第21話:第一級生物災害速報
学生達の夏休みも終わり、新しい日常がやってきた。
清掃業者の仕事は最初こそ楽だと思っていたのだが、最近はちょっとキツイかもと思えてきた。
危険やサビ残が腐るほどあるというわけではなく、とにかく決まった時間に起きて出社しなければならないのだ。
今までは好きな時間に寝られるし好きな時間に起きてもいいし、そして駆除する仕事も自分で選べる毎日だったので、いくらでも自堕落できていたのだ。
とはいえ、上京して外来異種の駆除業者会社に入ってたときもこんな感じで生活していたので、いつかはこの日常にも慣れることだろう。
………いやいやいやいや!
免許が戻ってきたらちゃんと駆除業者に戻るからね!?
いま清掃業者で働いてるのはバイトみたいなもんで、本業は駆除の方だからね!?
危ないところだった、もうすぐで完全に清掃業者として生まれ変わるところだった。
ああ、でもこの日常も悪くないと思える自分がいる。
なんか健康的な生活のおかげか、自分が真人間になっていってるような錯覚をしてしまう。
もう免許とかどうでもいいかな…近衛さんのせいで免許マウント取られたし……。
そう、夏休み最後の日にオシャレなカフェでお疲れ様会があったのだ。
そしてサプライズということで皆が丙種免許を取り出した時、喉を通っていた紅茶が鼻から帰省した。
超特急というか、出戻りレベルの早さの帰省である。
「落ち着いてください。別に危ないことをするわけではありません、ひと夏の思い出というものです」
近衛さんから手渡されたポケットティッシュで親不孝者の紅茶を拭きながら話を聞く。
「免許については後日、返納いたします。ただ、彼女達は学園における評価やテストではなく、"社会"の中で何かを成し遂げたという自信がほしかったのです。免許は、その分かりやすい証拠ですね」
確かに学校のテストでいい点を取れたとしても、それでうまく生きられるかどうかは別である。
だからこそああやって"社会"の枠組みの中で、自分の力で"社会の中"から何かを勝ち取るということは価値ある行為なんだろう。
生きることしか考えてない自分とは大違いだ。
「ところで…その論法なら近衛さんが免許を更新する理由はないですよね?」
「先達として、導く必要がありましたので」
じゃあなんでそんなに笑顔なんですか!
絶対にマウントとる為でしたよね!?
まぁそんなことがあったせいで、丁種免許に対する執着は結構薄らいでいたりする。
かといって丙種に更新するのも"なんだかなぁ"という気持ちがあるせいで何もできない、というかしない。
……俺、このまま清掃業者でいいかな!
岩倉さんが言うには"外来異種が関わるだけでなんか怖い"とかいう理由で人が少ないらしいし、それならいきなりクビになるってこともなさそうだもん。
まぁそこら辺は免許が帰ってきてからでいいかと思いながら朝の支度をしていると、スマホからけたたましい警告音が鳴った。
手にとって見てみると、画面には"第一級生物災害速報"と表示されていた。
それを見た瞬間、背中から何かを抜き取られたかのような怖気に襲われた。
第一級の生物災害なんて今まで見たことがない、北海道で甲種が確認された時ですら"第二級"だった。
つまり…街どころか県一つが丸々封鎖されることも考えられる。
急いでTVをつけると、どこも緊急速報ばかり流されていた。
原因は何だったのか、どれだけの被害者が確認されているのか、専門家の意見はどうなのか、そんなものはどうでもいい…"何処"で起きたのかを知りたかった。
『生物災害区域においては甲種が確認されたとの情報や、県そのものがコロニー化しているという情報も入っております。この件を受けて、政府は先行した専門業者以外にも自衛隊を富山県に派遣すべきとの見方を強めていると―――』
聞いてしまった、聞こえてしまった、いま一番聞きたくなかった言葉がTVから聞こえてしまった。
TVに表示されている地図には危険と示す為の赤色が各所に表示されていた。
これが震災であれば実家に戻っていたかもしれない、もしくは救助隊に任せて無事を祈っていただろう。
しかし……今あの場所にいるのは外来異種だ、人を襲う生物が蔓延る生存戦争の最前線だ。
悩む自分を現実に引き戻すようにスマホから音がなる、近衛さんからの電話だ。
『ふぅ…ご無事でしたか。前に実家に帰られるということを言っていましたので、そちらもかと思いまして』
「そちらも、というのは?」
長い沈黙が続く。
俺は近衛さんが何の事を指して言ったのか分かっている、分かった上で聞いてしまったのだ。
『……ひとクラスが、まだ現場にいると思われます』
再び沈黙が訪れる。
頭の中で自分を止めようと必死に理論武装をしている自分がいるのが感じられる。
自分が行ってどうなる、足手まといにしかならない、できる人間に任せるべきだ、死ぬかもしれない…様々な言葉が自分を縛る鎖になる。
これが片方…両親か、あの三人かであればここまで悩むことはなかった。
一度は会社の人達を見捨てたのだ、もう一度見捨てることもできる。
だけど……三度見捨てることだけは無理だと、俺の心臓がその鼓動で告げていた。
『荒野さん、この未曾有の危機を解決する為に自衛隊も派遣されることでしょう。どうか彼らを信じて待ちましょう』
"信じる"、その一言で自分を縛っていた鎖が全て解かれた。
信じる? 俺が? 顔も知らない人を?
無理だ、信じられない、誰も信じていない、信じたくない、期待を裏切られたくないから。
「スゥー……大丈夫です、冷静になりました。電話ありがとうございます」
そして俺は近衛さんの言葉を肯定せずに電話を切る。
俺は荷物をまとめて帰省の準備を始めた。
荷物の準備をしながら、ブンさんの個人番号に電話をかける。
「朝早くからすみません、俺の免許の話ってどうなりましたか?」
『君…もしかして第一級生物災害区域の場所に行く気なの!?』
ブンさんが驚くのも無理はない、自分自身でもおかしいと自覚してるのだから。
『駄目駄目! 絶対に駄目! 確かに今は専門家を送る為に人を集めてるよ。けど、生物災害区域に入るには丙種以上の免許が必要なんだし、第一級ともなると銃を持ってたって死ぬかもしれないんだよ!』
「でしょうね、知ってます。免許の更新ってスグに出来ますよね?」
前に実効力だけを持たせられるならスグに出来ると言っていたはずだ。
あまり無理は言いたくないが、今だけはごり押しさせてもらう。
『君の免許が手元にある状態なら何とかなったかもしれないよ。でも、預かられている状態じゃあ無理! 大人しく諦めて待ちなさい!』
「……分かりました、ありがとうございます」
俺は電話を切り、次の相手に掛けなおす。
『どうしたんですか、荒野さん?』
「鳴神くん、フィフス・ブルームは生物災害区域に行くよね? 俺もなんかバイトみたいな感じで同行できない?」
『普通、アルバイトの人をヤバイ場所には連れて行かないですよ…』
それもそうだ、捨て駒か何かにしか見えない。
こっちはそれでもいいのだが、向こうの対外的な面子が悪くなるから実際にはできないだろう。
「別に無茶なことはしないよ。ただ、俺も何か手伝いたいって気持ちがあるんだ」
嘘である。
抗体世代じゃないし新世代でもないのだ、無茶どころか何度も命を賭けることになる。
『だからといって、オレの一存で連れて行くなんてことはできません。TVでなんだかんだ言われてても、オレはあくまで第一課に所属している隊員ですから』
結構偉い立場だと思っていたのだが、そうでもないらしい。
まぁ俺よりも年下なんだし、求められている役割が違うのだから管理職とは程遠いのだろう。
『それに、聞いてますよ。荒野さん、いま免許がなくて仕事ができない状態ですよね?』
「実は俺の実家があるんだ。それと、キミも知ってる雅典女学園の人もいる」
電話の向こう側で鳴神くんが押し黙ってしまったのが分かる。
こういった言葉で説得するのは好きではないのだけど、彼にはこういう方法が一番だと判断した。
『……本当はまだ秘密なんですが、自衛隊や災害救助隊が編成されています。甲種も確認されてますが、オレがどうにかします。だから…信じて待っててください』
そう言って電話を切られてしまった。
しまったな…こんなことなら先に天月さんを説得しておくべきだった。
覚悟を決めてしまった彼には、もう天月さんが何を言ったとしても意志は変わらないだろう。
それにしても、本当に甲種を相手に勝てるのだろうか?
無茶な事だけはしないでほしいと思うが、分不相応な事をしようとしている俺にだけは言われたくないとあっちは思うだろう。
さて、こうなったら最終手段だ。
一番頼りになるけど、頼りにしたくなかった相手を頼ることにしよう。
そんなこんなで、自分は多くの人でごった返しになっている上野駅にいる。
専門家…というか駆除業者を現地に送る為の交通手段として新幹線を利用する為だ。
まぁマスコミとか関係ない人とか野次馬とかマスコミとかマスコミとかばっかりなので、新幹線に向かう途中で足止めされている所である。
「おっ、そこにいたのか。こっちだ、こっち!」
改札口の前で不破さんが自分を呼んでいるのを発見したので合流しようとしたのだが、途中で駅員さんに止められてしまった。
「申し訳ありません。ここから先は生物災害区域に向かう方のみ入場可能となっています」
「いやいや、コイツはうちの会社のもんだよ。なあっ?」
そう…不破さんに頼んだ結果、なんか不破さんの働いてる会社の一員として同行することになったのだ。
交換条件として向こうで馬車馬の如く働かせられるらしいが、あっちに到着してしまえばどうとでもなる。
オトンとオカン、あと雅典女学園の人と一緒に逃げ切ってみせる。
駅員さんをなんとか誤魔化しながら地下に降りていくと、いかにもといった感じの人達がゴロゴロいる場所に案内された。
そして不破さんが所属している会社の人達が集まってる場所は、さらにヤバそうな人達ばかりだった。
中には銃の手入れをしてる人もいてメチャクチャ怖い!
とはいえ、ここでダンマリしてたらそれこそ外来異種よりも先に自分が駆除されてしまうので、保身の為に買っておいた駅弁を配りながら挨拶をする。
「不破さんが言ってた例の後輩か」
「ほぉ、お前さんがあの……」
すいません、"あの"って何なのでしょうか?
自分の事がどう伝わっているのでしょうか?
壊していいオモチャとかそういうのじゃないですよね?
「親御さんがアッチにいるんだってな? いい話じゃねぇか」
「親孝行は親が生きてる内にしねぇとな!」
見た目で敬遠しそうになってたが、とても良い人達ばかりだった。
異物である自分のことを邪険にせず、励ましたり褒めてくれたりしてくれたので、うっかり涙が出そうになった。
まぁ筋肉モリモリの腕とか背中に見えた傷とか刺青のせいで引っ込んだんだが。
ちなみに涙の代わりに鳥肌が立ちまくってます、助けて。
そんなヤクザばりに怖い人達に囲まれながら準備をしていると、不意に肩を叩かれた。
後ろを振り返ると、今まで見た事のない笑顔のブンさんがいた。
「……ハジメマシテ、シンニュウシャインデス」
裏声を使ってみたが、多分誤魔化せてない。
こんなことなら普段からホッケーマスクを被っておくべきだった。
まぁその時は不審者として捕まっておしまいなのだが。
「君は、ほんと~~に! 真面目なのに、不器用だよねぇ~~~……」
知ってる、だからこんなことしてるんです。
今でもザワついてる自分の直感に従うなら、行くべきじゃない。
自分よりも優秀な人達に任せて待つべきだ。
けど、もしも知っている顔の人が死ねば、その人は俺の思い出の中だけの人になる。
誰も彼も見捨ててしまえば、俺の思い出の中には死人しかいなくなる。
それを抱えながら生きていけるほど、俺は強い人間じゃない。
だから俺は間違ってると知りながらも向かうのだ。
「間違えない事が、正しい事とは限らないですから」
それを聞いたブンさんは溜息をつき、近くで聞いていた不破さんは声を押し殺すように笑っていた。
イケメン以外がこんな事言っても締まらないってことは知ってらぁ!
「はぁ~……まぁこうなるとは思ってたよ。だからこういうのも準備しといた」
そう言ってブンさんは折り畳まれた書類を取り出し、サインする箇所を手渡してきた。
「そいつにサインしてくれれば、君があっちで何をやらかしても、こっちで何とかするよ」
それを聞き、サインしそうになった手を止める。
不破さんは巻き込んでもその分キッチリ自分をシメるだろうからいいけど、ブンさんにケツ持ちしてもらうのはちょっと気が引けてしまう。
「…実はね、私の実家は東京の田舎にある村にあったんだよ。過去形、甲種の"伏せ神"(ふせがみ)が丸呑みしちゃって、何も残っちゃいない」
伏せ神…地面に擬態している甲種の外来異種だ。
地面に同化しているせいで気付くことができず、一呑みで村ごと捕食する為、最初の頃は神隠しだとも騒がれていたらしい。
「だからこそ、こういう仕事を担当する事になったんだけど…因果なことだよ」
ブンさんは、ブンさんなりに外来異種のせいで苦しむ人を減らしたかったのだろう。
だからこそ俺を止めたのだが、それと自分のご両親が死んだことが重なってしまったのかもしれない。
ここで止めたら、自分と同じような人間を増やすのかもしれないと。
「私にできるのは、責任を取るくらいだよ。でも、私より若い子が頑張ってるのにそれすらしなくなったら、あの世のオヤジにブン殴られちまう」
両親の事を思い出しているのか、ブンさんの顔が綻んだ。
「だから、それくらいの手伝いはさせてくれないかな」
「…分かりました、恩に着ます」
ここまで言わせてしまった状態で断る為の文言は思いつかなかった。
俺はサインを終えてブンさんに書類を返すと、ちょうど新幹線の出発時間となった。
「いいかい、何やってもいいけど…死ぬのだけは駄目だからね!」
扉が閉まり、ブンさんの声も聞こえなくなる。
最後の約束を守れるかは分からないけれど、少なくとも自分の命に見合うくらいの成果は約束したい。
嗚呼、死にたくない…死にたくないけど、それでもやらなくちゃいけない。
生きるっていうのは、どうしてこうも面倒ばかりなのだろうか。
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