第24話:厄災の双子星
雅典女学園の人達と合流できたものの、富山駅の南口は相変わらず大混雑状態である。
そして富山城から避難することだけを考えていたせいで、人混みの中で立ち往生してしまうことに。
うん、自分の見通しが甘すぎて糖尿病になりそうである。
どうしたものかと考えてみたものの、無理やり通る手段しか思いつかない。
ここにいる人達がみんな実は皮剥だからブルドーザーでまとめてひき潰す、市電で強引に駅の構内まで突っ込む、外来異種が出たぞと叫んで人を散らす…どれも物騒すぎて使えない手である。
自分ができない事はできる人に任せるのが一番…ということで、天月さんに電話して相談する。
『駅に戻れない…ですか? 北口は関係者が優先して入れるようになっていますので、そちら側から入るといいですよ』
「おぉ!……ちなみに、雅典女学園の人達も一緒なんですけど、入れますかね?」
『ええ、大丈夫ですよ。同業の皆様が頑張ってくれたおかげで、安全な範囲が広がりました。今は近くのホテルやデパートに避難誘導してますので』
流石はこんなクソみたいな災害現場に来てくれる人達だ、俺が思いつきで行動している間にもひとつひとつ問題を解決していってくれている。
うぅむ、やっぱり俺は要らなかったんじゃなかろうか。
まぁ土地勘はあるし、雅典女学園の人達の案内役だと思えばいいか。
そんなこんなで迂回して迂回して…何度も迂回してようやく駅の北口に辿り着くと、天月さんが出迎えてくれた。
「荒野さん、お疲れ様でした。情報提供と避難誘導、助かります」
「まぁ情報共有した外来異種のほとんどがもういないんですけどね」
ハゲを量産する鳥はシメて、猿も一匹異世界転生の旅に招待した。
自分の実力というよりも、周囲の状況が味方にしただけなのでやろうと思えば誰でもできることだ。
「それと、もしよければ我々が休む為の場所の設営を手伝っていただけないでしょうか」
「え~っと…ちょっと待ってもらっていいですか?」
日が暮れてきたので休息場所を作る事は大賛成なのだが、ウチの両親がどうなってるかが気になる。
場合によっては辺りが暗くなってたとしても実家に帰るつもりだ。
無事だとは思う…思うのだが、不安を覚えながらもオトンに電話を掛けると、すぐに電話に出てくれた。
『おぉ…歩か。どうした、何かあったのか?』
「何かあったっていうか…富山が大変な事になってるから助けにきたんだけど」
緊張感のない声を聞き、ひとまず無事であることに安堵する。
というか後ろからジャラジャラ音が聞こえてるんだけど、もしかして麻雀してない?
『こっちは何人かで公民館に避難しててな。いやぁ、退屈で仕方ないわ』
「生物災害が起きてる時に麻雀してんじゃないよ! もっと大きな建物に避難しに行けよ!」
なんかマジで心配して損したというか、俺が帰省した事そのものが間違いだったんじゃないかと思えてきた。
『ここからだと高校か…他のやつも避難して混んでるだろうし、俺らはここでいい』
「まぁ他にも人がいるならいいけどさ…助けに行かなくていいの?」
俺の落胆した声を聞きいたオトンが嬉しそうな声で笑い出した。
『おぉ…カッコイイな、まるでヒーローだ。変身できるようになったのか?』
「一般人から囚人にジョブチェンジするならいつでもできるよ……まぁいいや、必要になったら電話して」
俺は呆れながら電話を切る、あの分なら放っておいても大丈夫そうだ。
なんなら麻雀に飽きたらパチスロに行く気すらしてきた。
「…大丈夫でしたか?」
「全ッ然余裕だったので、喜んで手伝わせてもらいます」
天月さんも心配してくれていたようだが、ほんとに無駄だった。
取り敢えず雅典女学園の人達をずっと外に立たせておくわけにもいかないので駅で休んでもらうことにする。
ただ、未来・水無瀬・九条さんの三人はその場に残った。
「あの、あたし達も手伝います!」
他の生徒と違ってこういう事に慣れてたおかげか、三人はこちらの手伝いを申し出てくれたのだが、天月さんは困ったような顔をしてしまう。
「未来さん達の気持ちは本当に嬉しいです。けど、大変な目にあった皆さんを助ける事も私達のお仕事なんです」
「それならあたし達も同じです。ほら、これを見てください」
そう言って三人は財布の中から丙種駆除免許を取り出す。
これがあるということは、生物災害区域での活動権利があるということだ。
それでも本来なら止めるべきかもしれないが、駆除に向かうわけでもなく、安全な休憩所の設営であれば彼女達の好意に甘えてもいいかもしれないと思う。
というか、自分勝手な理由でここまで押しかけてきた俺は口出しできない。
もちろん手出しもできない、事案的な意味で。
何なら出せるだろうか……お金?
いやぁ…むしろお金を出した方が捕まる確率が高くなるな、うん。
「分かりました、お手伝いよろしくお願いします。荒野さん、可愛い後輩達をお願いしますね」
この場合、可愛い後輩というのはどこからどこまでの範囲なのだろうか。
俺の免許は丁種なので、俺も後輩に含まれるといっても過言では……過言だわ。
年上で役職も低くて性格も顔も悪いとか、可愛いのフィルターに弾かれるに決まっている。
さて、冷静に考えてみると可愛い女子学生と共に寝床を用意するのだが…言葉にするとヤバイな!
頼んだのが天月さんじゃなかったら通報されていたかもしれない。
いや、待てよ…今の状況では取り締まれないから、むしろ合法なのでは…?
よーし! それじゃあ三人と天月さんの寝床を一緒に作って、その隣に俺と鳴神くんのスペースを作ろう。
俺は信じている…鳴神くんなら、どんな疑惑がかかってもそれを振り払ってくれると!
もし失敗しても道連れができるのでいい事尽くめだ。
「おぉっと、お前はこっちだ」
急に後ろから野太い声と腕が出てきて、肩をガッチリを組まされた。
誰かは分かるけど理解したくなかった。
ってか不破さん…酒飲んで倒れてませんでしたっけ……。
「外来異種の死骸を放置しとくと"蝕"(むしばみ)が湧くからな、処理する手が足りねえんだよ」
そう言って不破さんが指を向けた場所を見ると、大きな煙が立ち上っていた。
自分はまだ蝕を見たことがないのだが、そういう理由なら焼くのも理解できる。
ただ、そうなるとひとつ大きな疑問があった。
「報酬が減りますけど、本当に死骸を処理していいんですか?」
そう、生物災害区域で働くことで危険手当は出るものの、駆除による報酬を受け取るには証明の為に死骸を引き渡さなければならないのだ。
自己申告はもちろん駄目だが、過去に外来異種の死骸をバラバラにして不正を働こうとした業者もいたせいでここら辺はかなり厳しい。
だから不破さんが今やってることは安全面では正しくとも、業者としては間違った行為なのだ。
真剣な眼差しで問うのだが、今度は不破さんの同僚さんが反対側の肩をガッチリと組んできてラグビーのスクラムみたいな体勢になってしまった。
「そもそも、金目当てでこんな遠くの生物災害区域にまで来る奴はいねえよ。伊達と酔狂で人助けしに来ただけだ、お前さんと同じでな」
マジか、その為だけにわざわざこんなクソッタレな場所にまで来てくれるなんて、良い人過ぎてちょっと怖い。
訂正…顔とか傷とか刺青とかも相まって普通に怖い。
伊達と酔狂だろうが、どんな下心があろうが、一般人を守る為に働いてくれるこの人達は本当に良い人だ。
ただ、一つだけ訂正しないといけないことがある。
「俺は自分の両親を助ける為に来たのであって、皆さんみたいに見ず知らずの人を助けるほど善人じゃありませんよ」
そんな俺の言葉が気に食わなかったのか、不破さんがアイアンクローで俺の頭をガッシリ掴んでグリングリンと回転させる。
「おやぁ~? 荒野くんは小学校で命は平等だって習わなかったのかなぁ~? パパだろうが、オッサンだろうが、同じ命だろぉ!?」
「イダダダダ! でも! でも! 俺と女子高生、助けるなら女子高生を助けるでしょう!?」
「そりゃそうだ。命は平等だろうと、価値は違ぇんだからな」
俺の頭をひとしきり振り回して満足したのか、ようやく手を離してもらえた。
ぶっちゃけ俺も不破さんと未来ちゃんが崖から落ちそうになってたら、未来ちゃんを助ける。
っていうか不破さんなら放っておいても勝手に這い上がってくるだろうし。
「嫌なら別にいいが、そんときゃそっちの子達を引っ張ってくぞ」
「分かりましたよ、行きますよ! だから女の子にトラウマを植えつけないでください!」
そんなこんなで、外で死骸を集めては焼却処理に行くという地獄のような往復作業を夜まで繰り返すことになった。
丁種と丙種ばかりだったが、たまに大きな乙種が運ばれてくるのを見て、ここに残っていて正解だった思う。
というか、作業中も首の後ろに何かがあるような気配がしてたから、下手に動いてたらヤバかったかもしれない。
外が暗くなり、街明かりも少なくなった頃に作業は切り上げられた。
夜には再び東京と石川からの新幹線が到着したので、深夜の対応はその人達に任せることになった。
「荒野さん、どうぞ!」
夕飯を探していると、未来ちゃんが持ってきてくれた。
当たり前のことだが手作り料理ではなくコンビニのおにぎりである。
うん、みんな大変だからいいんだけどね。
可愛い女の子が持ってきてくれたって付加価値だけでもうご飯二杯はいけるんだけどね。
そこで、ふと疑問に思ったことがあったので尋ねてみる。
「未来ちゃん、おにぎりの開け方分かる?」
「馬鹿にしないでください、ちゃんと開け方くらい読めますよ!」
そう言って未来ちゃんがおにぎりの封を開けるものの、見事にノリが破けてしまう。
まぁ…うん……そういう失敗も経験だからね、落ち込まないでね。
ドヨンとした顔で落ち込む未来ちゃんを慰めながら、二人でおにぎりを食べる。
「そういえば荒野さん、外来異種って喧嘩しないんですか?」
