思えるほど自惚れてはいないけれど、それでもままならないなぁと思ってしまう。


「……で、ここからが本題なんだがな!」


 自分の落ち込んだ気配を察したのか、議員さんが手をパンと叩いて空気を切り替えた。

 というか今までの話は前座だったのか、もうお腹いっぱいなんだけど帰っていいっすか。


「実は警察側で外来異種の駆除の業務を引き受けようとしていた事は知ってるかな。その時に用意していた案があったんだが…ビル街であの失態があっただろう? その時にお流れになるかと思ったんだが、ちょいと再利用しようかと思ってな」


 へぇ~……大変…ッスゥ……ねぇ~~……?

 でも…それ……俺は関係…ない……ッスゥ…よねぇ~…?


「荒野くん……秘密部隊って言葉、好きかい?」

「ええ、大好きです。見るだけなら……!」


 映画とかアニメでなら大好物です。

 ただし、現実に存在するとなると絶対に関わりたくないやつですね!


「表向きはボランティア団体のようなものなんだけど、その実態は外来異種を駆除するプロで構成して、行く行くは海外へも派遣しようかって予定もあったんだよ。無くなったけどね」


 へぇ~…プロ……ッスゥ…かぁ……。

 鳴神くんとか…ピッタリじゃ…ない……ッスゥ…ですかねぇ……。


「荒野くん。この部隊に入らない?」

「絶対に嫌です!!」


 言った、言ってやったぞ!

 お偉いさんのお誘いを断ってやったぞ!!

 俺はいざという時にはNOと言える日本人なんだ!!

 あと通報されて捕まりそうな時もやってないって言うぞ!!


「ふむ…理由を聞いてもいいかな?」

「いやぁ~…俺はそんな、プロって程の者じゃないですし……ボランティア団体って事はタダ働きってことじゃないですか。それはちょっとキツいかなぁ~っと……」


 毎日を生きることで一生懸命なんです。

 だから日銭を稼いで大人しく余生を過ごさせてください。

 ただ、その言葉を待っていたかのように理事長さんがニコニコとした顔をしている。


「大丈夫ですよ。ボランティアといってもスポンサーがつきますから、前よりも暮らしは良くなります。わたくしも、そのスポンサーの一人ですから」


 ヤベェ、理事長さんが待っていたと言わんばかりに逃げ道を塞いできた!

 

「いえ! その! 俺は今までずっと一人で仕事してきたんで、誰かと一緒に仕事するとか全然なんです!!」

「そこは安心してくれていい。さっきも言った通り、流れるはずの秘密部隊だったんだ。だから、今まで通り荒野くんは一人で仕事できるし、助っ人がほしければ雇い入れることだって可能だ」


 ワーイ、ワンオペの仕事場だぁ! ぼく、わんおぺだいすきぃ!

 ただしそれは自分の責任だけを背負う場合のみを指すんですよ!!


「う~ん、やっぱり気が進まないかな?」


 自分の顔を見てか、議員さんが察してくれたようだ。


「気が進まないというか、俺にはちょっと責任が重過ぎるというか……」


 だってこれ、今まで通りに好き勝手やってたら色々な所に責任が波及しちゃうからね。

 俺がやらかして俺が罰せられるならいいけど、他の人も巻き込まれるとなると胃痛案件である。


「うぅん、困りましたねぇ…。荒野さんも色々と大変な事でしょうから、何とかしてさしあげたいのですが…」


 理事長さん、俺にとっては何もない事が一番の望みなんです。

 いやまぁ何もせずにグータラ過ごせるならそれが最高なんですが、それは無理だって分かってますから、もうトラブルとかがない生活を過ごさせてください。


「コホン…荒野様に関しましては少しばかり勘違いされてる箇所もある為、僭越ながら少しご説明させていただいてよろしいでしょうか」


 そこで今までずっと静かに後ろで控えていた近衛さんが声をあげる。


「では荒野様、ここから出られた後はどうされますか?」

「どうって言われても…しばらくはゆっくり休んで、その後はまた普通に仕事するけど」


 あとブンさんに毎秒イタズラ電話を掛けて、鳴神くんにはスーパー銭湯を奢ってもらう。

 不破さんにはカラスのせいで怪我させてしまったし、なんかお高い酒を渡そう。


「道中にいた外来異種を駆除しつつ富山城にいた雅典女学院の学生を単独で救出。甲種の枯渇霊亀と万魔巣を潰し合わせることで大きな脅威を確実に排除。そして残った甲種すらも兵器を使用しない安上がりな方法で駆除できることを証明し、その後の後始末も完璧に行いましたよね」

「………完璧じゃなかったり、ところどころ違うところもありますが…。えっと、はい……」


 甲種同士の大乱闘については鳴神くんや天月さん、そして軽井さんのおかげである。

 残ったクソ亀の処理については、自衛隊の人達が囮になってくれてたわけだし、別に俺一人の力というわけではない!


「まるで映画の主人公のご活躍ですね。そんな人を、世間が大人しく見守っているとお思いですか?」

「あの…別に今までも問題なかったわけだし、これからも何もないと思うんですけどぉ……」

「それは貴方が秘密部隊に入る可能性があった為、政府側が情報を秘匿していたのです」


 驚いて俺は議員さんと理事長さんの方へ顔を向ける。


「あー、なんだ……。秘密部隊の人員ならこっちも権力で庇えるんだが、そうじゃないとなると、ちょっと難しくてなぁ」

「なんとかしてあげたいという気持ちは重々にあるのですが、わたくし達に出来ることはこれくらいでして…」


 身体中から血の気が引いていくのが分かる。

 つまり…これからずっとTV局や知らない人のオモチャにされる可能性があるということだ。

 くたばればいいのに!


「―――ということです。ご自分の立場をご理解いただけたでしょうか?」


 イヤだイヤだ! そんな世知辛い現実、受け入れたくないやぃ!

 いや、待てよ…もしかしたらこの状況を逆転できる神の一手があった!

 この人達が実は皮剥かもしれないというやつだ!!

 というわけで、俺はスマホを取り出して探知アプリを議員さんと理事長さんに使う。

 ………何の反応も無かった。

 俺にはもう、打てる手が残っていなかった。


「それで…どうされますか、荒野様」


 近衛さん、冷静な顔をしてるけど、笑うのを我慢してるのが分かるよ!

 夏休みずっと一緒に仕事してたからね、ファッキン!


「秘密部隊でも何でも入るんで守ってくださぁい!!」


 屈した…俺は権力と、そして世界に屈してしまった。

 いやまぁ前々から屈してはいたけれど、それは仕方がなくという側面があったからで、こうやって自発的に屈したわけではなかったのだ。

 嗚呼、さようなら俺の日常…こんにちは、クソみたいな日常。


「おお…そうか、そうか! 歓迎するよ荒野くん! まぁ無茶振りとかはしないから、君はドーンと構えて今まで通り過ごすといい」


 嘘だ!

 せっかく囲い込んだ人員を遊ばせるわけがない、映画かドラマで見たもん!!


 何故…どうしてこんな事になってしまったんだ…。

 許さん、絶対に許さんぞ……。

 地獄を見せてやるぞ! 鳴神 結!!

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