第25話:錆びついた針金の本能
両親に電話をしてもつながらないので、駅から徒歩で実家に向かう。
車も自転車も使えない、それは道中にある裂けた地面と消化液による異臭、そして建物の瓦礫が証明していた。
何時間か歩き、ようやく公民館に着いた。
異臭と瓦礫しか残っていなかった。
生きている人は誰もいなかった。
そのまま家に帰る、数年ぶりの帰宅だ。
あの頃とは風景も、匂いも…何もかもが違う。
誰もいない場所、半壊した家屋、甲種の消化液による異臭……もうここは、俺の知らない場所になっていた。
異臭で気付かなかったが、自分の臭いもひどいことになってると思う。
俺は瓦礫に腰をかけて腰ポケットに入れておいた財布の中をさぐると、昔入れておいた銭湯の回数券を見つけた。
そういえば前にリニューアルした記念として分けてもらった事を思い出した。
約束を守りにいく為に、銭湯に来た。
立派になっていたであろうその建物は、半分以上がまだ残っていた。
入り口を抜けて、靴をロッカーに入れる。
受付に回数券を置いて男湯の暖簾(のれん)をくぐると、懐かしい湯の匂いがする。
避難してきた人達にも入れるように沸かしていたのだろう、誰もいない浴場に湯だけが満たされていた。
脱衣所で服を脱ぎ、浴場で体を洗ってから湯船に浸かる。
そして少しばかり開放的になった天井を見つつ、考える。
恐らくだが、鳴神くんの言ってた通りここには誰もいないのだと。
親も、近所の人も、誰も見なかった、手しか見つけられなかった。
その手も誰のものか分からなかった、もしかしたらオトンかオカンの手だったかもしれないけど分からない。
俺は人の手を見ながら生きてはいないのだから。
これからどうするか、何をすべきかを考えてみても何も思いつかなかった。
正直なところ、もう自分にできることは何も残っていなかった。
未来ちゃん達は助けられたが両親は助けられなかった、それが結果で…それで終わりだ。
やるべき事が何も見つからない、何も残ってない、空っぽだ。
両親が死んだのだから大きな悲しみや怒りが湧いてくるかと思ったが、それすらなかった。
自分でも信じられないくらいに冷静だった。
それも当たり前か。
俺は自分が納得する為に、自己満足でここに来たのだ。
消防隊員でも、自衛隊員でも、ましてや医療従事者でもない自分が誰かを助けられるはずがないと分かっていたのだ。
それならどんな結果になろうと、何一つ響かないのも当然である。
脱衣所からなにやら音が聞こえたので、俺はタオルと一緒に持ち込んだ鉈に手をかける。
こんな所にわざわざやってくる物好きがいないことを考えると、十中八九外来異種である、殺すか。
ただ、しばらくすると音の主は遠くへ行ってしまった。
全裸で追えば間違いなく警察に捕まるので、俺は再びボーっとしながら湯船に浸かることにした。
身体も十分に温まったので、風呂からあがって着替える。
風呂は命の洗濯という言葉があるが、洗い流されたせいかこれからどうするかという考えがさっぱり抜け落ちていた。
訂正…元々何も考えてなかったからなので、恐らく風呂は何も関係ない。
渇いた喉を潤す為にコーヒー牛乳を冷蔵庫から取り出し、受付に百円玉を置く。
しかし、それでも俺のやる気は微塵も湧いて出てこなかった。
「帰るか…」
椅子から立ち上がって外に出ると、誰かの足音が聞こえた。
こんな場所に自分以外の誰がいるのだろうと顔を向けると、そこには―――。
「………オカン?」
「あら…? アンタ、こんなとこで何してんの」
何度も見たことのある、そして少し老けたような気がした顔を見た。
「いや、まぁ…っていうか、公民館にいなかったのなんで……」
「常識的に考えなさいよ。あんなところにいつまでもいられるわけないでしょ」
最もな話だった。
あんなところにいつまでもあると思っていた俺が馬鹿だったわけだ。
「そういえば、なんで電話に出なかったの?」
「何だっけ、TVで言ってた…コロニー化やらの影響で、電波が通じなかったのよ」