喧嘩…要は外来異種同士で争うことがないのかという事だろうか。
「えっと…ネコとか犬も喧嘩するわけですから、外来異種が戦って数が減ったりしないのかなって」
良い着眼点である。
確かにそういった習性があったらこっちが放置してても勝手に数が減るので大助かりだ。
けれども、そんなにうまい話はなかったりする。
「まだ完全に解明されてないけど、外来異種は外来異種を襲ったりしない事が分かってるよ。まぁ一部の特殊な条件で殺しあったりはしてるみたいだけど」
そう、これこそが外来異種を異物であると決定付けるものだったりする。
普通の生物と違い、互いに傷つけあうことがないのだ。
そのおかげで見た事がない生物がいたとしても、簡単に外来異種かどうかを確かめることができたりする。
その後も色々と外来異種についての説明をしていると、途中で未来ちゃんの頭がうつらうつらと揺れ始めた。
しまった…オタク特有の得意分野に早口になるせいで退屈にさせてしまったようだ。
「大丈夫? 寝る場所はちゃんと確保できてる?」
「はい! 荒野さんの場所は分かりやすいように、荷物を置いておきました」
「あー…俺じゃなくて君と水無瀬さん、あと九条さんの場所ね」
「あたし達はクラスの皆と一緒に寝るつもりなので、ちょっと遠くになっちゃいますね」
そうか、それはよかった。
男女混合とかだったら大変な事になっていた、主に留置所が満員になるという意味だが。
…念のために、今からでもお巡りさんに巡回を頼んだ方がいいのではなかろうか。
そういえばあれから鳴神くんを見てないのだが、まだ外で仕事をしているのだろうか。
帰ってきたら労ってあげることにしよう、それはもう疲れを忘れるくらい盛大に。
差し入れにコーラとメントスも用意してあげたいが、流石にコンビニの商品はもう全て空だからそれは諦めよう。
その後、深夜になるまで待っても帰ってこなかったので先に寝ることにした。
明日はどうしようか…また不破さんに捕まって死骸処理ばかりさせられるのもちょっとキツイ、臭いとかそういうのが。
そうなると…朝早くに駅を出て、いっそ実家まで足を伸ばしてもいいかもしれない。
東京土産はないものの、オトンとオカンは息子の元気な顔を見ればきっと元気に迎えてくれるはずだ。
……いや、それはないな。
まぁしっかり働いているということを証明する為にも、預金通帳を叩きつけに行こう。
翌日、朝日が差し込む時間帯に起きる。
まだ眠気があるので二度寝したい気持ちがあるものの、寝たら確実に不破さんに捕まるので気合で起きる。
トイレで用を足しながら顔を洗い、鳴神くんを探す。
起きているフィフス・ブルームの人に聞いてみると、自分が寝ている間に帰って来ていたようだった。
挨拶しに駅の一室に向かうと、思いつめたような顔をした鳴神くん達がいた。
自分が入ってきたというのに何の反応もないということは、相当によくない状況のようだ。
「おはよう。なんかヤバイことでもあった?」
「あ…おはようございます、荒野さん。実は東側の橋のいくつかが壊されてしまいまして…」
鳴神くんが覗き込んでいる地図を見てみると、橋の他にも北陸新幹線の線路にも影響が出ているようだった。
これでは東京からの物資や人員がここまで来れない。
幸いにも空港は無事なようなので、空路に切り替えればなんとかなるかもしれないのだが、コストが高くつくことだろう。
他にも色々な線が書き足されており、そこには俺の実家も含まれていた。
「この線って巡回地域? ここら辺に俺の家もあるから詳しいよ」
それを聞いた鳴神くんの顔色が変わる。
…なんだ、何が起こったんだ?
「落ち着いてきいてください。実は昨夜、万魔巣とは別の…枯渇霊亀が富山湾から上陸してきました」
甲種が一匹のみならず、まさか二匹目も来るとは思いもよらなかった。
だが、ここにいる人達が避難していないということは、ここはまだ安全であるはずだ。
「この甲種は神通川から南下してきた為、ここに危害が及ぶ可能性がありました。そこで、我々はこの甲種を攻撃し、東にある常願寺川まで誘導しました」
そのせいで橋や線路が破壊されたということか、それなら仕方がない。
むしろ放置していたらここに避難してきた大勢の人達が危なかったのだ。
少数でよくやってくれたと褒め称えられるべき事だ。
「誘導の際、この甲種は破壊行動や胃液を撒き散らし…その……被害が…」
嫌な想像が頭をよぎるが、心配しすぎだと自分に言い聞かせる。
甲種が暴れていたのだ、のんきに寝ている人がいるわけない。
「このルート上の建物は全壊、その周囲にも多くの被害が発生して……」
大丈夫、大丈夫なはずだ。
あの時の悪寒も、背中を這い寄る気配も、おかしな頭痛も何もなかった。
だからきっと大丈夫なはずなんだ。
「誘導完了後に生存者を捜索しましたが…見つかりませんでした」
俺は生きる上で何かを信じることを止めた。
けれども、彼の言うことは真実である事を理解してしまった。
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