第23話:富山城救援戦
ジュラルミンケースからリュックを取り出して仕事道具をその中に詰め込む。
あと不破さんの同僚さんから拳銃のグロックとホルスターを押し付けられたので、それも見えないように装着する。
正直なところ、これから先なにがあるか分からないのでもの凄くありがたい。
もしも咎められたら、自分が勝手に持っていったことにしよう。
自分の評価が落ちたところで、気にしてる場合じゃないし。
外に出ると捨てられて散乱している車の数々、そしてそれに阻まれて足止めをされている人の大群が見えた。
避難を誘導している人達が付近の建物に向かうよう呼びかけているものの、それでもこの混雑が解消されていない事から、それだけ逃げるのに必死であることが窺われる。
それをなんとかする為にも、同業者の人達の頑張りに期待したいところだ。
俺には無理だ、自分の命を守るだけで精一杯なのだからそんな余力あるはずがない。
だからお城にいるプリンセスをお迎えにいったところで、失敗するかもしれないと覚悟している。
けど、そんなものは日常茶飯事だ。
失敗したなら逃げるなり誰かに任せるなりすればいい、いつも通りに。
ただ、まぁ…他人に投げるというのなら、最初に自分がそれを持たなければならないだろう、それが筋というものだ。
さて、道路に捨てられた車から車に飛び移り、人の波に逆らいながら富山城へと向かう。
城址大通りを進み、城の生垣が見えたところで悲鳴と血しぶきに気がついた。
松川を越える為の塩倉橋に外来異種が三匹おり、人の波はそこで途絶えていた。
丙種の"一本猿"(いっぽんましら)、一つしかない目と足…そして異常に発達した腕が特徴の外来異種である。
雑食ではあるものの、人を食べたり積極的に襲ってくる外来異種ではないものの、たまに被害報告がある。
なぜ襲われるのかといえば、遊ぶ為だ。
小さな子供・女性・老人など、とにかく弱い者虐めが好きで様々な暴力をふるってくるのだ。
普通ならこんな人混みの中で襲うことは考えられないのだが、周囲の人が怯えていることから、自分達の方が強いと勘違いしているのだろう。
俺が近づくとニタニタした顔でこちらに近づいてきたので、グロックを取り出してフルオートで一匹を集中砲火する。
流石に死ななかったものの、こちらをヤバイ奴だと認識したのか一本猿の三匹は背中を向けて逃げ出していった。
どうしよう…これ超気持ちいいんですけど。
不破さんの同僚さんからフルオートの方がいいと言っていた理由がよく分かるくらいに損傷を与えることに成功した。
乙種の免許をとってずっと銃を使ってる人の気持ちが分かった気がする。
マガジンを交換して逃げるやつらの背中を撃とうかと思ったが、無駄弾になるので我慢する。
ついでに落ちた空薬莢を回収していると、地面に大きな影が見えたので急いで車の影に隠れる。
風切り音と共にその場に現れたのは丙種の"ハゲトビ"である。
この名前の由来についてだが、別にこの外来異種がハゲているわけではない。
ハゲトビはカミソリのような爪で人の髪を頭皮ごとえぐり、それを使って巣を作る習性をもっているのだ。
拳銃で撃ち落そうかとも思ったが、空を旋回している鳥類に当たるほど拳銃の腕前があるわけでもない。
このまま外にいては毛根ごと死滅させられるので、リュックで頭を防御しながら机や椅子でバリケードが作られている市役所の中に走って飛び込む。
突然の乱入により、市役所にいた人達が驚き、職員のような人がこちらに駆け寄ってきた。
「あ、あの! もしかして救助に来られた方ですか?」
「あー……すいません、ただの駆除業者です」
救助ではないと分かったせいか、周囲の人達から失望の溜息が聞こえてきた。
期待させてすまんが、こんな顔した救い主とかいても困るだろうに。
「でもフィフス・ブルームの人達が到着したので、こっちにも助けに来てくれるはずですよ」
その一言で一転、周囲の人達からは助かったという声や安堵した顔になっていた。
まぁ嘘は言ってないから別にいいだろう。
ついでにこの状況も少しばかり利用させてもらうことにしよう。
「実は周囲の状況を調査して、フィフス・ブルームの人達に共有する仕事中でして…ちょっと展望台に昇らせてもらえませんか?」
フィフス・ブルームという名前のおかげか、職員さんは喜んで許可してくれた。
俺はと職員さんは市役所の中に避難してきた人達をかき分けてエレベーターに入り、展望台へと向かった。
「おー、いるいる」
展望台から見下ろすことで、大体の状況が把握できた。
先ほど撃った一本猿は富山城前の広場に、そして赤黒く染まったハゲトビの巣が天守閣の近くにあることを確認できた。