なるほど、近くにコロニー化した場所もあるのか。
それならそこも一緒に片付けてしまおう。
「それにしても、こんなに朝早くにあんたに会うなんて思ってもみなかったよ。救助にでも来たのかい?」
「まぁね。それも必要なかったけど」
一緒に歩いていくと、倒壊を免れていた小さなマンションの前に何人かの人影が見えた。
知っている人の顔もあれば、知らない人の顔もある、オトンの顔もそこにはあった。
「ん…歩か。帰って来たのか」
その声は、紛れもなく自分の知る声であった。
「……ただいま」
そして俺はリュックを地面に置いてからスマホを取り出し、探知アプリを起動する。
『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ。付近 ノ 業者 ニ 連絡 イタシマス』
『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知 シマシタ。付近 ノ―――』
『外来異種 乙種 皮剥 ヲ 検知―――』
『外来異種 乙種 皮剥―――』
腰に差していた鉈を抜き、両手でそれを持ってここまで案内した奴の後ろから襲い掛かる。
鉈が背中を向けていた皮剥の首半ばにまで刺さって抜けなくなったので、蹴って無理やり引っこ抜いた。
あと三匹。
状況を把握できていない一匹に走り寄り、頭に向かって振り下ろすと、頭が割れた。
あと二匹。
腕を振り回して半狂乱になっている一匹に鉈を振るうが、腕に刺さってしまった。
しかも地面に倒れてしまったせいで回収するのが少し面倒になってしまった。
その隙をついてもう一匹がこちらに掴みかかってきたので、避けるのではなく逆に飛び込んだ。
70キロ以上の肉が突然飛んできたのだ、抱えられるはずもなく、そいつは俺の下敷きになってしまった。
さて、不破さんならここで素手でも殺せるのだろうが、自分には無理だ。
……あぁ、別にそんなこと気にする必要なかったか。
地面にあった手頃な瓦礫を持ち上げ、そいつの顔に向けて叩き落す。
一度目はまだ喋れていた、二度目は手しか動かなかった、三度目で痙攣するようになり、四度目で動かなくなった。
あと一匹。
リュックから軍用スコップを取り出し、鉈が刺さったままの腕で逃げようとしていた奴の頭に振り下ろす。
頭から体液がこぼれ、怯えた表情でこちらを見ていた。
「元の身体はどこに―――」
そこまで喋って、自分の馬鹿さ加減に気付いた。
外来異種と会話しようとしたところで、何の意味もない。
あるのはただの"反応"だけだ、会話じゃあない。
俺はそのまま何度かスコップを叩き付けて、駆除を終えた。
……いや、まだ終わっていなかった。
スマホを見ながら目の前のマンションに近づくと電波が途絶えた、まだ仕事が残っていたようだ。
地面に下ろしたリュックを再び担いで、マンションの中に向かう。
それからずっとゴミを窓から投げ捨て、潰し、処理している間に夕日が見えていることに気がついた。
昼食もとらずに働き続けていたせいか、少しばかり疲れてきた。
本当にクソみたいな残業ばかりである。
家に戻ってから瓦礫を漁っていると、オトンの吸っていたタバコの箱をいくつか見つけた。
試しにタバコを一本取り出して火をつけて吸ってみる。
……口の中に煙を含んでみるも味が分からない、この後どうすればいいのかも分からない。
多分、自分に教えようとしてくれた人は、もういない。
口の中の煙を吐き出すも、タバコは消さずに口に咥えたままにしておく。
そしてもう一本タバコに火をつけて、かつて家だった場所に供える。
無駄な時間だったかもしれないが、それでもやるべき事は見つかった気がする。
「殺しにいくかぁ」
クソみたいな残業をするハメになったのだ、原因を潰すくらいなら許されてもいいはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます