第20話:カラシニコフを担いだ騎兵隊の王子様

 拝啓 蝉時雨に、ゆく夏と貯金額の淋しさを覚えます。

 母上につきましては如何お過ごしでしょうか、自分は無職でいることに耐えられるほどメンタルは強くない事が判明しました。

 そんな自分もようやくまともな職業に就ける機会が巡り、喜びという名のハイオクとニトロで心が満タンになりそうです。

 ちょっと火を近づけただけで爆発しそうという意味です、それだけ社会というものは危険で危ない危機でいっぱいです。

 "危"という漢字を三つ使って意味も三重にするくらいにヤバイということを察してください、かしこ。


 そんなこんなで清掃業者の勤め先に到着する。

 外来異種にも関係しているということで未来・水無瀬・九条・近衛さんの四人も来ている。

 なんだろう…"初めて職場に向かう出来損ないの息子と職場見学"とかそんな感じがする。

 というか、まさか区役所の裏にある処理場が清掃業者の会社だとは思わなかった。


「おれが上司になる岩倉(いわくら)だ。お前さんがブンの言ってた期待の新人か、いい身体してんなぁ!」


 受付を済ませて加工場のような場所に向かうと、ブンさんと同年代くらいの人が笑顔で迎えてくれた。

 自分の肩やら腰やらを軽く触りつつ、女性陣にはそういうことはしなかった。

 これはつまり…あちきの身体だけが目当なのね!?

 いや、労働力という意味では何も間違ってないんだけどさ。

 なんか奴隷を見定める儀式的なサムシングのように思えてきた。


「そんで、そっちの女子は職場体験みたいなもんだっけ? 今日は危ない事しねえから楽にしてくれていいぞ!」


 それは言外に、いつかは危ない事をすると思ってよろしいでしょうか。

 まぁ警備員とかだって時と場合によっては危険なんだし、清掃員にだって危ない目に遭うことも…。

 埃とか汚れなら分かるけど、どうして清掃員に危険な火の粉が降りかかるんだよ、おかしくない?

 それを言うなら駆除業者してた自分も世間から非難の視線を浴びせられたわけだし、そうおかしくもないか、いやおかしいよ。


「そんじゃあさっさと現場に行くか。車に荷物を詰め込むぞ」


 岩倉さんに指示された通りに色々な道具をバンに詰め、皆で車に乗り込む。

 もちろん、近衛さんが助手席で三人は後部座席、俺は一番後ろの荷物置き場である。

 あれ…この場面他でもやらなかった?

 ちょっと鳴神くんも呼んで来た方がいいかな。


 車で現場に向かっている間に自己紹介タイムが始まる。

 そうなると、どうして職場見学をする事になったという話が始まり、そしてその原因について言及されるのも当然の流れである。


「―――という事があって、荒野さんが助けに来てくれたんです!」


 水無瀬さんが息を荒くしながら説明してくれているのだが、体中が痒くなってきた。

 

「カッハッハッ! すげぇな、まるで白馬の王子様じゃねぇか」

「こんな王子様がいたら白馬が潰れますよ」


 そう言って俺は自分の腹を叩いてみせる。

 昔一度だけ牧場の馬とかに乗ったことはあるが、流石にもう軍馬とかじゃないと無理だろう、今も存在しているかは分からないけど。


「いやいや、分からんぞ。そもそも童話の王子の体型については何も言ってない、なんなら服装とかも指定されてねぇからな」

「じゃあカラシニコフを担いだ軍服の王子様が、騎馬兵と共に突撃してお姫様のもとに現れてもいいんですかね」


 敵陣真っ只中で捕らわれているお姫様を助ける為に銃を撃ちながら突撃してくる王子様…。

 もちろんキメ台詞は"騎兵隊の到着だ!"……これは惚れる!