あとついでに近くの建物の屋上に丁種の"針蜂"(はりばち)もいた。
スズメよりも少し大きなこいつは、圧縮した空気と一緒に針を飛ばしてネズミなどを弱らせて食うのだが、毒がないので人間相手だと痛いで済む、むっちゃ痛いけど。
つまり、富山城にいる未来ちゃん達を助けるとなると、こいつらをなんとかしないといけないわけだ。
スマホで鳴神くんと不破さんに周囲の状況について連絡しつつ、駆除作戦を考える。
……いや、別に全部を駆除しなくてもいいか、危ないし。
ということで、作戦を駆除から救助に切り替える。
周囲の地形…利用できそうな道具…色々と考えた末にひとつの作戦を思いつき、職員さんに尋ねる。
「この辺のゴミ捨て場ってどこですかね?」
作戦の準備を整えて再び外に出る。
ハゲトビが襲ってこない事から、他の人を襲っているのかもしれない。
それでもいつ襲ってくるか分からない為、空き缶を捨てるゴミバコで頭を防御しながら富山城へと接近する。
そしてそのまま門から入らず、カギの掛かっていない車をいくつも漁って、発煙筒を予備のバッグがいっぱいになる程度に拝借させてもらった。
ついでにカギが付いたままの車を見つけたので中に入り、座席に荷物を押し込んでから九条さんに電話する。
「今からそっち向かうよ。来たらスグに分かる合図を出すから、逃げる準備だけお願いね」
『あ…ありがとうございます。荒野さんは、本当に白馬の王子様みたいですね』
すまねぇ、乗ってるのは馬じゃなくて白い軽トラなんだ。
白い軽トラにのった王子様って何だよ、庶民派だとしても安っぽすぎやしないか。
まぁアホなこと考えてる暇もないので車のエンジンをかけて正面にある千歳御門から堂々と進入すると、富山城の入り口近くに先ほどの一本猿がたむろしていることを確認した。
普通に駆除しようとしたら大怪我をするだろうが、今の俺には文明の力が備わっているので負けるわけがない。
「騎兵隊の到着だオラァ!」
テンションを上げながらアクセルを踏んで猿共に向かって突撃し、怪我をしていた一匹を異世界転生の旅に送り出す。
次の世界ではチートを貰って達者で生きてくれ。
あと死骸が車の下に挟まったのか、ケツになんか生々しい音と感触が伝わったけど、気にしないでおこう。
仲間を殺された怒りか、二匹の猿がこちらを威嚇するような叫び声をあげる。
こちらも負けじとクラクションを鳴らしながらサイドブレーキをかけながらアクセルを踏むことで騒音を撒き散らかす。
二匹の猿は勝てないと思ったのか…それともこっちが狂ってると思ったのか、再び背を向けて逃げ出していった。
周囲が安全であることを確認してから荷物を持って富山城の入り口に向かうと、雅典女学園の人達が見えた。
「荒野さん! こっちです、こっち!」
未来ちゃんがピョンピョンと飛び跳ねながら、こちらに手を振っているのが見えた。
かわいすぎて心臓に負荷が掛かったが、死ぬのはまだちょっと早いので気合で耐える。
「今から駅まで避難してもらいたいんですが、これを使ってください」
そう言って引率の先生に、発煙筒でいっぱいになっている予備のバッグを渡す。
道中で煙を沢山あげておけばハゲトビへの目くらましになり、針蜂も人を狙えなくなるはずだ。
ついでに城の中にいた他の人達にも一緒に避難するかどうか聞いてみたのだが、外が怖いということで残る事になった。
まぁ無理に連れ出す必要もないので俺は再び富山城前の広場に戻る。
巣の近くで騒音が鳴り響き、沢山の煙が空に立ち上ったのだ、ハゲトビが戻ってくるのは当たり前だった。
近くの道路に雅典女学園の人達がいるものの、煙に紛れているので襲うとしたら俺の方だけだろう。
ハゲトビが上空を旋回している間に車に積んでおいた荷物を引きずり出す。
こちらの頭が隙だらけであることに油断したのか、そのままこちらに滑空してきた。
俺は車から降ろした荷物…ゴミ捨て場にあるネットを持って回転し、こちらに向かってきたハゲトビに向かって投擲する。
ハゲトビがネットを回避しようと羽ばたくが、広がったネットに捕まり地面に落ちてしまう。
俺は逃げられる前に左足で胴体を踏みつけ、そのまま全体重をのせた右足で頭を踏み潰す。
念のために腰につけていた鉈を抜いてハゲトビの首に置き、もう一度右足の重みを使って両断する。
ニワトリが首を刎ねられても数日間生きていたという記事を見た記憶があるが、流石にこいつが飛んだりはしないだろう。
死骸をゴミ袋に入れようと思ったが、それよりも駅に向かっている雅典女学院の人達が気になったので煙の場所まで走ることにした。
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