第30話:仕事納め

 クソ亀の死骸から湧き出てくる蝕を自衛隊の人と一緒に踏み潰して駆除していくが、後から後から湧いてきてキリがない。


「すいません! 燃料持ってきてまとめて焼けませんかね!?」

「それは難しいな…コイツの体液のせいで効果が薄いだろう」


 自衛隊の人が言うのなら、そうなのだろう。

 確かに普通の死骸なら皮脂やらの油で燃焼するのだろうが、このクソ亀からは血やらよく分からない液体がドロドロと溶け出ているせいで意味がなさそうだ。

 こうなると人海戦術で地道に駆除していくしかないのだが、問題は今この富山に残ってる人がほとんどいないということだ。

 しかもいつこの場がコロニー化するかも分からない為、駅に避難している人に手伝ってくれと頼むわけにもいかない。

 というか、こういう事はずっと駆除業者の仕事であり、一般人からすればなんか怖いという理由だけで敬遠されているので、期待するだけ無駄だろう。

 いっそ車を突っ込ませて爆破するか?

 …だめだ、周囲に撒き散らして余計に手に負えなくなる事態が予想できてしまう。


「オイオイオイ、なんか派手にやってると思ったら…何やってんだぁ?」

「ゲェッ、不破さん!? なんでここに!」

「どっかの! 誰かさんが! 残ってっから! 俺も残ってんだよ!!」


 ゲェっという単語が気に入らなかったのか、頭蓋をガッシリと掴まれてシェイクされる。

 手を離してほしいが、それよりも先に聞かないといけないことがある。


「不破さん! 蝕が湧きまくってるんですけど、どうにかるする手はないですか!?」


 それを聞き、不破さんも今の状況を把握したようで、片手間に湧いてくる蝕を踏み潰しながら考え込む。


「こうなる前に焼くのが一番なんだがなぁ…どっかの牧場じゃあ、こいつをブタや鶏のエサにしてたりするらしいぞ」


 食えとおっしゃるか、このクソから出てきたクソみたいなやつを。

 というかこんな場所でフードファイターしてる暇があるなら足で潰してる方が早いよ。

 ふと、上から何かがベシャリと落ちてきたので地面を見てみると、カラスのフンであった。

 上を見てみると、こちらを旋回しているやつやビルの上にたむろしてるやつもいる。

 どうやらコレを食いたいのに、俺達が邪魔だから遠まわしな嫌がらせをしているようだ。

 こいつら無駄に知能が高いせいか、鳥界の人間みたいなもんじゃないかとも思えてくる。

 ………いや、これは好都合ではなかろうか?


「不破さん! ちょっと俺を担いで城址公園まで連れて行ってくれませんか!?」

「おぉ…? 城址公園って何処だよ」

「俺が案内しますんで、早く!」


 そう言って俺は地面でビクビクと動いている蝕を何匹か手に取り、不破さんの背中に乗ろうとする。


「ガアアアアア…ッ! お前は太りすぎだっつーの、腰がイカレる!」


 アカン! 日頃の不摂生がここに来て祟ってきやがった!


「私も手伝います。二人で担いで運びましょう」


 自衛隊の人と不破さん、二人の挟まれるように担ぎ上げられてなんとか移動を開始する。


「うわっ、おい荒野! その手に持ってるクソッタレを離せ!!」

「ダメです、これが必要なんです!」


 ぶっちゃけ持ってる俺も今すぐ投げ捨てたいくらいに気持ち悪いけど、この手に握ってる蝕こそがカギになるのだ。

 そうして二人に運ばれて城址公園の一角に到着する。

 周囲には何匹のカラスがおり、設置された箱の中には何百匹というカラスが暴れていた。

 昔、あまりにもカラスの被害が多かった事から、県はカラス対策としてこの箱を設置したそうだ。

 なんでもカラスは鳴き声で危険やエサの場所を共有するらしい。

 そこで入ったら出られない巣箱にその鳴き声を出しつつ、実際にエサを置いておくことで野生のカラスを捕獲していったそうだ。

 

 俺はその巣箱に近づいて左手の蝕を投げ込むと、巣箱のカラスがまるで群がるようにその蝕を奪い合った。


「なるほど…野生のカラスを利用するのですね」

「ええ、地球にも優しいエコな作戦です」


 今、そこら中が生物災害によって人がいない為、彼らがエサとしている生ゴミなどもほとんどない状態なのである。

 つまり…こいつらをあの場所まで誘導できればあとは勝手に処理してくれるという戦法だ!


「ただ…ひとつ大きな問題というか、覚悟しないといけない事があるんですよ」

「あぁ? そんなん後にしろ!」


 巣箱のカギを壊そうと不破さんが蹴りを入れる。

 この人、本当に行動力の鬼だな。


「離れてください、銃で壊します」


 そう言って自衛隊の人が拳銃を取り出して、カギを破壊する。

 カギが壊れた扉から、カラス達が群れとなって外へと羽ばたく。


「さて…先ほど俺はカラスにエサを与えました。そしてもう片方の手にも同じものがあります……さて、これからどうなるか分かるでしょうか」


 俺が覚悟しなければいけないといったのはこういう事だ。

 周囲に散ったカラスが再び集まり、そして鳴き声の大合唱を始める。


「クソがあああああああ!!」


 嗚呼…久々に聞いたなぁ不破さんのその台詞、俺もそれをずっと聞いてたせいで口調がちょっとうつったし。

 不破さんと自衛隊の人は俺を抱えて一目散にその場から離脱するも、カラスの方が圧倒的に早い。

 周囲からクチバシや足の爪で引っ掛かれながらも、とにかく移動する。

 右手に握っている蝕を手放せば追撃も控えめになるかもしれないが、とにかく多くのカラスが必要なのでそれも無理だ。

 怪我をした身体をおして、俺達はクソ亀の死骸の場所までカラスを引き連れて走ることになった。

 …なんかカラスを使役するとか悪役みてぇだな。


「なっ…伏せろ!」

「待ってください、カラスを撃たないでください!」


 現場に到着すると、大量のカラスに襲われている俺達を見て他の自衛隊の人が銃を構えるが、一緒にいてくれた自衛隊の人がそれを止めてくれた。

 俺は右手の蝕をクソ亀の死骸に投げつけると、カラス達はそちらに群がった。

 そしてそこにある大量のエサを発見し、死骸はカラスに真っ黒染まって貪り尽くされる事になった。

 あとは放置しておけば数も減るだろうし、その間に人を集めるなりなんなりすればいい。

 自由を勝ち取ったカラスは……正直もうどうしようもないし、管轄外なので専門家に任せよう。

 俺は外来異種の駆除業者なんだから。



 その後、駅に避難して自衛隊の人から手当てを受ける。

 痛み止めのおかげで少し楽になったが、感染症やらなにやらの危険があるので、すぐにでも専門の施設に搬送されることになった。

 ちなみに不破さんは酒を飲もうとして怒られていた、そらアルコール摂取したら麻酔が効かなくなるかもしれないしアカンよ…。

 搬送までの間もまだやり残しがないか考えたが、何も思いつかなかった。

 というかこれ以上なにかあってもどうしようもない、俺はやれるだけやったはずだ。

 だからまだ問題が残っていても、他の人が何とかしてほしい…俺もやったんだからさ!


 そうだ、そういえば仕事を終わった事を報告しなければならない。

 スマホで鳴神くんに電話を掛けると、すぐに出てくれた。


「うぃーっす。終わったぞぅ……マジで疲れたわ」

「やっぱり頼りになりますね。荒野さんなら何とかしてくれるって、信じてましたよ」

「お前ホントそういうとこやぞイケメン! 直せよマジで!!」


 言いたい事をクソデカイ声で叩き付けて電話を切る。

 あんなクソデケェ案件をやるだけやって、それを一般人に引き継がせるとかマジで止めろよ!

 俺じゃなくても死ぬからなアレ!!


 あーとーは……ないな。

 もうやれることも、やらないといけないことも何もないはずだ。

 クソみたいな仕事も終わって、クソみたいな残業も終わった、疲れた。


「おやすみ、クソみたいな世界…」


 そう言って、俺は気を失うようにベッドに倒れこんで寝た。

 願わくば、次に目覚めた時はもっとマシな世界になってますように。

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