 ただしイケメンに限るという話だが。

 もうこれ童話じゃなくて、ただの戦史系のお話だよね。

 ……といった感じで、他愛のない話をしながら現場に到着する。

 

「それじゃあ女組は近くの公園で水でも汲んできてくれ。荒野はおれと一緒に清掃準備だ」


 清掃中と書いてある立て看板とカラーコーンを道路に置き、車から掃除用具を取り出す。

 四人が水の入ったバケツを持ってきたら掃除用ブラシで外来異種の体液を掃除していると、岩倉さんがラベルの貼られてないボトルの溶液を一滴だけバケツに入れる。


「なんですかそれ?」

「甲種の外来異種産の消毒液だよ。絶対に触るなよ、危ねぇからな」


 そう言ってバケツの中身をぶちまけると、汚れていた箇所にシュワシュワという鳴る泡が出てきた。


「甲種の消毒液ですか。どのような外来異種なのでしょうか?」


 外来異種産と聞いて、九条さんがワクワクしたような顔で聞いてくる。

 分かるよ、なんか凄い生き物ってだけでテンション上がったりするよね。


「え~っと、確か"枯渇霊亀"(こかつれいき)の消化液だったかはずだ」

「あぁ…あいつか……」

 

 いかにも知っているかのように言ってしまったせいか、九条さんと水無瀬さん、ついでに未来ちゃんも聞きたそうな顔をしてこちらを見てくる。


 最初の目撃情報は中国の山岳部であり、それはとても大きな亀であった。

 大きな爪、角が沢山生えた尻尾、よく分からない植物に覆われた甲羅、そして蛇のようにうごめく首が特徴的であった。

 中国はビルと同じ大きさであるその生物を外来異種として認め、軍を使って駆除しようとした。

 歩兵による攻撃は枯渇霊亀に損傷を負わせることに成功したが、一向に倒れる気配が無かった。

 次に戦車や迫撃砲による砲火を試みるも、その巨躯が倒れることはなかった。

 傷はつくし血も流れる…だが、その外来異種は甲羅にある植物を食べることで肉体を再生させたのであった。

 それならば次は空軍が爆撃で背中にある植物を全て焼き払ったのだが、その亀は土や植物…それどころかコンクリートなどを食べだした。

 するとどうだろう、傷口が土やコンクリートで埋まり治癒してしまったのだ。

 食べることで治癒するならば食えなくしてしまえということで、次は戦闘機による20mmバルカン砲でその首を千切ることになった。

 だが、それでもその亀を駆除することはできなかった。

 手足や尻尾から新たな首が生え、周囲にあるものを摂取して再び首が再生したのであった。

 このあと数発ミサイルを使用したことで撃退に成功するも、駆除には失敗した。

 専門家の話によれば、駆除そのものは可能だが、あまりにも採算に合わないということで意見が一致している。

 結局、中国には何千万という出費と食い荒らされた山岳部だけが残されてしまったと。

 そして他の国はその教訓をいかして手を出さずに立ち去るのを待つことにしたのでした…というお話である。


 ちなみに外来異種をテーマにした映画では一番最初にやられるかませ役である。

 いやーあの映画は面白かった、リアルじゃないかもしれないけど怪獣映画として最高だった。

 そういえば、アメリカでは甲種の外来異種を七つの大罪に例えており、枯渇霊亀はグラトニー・シンと呼ばれてた気がする。

 うっ…心の奥底に沈めたはずの黒歴史が……。


 そんな事を清掃作業の片手間に話しながら、サックリと一つ目の仕事を終える。

 二つ目の現場に向かうと、黒いゴミ袋が残されており、 岩倉さんがそのゴミ袋を持ち上げると、ビクンと中にいる何かが動いた。


「あぁ、たまにあるんだよな。こうやって回収し忘れていくやつがなぁ」


 そういってそのゴミ袋を思いっきり地面に叩きつける、ビクンとまだ動く。

 二度目、動かなくなる。

 三度目、動かないことを確認して車の荷台に放り込む。


「岩倉さん、度胸ありますね…」

「ん? 死にかけに怖がってどうすんだよ」


 それもそうか。

 今まで元気ハツラツな奴らばっかり相手にしてたから、どうしても警戒してしまうクセが抜けない。

 まぁ今は清掃作業をするだけなので、ささっとバケツに水を汲んで掃除を始める。


「あの、荒野さん。変なカエルみたいのが車の近くにいるんですけど…


 掃除用ブラスを動かし手を止め、そのカエルを見てみる。


「あー……錆舐(さびなめ)か。危ないからちょっと下がってて」


 錆舐、丁種の外来異種である。

 錆をエサとしており、錆が無ければ唾液で錆させてしまう、そしてザラザラな舌でそれを削るというやつだ。

 人を襲うことがないので丁種なのだが、こいつらは基本的に人を恐れない…というか、人に興味津々である。

