第22話:架空兄弟

「ふふ、二人っきりだね」

「隣に牧さんいるんですけど……」


 富山に向かう新幹線の中で、俺は鳴神くんの隣に座っている。

 何故かといえば、不破さん達がいる車両が恐かったからである。

 これから仕事だってのにフツーに酒飲んでるんですけどあの人達、マジで不安になってきた。


「でも君は牧さんじゃなくて、あちきを見てるじゃないの。これは、あちきの方が興味深々ってことでしょう?」

「檻に閉じ込めたはずのライオンが隣にいたら、普通は目を離せないですよ」


 これは俺の事を肉食系であると示唆しているのだろうか。

 うぅむ…そんなつもりはないのだが、ここはもう少しスキンシップを重ねた方がよさそうだ。

 もちろんこのスキンは肌と肌を重ねるという意味合いではない。


「よし、分かった。ポッキーゲームをしよう」

「すいません、オレは何も分からないです。いったい何が分かったらポッキーゲームをしようってアイディアが出てくるんですか」


 そんな鳴神くんと無視して天月さんの口にポッキーを差し出す。


「ルールは簡単です。一本のポッキーを両端から食べて、短い方の勝ちです。簡単でしょう?」


 天月さんがポッキーを咥えながらコクコクと頷く。

 さぁこれで準備は整った。


「鳴神くん、さぁどうぞ!」

「やりませんよ!? どうしてやると思ったんですか!」

「え…だって、前にやりたいって……あ! ごめん、俺の勘違いだった…ってことだよね」

「まったくをもってその通りなんですけど、これだと勘違いされたままですよね!?」


 大丈夫、ただの誤解だってみんな信じてくれるよ。

 それがいつになるかは分からないけど。


「いきなり本番は緊張するよね。それならリハーサルからにしようか」


 俺は鳴神くんの口にポッキーを入れて、両肩に手を添える。

 そして口を思いっきり開いて一気に迫ったのだが、全力で回避されてしまった。


「あんた今、オレの顔ごと食おうしなかった!?」

「大丈夫だから! リハーサルだから!」

「リハーサルでも食われたくないですよ!」


 先ほどの肉食獣発言から察するに、俺が人を食うとでも思っているのかもしれない。

 ここはなんとしてもポッキーを食べて自分の無害さをアピールしなければ!

 そう思っていたのだが、ワチャワチャしている間に天月さんが鳴神くんの肩を後ろから叩く。

 そして、口でくわえているポッキーを主張する。


「鳴神くん、ここで天月さんのポッキーを食べないなら…俺はこれから先、君のことをED鳴神って呼ぶから」

「謂れのない二つ名をつけないでくれますか!?」


 いやだって、彼女にそこまでさせといて断るとか許されざる暴挙よ。

 俺が皮剥だったら殺してでも立場を奪うくらい恵まれてるよそれ。

 そんな鳴神くんもずっと待ってる天月さんに根負けしたのか、ポッキーの反対側をくわえる。

 なんだろう…自分で仕向けといてアレだけど、ムカついてきたから指でポッキー折っていいかな。

 そんな自分の祈りが通じたのか、新幹線が徐々に減速して途中の駅で止まってしまい、それに動揺した二人はポッキーを折ってしまった。

 何かトラブルでも起きたのかと思い待機していると、車掌の人がこちらにやってきた。


「申し訳ありません。実はこの先の線路上に外来異種が確認された為、これ以上進むことが難しいものとなっております」


 新幹線なら轢けばいいのではないかと思ったけど、それで事故る可能性もあるのだから、そう簡単にできるものでもないだろう。

 まぁこちらには天下のフィフス・ブルームがいるのだから、駆除するまでゆっくり待たせてもらおう。


「分かりました、こちらで対処させていただきます。そちらは車外に人が降りないよう注意喚起をお願いします」


 そう言って鳴神くんが俺の腕を掴んで立ち上がる。

 ………ん? なんで?


「一緒に頑張りましょうね、荒野さん!」

「いやいや…いやいやいや! 俺は必要ないでしょ!?」


 先ほどの仕返しだろうか、有無を言わさない握力で腕を掴まれているせいで逃げられない。

 やめなさい! 男同士の熱い密着とか天月さんが嫉妬するよ!

 必死の抵抗もむなしく、そのまま車外へと連れ出されてしまう。

 周囲の人が全員フィフス・ブルームの人達だから物凄い疎外感を感じる。


「見つけました、衣鹿(ころもじか)ですね」


 鳴神くんが双眼鏡を手渡して見てみると、線路上にいる違法建築を背負った外来異種を確認した。

 丁種の外来異種であり、名前の通り鹿のような見た目をしている。

 ただし、体中に生えている骨のような部位に木や石、スクラップなどを引っ掛けて鎧のようにしている。

 丁種なので積極的に人を襲うようなやつではないものの、木や石を削るほどの角はとても危険なので近寄らない方がいい。

 かといって銃だと鎧に弾かれてしまうので効果が薄い。


「あれくらいなら簡単ですね。軽井さん、お願いします」


 鳴神くんの合図で後ろから自分と同じ背丈の女性が前に出てきた。

 そして背負ってきた大きなライフルを構えて座り込み……撃った。


「……首の骨が折れたと思います。回収を」


 そう言って軽井さんは排莢で落ちた薬莢を拾い、銃を再び背負う。

 遠くにいた衣鹿は倒れて動かない。


「…ねぇ、あれって本当に弱装弾?」


 違和感を感じてつい鳴神くんに聞いてしまった。

 外来異種の駆除業者には通常の弾薬は卸されない、あくまで火薬が減らされた弱装弾の使用のみが許可されている。

 その弱装弾一発で外来異種を仕留められるというのは、あまりにもおかしいのだ。

 ただ、自分の言葉が聞こえたのか、軽井さんがこちらに一発の弾丸を渡してきた。


「どうぞ、特別製の弾丸です」


 手渡されたその銃弾は想像していたものよりも重かった。

 確かに特別製かもしれないが、こんな弾ではロクに飛ばないのではなかろうか。

 …いや、そういえばフィフス・ブルームの第一課は新世代の人だけだったか。

 つまり、弾丸だけではなく人員も特別であるということを考えると……。


「なるほど…多分だけど、近くの物を軽くする能力だったりする?」


 自分の予想では最初に軽くした銃弾が高速で発射される。

 そして一定距離で元の重さに戻るが、速度が維持されたまま高質量の弾丸が命中するというものではなかろうか。

 弾薬に使用される火薬が決まっているのならば、弾丸そのものに細工してしまえばいいということなのだろう。

 そんな自分の推理が当たったのか、軽井さんが驚いたような顔をしてこちらを見た。


「そもそも、そんなデカい銃を難なく背負ってるからね」


 軽井さんは俺と同じ背丈ではあるものの、そこまで筋肉質に見えなかったのだ。

 それならそういった力を持っていると思う方が自然である。


「なるほど…鳴神さんのお知り合いなのですから、それくらいは分かりますか」

「これでもアイツの弟だからね」


 俺の台詞に思う所があったのか、軽井さんが怪訝な顔をし始める。


「あの…鳴神さんには兄弟はいなかったと聞いていたんですが」

「家庭環境が複雑でね…俺は、鳴神一家に相応しくないってことで追い出されたんだ」


 流石に血縁図に見知らぬ誰かが割り込まれるのは嫌なのか、鳴神くんがスグに否定する。


「荒野さん、軽井さんに嘘を教え込まないでください。そもそも、あなたはオレより年上でしたよね」

「コイツは今まで兄弟がいないって言われて育ってたせいで、今でもこうやって俺の事を認めてないんだ。でも…いつかはきっと、分かり合えるって信じてる」


 俺の誠心誠意を込めた捏造に心を打たれたのか、軽井さんが得心したかのような顔をして握手を求めてきた。


「そうですか、それはツライですね……いつか本当の兄弟だって認めてもらえるよう、応援してます」


 そして熱い握手を交わした俺たちは、お互いを認め合う仲間となった。

 そんな俺たちを信じられないものでも見るかのような目で鳴神くんが見ていた。


「いや、いやいや! 嘘だからね? 軽井さん、それ全部嘘だからね!?」

「はい、知ってます。でも面白いじゃないですか」


 うん、新幹線の中でもこっちをちょくちょく見ていた事から、こういうタイプではないかと思っていた。


「鳴神くん…もしかして、こういう人だって知らなかったの!? ずっと一緒に仕事をしてて…今まで気付かなかったの!? それは、その……」

「いいんです。鳴神さんがそういう人だって…私、知ってましたから」


 落ち込む素振りだけをする軽井さんを慰めるフリをして、俺たちは新幹線の中へと戻っていった。

 残されたのは、ただただ呆然としている鳴神くんだけであった。




 それから新幹線の運転も再開され、すぐに富山に到着した。

 駅のホームには避難してきた人達が多く集まっており、東京のように混雑していた。

 新幹線から降りた同業者の人達は外に向かっていった、スグにでも仕事に取り掛かるつもりなのだろう。

 不破さん達のグループは椅子と地面に転がってた、悪酔いしたそうだ。

 ……まぁ、いいけどさ。

 ちなみに自分はフィフス・ブルームの人達に混じって、役員の人からの状況報告を聞いている。


 先ず、近隣のホテルや施設で避難してきた人達を保護しているけれども人が多すぎるので鉄道を利用して県外に順次移動してもらっている。

 駅前広場や道路には避難してきた人の放置車両が多いせいでバスなどの身動きがとれない。

 周囲の安全確保ができておらず、避難している人が多くいると予想されている市役所にも向かえない。

 そしてそれを吹き飛ばすくらいに悪い報せ……甲種の存在が確定した。


 万魔巣(ばんまそう)、遠くから見ればヤドカリに見えなくもない。

 ただし、コイツはその背にある骨と肉の殻に他の外来異種を住まわせているのだ。

 共生体となっている外来異種には乙種も存在しており、狩りに利用している。

 他国の軍隊による駆除記録は残っているものの、死んだ万魔巣から多くの外来異種が周囲に散ったせいで大惨事が起こった事から、下手に手出しができない厄介な外来異種となっている。


 いくら新世代が強くとも、これを相手にするのは無理があると言わざるを得ない。

 幸いにも万魔巣は立山連峰で活動を休止している為、一応は安全である。

 まぁ岐阜県からすれば県境付近に甲種がいるせいで生きた心地はしないだろうが、こっちは絶賛修羅場なので、出来れば引き取ってほしい。

 そんな感じでクソみたいな悪い情報ばかりなのだが、気になる箇所があったので質問する。


「今の深度領域ってどれくらいですか?」


 これがアメリカで確認された最高深度五の領域であれば絶望的である。

 あっちは州を丸ごと焼いたらしいが、日本では不可能だと言っていい。


「あの…こちらの方は?」


 そういえばこっそり紛れ込んで聞き耳を立てていたのであった。

 なんとかして誤魔化さなければならないのだが…。


「鳴神の弟です。いつも兄がお世話になっております」

「えっ…ご兄弟の方なのですか?」


 役員の人が訝しげな顔で尋ねて来るので、こちらも負けじと応戦する。


「顔が似てないって言うんですか! イケメンじゃなかったら家族じゃないって言いたいんですか!」

「あの、荒野さん…行く先々で誤解を広めないでほしいんですけど」


 せっかく熱弁していたのに鳴神くんに否定されてしまった。

 そんな……一緒に仕事をしたり、一緒に車に乗ったり、一緒にお風呂にも入ったのに……君の中じゃあ、僕は家族じゃなかったってことなのかい!?


「鳴神さん、確かにイキナリ弟と認めることは難しいかもしれません。ですが、その気持ちだけは認めてあげてもいいんじゃないでしょうか?」


 ここで軽井さんによるナイスアシスタントが決まる。

 しかも何一つ嘘を言っていないということがポイントだ。

 面倒な事情を察したのか、役員の人が質問に答える。


「現在、深度三のコロニー化された区域が確認されております。他にも深度一から二のものもいくつか報告されております」


 ………ん?

 コロニー化された区域が確認されているって…もしかして、富山全体がコロニー化したわけじゃない?


「あの、もしかしてココ電話使えますか?」

「はい。そうでなければ、救助要請や避難勧告が出せませんから」


 あの、TV番組さん?

 富山全域がコロニー化してるとか放送してませんでしたか?

 もしかして、何も知らないのに勝手な事を放送してましたか?

 って、そんなことはどうでもいい!

 電話が繋がるというのなら先ずは安否の確認をすべきである。

 電話のアドレス帳を上から見ていき、一番最初に出てきた九条さんに電話をかける。


『こ…荒野さんですか!? あの、実はこちらで大変な事になってまして―――』

「大丈夫、すぐにそっち向かう。今はどこにいる?」


 これで黒部ダムとか五箇山とか言われたらヤバイ、たぶん到着する前に外来異種に群がられてエサになる。

 そうならない事を祈りつつ、九条さんの返事を待つ。


『えっと…城址公園です! 外が危ないから、皆でお城の中にいます!』


 ふむふむ、城址公園のお城…富山城ということか。

 ………え?

 現代で外来異種を相手に、篭城戦してんの?

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