 そのせいでこいつらは人様も舐めたりする…錆を削り取る舌で、錆がついた状態でだ。

 だから長袖と長ズボンで対応しなくてはならないのだが、たまに顔面を舐められて破傷風になる人もいるとか。


 まぁ舌にだけ気をつければいいのだが、カエルの舌と同じように高速で飛んでくるので普通は避けられない。

 どうしたものかと考え、荷台にいい物があったことを思い出す。


「岩倉さん、ちょっとだけこれ借ります」


 そして消毒液として使われていた枯渇霊亀の消化液をバケツの水に数滴入れて、それを錆舐にぶっかけた。

 あまりにも刺激的なスコールだったせいか、錆舐はこちらに背を向けて逃げ出す。

 その隙に背後からプラスチックのバケツを被せて無力化することに成功した。


「よし、これでOK。問題は…これをどう処理しよっか」


 なにせ駆除で使っていた道具は全てアパートに置いてきてある。

 ここにある道具で無理やり駆除してもいいのだが、掃除道具を武器として使うのはゾンビゲーや映画のアクションシーンだけだ。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、遠くから作業着を着た誰かが走って近寄ってきた。

 話を聞くと、一匹だけだと報告されていたので駆除したら更に二匹出てきて、そして一匹が遠くへ逃げたから急いでそっちを駆除しにいっていたらしい。

 ついでなのでバケツの中にいる錆舐も駆除してもらい、引き取ってもらう。


「ほんとすいませんっした! 次からは気をつけます!」

「まぁそっちも災難だったし、別にいいさ」


 そのやり取りを見て小さく拍手すると、岩倉さんが怪訝な顔をしたので説明することにした。


「いや、平和的に終わってよかったなと」


 駆除業者というだけで怒鳴る人もいるし、なんなら駆除業者の方が大声を張り上げる時もある。

 街中で誰かと喧嘩してるのを見た時はなんともいえない気持ちになっていた。


「悪くねえ奴を叱っても意味ねえだろ」


 ご尤もでございます。

 でもそうじゃない人もそれなりにいる、どうしようもないけど。


 小さなアクシデントがありながらも、夕方頃に清掃場所が無くなったので帰路につく。

 帰りの車の中では色々な事を話していた。


「そういえば、もうすぐ北陸地方への修学旅行ですね」


 近衛さんからの話題なのだが、ちょっとおかしい表現があった気がする。

 普通は京都とか奈良とかだと思うし、そもそも地方って言い方だと範囲が広すぎる気がする。


「あたし、飛行機って久しぶりに乗るからちょっと楽しみです」

「四つも回るから移動が大変だよね」


 えっ、もしかして本当に北陸地方全部まわるの?


「そういえば荒野さんは北陸地方のご出身でしたね」


 えっ、なんで近衛さんそんなこと知ってるの。

 もしかして俺の事好きなの?

 それはないか、というか理事長経由で俺の個人情報はもう網目のないザル状態だと思う。


「俺はアレだよ、金沢県の石川にある富山だよ」

「荒野さん…金沢は石川県の地名で、富山は富山県ですよ」

「だって! みんな富山っていったら"あぁ、石川県?"って言うもん! もう石川県の子供になる!」


 たまに新潟県にも吸収されているので、富山県の領地はもう猫の額ほどしか残ってないと思う。

 ただお嬢様方にとってはとても珍しいのか、キラキラした目をこちらに向けてきた。


「初めて知りました! 富山で何か気をつけた方がいい事ってありますか!?」

「何を食べたらいいですか!?」

「隠れた観光名所はありますか!?」


 三人が怒涛の如くこちらに質問を浴びせてくる。

 別に自分が褒められたわけではないのだが、生まれ故郷について聞かれるのは悪い気がしないでもない。

 うん、ちょっとチヤホヤされて嬉しいだけだから、近衛さんはその手に持ってるスマホで警察に連絡しないでほしいかなって。


「安心してください、保護者の皆様に連絡するだけです。警察には最後にかけます」


 良かった、親御さんへの連絡とかしてくれてるとかなんて気配りができ…。

 待って、いま最後に警察にかけるって言った?

 通報することは確定なの!?


「駄目ですよ近衛さん、荒野さんがかわいそうです」

「そうですね……荒野さんはかわいそうな人でした。申し訳ありません」

「それ違う意味で言ってませんか!?」


 そんなこんなで騒ぎつつ、また同じ明日が来る。

 夏休みは終わり、新しい日常がやってくるのだ。

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